突然ですが、皆さんは今、「満たされている」と感じますか?
人生の大半を占める仕事、それと密接に関わる人間関係。総合的に見てうまく回っているような気はするものの、どこか心に満たされない感覚がある——。そんな意識を持つ方もいるのではないでしょうか。
コウダプロにも仕事で成果を出し、チームにも貢献しているものの、どこか満たされない感覚を抱えているメンバー(ここではAさんとします)がいます。
社長の幸田八州雄さんはAさんを「がんばっていて、成長意欲も高い」と評価しながらも、Aさんのそんな状態を見聞きし、「心の玉(※)を磨く必要がある」と指摘したところから朝礼がスタートしました。
※心の玉(人間性の底にある玉)とは良心のようなもので、「磨く」と「鍛える」で進化していきます。心の玉は磨くにつれて透明度を増し、鍛えるにつれて強くなっていく、と幸田さんは捉えています。
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こんにちは、プレスラボ(@presslabo)の池田園子です。月1回「コウダプロ朝礼レポート」を担当させていただいています。
前回(2025年5月)の朝礼noteはこちらから。(心の玉を磨き、鍛えることについて詳しく語られた神回です)
創造的破壊—人が大きく変わる瞬間—
朝礼の少し前、Aさんは社内コミュニケーションツールで、全員に対し「アタマとココロの中」をこう自己開示していました。Aさんの言葉を抜粋して要約します。
【自分はこれまで困ったことがなく、ひとりで生きていける感覚がずっとあった。しかし最近になり、ひとりで生きていけたとしても楽しくはないと感じるように。そんな実感がありながらも、周囲の人との間に一線を引く癖をなくすことができなかった。
その後、評価や面談の場で「人への態度が冷たい」ことが浮き彫りに。自分の癖は周囲にそう映っているのかと知る機会になった。社長からは「Aさんの行動は、他人との比較や人から評価されることに結びついているね」と指摘され、ハッとした。
今のままでがんばっても、一定程度の成果は出せたところで、人がついてこないし、チーム単位で見てもより大きな成果を出しづらくなると気づいた。皆からのフィードバックや意見を受けて、なりたい自分像を定義して、そこへ向けて行動を変えていく……】
私はコウダプロの朝礼に約1年半にわたり月1回参加し、noteもほぼすべて読んできました。その中でAさんが努力家であり、皆から愛され、がんばりを認められ、期待されている若手であることは、外部の人間ながら分かるような気がします。
はたから見ると順調なキャリアを歩んでいるAさんが、こんな思いを抱えていたとは——という感覚でした。
そんなAさんに対し、幸田さんは「甘さがある」と指摘します。そして、「甘さ」をこうたとえました。「もし自分が産業スパイで、コウダプロの機密情報を得たい場合は、Aさんが狙いやすいと感じるから、Aさんに接触する」。一生懸命なのだけど、どこかに隙や脆弱さが残っている、といったニュアンスでしょうか。
この朝礼では、Aさんと幸田さんとの対話が、公開の場で行われる形となりました。Aさんは「自分で自分が分からなくなっている」ことを吐露し、「今、満たされていない。では、自分が満たされるようになるには?」への解も持ち合わせていないようでした。
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そんなAさんの状態を幸田さんは肯定。「創造的破壊のタイミングが来ているんだよ」と伝えました。コウダプロでは「創造的破壊」について、以下のように定義しています。
思わず抵抗したくなるようなことだが、成長につながると確信を持ち挑戦すること。
自分がドロドロになってアイデンティティが揺らがないと破壊できない。
公式サイトの創造的破壊より引用
焼け野原に新しい建物を建てるかのように激変することを意味し、今Aさんはその瞬間に立ち会っているのだと幸田さんはいいます。
そして、その若さでこういった課題意識を抱え、自らの頭で考え、問題解決に向けて動こうとする人は少数派であり、その思考や行動自体に大きな意味があるとも褒めていました。
「人間が人間に何を謝るんだ?」から学ぶこと
さらに、チームのリーダーや先輩、そして自分を変えてきた同僚たちから意見をもらいながら、自分と向き合っていくことを続けていけばいい、と幸田さんはAさんに助言します。
(コウダプロにはそういった先輩たちが何人もいるのです。人としての器を大きくしていけるような、いわゆる「人間学」を極めるチャンスが多い環境だとつくづく感じます)
このあとも話は続きます。幸田さんから見て「そこ、申し訳なさを感じなくてもいいのでは? と思えるシーン」で、Aさんは同僚(先輩)に対し「申し訳ない気持ち」を示していたことがありました。
「謝る自由はあっても、あのシーンでは謝る必要はないし、先輩もAさんに謝ってほしいと思っていなかった」と幸田さん。こんな話をしてくれました。
20年ほど前、幸田さんが「奇跡のリンゴ」で知られる木村秋則さんにお会いしたときのこと。幸田さんはうっかりカップを倒し、コーヒーを白いテーブルクロスの上にこぼしてしまいます。そんな状況だと、ほぼ全員が慌ててテーブルを拭くとともに「申し訳ありません!」と即謝罪するのではないでしょうか。幸田さんも例外なくお詫びします。すると木村さんから衝撃の一言が。
「人間が人間に何を謝るんだ?」
50年以上生きてきた中で、「究極のインパクトフレーズ」のひとつであり、今でも忘れられないと幸田さんは振り返ります。(現場にいなくても、そのエピソードを聞いただけの私たちにとっても、なかなかに忘れられない言葉になったのではと感じます)
このエピソードをシェアしたあと、Aさんに対し「自分はこうします」「こう努力します」と堂々とするだけで十分なんだ、と幸田さんは補足したのでした。
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組織をつくりながら事業を成長させていく経営スタイル
さて、話題は変わります。決算関連の話をした流れで、コウダプロは次のステージに進もうとしている、と幸田さんは話し始めました。
人材の充実や人・組織ともに見られる成長、さまざまな「流れ」が来ていることなど、次のステップに片足をかけている証となる現象はいくつも見られます。
未来を切り拓いていくために、幸田さんはオセロの角を1コずつ取っていくような攻め方で会社経営と向き合っているといいます。
偉大な経営者の中には2コ先の角をとる人もいる、と幸田さんはいいます。「天王山を獲る」と表現するとオセロに詳しい方には伝わるでしょうか。双方にとって好手となるマスを先に獲得すると二手分リードするため、圧倒的に有利な戦況になるわけです。
しかし、幸田さんは自らを「そんな器ではない」と分析し、慎重さを大事にしていると話します。その背景には、事業を成長させたい思いは当然あるけれど、「組織や共同体、コミュニティの維持・発展のために事業が必要」との考えがあります。コウダプロというかけがえのない組織がすこやかさを保ちながら成長していくには、事業がなくてはならないし、成長も必要です。
幸田さんはひとつの参考事例として、栄華を極めたものの、崩壊したベンチャー・リンク創業者の小林忠嗣さんが、とあるインタビュー記事で同社の凋落要因について語っていた話を紹介しました。
「事業の成長に踊り場をつくらなかったから」「自らつくったビジネスモデルに溺れてしまったから」。そう振り返っていたそうです。
幸田さんはその記事を読んだときに、自社の利益を追い求めすぎず、適正利益を求めていくこと、組織が追いつかなくなるような経営はしないことを心に誓ったのだそう。そして「組織を一歩一歩つくっていくこと」を忘れることなく、人を大事にしながら、事業と向き合っています。
(編集後記)
そろそろ締めに入ります。幸田さんは自身に合った経営スタイルを理解していて、それを貫くことによって、コウダプロという組織の思想に合った人が集まり、人とともに組織や事業が成長している様が伺えます。
本来、会社も事業も人がいて成り立つものです。そこで働く人が抱く安心感のようなものが、安定した組織をつくるのではないでしょうか。人がついていけなくなるような、戸惑うような成長スピードを追い求め、事業を急速に動かしていこうとするのは、どこか不自然に感じられますし、「人間らしく生きること」を手放しているようにも感じます。
幸田さんは心理的安全性の高い組織つくりをしながら、誠実な経営をしています。その健全な在り方と、健康的に見える組織が眩しく、今後も朝礼に参加してその一端に触れさせていただきたいと思っています。
Text/池田園子