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2025年7月、NOT A HOTELはオーナーラウンジなどを併設した複合型ワークスペース「NOT A HOTEL OFFICE」を東京・晴海にオープンした。
本施設には、NIGO®氏がプロデュースする「THE NIGO LOUNGE」が併設されており、倉庫建築をベースにした大胆で洗練された空間構成が特徴的だ。単なるオフィスではなく、NOT A HOTELがこれまで培ってきた“空間体験”の哲学を、新たにワークスペースへと昇華させた象徴的な場となっている。
今回は、この空間をゼロから創り上げたプロジェクトメンバー4名、志甫 景(Designer)、松井 一哲(Creative Director)、村井 絢香(MEP Engineering Manager)、向阪 大雅(Designer)に話を聞き、彼らの想いや開発プロセスを深掘りした。
倉庫建築という器のポテンシャルを最大限に引き出し、NOT A HOTELらしい「WOW(驚き)」を随所に散りばめた空間は、いかにして生まれたのか──その舞台裏に迫る。
プルーヴェハウスから始まった、
NOT A OFFICE構想
━━まずは新オフィスが開業を迎えた現在の率直な心境を聞かせてください。併せて、ご自身の役割も教えてください。
村井:これまでNOT A HOTELには、プロダクト(宿泊施設)以外に対外的な“顔”となる場がありませんでした。また創業以降、リモートワークがメインだったので、多くのメンバーが集まれる場所もなかったんです。今回、ようやくその拠点をかたちにすることができ、とても嬉しいですね。 私は主に設備全般に加えて、プロジェクト全体のマネジメントも担当しました。
村井 絢香:MEP Engineering Manager。大阪大学大学院修了。竹中工務店にて病院、伝統建築、オフィス、大規模再開発等の設備設計に従事。2024年1月NOT A HOTEL参画。建築設備領域の設計、ディレクション、PMなどを包括的に担当。
志甫:私は建築デザイナーとして、初期からデザインを担いました。現場が始まってからは現場監理としても関わっています。「NOT A HOTELをつくるぞ」という意気込みで入社したのですが、最初に設計から竣工まで見届けたのが自分たちのワークスペースだったのは自分自身でも意外でした(笑)。
一同:たしかに(笑)
松井:私はクリエイティブディレクターとして、基本計画から設計までを牽引しました。デザイン面では志甫さんや向阪さんとともに、「NOT A HOTELらしさ」を体現する理想的なオフィス空間の実現を目指しました。これまでもNOT A HOTEL自体のデザインに関わることは多くありましたが、社内メンバーが実際に使う場所を設計するのは初めての試み。悩む点も多くありましたが、その分やりがいも大きかったですね。
向阪:私はデザイナーとして、松井さんや志甫さんのもとでデザインを担当しました。入社して初めて竣工したプロジェクトだったこともあり、実際に空間が完成したときの感動はとても大きかったです。この空間がオフィスとして日常的に使われていることは、自分にとってインパクトがありますし、自分が携わった場所で働けるというのは、贅沢なことだと感じています。
━━このプロジェクトは、どのような経緯でスタートしたのでしょうか。
志甫:きっかけは、代表の濵渦さんがプルーヴェハウスを購入したことでした。「約6m×6mの家を置ける場所が欲しい」という話から、大きな倉庫建築を探し始めました。インフラや立地などの条件を踏まえて、晴海という場所に決まりました。 設計のスタートとしては、「オフィスとして使う」「プルーヴェハウスを置く」、そして「THE NIGO LOUNGEを併設する」という3つの要素があり、そのゾーニングから取り掛かったのが始まりだと記憶しています。
松井:この空間の一番の魅力は、天井の高さと空間の広がりにあります。オフィス化するなかで、それらの良さが失われないようにしようという話を、初期段階からずっとしていました。 NOT A HOTELでは、「建築を通じて土地や風景など、その“場”が秘める本来の魅力をいかに引き出すか」という視点をとても大事にしています。諸条件は異なりますが今回の既存建物のコンバージョンもまさにその延長線上にあり、倉庫空間が持つブルータルな力強さを活かしながら、新たな体験を生み出すという設計のアプローチは変わりません。
松井 一哲:Creative Director。東北大学工学部卒、東京大学大学院建築学専攻修了。日建設計にて建築設計に従事後、WeWork Japanにて内装デザインを担当。2021年6月NOT A HOTEL参画。建築領域全体のクリエイティブディレクションに加え、KITAKARUIZAWA "BASE"では企画・設計を担当。一級建築士/管理建築士。
多機能を一つの空間に昇華させた
“つながりを生む”空間設計
━━今回のプロジェクトで一番こだわったポイントと、一番苦戦したポイントをそれぞれ教えていただけますか。
村井:エアコンなどの設備はもともと備え付けのものを活用していて、今回のプロジェクトでは、実はあまり設備の設計をしていないんです。そのうえで私が一番こだわったのは、裏にあった応接室を壊して、本格的な厨房を新たに設けたことです。
表からは見えにくい部分ですが、屋上から太い配線を引っ張るなど、大がかりな工事を行いました。言われなければ気づかれない部分かもしれませんが、こうした“見えない努力”があるんです。
━━プロジェクトマネジメントの観点ではいかがでしたか。
村井:オフィスやラウンジなど多岐にわたる機能が必要だったので、与件整理にはかなり労力を費やしました。社内のさまざま部署と連携してつくり上げた場所なので、建築のみならず運営やコーポレート、ソフトウェアなどワンチームで実現できたプロジェクトです。
━━デザインについてはいかがでしょう。
向阪:私たちが一番時間をかけて検討したのは、空間全体の配置です。「ワークスペース」、「ラウンジ」、そして「THE NIGO LOUNGE」──これらがすべて大きな空間のなかに一体的に存在しています。 それぞれが別の機能を持ちながらも、ひとつの空間として成立していることが、このオフィスの最大の魅力だと思います。
松井:倉庫のもともとの良さをどう活かすかは、大きなテーマでした。この倉庫は天井高さが約7メートルありますが、空間を仕切るガラスパーテーションや建具の高さはあえて3メートルに設定しています。オフィスとしての機能は部屋ごとに分割しつつも、倉庫としての全体の気積はシームレスに体感できる。このレイヤーを分けた空間構成が、倉庫という“場”の魅力を活かすために必要だと考えました。
志甫:私は柱と柱の間に通した黒い梁にこだわりました。改修工事で新たに構造物を加えることはあまりありませんが、今回はそれを実施しました。リフターで梁を吊り上げて施工されたときは、まるで上棟のような感覚がありましたね。この黒い梁が空間を構成する上での骨格となり、またデザイン的にも象徴的なアクセントになっています。
エントランスから入ると、柱が並んでいるように見えるデザインになっていると思いますが、実はその一部は既存の柱を模した柱として再構成したものなんです。以前のテナント時代に隠されてしまっていた柱があり、それを今回の設計で蘇らせました。そのことで、連続する列柱の空間がしっかりと立ち上がり、倉庫建築が持っている本来の魅力を空間全体に派生させ、一体感とリズムが生まれたと思います。
志甫 景:Designer。東京芸術大学大学院修了。山口誠デザインにてオフィスビルの建築設計に従事。2023年8月NOT A HOTEL参画。主に自社プロジェクトの設計を担当。一級建築士。
松井:今、志甫さんから黒い梁の話があったので、カーテンについてもぜひ触れたいですね。今回の計画では梁とパーテーションで三枚おろしのように空間を三列に分割し、ゾーニングを分けています。一方でパーテーションは透明なガラスで仕切っているだけなので、視線を遮りたい際にどうプライバシーを確保するのかというのも課題でした。
当初は、瞬間調光フィルムをガラスに貼る案なども検討していましたが、最終的にはカーテンという非常にシンプルな手法に落ち着きました。
━━それはなぜ?
松井:このオフィスは、一般的なオフィスに比べると少し無骨でストイックな印象が強かったので、カーテンのように軽く、柔らかい素材も入ることで、空間全体のバランスが良くなるのではないかと考えたんです。また、カーテンという使い手によって自由に動かせる要素により空間の雰囲気がガラッと変わるのも楽しいですよね。
そして何より、高さ5メートルで吊るされたカーテンが32メートル続くスケールは、非日常的な存在感があります。それが、NOT A HOTELらしい「普通じゃないWOW」(驚き)にもつながっているのではないでしょうか。
エントランスから始まる“ブランド体験”
━━実際にオフィスを歩いてみましょう。まずは、エントランスからのこだわりを教えてください。
志甫:NOT A HOTELは、素材に対するこだわりが強いブランドだと思っています。このエントランスも各拠点使用されるようなマテリアルを使用し構成されています。エントランスカウンターも、実は黒皮鉄を使っていて、無骨で重厚な質感を出しています。壁の裏側には、大容量のクロークを設けていて、イベントや立食パーティーの際にはここをレセプションカウンターのように使えるように設計しています。ゲストのトランクやコートなどを収納できるようにしているんです。
━━エントランスを抜けると、目に飛び込んでくるのは空間の中心に据えられたビッグテーブルですね。
志甫:(周りのメンバーを見ながら嬉しそうに)本当にいい色になりましたね。
志甫:ここはラウンジとして計画していたので、最初から大きなテーブルを置きたいという構想がありました。そのうえで、空間を柔軟に使えるように、テーブル自体も動かせた方がいいんじゃないかという話になって。実際、車輪がついていて、一人でも動かせるぐらいの機動力を備えています。長さは15メートル、奥行き1.5メートル、重量3トン超え(笑)。まさに「ビッグテーブル」という名前そのものです。ブランドディレクターの遊佐さんが全国から素材を見つけ出し、一緒にデザイン検討までしてくれました。
━━エントランスを入って左側が「THE NIGO LOUNGE」ですね。
松井:まさに“NIGOさんの頭の中に没入する空間”です。USMハラーだけで空間を構成するというのはあまり見たことがなかったので、面白いんじゃないかと思って始めたのがきっかけです。ディスプレイの数は全部で284個あり、その一つひとつにNIGOさんのコレクションが収納されています。
志甫:スピーカーはNOT A HOTEL TOKYOでも入れる予定のものと同じで、ニューヨークを拠点に世界的に活動されているDevon Turnbull(デヴォン・ターンブル)によるスピーカーです。
松井:椅子はジャン・プルーヴェによるヴィンテージのスタンダードチェアが12脚置かれています。虎のラグはHUMAN MADEの特注で、インドの職人さんが4ヶ月かけて手織りしたものです。
━━こだわりが詰まりすぎていますね。その目の前には、このプロジェクトのきっかけにもなったプルーヴェハウスがあります。
志甫:ガラス越しにものを見せるって、ものに価値を与えて見立て直すという面白い効果があると思っていて。プルーヴェハウスはアート作品でもあるので、アートの中を巡る体験としてプルーヴェハウス内を歩くのももちろんいいのですが、ガラス越しに眺めるのも“博物館っぽさ”があって面白いんです。オフィスでありながら、ガラスの向こうの何気ない景色がどこか展示空間に感じられるような、そんな空間性はつくれたのではないかと思います。
━━続いて、ワークスペース(オフィスエリア)に関してはいかがでしょうか?
松井:計画当初は、誰が、どのように働くかも未確定な状態でした。まずは誰もが使えるようにフリーアドレスとして場所を用意すること、ラウンジから見える位置での計画のため、使われていなくても美しい空間であることにポイントを絞りデザインを進めました。機能的な面ではコーポレートチームと協力しながら、各席にコンセントとモニターを完備。結果的に建築チームをはじめ、多くの部署の方々が日常的に利用してくれています。
━━ワークスペース全体で何席あるんですか?
志甫:フリーアドレスが36席。ミーティング用の円テーブルが12席あります。
━━円テーブルはどんな目的で?
志甫:フリーアドレスは個人ワーク向けのエリアだとすると、丸テーブルのエリアは、横に並んで仕事や会話をしたり、ランチを食べたりと自由な使い方ができるエリアを目指しました。ちなみに、この12席の椅子は、NOT A HOTELで実際に採用されている椅子であったり、今後採用したいと考えている椅子を置いているんです。
━━なんと一脚一脚、違うんですね。
松井:見ているだけで楽しいですよね。またそれぞれの椅子に実際に座るという体験を通して、デザインを学ぶという目的もありました。
━━丸テーブルはワークスペースのなかでも存在感がありますね。
志甫:ラウンジのビッグテーブルに負けないインパクトのある大きなテーブルをみんなで囲みたかったんですよね。既製品だとなかなかこのサイズ感にならないので、自ずと造作になるんですけど、ただ造作するのではなく、建築設計を担う会社だからこそのデザインにしよう、という思いがありました。そこで、建築材料でテーブルを構成したんです。
建築自体のインダストリアルな空間性にヒントを得て、脚にはC鋼、L型鋼などの鋼材を採用。天板は合板を積み重ねて重厚感のある厚みにし、床材で仕上げています。使い方や使う場所を変えることで、建築材料の持つ魅力を昇華できたと感じています。
━━建築材料でテーブルを…。さらに詳しく見ていきたいんですけど、これは何ですか?
志甫:収納です。このオフィスには収納エリアが少ないというのが計画段階からの課題でした。平面的にスペースを確保するのは難しかったため、空間性を活かして高さ方向に収納スペースを生み出したのがこちらの壁面収納です。NOT A HOTELはいわば旅を楽しむ会社。そこから着想を得て、旅行用スーツケースで有名なグローブトロッターのカスタムモデルを採用しました。
━━これは全部で何箱あるんですか?
志甫:これは96箱あります。
━━実際持つと重いですよね?
志甫:もともと旅行用につくられているので軽いですし、なにより丈夫です。96個あって見た目が同じなので、どこに何が入っているか分からなくならないように、データベース管理をして社内で共有しています。
━━ここは個人でミーティングするブースですか?
志甫:そうですね。個人利用のためのフォンブースになります。KOKUYOさんのフォーンブースを使っているのですが、内装はNOT A HOTEL仕様に改造しているんです。ブランドディレクターの遊佐さん監修のもと、ソファを張り替え、壁面やテーブルの仕様までも変更をしています。
━━最後にキッチンエリアの話も聞きたいのですが、この雰囲気はNOT A HOTELそのものですね。
松井:そうですね、NOT A HOTEL仕様のキッチンをベースに、オフィス特別仕様へとアレンジし、ショールームとしても活用できるようなデザインにしています。各拠点で実際に使用されているキッチンツールやカトラリー、グラス、食器などを、手に取ってご確認いただけます。オフィスではパーティでの利用も想定しているため、大人数に対応できるカトラリーや食器類を、3.6m幅の引き出し内に設けたトレイに整然と陳列された姿も圧巻です。
━━ここまでくると徹底的ですね。ありがとうございました。
“使いながらつくる”という挑戦
━━今後このオフィスがどう変わっていったらいいな、という展望はありますか。
村井:これまでリモートワークが主体だったなかで、こうして対面でコミュニケーションできる場所がちゃんとできたのは大きな変化だと思っています。この場所から、新しいものづくりが自然に生まれていくようになったらうれしいですね。
向阪:実際にオフィスとして稼働していくにつれ、、色々な“良し悪し”が見えてくると思うんです。そのなかで、働き方、ミーティングのあり方などがこれから少しずつ再定義されていくと思っています。この空間がそういった変化に柔軟に影響を与えて、組織全体のあり方にもポジティブに波及していくといいなと感じています。
向阪 大雅:Designer。慶應義塾大学卒。インターンを経て2024年4月より、建築デザイナーとしてNOT A HOTELへ新卒入社。
志甫:少し話がそれるかもしれませんが、自社オフィスの設計って、設計者にとっては一番しんどい仕事なんですよね(笑)。
今後もここを使い続けていく前提なので、さまざまなフィードバックは半永久的に出てくると思います。建築チームだけでは想像できないようなリアルな声も出てくると思っていて、そうしたフィードバックをどう拾い上げていくかがすごく大事だと感じています。それがすぐホテル空間に還元されるかは分かりませんが、建築家として、非常に貴重な経験になるんじゃないかと思っています。
━━「NOT A HOTELらしさ」にこだわりを持つメンバーたちが使う場所をつくるというのは、かなりプレッシャーもありますよね。
松井:そうですね。このオフィスは、NOT A HOTELがこれからどんな働き方をしていくのか、どんなプロダクトを生み出していくのかを試す「実験場」でもあり、「創造の場」でもある。今が完成形ではなく、新たな価値を生み出し続けていく“生きたプロジェクト”として、メンバー全員とこの場所を育んでいきたいですね。