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オランダ発の新しい働き方「ABW(Active Based Working=アクティブ・ベースド・ワーキング)」をご存知ですか? 業務や気分に応じて、働くタイミングと場所を自ら選択できるワークスタイルで、欧米ではすでに多くの企業で取り入れられているものです。
日本でも場所に縛られない「フリーアドレス」や「リモートワーク」が浸透しつつありますが、デジタルエージェンシーTAMでは、これを一歩進めてABWを推進。
すでに新しい働き方を始めているディレクターの加藤洋さん、飯田健さん、フォトグラファーの藤山誠さんに、ABWの実践方法やそれを可能にする企業風土などについて、お話を伺いました。
アクションと気分に合わせる新しいワークスタイル
―働くタイミングも場所も自由になるABWというのは、どういう働き方ですか?
加藤:仕事内容や気分によって、オフィスや家のほかにもコワーキングスペースとか、公園とかカフェとか、最適な場所を自由に選択する働き方です。
例えば、営業職の場合は、コワーキングスペースに行って、お客さまのところを訪問して、カフェに行って、また違うお客さまのところに行って、オフィスで資料を作る、みたいなことをやったり。
新しい企画を練り上げ中の人は、オフィスの中をうろうろしたり、子どもの学校で面談がある人は家で仕事したり、ミーティングを「Zoom」でやったりだとか。
働く人は自律的な働き方ができるし、作業効率が高まります。あとはジムに行ったり、子どもの保育園に行ったり、ワーク・ライフバランスが取りやすくなったりするメリットも。
経営者やマネジャーとしては、メンバーが自律的に働いてくれるのですごく楽だったり、フレキシブルな働き方を提供することによって、人材を確保しやすくなるというメリットがあります。
―「リモートワーク」とは違うんですね?
飯田:ABWは別にリモートである必要はないんですよね。それにメンバーが個別に働くだけでもなくて、会う場合もある。
加藤:仕事をグイっと進めるために仲間と合宿をする、みたいなのもABWです。時間と場所があってそこに人間を配置するのではなくて、人間を中心に働くタイミングと場所を設計して、技術によっていろんな働き方を可能にする。デザインの世界には「人間中心設計」という考え方があるんですけど、ABWはまさにそんな感じだと思います。
―みなさんはABW的な働き方をしていますか?
藤山:僕がやっている動画制作という仕事は、そのプロセスすべてがABWかもしれないです。ロケ地に撮影に行って、編集のときはそれができる部屋に行って。
「アクティビティ」に基づいた働き方という意味で、動画制作自体がABWに適しているということなのかもしれませんね。
飯田:僕は元々、自分のデスク以外の場所で、社内を移動して仕事をするのが好きなタイプです。
作業的なことはモニターのある自分のデスクがいちばん捗るんですけど、資料を広げたいときはTAMの食堂の大きなテーブルでやるとか、だれかとしゃべりたいときはその人の近くに足を運んだりとか。
今だとコロナの関係で子どもが保育園にあまり行けないという事情があって、家にいて子どもを見ながら仕事をすることも多いですが、クライアントとのミーティングがあるときとか、考えゴトをするときは会社の静かな環境でやって、子どもを見ながらできそうな作業的なことは家でやる、というのはABW的かなと思います。
僕は同じ場所でずっとやっていると、頭も体も固まっていくみたいなところがあるので、動きつつやらないとできないんですよ。
コロナ以前は、クライアントと案件の立ち上げで密にコミュニケーションを取っているときに、クライアントのオフィスでデスクと入館証を用意してもらって、好きなタイミングに行ってそこで仕事をするというのもやっていましたね。
加藤:それ、むっちゃABWやん(笑)。
飯田:逆にクライアントの方がTAMに来て、1階のコワーキングスペースが使われていたりもしますね。先方としても、いつもと環境が変わって、アイデアが浮かびやすいというのがあるのかもしれません。
加藤:僕はお客さまのビジネスアワーに合わせて働いたりもするので、自分の働き方をABW的に最適化しきれてはいないんですが、そこに向かっているとは思います。働き方に合った仕事を生んでいく…… みたいな流れももっと作れるような気がしますが。
―TAMではABWを促すようなプロジェクトも生まれているとか?
飯田:お寺でアウトドア・ワーケーションをする『SUN神蔵寺』というプロジェクトで、京都の神蔵寺というところを借りて、屋外ワーケーションができるスペースを作りました。
7月にオープンさせたばかりで、コロナもあるし、まだこれからなんですけど、家族も連れてきて遊ばせながら仕事をしたり、考えゴトをしたり、読書したり…… お寺なので座禅の体験もできるようにしていきたいです。
それに、クリエイティブ系の人が集まって交流も生まれるようになったら面白いな、と。自分の気分次第で、お寺みたいなところで働くっていうのもありかな、と思います。
藤山:僕は、日本中どこでも水場があれば展開できる、モバイルシステムの「テントサウナ」プロジェクトを手掛けていますが、これも言ってみれば、ABWならぬ「ABサウナ」ですね(笑)。
このコミュニティ・サウナによって、新しいイベントが生まれたりしているので、「これこそABW」という感じがします。
効率アップとセレンディピティ
―ABWのメリットを感じるところはどこですか?
藤山:ABWで僕が感じるのは、圧倒的な効率性。僕は会社と自宅以外に、京都で個人的に小さいスタジオを借りて作業場にしていて、本当にそのときの仕事や気分やスケジュールで最適化された場所でやっています。
仕事もプライベートも京都が多いんですが、今までだったらTAMの大阪オフィスか自宅に戻って編集…… というところが、京都の作業場ですぐできるようになりました。
僕はせっかちなんで、撮影したらすぐ編集したいんですね。そのほうが早いんですよ。何日か経ったら忘れていくので、効率が悪い。だから最適化された場所をいくつか持っているというのは、すごく効率的ですね。
社内でも自分の席以外にコワーキングスペースとか食堂とか、TAMみたいにいろいろ選べるというのは、すごくABW的だなと思います。いっぱい場所があるというのは、精神衛生的にもいいかもしれない。
加藤:ABWでは人との出会いが広がるような気がしますね。会社ではやっぱりいつも同じメンバーなので、違う場所で働くことによって面白い人に出会ったり、セレンディピティが生まれたり。
藤山:それは「テントサウナ」でもすごくありますね。イベントを開催するたびにいろんな人に出会って、それがまた次の仕事や出会いを生んでいくので。
サウナつながりで言えば、今日も中頓別という北海道の町に来ているんですが、本場のフィンランドからサウナを作るために来ている人とたまたま知り合いました。しかもその人、インスタグラムで僕のことをフォローしてくれていたみたいで。
そういう出会いって嬉しいし、フィンランドの人がサウナでこんなに近くにいるっていうことで運命をちょっと感じていて。結構こういうことがサウナは多いです(笑)。
飯田:社外ばかりじゃなくて、ABWでは社内でも結構セレンディピティがあったりしますね。
僕らのチームは20人くらいなので、普通に仕事をしていたらそんなに関わる人って多くないんですが、TAMは全体で150人、大阪だけでも70人で、入ったばかりの若いスタッフもいるので、社内だけでも移動すると、普段一緒に仕事をしない人としゃべる機会があります。
いろんなチームの人たちと話せる関係になっていると、お客さんに新しい取り組みを提案したいときに手伝ってもらえたりもするので、社内のつながりにもABWはいいんじゃないかなと思います。
ABWを可能にする制度・ツール・企業風土
―ABWを可能にする会社の条件はなんでしょう?
加藤:「制度」と「ツール」は必要ですね。制度は就業規則とかオフィス空間の利用とか調整が必要になるし、どこでも働けるようにするにはICTツールが必須です。
飯田:TAMはGoogle カレンダーでみんなの予定が共有されているし、Slackも電話もあるからメンバーがつかまるんですけど、そういう裏側のテクノロジーのない企業がABWをしようと思っても、「あれ、〇〇さんはどこにいるの?」みたいになりそうですね。
加藤:あとはABWを受け入れる「企業風土」ですね。TAMでは「お客さまのために価値を提供する」という目的をみんなが理解したうえで、「あとは自由にやっていい」という風土がある。
飯田:性善説・性悪説の議論になるかもしれませんが、「見張っていなかったら仕事しないやろ」みたいな管理体制だと、やっぱりABWは成り立ちにくいかな、と思います。
加藤:TAMではスタッフが見えていないとイヤ、というのはまったくないですね。仕事をやっているかやっていないかは全然分かるので。
ABWをやりたい若手メンバーに求められるもの
―ABW的な働き方になってから、チームメンバーとのコミュニケーションで変わったことはありますか?
加藤:ミーティングの録画が増えましたね。「参加しなくていいので、必要だったら録画を見ておいてください」みたいな。
ABWってたぶんミーティングが短くなったり、すごく効率化できるんですけど、逆に今でも、ミーティングに何十人も参加していて、なのに仕事が進まない、という企業もあるんじゃないかな。やっぱりここにも企業文化が関わるのかもしれないですね。
飯田:一方で、効率化はされたけれど、ABWで若手のメンバーがどういうことで困っているのか見えづらい、という問題はありますよね。
その子がいっぱいいっぱいで大変そうだなとか、ヒマそうだからもう少し手伝ってもらおうかなとか、常に一緒の空間にいたらなんとなく感じ取れるけど、ABWだとどれぐらい忙しいかが分からない。
若手のメンバーは、自分がどのぐらいの負荷をかけて頑張らないといけないのか、自分の中に物差しがあまりなかったりするので、「ヒマならヒマでいっか」みたいな感じのままだと、ずっとだらだらしてしまうと思うんですよ。
加藤:すごく分かる。もったいないんですよね、その子の人生が。
飯田:そうなんです。だから、ABWもリモートも、これからもっと成長していきたい若い人たちにとっては、成長機会が失われている可能性もあるんじゃないかなあ、と。
降ってくる作業をこなすだけだと「リモートで楽になった」と思えるけど、実はそれでは成長していなくて、自分から仕事を作りに行くような動きなんか、ますますできなくなってしまうんじゃないかなあ、と思うんですよね。
だから、ABWではみんなに会いに行く機会を作ったり、外に行く機会を作ったりして、「1人でやるだけじゃダメなんだ」というのを自分の中で意識しないと。
加藤:裏返していうと、上司は「まかせる勇気」が結構大事になっているはずで。自分から手を挙げたり、仕事を作るのができなくなっている若い人に対して、炎上覚悟でもまかせて手放す、みたいなことをリーダーがやらないと。怖くてできなかったりするんですけど(笑)。
飯田:そのとおりだと思います。まだまかせられるところまで行っていなくて、進捗を確認する必要のある若手のメンバーでは、ABWはやっぱりまだしんどいかな、と思いますが、ある一定のレベルまでいったら、ABWでもまかせきると、ますます成長する人もいる。
うちのチームだと、沖縄に移住したメンバーで「急に成長したな」って思う子もいるんですよ。今まで距離が近かったので、資料の確認とかも頻繁にやっていたところを、力もついてきたので「自由にやってみて!」と言ったところ、結構自分でなんとかするようになって。
なにか新しいことが発生したときにだれかを探しに行く力とか、困ったときに自分で対策を立てる力とかがついて、今はもうほとんど全部おまかせでやってもらっていることもいっぱいあるんです。「なんでも屋」じゃなく、「なんとか(する)屋」になれれば、ABWはできるのかな、と。
加藤:たしかに。そうなると、沖縄だけじゃなくて、ABWはいろんなバリエーションが開拓できそうですね。
例えば、「この海外案件に関わるメンバーは、立ち上げ期間は海外で仕事をします」みたいなことも。それに、これまでは案件を立ち上げるのに定例会議を4週間やっていたのを、5日間の合宿で詰め込んでやる、とか。
いろんなABWが発想できるってことは、実は僕らはまだ縛られているのかもしれない。
飯田:そうですね。リーダーも若手もABWをきっかけに変わっていかないといけませんね。若手メンバーの成長の仕方にしても、ABWに合った形があるのかもしれませんし。
[取材] 岡徳之 [構成] 山本直子 [撮影] 藤山誠