慶應マーケティング研究会主催の就活応援イベントにて、弊社マーケティング部部長の高井が講演会をさせていただきました。
前編では、広告業界のトップを走る電通出身の高井が、将来を悩む学生に向けて、大学生活の過ごし方から、電通とは、スタートアップ企業になぜ転職したのかなどをお話ししています!
大学生活をどう過ごすべきか悩んでいる方、広告・マーケティング業界に興味のある方は必見です!
~自己紹介~
まずは、自己紹介からしていきたいと思います。高井洋輔といいまして、株式会社ミツモアでマーケティング部の部長という役職に就いています。
一橋大学社会学部を卒業し、新卒で電通に入社しました。14年ほど勤めまして、去年の11月にスタートアップであるこちらの株式会社ミツモアにジョインいたしました。
中学はバスケ部で、高校では真逆ともいえる軽音楽部を作ってバンドをしていました。大学では、部活はフィールドホッケー部に入り、ばりばり運動をしていましたね。
勉強方面ですと、社会心理学のゼミに入り、マスコミュニケーションについて勉強していました。
~学生時代~
ジャーナリズムとの出会い
高校生の時に読んだ本がきっかけで、私はジャーナリズムに興味を持つようになりました。
知の巨人と言われ、言語学の学者であるノームチャムスキーが書いた「メディアコントロール」という本です。
アメリカ政府の批判や報道のあり方、民主主義について書かれていています。ジャーナリズムを学びたい、社会をより良い方向に導く力になりたいと思うようになり、社会学部を目指し始めました。
大学で感じたジャーナリズムのギャップ
一橋大学では社会学部でマスコミュニケーションを学んでいました。
マスコミュニケーションを学ぶ中で、高校生の時に考えていた報道と実際の社会におけるジャーナリズムは違うことを痛感しました。現実社会は生々しく、生の記者、メディアの世界は思っていたものと違いました。
例えば、記事に対して記名していないのはなぜなのか?という疑問を以前から持っていましたが、その疑問一つとっても、実際記名ができない事情や状況が様々あるんです。
つまり、一人で志を持っていても現在の報道を変えることはできないような難しい社会構造が存在することを、大学で学びました。こうしたギャップから「ジャーナリズムやりたいけど、どうしようなんか違う」と思いながら大学生活を過ごしていました。
大学時代のアルバイト経験
アルバイトは、イベントディレクターをやっていました。イベントの運営をするアルバイトで、選んだ理由は、単純に日給がいい!でした(笑)。日給2万、3万のお仕事もあり、学生のバイトながらにおいしい!と思ったんです。
そういう浅い気持ちで始めたイベントディレクターのバイトでしたが、実際はやりがいもあり、とても楽しい仕事でした。
まず、その日一日で終わり全力を尽くせる短期完結、かつ多種多様なイベントがあったので、飽きが来ず、毎回楽しむことができます。また、学生のアルバイトながら責任が求められる仕事なので、やりがいが大きかったんです。
フリーのイベントディレクターの方が多くいる世界だったので、学生のアルバイトだとしても一律に能力を評価されていました。雇い主から優秀なのか、ちゃんとした仕事をしてくれるのかをそれぞれ対等に評価され、優秀であれば次の仕事に呼ばれたり、日給が上がるような仕組みでした。
「一人の社会人として勝負できる」というと大げさかもしれませんが、学生ながら社会人の方々と肩を並べて仕事にきちんと向き合うことができるという意味で、アルバイトとしてはとても面白かったんです。
少し話は飛びますが、後に入社する電通という会社に対してもこのアルバイトを通じて興味を持つようになりました。色々なイベントに関わる中で、いつも裏側に電通がいることに気が付いたんです。
CMの世界との出会い
プライベートでも広告の世界に関わったことが多くありました。一橋の社会学部はマスコミュニケーション専攻の人が多い学部で、広告に元々興味のある人が周りにたくさんいました。そのため、学部の友人に広告系のイベントによく誘われていたんです。
その中でも今回紹介したいのが、世界CMフェスティバルというちょっとクレイジーなイベントです。夜20〜22時ぐらいから朝の6〜7時くらいまでオールナイトで世界のCMを見るイベントです。世界中の面白いCMから感動系の泣かせに来るCM、30秒のものから3分ほどのものもあり、多種多様なCMを永遠にひたすら見ました。
それが、意外と高揚感があり面白かったんです。先程のジャーナリズムとの対比ではないですが、単純に映像として面白いと思い、こういう映像を作る仕事って面白いなと思いました。
ジャーナリズムは、社会をよりよくしたいからこういう報道をするといった上段の話になります。対して広告は、目の前にいる人に対して商品の魅力を伝えるためにはどうしたらいいのかについてまっすぐに考えて、その工夫が映像になっています。CMフェスティバルを見ながら、広告がそういった意味ですごく素直で魅力的なジャンルに感じられました。
よりよい社会にするという部分でジャーナリズムには魅力がありますが、広告による経済活動の方が社会に素直にインパクトを出せるのかな、広告って素直な仕事だなと思うようになった原体験になりました。
就職活動
私は「ビジネスにインパクトを出す」という軸で就職活動をしていたので、広告代理店に加えてコンサルの会社にも興味がありました。最終的に電通と、もう一つコンサルの会社に内定を頂き、どちらに就職しようかものすごく悩みました。いまだにどちらが正解だったのかはわからないです。
ただ電通を選んだ当時の理由が2つあります。
1つは、川上の戦略だけでなく、実際にイベントを形作ったり、映像を作ったりという制作実施の下流までできるから、社会に出すインパクトが肌で感じられて面白いのではないかと思ったことです。
2つ目はハードワークができるということです。労働時間が長くても、一生懸命働いて自分を成長させた方が、最終的に社会に出せるインパクトは大きくなるのではないかと思っていましたし、その分お給料もよさそうという気持ちもありました(笑)。
~電通について~
電通ってどんな会社?
みなさんが広告代理店に興味があるとのことなので、私が14年ほどいた電通という会社についてお話ししようと思います。電通という会社にどんなイメージを皆さんが持たれているかは、実際に聞いてみたいところですが、私自身もいまだに電通がどういう会社なのかわかったような、わかってないような、不思議な部分がどうしても出てきてしまう会社です。ただ、社会に出ている人間として明確に特徴として言えることが2つあります。
1つ目は、「鬼十則」という社員の行動指針が根付いているということです。今は違う行動指針に変わっていますが、これは知識としては読んでみる価値はあるかなと思っています。電通の四代目社長吉田さんが軍人上がりの怖い方だったんですが、その方が遺した言葉をまとめた本です。平たく言うと「仕事とは主体的にやるものである。人から言われてやるものではなくて、主体的に自分からやるのが仕事で、やり切ったらきっといいことがおきる」というような内容をまとめています。
このマインドが電通という会社にはかなり根深く染みついています。電通などの広告代理店は、どうしても受け身の受注産業になりやすい業界です。こういう商品を売りたいという会社の需要があって、初めて自社の動きが決まるので、基本的には受け身になるはずなんです。でも受け身ではなく、「自分たちが」と主体的に動くことができる「鬼十則」のマインドが、電通の仕事において色々な特徴に出てきます。
電通の特徴の2つ目は、「百人百色の名刺」です。この百色の名刺は、ずっと電通で使われてきているものになります。それぞれのパーソナリティの違いを表しています。また、「なるべく違うパーソナリティーの人を集めてこい」というずっと引き続いている採用基準もあります。快活で体育会系みたいな人、シリアスで頭の切れる人、それぞれどういう特徴でも良いんです。
色々なパーソナリティと主体性によって、色々な事象を見出していけるのではないかと考えている会社が電通だと私は思っています。
あまりよく知らない人もいるかもしれないので、どういう事業をしている会社かについても簡単にお話ししたいと思います。端的に言えば広告代理店・広告会社です。
例えばある飲料メーカーの会社から新商品を世の中の人にいっぱい売るためにその魅力を届けたいです、という依頼がきます。
その依頼を受けて、大きくは営業・プランナー・メディア担当・クリエイティブの4つに分けられる人たちがチームを組んで、この商品を世の中にどう売り出していこうかを考える仕事をします。これが広告代理店の仕事です。
電通で働いてみて感じたこと
私は営業の仕事が長かったです。今、この営業職はビジネスプロデューサーという名前ですが、何かモノを売りに行くという営業ではなく、企業からの依頼に応えられるチームを作って、プロジェクトを進行していく旗振り役でした。
その他の職種として、先ほど話に挙げた、戦略を考えるプランナーと、実際にその商品を広げていく手段を実行していくメディア担当と、CMなど広告の内容をどういう内容やメッセージにしたら相手に届くかを考えて表現するクリエイティブ担当などがあります。これらの職種に分かれて、実際にCMだったらテレビ局などにお金を払い、場所を借り、広告を出し、商品を消費者に届ける、というのが私たちの仕事でした。
電通に入った理由としてハードワークがしたいから、と言いましたが、覚悟をして入ってもやっぱり結構大変でした。最初に社会に出た時は今から10年位前の話なので、労働時間は今より長かったと思います。しかし、労働時間よりも責任の重さを一番大変に感じたことを覚えています。逆に言うと、若い年次の人間でもどんどん責任を背負って仕事に向き合っていくってことを求められる環境でしたね。
電通だけでなく、コンサルティング会社なども、BtoBの企業からの受託なので当然その発注元に対しての下請けという立ち位置にあります。発注元の企業に対して責任を持たなくてはいけないし、求められることの厳しさがかなりあるので、その部分において大変な思いをしました。
こういった責任を求められるという面で、かなり同じ部分がある会社さんは多いと思います。辛くはありましたが、個人的には良かったと思っているポイントです。
なぜかというと、環境が自分の限界を押し上げてくれることを、肌で感じることが出来たからです。電通の職場の中では中堅の世代になり、部下がついて指導をすることが多くなってきていました。いろんな後輩を見てきた中でも、自分の原体験においてもこれは感じた事です。限界をどこかで越えていくと、自身の能力が上がった実感が湧きます。視界が広くなって、より一層仕事が楽しくなっていくんです。
なかなかその限界を超えることは、自分の力だけだと難しくて、周りの力だったりとか、身を置く環境が重要になります。しんどい環境に追い込まれることがいいかどうかは結構資質だったりするので、そういった環境を求める資質のある方には、厳しい環境でのスタートを切ることはおすすめできます。
電通での仕事
電通の話を続けます。15年くらい電通にいたので、私自身がどういう仕事をしていたのかをさらっとお伝えしたいと思います。さっきお話ししたように営業のようなチームを作る仕事だったり、プロジェクトを進行する仕事をしてました。
最初の4年間は担当企業のいちメンバーとして、いろんなプロジェクトを担当しました。仕事はその時担当することになる会社次第なので、電通に入社しても仕事の幅は大分あります。
手元にあるコーヒーで具体的に話します。一口にコーヒーといってもいろんなブランドがありますよね。仮に、G社の担当を受け持ったとき、G社のコーヒーが美味しいと知ってもらうためにテレビCMや、オンラインの広告の提案などコミュニケーションを担当する人もいれば、実際に商品を購入していただく購買の部分を後押しするキャンペーンプロモーションを行う担当もいます。一つのブランドを応援・支援するだけでもいろんなプロジェクトが走っていくのです。
そういうプロジェクトを多面的に担当しながら進めていくのが中心の仕事で、最初はCMプロモーションPRが主戦場でした。CMプロモーションPRの仕事も依頼の内容に応じて変わっていきます。
それ以外にもいわゆるコミュニケーションに関わる仕事は一通りやりました。年次が上がって経験が増えていくと、今度はプロジェクトをリードする立場になっていきます。どういう能力を持った人が必要か、実際にそのプロジェクトを対企業にフィットしたものにして、しっかり収益にし、納得感のあるものにするにはどうしたらいいのかを考え、料金の交渉をしたり、成果の振り返りをしたりするようになりました。どんどん自分の領域がリードする側に変わっていきます。
ースポーツの部署への異動ー
入社してからはずっと企業の担当をしていましたが、自身の希望もあり偶然スポーツの部署に異動することになりました。企業を担当していたときと比べて何が変化したかというと、株式会社相手の仕事から、FIFA(国際サッカー連盟)などの競技団体や、Jリーグなどのスポーツのリーグの団体、Jリーグだったら鹿島アントラーズ、プロ野球だったら巨人のような球団など、スポーツの主体となっている組織と向き合って、その人たちが成し遂げたいことを一緒にやっていくような仕事になったことです。
ただし、やることが大きく変わったわけではなく、その人たちにとって何がベストかを考えて仕事を進めていく部分は同じです。ただしその後、マネージャーになることとなり、より一層チームの訴求や不満、メンタルケアなど、普段の仕事においてマネジメント側の要素が強くなっていきました。
ー携わったプロジェクトー
実際私が携わった仕事の実例を3つほど挙げたいと思います。1つ目は、若い頃携わった仕事の中で一番印象に残っている仕事でスマートフォンのお仕事でした。
2012年の当時、スマートフォンの市場において、iPhoneはもちろんですがandroidのスマートフォンの普及率がまだ結構高かった時代でした。
その時期に台湾のHTCという企業から、日本市場に進出したいというお話があり、その日本進出を手伝わさせていただいたんです。この仕事では、実際のスマートフォン端末の日本人に向けた開発からご一緒させていただきました。日本人に向けて当時開発したのは、大画面で最安のスマートフォンで、そのスマートフォンにつける名前や、販売戦略を考えました。実際に商品をお客さんに手に取ってもらうためにどういうメッセージで訴求をしたらいいのかにおいては、当時高画質のカメラなど、機能訴求が多い中、乃木坂46を起用して情緒的な訴求をすることで、大きく販売量を伸ばすことができました。
電通の仕事の面白いところは、一つの仕事の影響が想像のつかないような広がり方をすることが多いことです。このケースでいうと、台湾の会社が日本市場で、情緒的な訴求で勝負をして成功したことが、周辺の地域に影響を与えました。他の地域や国でスマートフォンを機能的な売り方ではなく、薄くて軽々、スムーズのような情緒的な売り方をしてうまくいったことがなかったので、「面白い!他のエリアでもやってみようよ」と話題になったのです。その結果、アジア圏の様々な企業でこの台湾の企業のCMと同じ乃木坂46を起用したCMを作りました。そんな一種のブームのようなことが生まれるのが面白かったです。
2つ目はワールドカップのお仕事です。先程スポーツ領域への部署異動の話をしましたが、その中でもサッカーの領域でずっとお仕事をさせていただいていた時期がありました。ワールドカップに携わるお仕事もありましたが、実際日本で行われた試合としては、クラブの日本一を決める大会に携わりました。実際チケットの販売方法、集客の仕方、会場での運営方法、テレビの演出など、様々な要素を計画し、実行していきました。
こうした世界的サッカーイベントに携わる仕事は電通のような会社でないと出来ないような仕事かなと思っています。約7万人が入っているスタジアムで、日本一に輝いたチームのトロフィー掲揚の瞬間は、流石にジンとくるものがありました。
3つ目は、オリンピック関係で、聖火リレーのランナー募集の仕事です。皆さんのご存じの通り、コロナ禍でのオリンピック開催に対する色々な意見もありましたし、単純に面白いといえる仕事ではありませんでした。コロナ禍での開催が審議される前のオリンピック準備期間前半は、日本中から、すごい数の聖火ランナーの応募が集まって、関心の高さを感じました。
実際私自身も応募してきた方のメッセージを読ませていただいて選考する仕事をさせていただきましたが、どれもとても熱い思いが書かれていて、全員採用したいような気分になりながら選考をしていました。
ところが、新型コロナウイルスが感染拡大し、オリンピックを今開催している状況ではないのではないかという世間の声が大きくなりました。その声を受け止めてどう対応するのか、コロナの影響も最大限排除して開催するやり方は何なのか、など様々な要素を整理していき、中には中止を断行したプログラムもあります。世間や、世の中の空気に向き合うことの難しさをすごく感じさせていただいた仕事になりました。
このように規模の大きな仕事が多い会社です。世の中に発信することがベースとしてあります。社会に自分がしている仕事のインパクトがどのくらい出ているのかを感じやすい仕事かなと思います。今は例として話しやすいので、華やかな仕事しか挙げませんが、実際地味な側面もたくさんありますし、逆に、芸能界やメディアとの接点も多い側面もあります。芸能界やメディアが好きな人がいれば、そういう面で魅力的に映る部分もあるのかもしれないです。
ー電通の体験を通じて思うことー
マーケティング研究会の皆さん向けの講演会なので、電通の経験を通じて思ったことをマーケティングにフォーカスしてお話しします。
マーケティングって元々広義な意味と狭義な意味がありますが、本当に時代や状況によって必要なものが変わっていくなとは、15年しか携わっていなくても思っています。
また、電通においてもグローバルな要素や、スポーツ・コンテンツが求められたり、最近でいうとBX/CX/DXみたいな事業により近い部分が求められる側面もどんどん強まっています。やはり、マーケティングで求められるものは変化します。でも、事業においては要素の一部であり、それ以上でも以下でもないです。その中で変化にずっと向き合い続けるので、結構大変な仕事だなと思ったりもしています
その後、ミツモアにジョイン
ーミツモアとはー
電通の後に入らせていただいたミツモアという会社について軽く説明していこうと思います。
スタートアップの会社で、ミッションとして「事業者の活躍を後押しして、依頼者にぴったりの価値をとどけて、日本のGDPを増やす」を掲げている会社になります。現在、従業員約200名、社員約60名と、本当にこれからどんどん大きくなっていく段階の会社です。
今社会に存在する様々な業種のプロの方とそのプロの方のサービスを利用したいユーザーの方とを結び付け、仕事が成立するようサポートする、そういったことがミツモアが手掛けているサービスの領域になります。
ミツモアは幅広い業種をカバーしており、約300程あるサービスを取り扱っております。また、事業者が出す見積もりを自動化することにも取り組んでおり、テクノロジーの面でも素晴らしさがあるサービスです。
ーミツモアのミッションー
先程ミッションをお話ししましたが、GDPを増やすための手段が、なぜこの事業なのかをご説明します。日本のGDPの成長率はそもそも最低水準がずっと続いてしまっています。これは弊社の創業者である石川が着目したポイントなんですが、製造業は生産性が高い中、サービス産業の生産性が低いんです。アメリカに比べて半分くらいの生産性になっています。
一生懸命サービス産業も取り組んでいるはずなのに生産性が低い。この点を、技術の力をうまく利用して改善してあげられたらいいのではないかと考えたんです。例えば、同じ労力で働いているのに、2倍の成果が上がっていたらそれだけ日本は豊かになるはずです。その部分に向き合っていきたいと考えている会社がミツモアになります。
サービスの話に戻りますが、プロの人と依頼者の人が出会う必要がありますが、その出会うことが結構大変なことで、よりよい形で出会うための手段として「見積もり」に着目しています。「見積もり」に対してすごくこだわりを持っているのが、ミツモアのサービスの形です。
ーミツモアにジョインした理由ー
一番の理由はこの会社のミッション・ビジョンに対する共感値がすごく高かったことです。その上で、魅力的な人がすごく多いところと、後は私が電通でやってきたマーケティングの部分がこの会社で生かせるなと思ったところが理由にあります。
私も長く働いてきて、自分がどこに向かっていきたいのかという部分がどんどん自分の言葉で言えるようになってきて、わかってきました。長年社会に対するインパクトを意識していた中で、単純なインパクトだけではなく、どういう方向に社会に影響を与えていきたいのかにこだわりを持ちたいと思うようになりました。そういう意味で、ミッションにある「GDPを上げること」といった社会的に意味があることに自分は今後身をささげていきたいなとか、ここでだったら頑張れるんじゃないかな、と感じさせてもらえたのがミツモアでした。世の中の具体的なペインの具体的な解決という社会的な意義がミツモアにはあると思ったんです。
いかがでしたしょうか?高井の講演会でのお話は後編に続きます。
後編では、広告とは何か、からスタートアップと大企業の違い、就職活動&大学卒業後に大事なことなど、広告業界に興味のある方だけでなく、大学生の皆様には必見のお話をしています。
是非ご一読ください!【慶應マーケ研究会主催・講演会レポート後編】はこちらから!
ミツモアはGDP向上を共に目指す仲間を募集しています