株式会社キャンバス / 取締役CFO
2009年、東京証券取引所マザーズ市場に上場
株式会社キャンバスは、抗がん剤を研究開発する「創薬」のベンチャー企業。私は最高財務責任者として転職し、マザーズ上場を挟み、現在もCFOとして最前線で資本政策やインベスターリレーションズに従事しています。 2007年に大手製薬企業と提携し、その強固な財務基盤にも支えられ開発も順調に進んでいた状態で2009年の上場が実現しましたが、翌年にその提携が一方的に解消され、いきなり上場を維持できるかどうかの岐路に立たされました。 実は当時、キャンバスが上場して一定の軌道に乗せることができたらスタートアップやその周辺の業界に復帰しようと考えていたんです。ところが軌道に乗る前にこのようなことが起きたので、それどころじゃなくなりました。 とはいえ、こういった危機のたびにポジティブに考える私は、 「創薬ベンチャー企業が上場した後も開発投資で赤字を十数年にわたって続けている間も市場から潤沢な資金調達を続けて時価総額を高めていく事例は米国には珍しくない。日本にはまだないので、その第1号になれればいいじゃないか」 と考えました。 そこで、会社を辞めずにむしろ矢面に立つことを決意し、資金調達に奮闘する日々が始まりました。 もちろん前例もないので、仮説を立てては検証しやり直す試行錯誤が延々と続きました。 売上から来る利益もなく、赤字で貸してくれる金融機関もない以上、資金調達の生命線は株価の維持と向上です。 投資家リレーションに励み、社内ではコストを削減しながら、できることはなんでも行いました。 それでも、日本の株式市場やそれを報じるメディアはこぞって昭和の頃のまま、黒字と配当が大好きです。 赤字のベンチャー企業が上場している意義や企業価値の考え方など、ほとんど理解が進んでいません。 「えっ、そこから説明しないとわかりませんか」と呆れることもよくありました。 たとえば、赤字企業の企業価値評価は、将来の価値を割り戻した現在価値です。 実際には黒字企業の企業価値評価も同じ「将来の価値を割り戻した現在価値」なのですが、黒字企業の場合は将来の価値を現在の利益実績から算出できるので、結果として「利益の◯倍」という簡略化した計算方法(PER)が使えます。 赤字企業の場合は簡略化した計算方法が使えないので、将来の価値を別の方法で計算することになります。 それだけの違いなのですが、多くの人は「現在の利益実績がないと企業価値を計算する方法がない」と勘違いしています。 そこで私は、「将来の価値を割り戻した現在価値」から改めて説明するなど、バイオ企業としては珍しいタイプのブログを書いたり、公式ツイッターアカウントによる投資家リレーションを始めたりしました。 それでも市場の評価は冷たいままの期間が長く続きました。 それでもなんとか調達し続けた資金で最先行の候補化合物CBP501臨床試験が第2相まで進み、2022年の半ば頃からようやく、臨床試験の進捗や成果・将来像についてわかりやすく公表できるようになりました。 そのとき、これまで砂漠に水を撒くような気持ちで続けてきたことが実を結び始めました。 臨床試験の進捗が企業価値の向上であるという主張が、少しずつ受け入れられつつあります。 プロの投資家ばかりでなく一般の方にもその機運が起きているのを肌で感じます。 この仕事をやっていて思うのは、相手が一般投資家であっても機関投資家であってもVCであっても、結局はコミュニケーションが大事だということ。 資金調達が実現できるかどうかは、そこに尽きます。 運の良いことに、そのコミュニケーションに、学生時代の「新聞記者になりたかった」経験が活きているんです。 限られた文字数や時間で相手に魅力を伝えたり、交渉したりする。大学時代に学んだことが活かせています。