- BAC、PM、新規事業立ち上げ
- カスタマーサポート/リーダー
- CFO候補・バックオフィス担当
- Other occupations (38)
-
Business
- BAC、PM、新規事業立ち上げ
- CFO候補・バックオフィス担当
- 経理(中途)
- 総務・労務担当
- 26・27・28卒・学生・既卒
- CFO候補
- 経理・バックオフィス担当
- 26卒・海外拠点・開発
- 26卒・拠点立ち上げ
- 総合職【中途】・観光・地方創生
- リゾート開発・マネジメント
- ベストベンチャー100選出企業
- リゾート・施設開発・マネジメン
- 26卒|地域活性をデザイン
- 26卒総合職/説明会実施中!
- 26卒|積極採用中!
- 総合職【26卒】
- 26卒/ベンチャー/観光・宿泊
- オペレーションマネージャー
- フィールドディレクター・中途
- サービス企画・ACT企画
- 事業責任者【中途】
- ゲストサービス/観光・宿泊
- 中途/事業開発/観光・宿泊
- 正社員・SNS・広報・マーケ
- フィールド開発
- Other
入社半年で社内MVPを2度獲得し、「全部自分事に捉える」をモットーに圧倒的な実績を残したシイナさん。あれから2年半が経ち、今度は新卒採用を担当する立場となった彼に再びインタビューを行いました。
前回のインタビュー記事はこちら
インタビュアー
株式会社BUB 26卒インターン生 乙川翔太郎
〇プロフィール
足立詩名 Shiina Adachi
兵庫県丹波市出身。幼少期はキャンピングカーで日本各地を周り、ドラム、野球、体操、登山、茶道、海外渡航など数多くの経験。(大学)APUで90カ国の学生と交流を重ね、アメリカ・スペインへの留学経験も持つ。2022年株式会社BUB入社。最速の1年3ヶ月で支配人に就任。現在4年目で新卒採用全般業務を担当。
入社9ヶ月でマネージャー就任。「行動量で勝負」のがむしゃら時代
ーー4年間を振り返って、最初の転機はいつでしたか?
入社9ヶ月後の2022年12月ですね。拠点の朝グループマネージャーに就任したのが最初の転換期でした。
初めてマネジメントというものにトライする機会を得て、グループで方針を決めたり、チームをまとめていくということをひたすら実践していました。マネジメントに対する知識は0だったので、本当に試行錯誤の連続でした。
ーーその時期はどんな働き方をしていたんですか?
情熱めらめらで取り組んでいました。がむしゃらのがむしゃら(笑)。傍から見たら不器用だったと思います。張り切りすぎて、いきなり色々言いすぎたり、伝え方も下手でした。
バブの核であるゲスト対応やサービスについて、毎日「どうやったらお客さん喜んでくれるかな」「どうしたら楽しいかな」ということを真剣に考えて、最高の1日をつくることに全力でフォーカスしていました。
ーーその頑張りが評価されたんですね
圧倒的にスキルや能力が上がったわけじゃない。ただ、行動量は誰にも負けない自負がありました。「言うのは簡単だけど、実際に行動すること」を実感しましたし、振り返りたくないくらい失敗もいっぱいあります(笑)。100点ではないが、とにかく進み続けた感じです。そこには同期や仲間の存在が大きかったです。
そしてもう一つのヒントは、やはり乗り越えていくこと。気持ちや状況も変わっていきます。
八ヶ岳拠点立ち上げ。砂利運びから支配人まで
ーー次はどんな展開になったんですか?
2年目の3月からは、2拠点目となる八ヶ岳の立ち上げに関わりました。これまでのサービス運営だけではなく、拠点をまず完成させるところからのスタートです。
発掘体験場を作るために砂利をひたすら1時間運び続けたり(笑)、1個20〜30キロくらいある丸太を60本館内に運んだり。家具も膨大な数を客室分組み立てる必要がありました。今ホームページで見れる八ヶ岳の綺麗な部屋の家具は、みんなで速さ競い合いながら立てたものです。
森の中も、今でこそ道がありますが、あれ全部笹の森で。地域の人に教えてもらいながら道を作っていきました。とにかく「なんでも屋さん」でしたね。
ーー7月には支配人に就任されたとか
当時の上長が役員になり、八ヶ岳支配人を引き継ぐこととなりました。でもここからが本当に挑戦の1年でした。
一緒に働いていたマネージャーの1人が離職となったため、結果的に支配人として複数の役割を担うことになりました。メンバーのマネジメントもサービスの企画運営も全部やっていました。
ーー相当チャレンジングだったんじゃないですか?
当時「ドリームプラン」という1組限定の特別対応プランをやっていて、例えばゲストから「釣りをしたい」という希望を聞ければ、渓流釣りに出かけるんですけれども。そうすると支配人なのに現場を離れる必要があって、オペレーション面で課題が生まれることもありました。
コース料理のオペレーションがうまくいかず、お叱りをいただいたこともありました。BUBは通常NPS80(顧客満足度指標)を狙うんですが、NPS-20という最低記録を出してしまいました。
ーーそこからどう立て直したんですか?
7月に支配人になり、翌年4月まで丸1年八ヶ岳にいたんですが、NPS80を超える月も何度もありましたし、メンバー達が目標達成でアワード表彰されることも多々ありました。
何より大切にしたのは、我々チーム全員が「きっかけとは何か」「なぜBUBで働いているのか」という原点を、共有することでした。目の前の業務に追われがちでしたが、BUBの理念である「きっかけが未来をつくる」という目的を、みんなで再確認する時間を意識的に作りました。
メンバー一人ひとりとの面談。毎日の朝と夜にその日のサービスについて振り返る習慣。ゲストからの「最高でした!」と言われた瞬間をチーム全体で共有したり、逆に課題があった時も隠さずにオープンに話し合う環境作りに徹しました。
朝のシフトが始まる前の準備から夜の片付けまで、様々な時間帯で働くメンバーと自然にコミュニケーションを取るよう心がけました。深夜にちょっとした悩みを相談されることもあったし、早朝の準備で一緒に汗を流すことで、お互いの想いを理解し合えた部分もありました。
ーー支配人時代に学んだことは?
副代表のきよさんとよく話す「役職が人を育てる」ということを身をもって学びました。
業務だけじゃなくて、メンバーの人生の悩みや相談を受ける機会も多くなりましたね。一人ひとりが大切にしている価値観や将来への想いを理解し、それぞれの働きやすさや成長を支援する環境を整えることの重要性を学びました。リーダーとして、チーム全体のモチベーションを保ちながら、個人の成長も促進するバランス感覚を必死に磨きました。
千葉支配人での挫折体験。自ら降格を申し出た決断
ーー3年目はどんな展開でしたか?
3年目の4月から千葉port. 支配人となりました。八ヶ岳は19客室でしたが、千葉は30客室の大規模拠点。ゲスト数もクルー数も格段に多い環境でのマネジメントになりました。
八ヶ岳では8名程度だったメンバーが、千葉では14人の大きなグループ。1人1人に夢ややりたいことがあって入ってきたのに、それを実現していく役割、成長環境作りが、当時の私には十分にできませんでした。
ーーそれが挫折体験になったんですか?
状況的に、支配人兼夜マネージャーをやっていて、夜のキャプテンを輩出しようと思っていました。ただ、その体制を整える過程で様々な課題が生まれ、このままじゃ夏のサービスがやりきれないと思い、、私から降格という形で夜マネージャーになりました。
ーー自分から申し出るって、相当な決断ですよね
全体最適を考えて、自分で言ったし、合意も得たんですが、やはり後から心にきました。でもそこで改めて思ったのは、役職に執着したり、枠に囚われないようにしようということです。「俺はマネージャーだからここだけやる」ではなく、今の自分のミッションに注力するという感覚が本質的だなと思いました。
ーーその経験が今にどう活きていますか?
「役職は役割分担である」という考え方が身についたことが大きいですね。組織の中で自分はどのミッションを担うかという責任分担であって、個人のビジョンを持ちつつ、今目の前にある仕事に集中、そんな感覚です。
今回の経験で、自分のプライドや立場にこだわることよりも、チーム全体や会社全体にとって何がベストかを考えることの重要性を学びました。支配人からマネージャーになったときも、「役職を下げて悔しい」ではなく「この立場で何ができるか」にフォーカスできるようになったんです。
組織の成長とともに、自分のValueを発揮できる領域を柔軟に見つけていくことの大切さを学びました。今の人事の仕事も、現場経験があるからこそできることが沢山あります。何より、どんな立場にいても「ゲストやメンバーを喜ばせる」という仕事の本質は変わらない。それがBUBで大きな働くやりがいだと思います。
新卒採用で発見した仕事の本質
ーー3年目後半からは人事としてのスタートですね
はい、2024年9月から新卒採用に関わり始めました。BUBは現在急成長中、将来性と働き外のある企業。だが、大企業に比べるとネームバリューやブランド力はまだまだ。
だからこそ、この3年間BUBサービスの最前線で培った「きっかけをつくる」思考がそのまま発揮されました。現場で「どうやったら目の前の子供達が楽しんでくれるか、最高の1日とは」ここを考えていたのと全く同じで、「最高の会社説明とは、BUBで描ける最高のキャリアとは」沢山考えました。
ーー現場と人事、一見違う仕事のようですが
仕事の本質は同じです。ホテルであれば滞在価値を考える、航空会社であれば安全で快適な空の旅を考える、旅行代理店であれば最適な旅行プランを提案する。
BUBであれば、旅と世界中の体験を通して、人のきっかけをつくる。
人事であれば、世界にきっかけを届けていくBUB大冒険時代の仲間を集める。
数ある大企業の中で、BUBの魅力とキャリアの将来性を感じてもらうには、ホスピタリティが大事です。説明会ひとつとっても、考えるのは同じ。「どう話したら、学生達は興味を持ってくれるかな」と。ここでBUBの現場経験が活きるんです。
ーー全ての仕事が繋がってるんですね
非常に。熱いVISIONを抱き、ひとりひとり人生に親身に向き合う。一瞬で親密な関係を構築し心を掴む。数万人の子供達と接してきた経験があるからこそ。全部の仕事が繋がっているなと感じました。
地球全大陸制覇への夢。「日本から海外へ挑戦していきたい」
ーーシーナさんのこれからのキャリア展望を教えてください
BUBは2027年に初の海外拠点、ハワイへの進出が具体的に見えてきました。海外拠点ができる日には先駆者として、1番に手を上げていきたいです。まずは初海外ハワイ拠点のサービスをつくって、その後は全大陸にBUBを作りたいと思っています。
ーー全大陸ですか!
幼少期から「世界の大地を冒険しに行きたい」と考えていましたが、これをキャリアで実現できたら最高ですよね!大学APUで90カ国の学生とグループディスカッション200回以上やる中で、異文化コミュニケーションを学びました。BUBを本領発揮の場として、海外で活躍したいです。
ーー既に海外拠点のある日系・外資系企業という選択肢もあったと思いますが
名だたる日本人達が、かつての歴史で世界を舞台に活躍してきました。出光興産の日章丸だけでは、語り尽くせません。
当時と今の状況は違いますが、BUBで「体験」「きっかけ」を軸に世界へ挑戦していきたいですね。
数年後に「どうやら最近の日本は体験が豊富で子供達が果敢に挑戦しているらしい。日本の将来は可能性に満ち溢れている」と海外からも活気の目で見られるような社会貢献をしていきたいです。
ーー最後に、BUBに興味がある学生や就職先を悩んでいる学生にメッセージをお願いします
「冒険と成長とやりがい>見栄」軸のキャリア!
私が入社した当時は拠点が1つでした。4年経ち、現在は4拠点、来年には6拠点目も見据えています。2030年50拠点という目標を本当に実現していけるかどうかは、自分達次第。
BUBは90%が新卒集団、平均年齢24歳。仲間思いで、志高き最高のチーム。
今後BUBが世界で展開していくためには、さらに様々なバックグラウンドを持った人が必要になっていきます。
「失敗しまくったから環境が変わりまくった」と言いましたが、その成長環境があることが財産。
BUBの挑戦環境で仕事の本質を習得すれば、どの業界でも活躍できる人になれます。それを人の「きっかけをつくる」という人生の中核で成長してキャリアを作っていける。
21世紀の大冒険時代の仲間になりましょう!
You are wanted !
ーーシイナさん、ありがとうございました!
BUBing~👍🏼!
シイナさんのように、失敗を恐れずに挑戦し続ける仲間を、BUBは待っています。
【ベストベンチャー100】に選出されました!!✨
26卒採用中!!エントリーはこちら
「ベストベンチャー100」とは、これから成長が期待されるベンチャー企業100社限定のサイトで、ベンチャー通信を運営するイシン株式会社が提供する法人向け有料会員制サービスになります。イシン株式会社にエントリーした企業の中から、イシン株式会社が厳正な審査のもと選出したベンチャー企業100社が「ベストベンチャー100」として紹介されます。サービス概要や審査内容についてはこちらをご参照ください。