嘉数 真理子 (かかず まりこ)
医師/小児医療センター小児科部長
2004年 琉球大学医学部卒業、沖縄県立中部病院にて研修
2009年 静岡県立こども病院、静岡がんセンターにて研修
2011年 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター勤務
2017年 ジャパンハート長期ボランティア医師としてカンボジア赴任
2018年 ジャパンハート小児医療センター小児科部長として入職
違う場所なら助かったのに、と思う。
昔の沖縄で、現在は東南アジアで。
沖縄の出身です。 中学生のとき、病気で父親を亡くしました。 当時は日本の中でも医療の技術や設備に格差があった時代。 沖縄は戦後、とくに医療環境が整備されていなかった地域です。 これがもし違う場所なら、父は助かったかもしれないのに。 悔しく感じた経験があったから、私は医師になりました。 医師になってから知ったのは、東南アジアではその環境ゆえに、助けられない子どもたちがたくさんいることです。 たとえばカンボジアでは、1970年代のポルポト政権下で医師を含めた知識人層の大量虐殺が行われました。 その後90年代までの内戦も影響して、医療基盤は未だ整っていないまま。 医療者の数そのものも足りていないと言われています。 私が医師になる頃には日本国内の医療に関する地域格差はある程度解消していました。 しかし、東南アジアにおける医療の行き届かない現状は、過去自分が経験した沖縄での悔しさと重なりました。 自分がやりたいと思っていたことは、今は東南アジアにある。 そこでの医療提供がしたいと考え、ジャパンハートへ入職しました。
治療が終わっていなくても、
帰るしかない子どもがいる。
カンボジアで担当した、肝臓がんの女の子がいます。 抗がん剤治療期間である3日間が終わるとすぐに、家族の方が彼女を連れて帰りたいと強く主張されました。 がんの治療は、抗がん剤だけでは終わりません。 危険な状態は続いているから、きちんと治療を続けるべきだと説得しました。 しかし、親子は家に帰ってしまった。 しばらくして、その子のガンが再発したとの報せを受け、心配なことがあるなら病院に来てほしいと伝えました。 しかし、やはりなかなか病院には来てくれないままでした。 そこで、こちらが会いに行くことにしました。 行ってみてわかったのですが、彼女のおうちはすごく遠かった。 車で4時間行って、そこから船で川を渡って、その先の集落をさらに車で進んだところ。 藁葺き屋根のがらんとした2階建てで、水道はなく雨水を貯めている、兄弟のたくさんいるおうちです。 私たちが到着する数時間前に、その子は自宅で亡くなっていました。 亡くなるところにも、立ち会えなかった。 それでもご家族の方は「来てくれてありがとう」と、とても喜んでくれました。
患者の心や家族まで救う仕事。
女の子の家を訪ねてはじめて、私はなんて酷いことを言ったのだろうと後悔しました。 経済状況や立地、その国や地域ならではの死生観。 彼女とその家族の背景にあるものを知らないまま、「治療を続けるべき。 何かあればすぐに来て」と簡単に言ってしまった。 彼女たちは家族の生活がギリギリの状態で、できる限りの治療を受けようとしてくれていたのに。 人を救うことは、治療をすることだけではない。 治療は必要だし、助けたい。 けれど、こちらの視点でいきなり押し付けてはいけない。 その人の生活や家族、心のことまで考えるのが、人を救うことなのだと、その経験から教わりました。 助けられない子どもがいるとき、現場は本当にみんな辛いです。 悔しいし、悲しい。 しかし親御さんたちから感謝されることに、私は救われてきました。 最後まで手を尽くしてくれてありがとう。 できることを頑張ってもらえてよかった。 そんなふうに言われるたび、「次の子こそは」と、改善できること、変えられることを探し続けるのです。
「本当に助かるんだ」の実感を。
患者にも家族にも、現地の医師にも。
カンボジアでは、今でも「ガン=死」のイメージが一般的です。 治る病気だと、そもそも思われていない。 ガンだとわかった時点で、諦めてしまうんです。 医療者すらも治療をせず、帰してしまうことがあると聞きます。 私たちは、そんな状況を変えたい。 日本では、ガンは治る病気になった。 カンボジアでも同じことができると思うからです。 そのために目の前のひとりを全力で救いたいとやっぱり思うし、本当にガンが治る様を、カンボジアの人にも知ってほしいと考えています。 現地の医師を受け入れて、治療法を見てもらったり、患者さんが回復する過程を見てもらったり。 「本当に助かるんだ」と驚いてくれる現地医師もいるんですよ。 本当に地道ですが、実績をつくりながら、意識から変えていけたらいいのだと思います。 日本だって10年、20年とかかって、ガンを治る病気にした。 カンボジアもまた同じ途上にいるのだと、私は信じています。
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