TAMは2019年1月、オランダ法人「Tamsterdam」を設立しました。代表を務めるのは、元フリーランスUXデザイナーの飯島章嘉さん。飯島さんは自身のキャリアと子どもの将来を見据えて、オランダへの移住を決意。TAMとの共同出資で現地法人を立ち上げました。飯島さんが挑戦する「フリーランスと社員の間」という働き方、そんな新しいフリーランス形態の可能性について、本人に語ってもらいました――。
フリーランスでいることの「機会損失」に気づいた
TAMに参画するまでの6年間、私はフリーランスのUXデザイナーとして仕事をしていました。
それまで、Web制作会社で働いていたときは、キャンペーンやプロモーションサイトを中心に作っていましたが、フリーランスとして活動を始めてからは、UX(ユーザーエクスペリエンス)、つまり、居心地や使い心地を重視した「Webサービス」を作る機会に恵まれました。
例えば、スマホのアプリはもちろん、企業の業務システムやイントラネットの管理画面も手がけました。デザイナーからすれば、地味で裏方っぽく見える仕事かもしれませんが、”見た目” だけでなく ”使われる道具” としてデザインすること。これが、自分の強みだと思っています。
自分がフリーランスを始めたころは、ちょうど世の中の「UX」への期待も高まった時期。「プロトタイプ」で理想のユーザー体験を示したり、アジャイル的にすばやく改善案を提示したり、ということがすごく喜んでもらえて。楽しいプロジェクトに参加させてもらうことができ、仕事も順調でした。
そのうちに、人を雇い、事務所を拡大してもいいかなと思ったのですが・・・ 一方で、いつの間にか自分が「今の状態を維持すること」に意識が向いていることに気づいた。そこでフリーランスとして、自分を見つめ直すタイミングがきたかな、と感じたんです。
6年間のフリーランス生活を振り返ったとき、自分の中でずっと晴れずにいた「モヤモヤ」に気がつきました。それは、「ひとりでいることは、ある意味で機会損失だ」ということ。
Web制作会社やスタートアップを業務委託で支援して、たくさんの人や組織と関わることはできたけれど、どんなに苦楽を共にしても、プロジェクトが終われば解散です。フリーランスはそれはそれで気が楽なのですが、どうしても多様な考え方や新しいことに触れるチャンスが少なくなるんですね。
それに、あるプロジェクトで成果が出たアイデアや技術も、他のメンバーに蓄積されたり、継承されたりしない。毎回毎回、クライアント対自分の一対一の勝負という形になる。そのことこそフリーランスの醍醐味ではあるのですが、一方で「もったいない」ような感覚もあったんです。このままではまずい、とも。これは仕事が忙しく、順調だったからこそ気づけたことかもしれません。
「超フラットな関係性」のオランダに今なら戻れる
現状にモヤモヤするうち、新たなチャレンジ精神が湧いてきました。それは「もう一度、オランダに戻ってみよう」ということ。
実は、過去に建築会社で働いていたころ、技術交換研修生として、オランダの提携先に3カ月間送り込まれたことがあったんです。フリーランスとして独立する直前にもオランダを訪れ、そのときは家族と3カ月間滞在しました。
その2回の滞在で得た経験は、その後、自分を支える自信やインスピレーションになった。そういう感覚があったんです。そして、子どもを3人育てる親としても「いつかは家族とオランダに――」とは、ずっと頭の片隅にあったことでした。
当時も今もオランダに惹かれる理由は、2つです。1つは、「人と人のフラットな関係性」。仕事で言えば、クライアントもパートナー企業も、関係ないところがあります。
家族との滞在中の3カ月間、私はオランダの大手Web制作会社に籍を置かせてもらいました。クライアントは航空会社で、チケットの予約システムをつくっていたのですが、そのときこんなシーンに出くわしました。
「このままだと、開発が遅れそうだね」「でも、大丈夫。なんとかなるさ(ポンポン)」・・・ 足を組んで肩を叩いているのが、Web制作会社の同僚で、肩を叩かれているのが、なんとクライアントの担当者でした。ちょっと笑っちゃいますよね。日本では考えられないですけど。このやりとりが、なんとなく自分の感覚にフィットしたんです。
ちなみに、クライアントの担当者は、制作会社のオフィスに、ほぼ毎日、しかも自転車で通っていました。オランダ語が分からない自分にとっては、どちらがクライアントで、どちらがWeb制作会社の人なのか、もはや見分けがつかない。その10年前に在籍した建設業の会社でもこれくらいフラットな関係で仕事をしていたのを思い出して、「ああ、これがオランダだ」と、自分にはちょうどいい感覚だなと思いました。
きっと、フラットな関係で仕事を行うことが、オランダの「スタンダード」なんですね。その目的は、クライアントとパートナー企業が「一緒に」ものごとを考え、スピーディーに、アジャイルに開発し、プロジェクトを成功へと導くこと。もちろん、マナーやコミュニケーションには文化的な背景も関係しているとは思いますが。
日本の「お客さまは神さま」も大事なのですが、そのために無駄なことに時間をかけている場合ではないな、それではいつまで経っても欧米のサービス開発のスピードに追いつけないんじゃないか、そんな感じがしました。
子どもを「世界一子どもが幸せな国」へ連れていく
私がオランダに惹かれるもう一つの理由は、「子どもの教育」です。
オランダは、「世界一子どもが幸せな国」と言われています。子どもがルールに従うよう、校則で縛って、厳しく育てる、ではなく、自由だけれど、何をするにも自己責任、そんな考え方が根底にあります。だから、大人になったとき、誰とでもフラットな関係を築ける、自律した人に育つのかもしれない。
「そんなオランダで、自分の子どもが育ったら、どんな子になるんだろう?」、想像しようと思っても、日本人の自分の想像力では追いつかない。ただただ、ワクワクしました。
もちろん、日本の教育にもたくさんいいところがありますから、こればかりは一長一短ですね。親のわがまま(?)でオランダに連れてきてしまって、子どもたちは大変だと思いますが。ようやく環境変化に適応し始めたところです。将来、いい経験だったと思ってもらえると信じています(苦笑)。
「オランダで、一緒に会社をつくりませんか?」
「新しい挑戦をしてみたい」、「いつかはまた家族でオランダへ」・・・ この2つの思いが重なったとき、思い出したのは「TAM」の存在でした。
フリーランスのまま、一人で、日本の仕事をたずさえて、オランダに行くこともできるだろうけれど、せっかく行くなら、新しいビジネスの芽を見つけて、日本の誰かの役に立ちたい。そうでないと、オランダに行く必然性は、あまりないのではないか。そういえば、TAMは海外にいくつかの拠点がある。その人たちと協働できたら、どんなに世界が広がるだろう。
TAMとは、フリーランス時代から仕事をして、社風や雰囲気のようなものを知っていました。「勝手に幸せになりなはれ。」という個を尊重した考え方に共感するところもあった。そこで思い浮かんだのが、「TAMが、オランダに会社をつくるなんてことはあるんだろうか。いや、一緒につくってみたらどうだろう――」ということでした。
社員でもない自分が、急に、「オランダで、一緒に会社をつくりませんか?」だなんて、勝手な話。それでも、TAMなら面白がってくれるんじゃないか――。オランダに出発する1カ月前、意を決して、TAMに企画書を送りました。
オランダ法人の名前は、TAMと、オランダの首都アムステルダムとを掛け合わせた「Tamsterdam」。この名前を思いついた勢いで提案した・・・ というのは、半分冗談で、半分ほんとうです。
提案書を送った翌日、代表の爲廣さんから返事がきました。「おもろいね」。「TAMはサンフランシスコにも、台湾にも、シンガポールにも、ロンドンにも拠点があって、オランダに行く飯島さんともなにか一緒にできたらいいですね。応援しますよ!」。
すんなり、なんて言ったら怒られるのかもしれませんが、オランダ法人を一緒に設立することになりました。
フリーランスでも社員でもない「スタートアップ社員」という働き方
無事、今年1月にTAMのオランダ法人「Tamsterdam」を設立し、TAMに正式に参画することとなりました。事業内容は、ヨーロッパに進出する日本企業のサービス開発、デジタルマーケティングを、オランダ流の「共創型」「アジャイル」なメソッドで支援することです。
私は、TAMに「入社」したわけでも、「雇用された」わけでもないので、表面上はフリーランスから変わったことはあまりありません。安定した雇用が手に入ったわけではないし、自分で稼がなくてはならないのは、これまでと一緒です。
しかし、可能性は圧倒的に広がったと感じています。TAMのメンバーになることで得られた今までにない課題を与えられる仕事のチャンス、TAMのグローバルなネットワークのおかげですね。
そうしたなか、自分の「モヤモヤ」も少しずつ晴れてきました。Slackでは、日々、社内のやりとりが流れてきて、そこでは会社の情報がオープンにまわっている。中には、自分がアドバイスできる話題もある。若い人を「育てたい」といった教育欲も芽生えてきました。
全社ミーティングでは、決算月の忙しさのようなものも感じられて、久々に、マイペースとはかけ離れた盛り上がり、一体感、誰かに頼られる嬉しさも――。ときには、想定外の火消しに駆り出されることもあるけれど、それもまた、自分をストレッチさせるための機会なんだ、と思えます。
グループに入っても、TAMという組織に「拘束」される感じはありません。たしかなのは、なにか行動を起こさなければ、なにも生まれない、という事実。自分とTAMとの間にあるのは、お互いに対する信頼とコミットメントです。
今は目下、日本のイラストレーターと海外のエージェンシーとをマッチングするサービスの開発に取り組んでいます。
フリーランスの自由を諦めずに、社員のチームワーク、リスクテイクの機会も手に入れたい。自分は、ありがたいことに、フリーランスと社員の「いいとこ取り」をさせてもらっていると思っています。あえて名前をつけるなら、「スタートアップ社員」――? フリーランスの新しい形態なのかもしれません。
フリーランスの人が、自分の将来を見据えて、あえてもう一度、組織に参画する動きがもっとあっていいと思います。フリーランスの人たちは、組織に「外」からの視点、新しい物差しをもたらし、組織のカルチャーやモノづくりのルールが変え、クライアントに提供できる価値を高めてくれるからです。
海外と日本の距離感もあるなか、クライアントにもTAMにも自分の存在や価値を認めてもらうのは、そう簡単なことではないと思っています。ですが、TAMには個々にまかせてくれる自由な社風があり、海外にいても十分にサポートしてもらえる体制が整っています。
会社も社員も、頼り頼られるではない、まさに「フラットな関係」――それをベースに、これから思いきって新しい挑戦に邁進していきたいです。
Tamsterdam B.V. 代表 飯島章嘉
インタラクション・デザイナー。建築メーカー、ウェブ制作会社を経て、2012年オランダの制作会社でUXデザイナーとして短期勤務。帰国後フリーランスとして独立し、ウェブサービスや業務システムのUX/UI設計を手掛ける。2018年より再度オランダに渡りTAMの一員としてオランダにTamsterdamを設立。
[執筆協力・撮影] 池田礼、岡徳之