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「グローバルな仕事がしたい」と考えたとき、どんな選択肢が思い浮かぶでしょうか?
大手企業の海外駐在員になる、ワーキング・ホリデー制度を利用するなど、いくつか方法はあります。一方、英語力への不安や日本を離れることへの抵抗感から、一歩踏み出せずにいる人もいるでしょう。
デジタルエージェンシーTAMの前田恵莉さん、市岡祐次郎さんは「日本にいながらグローバルに働く」というユニークな働き方をしています。海外に生活の拠点を移さず、国籍の違うメンバーと一緒になって、海外クライアントの仕事を進めています。
実際にお二人はどのような働き方をしているのか。国籍の違うメンバーと仕事をするうえで心がけていることとは? 日本にいながらグローバルな仕事に関わるリアルを聞きました。
グローバルな仕事だけど「英語はあまり使っていない」
——まずはお二人の仕事内容を教えてください。
前田恵莉(以下、前田):TAMグループが運営する「しゃかいか!」で、企業や自治体のSNS・広告運用を担うコンテンツディレクターをしています。
海外に関わる仕事といえば、入社直後から担当している、台湾ブランドの優れた製品を対象にしたアワードのPRです。日本市場におけるこのアワードの認知を高め、受賞した製品の魅力を伝える仕事をしています。
市岡祐次郎(以下、市岡):同じく「しゃかいか!」のクリエイティブディレクター兼カメラマンをしています。仕事内容は、SNS運用などのデジタルマーケティング支援、ウェブ制作、イベント企画など、施策の提案から実行までを担当しています。
台湾のアワードの仕事には立ち上げ当初から関わってきました。他にもTAMのサンフランシスコ支社の立ち上げや、海外での写真撮影・展示会開催など、海外に関わる仕事を多く担当しています。
——海外クライアントとは英語でコミュニケーションをとっているのですか?
前田:実は、英語を使う機会はほとんどありません。クライアントは台湾企業ですが、TAMには日本語が堪能な「台湾チーム」がいて、直接的な窓口はそのチームにお願いしています。動画の撮影やディレクションをするために現地に出張することもありますが、基本的にはオンライン、かつ日本語で仕事を進めているんです。
市岡:僕も同じような働き方をしています。台湾の仕事もそうですし、サンフランシスコ支社立ち上げの際も、あまり高度な英語は使いませんでした。日本語の話せるアメリカ国籍の「バレットさん」と一緒だったので、現地担当者との交渉や難しい資料作りなど、ビジネスレベルの英語が必要なときは、基本お願いしていたんです。
価値観や感覚の違いを尊重し、活かし合う
——必ずしも語学力が求められるわけではないんですね。海外と関わる仕事をしていて、どのようなところにやりがいを感じますか?
市岡:歴史やカルチャー、価値観の前提が違う人たちと、一つのゴールを目指していく楽しさですね。日本のクライアントにも同じことは言えますが、海外の人とのほうが感覚の違いは大きい。観点やアイデアの幅が広がり、いいアウトプットができることが多いんです。
例えば、とある日本のクライアントの海外向けのPRを担当した際は、バレットさんにアメリカのトレンドをリサーチしてもらいました。クライアントの感覚は僕が、アメリカ人の感覚はバレットさんがキャッチアップし、お互いのいいとこ取りをしてクリエイティブを作ることができたんです。
たまにアイデアが広がりすぎて集約するのが大変になってしまうこともありますが、ひとりではたどり着けなかったクリエイティブを生み出せた時は、大きなやりがいを感じます。
——感覚の違いをうまく活かされているんですね。前田さんは印象深い経験はありますか?
前田:台湾の文化をテーマにしたイベントのアートディレクションを担当した際、似たような経験をしました。日本人デザイナーに台湾のイメージでイラストを作ってもらったのですが、できあがったものが、「これは台湾ではない」と却下されてしまったんです。
イラストに使われていたのは、赤・黄・緑などのビビッドなカラーや熱帯植物などのモチーフでした。私たちからすると日本でよく見かける台湾のイメージ通りでしたが、台湾の方からすれば、それらは「中国のイメージ」に近かったそうです。そこではじめて、無意識に染みついていたイメージと現実のギャップに気がつきました。
それからはTAMの台湾チームに協力をお願いし、色味やモチーフを調整して納得いただけるクリエイティブを作ることができました。歴史やカルチャーが違う相手の感覚を尊重し、理解しようと努めることの大切さを学んだ体験です。
海外と日本で線引きをせず、シームレスに思考する
——海外との仕事をする際は、価値観や感覚の違いを意識することが大事なんですね。
市岡:おっしゃる通りだと思いつつ......、でもそれって海外の仕事に限ったことではないと思っています。「国籍」は違いの一つでしかなく、日本のクライアントであっても、価値観や感覚の違いはある。例えば、地方自治体がクライアントの場合、仕事の進め方は一般企業の場合とはまったく違うんです。
相手の立場に立って、伝わりやすい言葉を選んだり、しっくりくるビジュアルを選んだり、進め方を調整したりすることは、「海外か日本か」に関係なく大切なことです。
——あまり海外と日本を分けて考えていないんですね。
市岡:そうですね。例えば英語圏の国同士、シンガポールの会社がアメリカの会社と取引するときに、「海外が相手だ」と考える人はあんまりいないのではと思います。国を跨いだビジネスのやりとりは、今や当たり前ですから。それなのに、日本がアメリカと取引するのはなぜか特別視されます。言葉の壁も原因の一つだと思いますが、日本側が勝手に、海外との間に線を引いてしまっているのかもしれませんね。
前田:市岡さんは、その線を飛び越えるのが上手ですよね。例えば、企業のPRイベントをどこで行うかを考える際も、海外で開催する案が自然と出てくる。普通だったら、日本の会場ばかり選択肢に挙がると思うんです。
市岡:たしかに、日本と海外を区切らず、シームレスに考えようとはしています。デジタル領域、特にSNSは全世界で見られるものですし、海外向けにコンテンツを発信できる時代でもある。インバウンドの需要を考えても、海外への目線は持っておきたいです。
「グローバルな働き方」の目的から考える
——今後、お二人は、グローバルな仕事を増やしていきたいと考えていますか?
前田:海外と関われる仕事は魅力的ですが、グローバルな仕事だから増やしていきたいという思いはないです。もともと私は、グローバルな仕事への憧れが強いタイプではありません。こうして台湾と関係する仕事をしているのは、たまたまいい機会に恵まれたからだと思っています。
市岡:僕も、特に海外と関わる仕事がしたいという強い意識があるわけではありません。ただ、最近は世界における日本の存在感が薄くなる傾向があるなかで、海外との関わりを前提とした仕事をすることは必要だと思っています。そういった意味では、例えば「京都のものづくり」など、日本の文化に関わる事業者の海外進出をお手伝いすることに興味があります。
——最後に、日本にいながらグローバルで働きたいと思う方に向けて、アドバイスをいただけますか?
前田:ただ漠然と「グローバルな働き方がしたい」と考えていては、うまく行動できないと思います。よく「将来グローバルに働くために、英語を勉強している」という人もいますが、先ほどの台湾の事例のように、現地のチームと組めばあまり必要ないかもしれません。
語学などはやらないよりやったほうがいいとは思いますが、それ以上に大事なのは、「なんのためにグローバルな働き方がしたいのか」を考えることだと思います。
市岡:目的を明確にすることで、どんな国で、どんな人たちと、どんなスキルを身につけて働けばいいのかは、自然と分かってくるはず。そうすれば必要な行動が見えてきます。
あとは、海外案件を担当している身近な人に触れることも大切です。その人がどんな仕事をしているのか、海外のクライアントがどんなニーズを持っているかを知ることで、働き方や自分がやるべきことがよりクリアになります。近づくうちに、仕事に関わらせてもらえる可能性も上がるはずです。
目的を明確にすることと、グローバルに働く人の近くで学ぶこと。この2つを意識することで、日本にいながらグローバルな仕事をするチャンスが掴みやすくなると思いますよ。
[文] 佐藤紹史 [編集] 岡徳之 [写真] 蔡昀儒、藤山誠