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2025年1月24日に株式会社クロスメディア・パブリッシング社より『建設ビジネス』が出版されました。「これはクラフトバンクが書いた本ではなく、建設業界のさまざまな声でできた《業界の本》です」
そう語るのは、幼少期から建設業界の現実を肌で感じて育ち、社会人以降は経営危機に陥った企業を支えるため奔走してきたクラフトバンク総研所長・髙木健次(たかぎ けんじ)さんです。
大手企業から「匠」と呼ばれる職人まで30社以上に取材し、業界全体の「今」と「リアル」をまとめた書籍の出版経緯とともに、彼のキャリアの原点や自ら立ち上げたクラフトバンク総研を通じ建設業界の変革に挑む思いを聞きました。
原点は家業の倒産と東日本大震災
自己紹介をお願いします!
髙木 健次です。クラフトバンク総研というオウンドメディア兼企業内研究所の所長を任せてもらっています。あまり前に出る性格ではないんですが、代表の韓の無茶ぶりもあって業界団体向けに講演などを行う機会が増え、現在はテレビの報道番組で業界課題について解説することもあります。
私の実家は以前、福岡県で塗装業(建設会社)を営んでいました。小学生のときは既に雑誌のゼネコン特集を読んでましたね。祖父が創業したものの父の代で経営が傾いたので、中学生から家業を手伝い、高校生で父の会社の資金繰り表を作っていました。
会社の資金繰りが厳しくなると、父は家族の金を使って会社を回していたので、中学生くらいからとにかく家に金がない。予備校にも行けず、赤本だけで京大に行きました。ゲームで言えば「完全無課金勢」です。(笑)
それなのに大学3年生の春の就職活動直前に父が会社を倒産させたもんで、就活どころではなくなり……。もう無茶苦茶でした。
学費が払えないと卒業もできないので、とにかく稼がなきゃという状態で、大学の近所にあるファンド運営会社の内定者兼アルバイトになりました。社長からしても「なんか可哀想な子がいるから雇ってあげる」という感じだったんじゃないかな。とはいえ私は実家の経営で相当鍛えられてたもんで、法律と会計の勉強は結構していて役に立ったと思いますよ。
社会人最初の赴任地は東北・岩手県。ちょうどリーマン・ショックのあおりと2011年の東日本大震災が重なった頃だったので、経営難で限界まで追い詰められてしまう建設会社の社長も少なくなくて。ファンドの出資先の企業の支援のために走り回ってました。地方なので関わる業種は建設、建材、町工場が多かったですね。
社長が事故で亡くなった製材工場の資金繰りをギリギリのところで手当したり、震災で風評被害を受けた食品会社の支援をしたり、毎日が戦場でした。今は法律や金融庁のガイドラインでだいぶ規制されたんですけど、中小企業の社長って半分くらいは会社の借金を個人で背負っている(経営者保証)ので、本当に命がかかってるんです。
支援先の会社の社長から「命が助かった」と感謝され、「息子が大学受験に受かった」と聞いた時は、感動して帰りの車で泣きました。自分と同じような境遇の人を見放さずに済んだ、よかった、と思って。
元々はかなり尖った若造でしたが、厳しい環境と諸先輩方の指導もあって少しずつ丸くなったと思います。最初の上司に言われた「実家の倒産の現場を知っているお前が中小企業を救わなくてどうするんだ。もっと勉強しろ。無知が人を傷つける」という言葉を今も大切にしています。
そして東北のファンドから東京の再生ファンド(2社目)に転職し、民事再生寸前の企業を再建するプロジェクトなどに従事してきました。鍛えられましたが、私は現場上がりですし、英語で海外と交渉できるわけでもなく……。MBAホルダーや外資系コンサル・投資銀行でグローバルに活躍してきたような方々と比べて、ファンドマネージャーとしての限界を感じるようになりました。でもそんな「グローバルエリート」達が「よくわからない、難しい」と口にするのが建設業界でした。
クラフトバンクとの出会いは?
正確にはクラフトバンクの前身となる「ユニオンテック」との出会いですが、超偶然でした。親友から「建設系の会社に転職を考えているけど自分は建設業界のことを知らないから、一緒に話を聞いてほしい」と言われて、会いに行ったのがきっかけです。
当時は結婚して、子どもが生まれて、奥さんから「暇な会社に転職して、育児をして」と言われていた時期で、いろんな会社からスカウトを受けたりもしてて。CFOや経営企画をやってくれみたいな案件をたくさんいただきましたが、業績を開示してくれない会社ばかりで辟易してました。きれいなオフィスに通されて「きれいなビジョン」を説明されて……。そんなことより、NDAを結ぶからまず売上を開示してくれよ!って。
だから、代表の韓や岩本の振る舞いが新鮮に映ったんですよね。だってはじめて会うのに「うち、こんなにお金ないんだよ!困ってるから助けてよ」って、詳細までベラベラ喋るんですもん(笑)。普通なら隠すようなことまで赤裸々に話すんで、逆に信用することができました。
それに、韓は私にCFOではなく、新規事業の立ち上げを一緒にやろうと事業開発でオファーを出したんです。この提案も新鮮でした。まだ現在のクラフトバンクの核になるサービスも出来上がっていない時期でしたが、当時から韓の周囲に優秀なメンバーが集まっていましたし、入社を決めました。
これまでのファンドの経験から、自分の得意で、かつ競合の少ない建設業界に特化して勝負しないと、今後のキャリアが描けないなと思ったのもあります。ファンドやコンサル会社からも多くスカウトがありましたが、これまでと同じ連続的なキャリアに対して頑張るイメージは湧きませんでした。私の若いころと比べファームの数も増え、競争環境が変わり、コンサルも特定業種の深い知見が無いと厳しいのではと分析していましたね。
私はファンド時代に基幹システムやSaaS導入のプロジェクトも経験しており、システム系の知見も多少はありました。なので建設×デジタルなら「当面飯が食える」と考えていました。
クラフトバンク総研の設立の経緯
2019年末、クラフトバンク総研を設立しています。これも最初は韓の無茶ぶりなんですよね。
多くの大学などの研究機関はスーパーゼネコンなどの大手企業との共同研究をしているため、建設業界の研究のほとんどは「大企業に向けたもの」になっています。大多数を占める地場ゼネコン、専門工事会社、職人むけの研究機関がありませんでした。労働環境の統計もスーパーゼネコンが主な調査対象で、地域の工事会社が対象になっていない場合もあるんです。でも、実際は中小の工事会社が地域のインフラを支えているのが実情。自分が幼少期に肌で感じてきた価値感に近いと思いました。
クラフトバンク総研では中小の工事会社に特化し、2024年問題と人手不足に関して全国的な調査を行うなどして、現場の実態をデータで明らかにする取り組みをしています。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000025.000080019.html
まだ小さな会社なのに企業内研究所を置くというのも攻めてるなと思いましたが、ファンド時代に建設業界向けのコンサルがほとんどいないこと、データが無いことは感じており、やりがいがあったので地道に続けてきました。
2019年から地道に活動を続けたことで知見やデータも溜まり、大手から中小まで幅広い接点ができ、その接点が今回の書籍に活かされています。
建設業界全体のリアルが分かる、はじめての本
このたび出版された『建設ビジネス』は、どんな本ですか?
建設業界の「今」と「リアル」が分かる業界初の本であり、身近だけど意外と知らない建設業界を楽しく学べる本です。初めて建設業界に関わる人でも、建設業界の人と会話する上で必要な最低限の知識が半日で身につく、というコンセプトで書きました。銀行や不動産業の方が移動時間にサクッと読めるような構成にしつつ、専門用語には全て注釈を入れてあります。
「実家の解体をどこに頼むかか」みたいな身近な話、「地上450mにあるスカイツリーの展望台のトイレが問題なく使える理由」「徳川家康はどうやって沼地の江戸を『魔改造』したか」みたいなおもしろテーマ、「工業高校の進路指導室からわかる建設業界の人手不足と人材採用」のように業界を俯瞰できる話、などなど幅広い内容です。
同時に、かなり踏み込んだことも書いています。「談合の歴史」「中抜きと言われる理由と多重請負構造になった背景」「『コンクリートから人へ』などの政策や報道が業界に与えた影響」など……。みんなが知りたいと思っていたけど誰も書いてこなかったようなことを、専門家監修のもと、丁寧に書きました。建設業界だけでなく、皆さんに広く知ってほしい事実だからです。
特に力を入れた「業界初」の価値が、建築・土木・住宅などの全ジャンルを網羅しつつ、業界のさまざまなプレーヤーの声を掲載したことです。
戸田建設さんやLIXILさんのような大企業から、大学や専門学校、研究者、専門家の方々、地方の工事会社の経営者、「匠」と呼ばれる職人、土木重機オペレーターのような現場の人たちまで、業界の叡智が結集されています。
これは私の本でもクラフトバンクの本でもなく、さまざまな人の協力でできた「業界の本」だと考えています。ドラゴンボールでたとえたら「元気玉」なんです(笑)。
私も建設業界はかなり勉強してきましたが、さすがに左官職人の修行の難しさや江戸時代より前の建設業界の歴史は知らなかったので、自分がわからないところは必死にその道の専門家に聞いて勉強しました。
出版の経緯は?
クラフトバンクは元ゼネコンの施工管理など建設業出身者が多い会社ではありますが、それでも工種が違えば必要な知識が全然変わってくるし、最近ではIT系出身者も増えてきて、業界知識を社員がきちんと理解する必要性が出てきました。
そこで私が、お客様と会話するための業界知識を社内のメンバーにインプットするインストラクター役になって入社時研修をしています。同時に、クラフトバンク総研の所長として、自分の問題意識も含めた分析とメディアへの情報発信をコツコツ続けてきました。
そんななかで新メンバーから「パッと読んで業界についてわかる本、ありますか?」と聞かれることが多く、少し困っていました。大手ゼネコンや建築物に関する本はたくさんあるんですが、中小工事会社や現場に近いことがわかる本がなかったんです。だからぼんやりと、いつか「これさえ読んでおけば顧客と会話できる本」を書きたいなと思っていました。
2024年5月、クロスメディア・パブリッシング社から「建設ビジネスの本を書いてほしい」とオファーがありました。これは名誉なことですし、こんなに早く機会が巡ってくるとは思ってもなかったので驚きました。嬉しかったですね。
建設業をデータで科学する
執筆にあたってのこだわりを聞かせてください
私はクラフトバンク総研創立以来「解像度」という言葉を使っていません。最近ビジネスパーソンがよく使う言葉ですけど、ポリシーとして今後も使わないと決めてます。
これはバーティカルSaaSをやるなら、「解像度という次元を超えた業界理解」が必要だと思うからです。新入社員に建設業法や商習慣をレクチャーできるレベル、プロの行政書士の先生と対等に会話できるレベル、業界本を書いてゼネコンの方に「あっ」と言わせるレベルまで、とことん勉強する。そのくらい深く理解していないと、現場の方々から信用されないと思います。
ちゃんと現場に行き、データで検証し、みんなが「なんとなく」思っていることの裏をきちんと取る。そうやって徹底して、液晶画面上の「解像度」を超えた、リアルな「体感知」を上げていくのが私のやり方です。
私にとって建設業は細胞レベルで体に染み込んでいる領域だし、国交省のデータをがっつり研究する時間もあったので、建設業をデータで科学できることが強みだと自負しています。
最後に、読者へメッセージをお願いします
業界にはまだまだ課題が山積しています。
たとえば建設職人の有料人材紹介が法令で規制されていますが、その規制は1949年が起源です。戦後の混乱期の法規制が令和の今も続いているんです。震災復興などで建設業の需要が発生しても、有料人材紹介が禁止されているために人手の確保が進まない現実があります。
そういった法律や統計が知られていないために「建設業界の人手不足は不良が減ったからだ」みたいな、いい加減なネット記事が出てしまう。まずは正確な実態を、広く社会に理解してもらうことが重要です。
コンサルタントや投資家として個別の企業を救うことには限界があり、本質的な解決のためには、業界慣習や法律に踏み込まないといけません。じゃあ国交省に勤めれば変えられるかというと、そうでもない。厚労省所管の労働法制がポイントだったりするからです。縦割り構造により他の省庁と管轄を跨ぐ部分が多いんですね。私は公的機関の有識者会議のメンバーでもあり、民間の立場で現場の課題をお伝えすることも大切だと考えています。
最近、クラフトバンクには巻島さんのような金融出身者も入社してくれて私とは違う視点で会社に関わってくれています。
もし「内部」から変革を起こすことに限界を感じている方がこの記事を読んでくださったのなら、私のように「外部」からできることを模索することで見えるものがあるはず。外部の人間だからこそ、省庁や立場の枠を超えて問題提起ができる。そこがクラフトバンクで働く面白みですし、今が社会人経験の中で一番楽しいです。
データで事実を語り、業界に横串を通して改善を進めることが、私の役割です。
(執筆・撮影:青柳ゆみか https://x.com/aopan_na )