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ここは一つの「レストラン」 生産者とつながる朝食を

「朝食に感動した」「期待以上のおいしさでした」――。広島県福山市、福山駅から徒歩3分ほどの場所にある「福山オリエンタルホテル」。宿泊予約サイトを見ると、朝食への高い評価がずらりと並ぶ。

カラフルなサラダバーや旬の素材を使った惣菜、好みの具で楽しむおにぎり……。カウンターを彩る豊富なラインアップのメニューは、惣菜からデザートまで一貫して手作りにこだわっている。

「ビジネスホテルじゃ考えられない朝食だよね、と言われると、そういえばここはビジネスホテルだった!って思い出すんです。私はここを一つのレストランだと思って働いています」と笑うのは、ホテル内で朝食を提供する「montrose」(モンローズ)の堀礼佳さん。管理栄養士の資格を生かし、メニューの考案や調理を行っている。

「料理ができる管理栄養士になりたい」病院勤務からホテル業界へ

堀さんは「福山オリエンタルホテル」を運営する株式会社サン・クレアに入社する前、関東地方の病院で管理栄養士として働いていた。子どもの頃から食べることやお菓子作りが大好きで、中学生の頃に「医食同源」という言葉を知り、食の力に感銘を受けて選んだ仕事。ただ栄養指導をしたり、病院食の献立を考えたりするだけではない「料理ができる管理栄養士」を目指していた。

「資格は取得したけれど、大学では料理のことをそんなに深く習ってはいないんです。でも私は、管理栄養士は料理ができる人というイメージが強かった。これから管理栄養士として仕事をしていくのに自信を持って料理ができると言えないのは恥ずかしいと思って、厨房が直営の料理ができそうな病院を選んで就職しました」

ところが、入社して1年が経っても料理に関わる機会はなかなか巡って来なかった。料理ができる職場を選んだはずなのに、本当にこのままでいいのだろうか。悩み、揺らいでいた堀さんに声をかけたのは、堀さんが勤務していた病院の元同僚。株式会社サン・クレアが愛媛県で運営するホテル「水際のロッジ」へ転職し、立ち上げ準備を行っていた。

「ちょうど水際のロッジがオープンするタイミングで、今すぐ料理ができる場所があるよって誘ってもらったんです。料理を一から学ばないと、と思うくらい自信がなくて不安だったんですけど、流れに身を任せて、一度見学に行ってみることになりました」

「私がここにいる未来」を想像してくれる人たちと

堀さんが愛媛県を訪れたのは「水際のロッジ」のオープン当日だった。ホテル内のレストラン「Selvaggio」(セルバッジオ)はピザやパスタを提供するイタリアンレストラン。「厨房に入ってみる?って言ってもらって入ったんですけど、レストラン内はイタリア語が飛び交っていて。何を言われているかも分からなくて、何もできずに営業が終わってしまったという感じでした」

しかし、営業終了後に行われたレストランのマネージャーとの面談に、堀さんは心をつかまれた。「まだ私が入社することが決まってもいないのに、私の働きやすさをすごく考えてくださっていたんです。管理栄養士の資格を生かしてできることとか、キャリアアップの仕方とか。ふらっと来ただけなのに、私を含めたはるか先の未来の話をしてもらいました」。ここでなら、きっと自分にとってプラスになる経験が積めるに違いない。ここまで考えてくれる人たちの力にもなりたい。そう考えた堀さんは2020年、株式会社サン・クレアへ入社した。

まず第一に考える「お客さまのため」

「Selvaggio」で料理に携わり始めた堀さんを待ち受けていたのは、想像していた以上の「初めて」だった。正しい包丁の持ち方や食材の切り方。自分が作ったものがお客さまの前に運ばれていく緊張感。暮らしの面では、車を一人で運転することも、一人暮らしも。「楽しかったんですけど、新しい環境や働き方に慣れることには少し時間がかかりました。厨房の中ではどう考えて効率よく動くのか、とか。でもいつでも一番に考えるのは“お客さま”のこと。その考えがあってこそ、料理が出せるんです」

食べやすい形、食べて楽しい食感はどんなものか。料理を口にしたお客さまにどんな反応をしてもらいたいのか。そしてそのためにはどうすればよいのか、と考えられるようになるまでが大変だったと堀さんは振り返る。「どんな食材の組み合わせがおいしいのかを知りたくて、愛媛県のピッツェリアはほぼ全部行きました。休みの日も本屋さんに行って、どんな前菜やドルチェを作るのがいいんだろうってずっと考えていましたね」

場所が変わっても、変わらない気持ち

2022年10月末に「福山オリエンタルホテル」へ異動した堀さん。自然豊かな環境のホテルから、駅前のビジネスホテルへ。環境や客層、作るメニューは大きく変わったが、料理の根本は何も変わっていないのだという。

「Selvaggioにいたとき、食材は生産者さんが作った“そのままでおいしいもの”だから、丁寧に下処理をしてできるだけ手を加えずに提供すると教わったんです。私もこの考え方を大切にしたくて、今一緒に働いているスタッフにも伝えるようにしています」

「福山 胞子から育てた海苔」「福山 田尻のイタリア野菜」。壁にはカラフルなパネルを掲示し、生産者が見える会場作りにも取り組んでいる。料理を通して、お客さまに生産者のことを伝えたいという心意気がひしひしと伝わる。生産者との関わりの大切さも、堀さんが「Selvaggio」で学んだことの一つなのだという。

時には、堀さんが自ら生産者のもとに足を運んで話をすることもある。「こだわりを聞いたら教えてくださる農家さんや、この人が作るものをみんなに届けたいなっていう生産者さんと取引させていただいています。私も野菜や畑のことを聞きたいし、聞けると嬉しい。ホテルで料理をしていても、お客さまにちゃんと生産者さんの思いをを伝えたいなっていつも思っています」

生産者ともっとつながるための挑戦

これからは「montrose」を代表するようなメニュー作りに取り組んだり、家族連れでの利用が多い日にマルシェを開催したりしたいとも考えている。「生産者さんたちは本当に個性豊か。おいしいものを作っている生産者さんたちが集まる場にもなったら」。ホテルでの朝食を通して、地域の生産者と宿泊客がつながる。ビジネスホテルの朝食会場という枠を飛び越えて、まだまだ挑戦したいことがある。

堀さんは「福山オリエンタルホテル」をはじめとする株式会社サン・クレアの環境を「いろんなことに挑戦させてもらえる場所」だと話す。「失敗してもそこからお客さまのことを考えて自分でどう変えていくのかということを考えたら、いつでも背中を押してもらえます」。普段の業務でも、一緒に働くスタッフやアルバイトの意見をフラットに聞きながら、新しい取り組みやメニューを考えているという。

「福山オリエンタルホテル」では、堀さんたちと一緒に働く仲間も募集している。「私はお客さまの笑顔と健康を増やしたいし、生産者さんにも喜んでもらいたいし、ここで働く人にも楽しんでもらいたい」。いつでもここに関わる人のプラスになることを考えたいのだと、堀さんはほほ笑む。「私が思いつかないことなんて、まだまだ山ほどある。意見を出し合いながら、面白そうだね、できそうだねって言い合って一緒に進んでいける人が来てくださると嬉しいです」

文/時盛 郁子

キッチンスタッフ
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