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起業後6年間の生々しいストーリーとインバウンド事業(移民事業)への挑戦

はじめまして!ブルード代表の田中です。

今回は起業してからの6年間どのように試行錯誤して2倍成長を3年連続で達成できたのか、そして移民事業への挑戦について話していこうと思います。

2012年10月に起業する前は、株式会社リジョブ(株式会社じげんにM&A)で本社営業リーダーと新規事業の企画統括を兼務していました。当時はリーダーとしてリジョブの営業を統括しながら新規事業担当として、農業、ホテル、仮想通貨、マッチングサービスなど沢山のサービスの立ち上げ経験をさせて頂きました。

創業から6年間の歩み

リジョブ卒業後は、北新宿の小さなアパートの一室で1人創業しました。ビジョンも理念もなく、ノープランでの起業でした。27歳の時です。

起業を志した理由はこちらをご覧ください。

起業して1つ目の事業として選んだビジネスは、スマートフォンに最適化したホームページの販売でした。当時は2012年、パソコン用のホームページをスマホに最適化できていない美容室や飲食店が大半でした。

リジョブの営業で美容室などの店舗営業になれていたため、CMS( HTMLやCSSなしで、ホームページを構築して運用管理できるソフト)の開発さえ上手くいけば儲かると考えました。1つ目の事業は「儲かる軸」で事業を始めたというのが正直なところです。

新大久保や新宿の店舗に飛び込み営業を開始したところ、スマホでの集客対策として反応は非常によくポンポン契約が決まっていきました。契約条件をホームページ納品後の支払いにしてしまったため収入がなく、初めは大久保の外国人店舗で食べログページ制作をすることで小銭を稼ぎ食いつなぐ日々です。初めての契約は新大久保のケバブ屋さんで今でも近くに行けば立ち寄っています。

スマホホームページの営業は順調にいっており、契約数も30件を越えてきたきたころ、CMS開発を外部委託しておりこの開発に失敗。200万円を使いあっけなく一つ目の事業が失敗となりました。

この時の学びは、「儲かるで始めた事業は、簡単に諦めてしまう」ということでした。どんな事業を始めても、上手くいかない時期は必ずあり、倒産ギリギリに追い込まれます。思考は停止し、恐怖に襲われる日々です。それでも諦めずに続けられる事業、それは自分の原体験に基づく思入れ深い事業だと気づかされました。

もちろん会社を諦めるという選択肢はありませんでした。19歳の時に一生起業家として生きるという思いは原体験からきており、本気だったからです。

2つ目の事業内容を選ぶ軸は「原体験に基づく思入れ軸」でした。

そこで、自分の人生感に大きく影響を与えた経験を振り返りました。それは、野球、アメリカ留学、ベンチャー就労経験でした。小学1年から高校卒業まで野球漬けの日々をすごしていたおかげで人としての倫理観や仲間と上を目指すことの尊さを学びました。

アメリカ留学ではサンフランシスコに約4年滞在し、人種や宗教、LGBTなど日本との違いに驚きましたが、違いを受け入れ共存することの素晴らしさを学びました。硬かった自分の考えが無数の違いとぶつかっては当たり前が崩れていく過程で、少しずつ考え方が柔らかくなり固定観念がなくなっていきました。

リジョブでの経験も衝撃的でした。当時正社員は13名のみ、役員は朝から夜中まで働き、何度もオフィスで寝ていました。それは人間が働ける限界だった思います。経営者は寝ている時間以外ずっと事業という環境で圧倒的に働くという当たり前を自分の中で習慣化することができました。リジョブはその後じげん社へ約20億で売却されました。

3つの中から2つ目の事業は、自分の人生観を大きく変えてくれた留学事業に決めました。しかし、日本の人口減少による留学市場縮小は不可避で衰退産業です。留学事業単体で上場をしている企業もありません。社外取締役からの市場選択が悪いという反対意見を押し切ってまで事業化しようと決めた理由はやはり留学が自分の人生を変えてくれた思入れ深い原体験だったからです。

早速私はアメリカへ飛び、全米を回って語学学校や大学と提携することにしました。ニューヨーク→ボストン→シカゴ→サンフランシスコ→ロサンゼルスなど語学学校や大学にアポをとって提携をお願いしていく中で見えてきたビジネスモデルが留学のオンラインブッキングでした。スペインのエージェントがオンラインブッキングで留学費用を5%OFFにするサービスを運営していると語学学校のスタッフから教わりました。調べてみると日本にはまだなかったため、イケるかもしれないと思ったのです。

私も大手留学エージェントを利用し、30万円もの手数料がかかったので、差別化できるとも感じました。早速サービスのモックアップ開発をはじめました。初めてのエンジニアはUCLAを卒業したばかりで香港人の親友ドミニック、サンフランシスコのスタバでたまたま横に座っていた日本人留学生と意気投合してジョインすることになったりん君の2名で開発をスタートしました。

試行錯誤あり、なんとかモックアップが完成したところ、自分たちで開発するにはハードルが高いということでアウトソースすることになりました。なんとかリリースにこぎつけたのは2013年12月22日、構想から10ヶ月以上経過していました。

サービス名は「UBOOOK(ユーブック)」、SNS上で留学友達を探してもらい、複数人で予約することで、留学費用が最大10万円以上安くなるというサービスです。サービス名の由来はあなたがオンラインで予約をするという意味。その時のプレスリリースはこちら

開発には200万円近く投資し、残高は50万円、社員数3名(留学の後輩、ベンチャー時代の同僚、私)という状況です。リリース初日の問合せは2件だけでした。今となっては恥ずかしい話ですが、開発さえしてしまえばうまくいくと勘違いをしていたところ、開発を継続する費用も、マーケティング費用もなく、2ヶ月後にはキャッシュアウトという状況でした。

前回はここですぐに諦めましたが、今回は何があっても絶対に諦めないと決めていました。留学費用を下げること、自分の留学経験をこれから留学する方に伝えることは、人生を変えるほど価値のあることだと信じていたからです。

そこから今月売上げなければ来月潰れるという状況が約2年間続きました。残ったのは(ベンチャー時代の同僚と私)の2名。この暗闇のトンネルを2年間走り抜けることができたのは、「原体験に基づく思入れ軸」で事業を始めたからです。また一緒に戦ってくれた仲間がいなかったら倒れていたと思います。死なずに続けていくと、ビジネスについて少しずつ科学が進みます。

ベンチャーはリソースがないので1つのことにフォーカスすること、沢山の商品をいきなり扱うのではなく専門家になること、デザインを綺麗にしてもお客様にとって価値がなければ自己満足で終わること、ファイナンスの理解なしにスケールもないこと、PMFユニットエコノミクスの概念を理解し手触り感を持って事業を推進することなどを学んだと思います。そんな中で、私たちは衰退産業にある留学市場で唯一右肩上がりの留学先を見つけました。それはフィリピン留学です。プロダクトライフサイクルを10年分作ってみて、これはイケるということでフィリピン留学の専門家として再スタートすることになります。

サービス名は「8weeks(エイトウィークス)」、今回は一般的な留学紹介サービスですが、サポート手数料は無料にしました。その時のプレスリリースがこちら。リリース日は2015年4月30日ですので、UBOOOKをリリースして約1年半後でした。見ての通り、こちらのサービスはとてもデザインがイケてるとは言えません。それでも、問合せ数は右肩上がりに伸びていきました。伸びている市場にタイミングよく早期参入することの重要性とデザインがダサくても市場によっては受け入れられるという学びを得ました。

この間、1人を残して創業メンバーが全員辞めた経験が何よりも辛かったのですが、大成したどの起業家もみなさん同じ経験をしてるんですね。なので切り替えて次という姿勢を崩しませんでした。

その後2018年3月に、サービス名を「StudyIn(スタディーイン)」と一新、紹介する国数も拡大して今もなお成長を続けています。2名だった社員数は、52名(正社員8名、英会話講師6名、パート16名、インターン22名)となり、ワンルームアパートから三軒茶屋にある80坪のオフィスへ移転もしています。失敗ばかりですが気づけば、事業は3年連続2倍成長をしていました。

まだこれからですが、ここまでこれた要因は大きく4つあり、やはりですが全て人によるものです。1つ目は、ベンチャー時代の同僚が一緒に戦ってくれたことです。前述したように彼女のサポートがなければ2年間のトンネルを抜けることはできなかったと思います。2つ目は、社員番号1番が入ったことです。地元の野球部の後輩ですが、彼のおかげで収益が安定化してきました。本当に感謝をしています。3つ目は、元リジョブ役員の経営サポートです。これによりスケールが出てきました。今までもこれからも私の恩師です。最後は非常にエネルギッシュで優秀なメンバーが現在のチームを牽引している点です。

アウトバウンド留学事業は完全な労働集約ではなく、カスタマーサクセス(攻めのカスタマーサポートチーム)の施策によるご紹介の多さと、SEOからの自然流入により徐々に業界水準の利益率よりも高くなってきています。

アウトバウンドの留学事業は何名をサポートしたかという実績ではなく、どれだけの人の人生を豊かにしたかという指標に価値があると考えています。そのような留学生がこれから日本と世界を繋げるコネクターとなるはずです。私たちはこれからも、特に本気で留学する方の人生を少しでも豊かにできればという想いで留学サポートを行なっていきます。

当社は過去3年間で、新たにミッション、ビジョン、行動指針、アウトバウンド留学事業のコンセプト(留学後の人生を豊かにする)を決め、強固な企業文化の育成や組織作りのフェーズにおります。作られた仕組みを前提に仕事をするのか、自ら仕組みを作るのか。仕組みを作ることにワクワクできる方は是非一度お話させてください。

インバウンド留学事業(移民事業)への挑戦

2018年夏にインバウンドの留学サービスをスタートさせました。サービス名はStudyIn Japan。ベータ版ですが、すでに数十名のサポート実績があります。1ヶ月で数百件の問い合わせが5カ国からきており、大変なポテンシャルを感じている事業です。

1億2千万人いる日本の人口は2100年までに5000万人をきると言われています。あと80年で7000万人以上がいなくなるんです。ご存知かもしれませんが、日本はすでに外国人人口270万人、世界第4位の移民大国です。深刻な労働者不足が表面化しており、ロボットやテクノロジーで労働を代替しても、ロボットは税金を払えないので、社会福祉制度は破綻します。労働生産性をあげるべきと言う議論はここでは割愛しておきます。日本は図らずも移民国家となり、この流れは不可逆です。移民反対派はイタリアのような治安悪化問題をあげますが、世界を見ても移民が直接的な治安悪化に繋がったケースは少なく、トロントやオークランドのような移民に対するポイントシステムの導入や、法改正、日本モラル検定を作って日本語学校で生徒に教えるなどの対策も可能です。

人類の移動手段が馬車から車(事故は0にならないが人類は利便性をとった)に変わったように、人類史上初めて起こる急激な人口減少と高齢化で単一人種の日本から多民族国家になるため、政府はこれからも移民を受け入れ続けます。

日本がインターナショナルカントリーになる歴史上初めてのパラダイムシフトを生きているうちに経験できるのであれば、日本初の国際化を推進することで当社は世界に貢献しようと考えています。

インバウンド事業は留学からスタートするため、外国人採用も積極的に行なっていきますし、海外進出も積極的に行います。これから爆発的に大きくなる市場です。インバウンド事業、移民事業に少しでもご興味があればぜひ一度お話しましょう!

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