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環境・社会課題の解決に向けた事業や活動が求められる昨今。一社だけでは解決できないような複雑な課題に向き合うために、改めて注目されているのが「共創」のアプローチです。多様なメンバーが一つのゴールに向かっていくためには、いかにして組織や立場を超えた人々の共感を生み、巻き込んでいくかが鍵となります。
そのためのヒントを探るべく、ロフトワークは2024年3月13日にイベント「ステークホルダーを巻き込み、事業を推進する共通言語を醸成するロードマップの描き方」を開催。事業や組織が最終的に目指す変化・効果(アウトカム)や社会像(インパクト)の実現に向けた事業の設計図である「ロジックモデル*」を用いて、中長期プランを共有・推進するための実践方法について、ケーススタディを通じて議論しました。実践者としてゲストに迎えたのは経済産業省 近畿経済産業局 沼本和輝さんとアミタ株式会社 取締役 宮原伸朗さん。イベントの様子をレポートします。
執筆:藤原 朋
撮影:Satoki Demoto(Nishidono)
企画・編集・聞き手:横山 暁子(loftwork.com編集部)
*ロジックモデルとは
事業や組織が最終的に目指す変化・効果(アウトカム)の実現に向けた事業の設計図。(日本財団「ロジックモデル作成ガイド」より)
事業を通じて実現したい社会を描き、そこに至るプロセスの仮説を図で表すことで、誰 のどのような課題解決をしていくのか、目指している方向性をチームで合意形成することに役立つ事業推進をサポートするツール。事業が定量・定性成果を上げるために必要な要素を体系的に図示化します。
共創はむずかしい。だからこそ困難に対峙できる
まず初めに、株式会社ロフトワーク 京都ブランチ共同事業責任者の上ノ薗正人が登壇し、「共創プロジェクトの提案・実践に欠かせないこととは?」と題してインプットセッションを行いました。
ロフトワーク 京都ブランチ共同事業責任者 上ノ薗正人
「共創というアプローチの本質は、異なる文化や専門性を持ったもの同士の交差から、それぞれの領域単独では生み出せなかった新たな発想や具体的な創造物、しくみなどを、偶然的な組み合わせの妙もうまく使いながら、創造していくこと*」と上ノ薗は、共創について次のように語ります。
「従来の働き方とは大きく異なるため、普段通りには物事が進まないことが前提。つまり共創は、大変で、むずかしい。その代わり、複雑で困難な問題に対峙する力となるはずです」
共創プロジェクトに欠かせないのは、ステークホルダーと認識を合わせ、共創の“意義”をあの手この手で共有し、共創することがそのプロジェクトにおけるプロセスとして最重要なことのひとつである、と「実感(体感)」させること。そして、共創の効果が現れる(≒益が得られる)のには時間がかかるため、思いを絶やさずに続けていくことが大切だと話しました。
*引用元:共創の技術 ― 言葉とイメージの狭間で | Finding(棚橋 弘季)
ロジックモデルという設計図を描き、行動に移す
続いて、ケーススタディとして1人目に登壇するのは、経済産業省近畿経済産業局で「BE THE LOVED COMPANY-社員に、顧客に、地域に、社会に『愛される』会社になろう―」プロジェクトなどを推進する沼本和輝さんです。
経済産業省 近畿経済産業局 中小企業政策調査課 調査分析係長 沼本和輝さん
「不確実な状況で、グランドデザインが描きにくい時代だからこそ、政策形成に携わる行政マン一人ひとりがこうあってほしいという未来や想いを可視化することが必要ではないか。可視化するための設計図の手法の1つとしてロジックモデルは可能性を秘めているのではないか。」そう考えた沼本さんは、政策を設計する際に、パートナーやアクションを可視化し、共感を持って周囲を巻き込むためのプランニングにロジックモデルを取り入れています。
ロジックモデルの目的は①発散、②収束、③発信の3つではないかと話す沼本さん。特に①と②の段階で活用していると言います。
▼ロジックモデル活用の目的(沼本さんのケース)
(近畿経済産業局 沼本さんスライドより抜粋)
沼本さんが意識したのは、ロジックモデル=永遠の「たたき台」だと捉えること。論理の精緻さにこだわることも大事だが、まずは描いてみて全体像を捉えてみることの方が大事だと思ったそうです。その全体像を元に、実際に行動に移し、その上で書き加えたり減らしたりしてたたき台を更新していったと話します。また、アウトカムを考える際は、主語・述語を意識し、「誰にどうなってほしいのか」を具体的に想起するのが重要だと説明します。
ロジックモデルを作成し、プロジェクトを動かしていくなかで、多くの気づきがあったと振り返る沼本さんは、参加者に向けてこのように語りかけました。
社会的価値はわかるんだけど、で「ロジックモデルを書きながら、プロジェクトに関わってほしい人たちをイメージすることが大切だと思います。そしてイメージできたら、実際に会って話をすると徐々に解像度を高めることができます。。そうやって関わる人が増えていくと、プロジェクトに共感いただける人が増えて、アクションやアウトカムもどんどん広がっていきます。ロジックモデルという設計図を描いたら、ぜひどんどん行動に移してほしいなと思います」
社会的インパクトをロジックモデルと定量評価で可視化
ケーススタディの2人目は、互助共助型資源回収ステーション「MEGURU STATION®」を推進するアミタ株式会社 取締役の宮原伸朗さんです。
アミタ株式会社 取締役 宮原伸朗さん
コミュニティ醸成と資源循環という2つの機能を持つ「MEGURU STATION®」は、社会保障・福祉費の削減、環境対策コストの削減、資源調達コストの削減やリスクの低減など、市民・自治体・企業にとって多くの効果があると話す宮原さん。しかし、どのように定量化して、各ステークホルダーに共通言語として示すのかが長年の課題でした。
(アミタ株式会社 宮原さんスライドより抜粋)
そこで宮原さんは、社会的インパクト評価の手法を用いて、資源回収ステーションによって生み出される社会的な好影響を、市民・自治体・企業の視点で定量的に可視化することに取り組みました。千葉大学予防医学センターとの共同研究では、ステーションの利用者は非利用者に比べ、健康意識や幸福感が1~3割増加し、要介護リスク得点が低く、介護費用の低減につながると推定しました。
(アミタ株式会社 宮原さんスライドより抜粋)
現在も三井住友信託銀行と共に、社会的インパクト評価の定量化を実施しています。「MEGURU STATION®」がどのように社会的・環境的・経済的なインパクトを生み出すのか、事業戦略を可視化するロジックモデルを作成し、インパクトの実現可能性と現時点でのパフォーマンスを評価。さらに、インパクトに対する目標の設定や、モニタリングに必要なKPIを検討しています。
このように社会的インパクト評価を活用し、事業を推進してきた宮原さん。2030年には47都道府県5万ヶ所に設置することを目指しています。
・関連記事→アミタHDと三井住友信託銀行、MEGURU STATION®の社会的インパクト評価を実施
ステークホルダーに感性と理論でアプローチ
ここからは、沼本さんと宮原さんのお2人と、株式会社ロフトワーク プロデューサーの小島和人のクロストークの模様をお伝えします。
ーー共創プロジェクトにステークホルダーをポジティブに巻き込むにはどうすれば良いのでしょうか。宮原さんはどんなことを心がけていますか?
アミタ 宮原伸朗さん(以下、宮原) 新規事業を立ち上げようとして、社内で反対されてしまうケースをよく耳にします。自社の従業員もステークホルダーの一員ですから、どう巻き込むかは重要ですよね。僕は、社内で社会的価値をしっかりと共有し、みんなの意識を上に向けていくことが大切だと考えています。
近畿経済産業局 沼本和輝さん(以下、沼本) 社会的価値を示せば理解してくれる人がいる一方で、「社会的価値はわかるんだけど、でも…」とまだ抵抗感を持つ人もいると思います。その差はどうやって埋めていくのでしょうか。
宮原 感性的なアプローチと理論的なアプローチ、両方が必要ですね。ロジカルに話すときは、効果をきちんと示すのが大切です。例えば「売上につながらない」という反対意見があるなら、「仕入れコストを削減することで、売上を増やさなくても利益を上げられる」と説明する。目的の本質をあぶりだして、「山の登り方はいくつもある」と話をします。
ーー「目的は一緒だよね」と共有した上で、そこを目指すための方法は他にもあると示すんですね。感性的なアプローチについてはいかがでしょうか。
ロフトワーク プロデューサー 小島和人(以下、小島) ビジュアルで見せると、ロジックを突破する場合もありますね。例えば、ロフトワークが支援したNECの事業ビジョン策定プロジェクト*の場合は、ビジョン案とロードマップと併せて、マンガとストーリーを軸にしたビジョンブックも制作しました。他にも、感性的なアプローチとしては「どんな状況で話すか」も大事にしています。ロフトワークの京都オフィスは2階が和室なんですが、第三者である僕たちがファシリテーションして、和室で靴を脱いで話すことで、いつもの会議室とは違った雰囲気になる。普段の役職や立場を取り払うと話しやすくなります。
沼本 感性的な面で言うと、僕は「ファンになる」って大事だなと思っていて。ステークホルダーと一緒に何かをしたいとき、相手のことをちゃんと調べて好きになって、その気持ちを伝えるのは、当たり前だけどすごく大切だと思いますね。
ロジックモデルに書ききれない価値にも目を向けて
ーー生活者の方たちを巻き込むためには、どんなことを意識していますか?
宮原 生活者の皆さんにとって、ゴミ問題は優先順位の一番じゃないんですよね。ですから、育児や介護、医療、防災など、生活者にとって優先度が高い課題に対して、資源回収ステーションが解決策の一つになると、定量化して示していくことが大切です。例えば、ステーションに子どもを連れてくると、シニアの方が宿題を教えてくれたりするんですよ。それがひいては健康寿命の延伸や認知症予防につながり、子どもの教育費の削減にもなる。つまり、将来払わなきゃいけないと思っていたお金を払わなくても済む。社会的価値を経済的価値に置き換えて伝えているとも言えますね。
沼本 長期的に考えると自分に返ってくるとはいえ、今の暮らしや目の前にある課題が優先されてしまう場合も多いですよね。そういう人たちにはどんなアプローチが必要でしょうか。
宮原 やっぱり初めはハードルをできるだけ低くしなきゃいけないと思います。日用品を買うとき、Aは100円、Bは200円で、「Bを買ったほうが将来のためになりますよ」と言っても、なかなか選んでもらえないですよね。「Bも100円にします。だからAよりBを買ってください」というところまで、ハードルを下げられるかどうか。そこは企業努力だと思います。例えば広告宣伝費や運搬コストをうまく削減できれば、その分、価格を下げることができます。
ーーなるほど、お金の使い道や仕組みを変えていくんですね。他にも生活者にアプローチするときのポイントはありますか?
小島 食べ物に例えると、健康にも環境にも良いけどおいしくないものは、誰も食べたくないですよね。良いことをやっているからといって、おいしくない、かっこよくない、楽しくないのはダメだと思っていて。「MEGURU STATION®」に集まって来る人たちって、きっと楽しいんですよね。やはりアウトプットの質が高くて、生活者の人たちが楽しめることが大切なんだと思います。それはロジックだけでは語り切れない部分なので、ロジックモデルを書いてみた上で、書ききれない価値にも目を向けていくといいのかなと。
ーーロジックモデルで共感してくれる人もいれば、ビジュアルで見せたり、実際に体験して楽しんでもらったりしたほうが共感する人もいる。相手に合わせてコミュニケーションを設計していくのが重要ですね。
ロフトワーク プロデューサー / FabCafe Osaka(仮)準備室 小島 和人
共通言語を醸成するため、まずは小さな一歩から
トークセッションの後には、「あなたのその事業を推進・継続・拡大させるには?」と題したミニワークを行いました。まずは参加者一人ひとりが、ワークシートを使って自身が取り組んでいる事業やプロジェクトのロジックモデルを作成。その後、2人1組のペアになり、ワークシートを共有してアイデアを出し合いました。
参加者からは「ロジックモデルを書いて人と対話することで、自分では整理できているつもりでできていなかった部分や、具体的に考えられていなかった部分に気づけた」「ロジックモデルを思考の整理に活用しながら、小さな合意形成を積み重ねて、ステークホルダーを徐々に巻き込んで自分ごと化していくプロセスを作っていきたい」といった感想があり、事業を改めて見つめ直すきっかけにもなったようです。事業を一歩前に進めるために、まずは手を動かし、対話を重ねながら、小さくても行動していくことが大切だという実感につながりました。