こんにちは。株式会社シンシア・ハート代表の堀内猛志(takenoko1220)です。
僕は、50名から4000名まで成長した企業の人事役員として、各ステージの人事組織戦略の遂行に奔走してきました。
このシリーズでは、「信頼できる柱が欲しい経営者のための『プロパーCHRO』の育て方」と題して、自身の経験をもとに、
▼人事トップになるために実行したこと
▼意識していたマインド
▼経営や現場とのコミュニケーションのtips
などをお伝えしていきます。僕の経歴詳細は、以下の記事からご確認ください。
https://cloudy-supernova-846.notion.site/Profile-ceda2eb306f74cc682f7565e3550f462
ここ最近は“採用”にフォーカスして書いてきましたが、今回のテーマは“退職”です。
人を採用するのが難しい時代になった今、メンバーが辞めてしまうことはことさら大きな問題として受け止められています。優秀な人を辞めさせないための取り組みやプロダクト開発も活発に行われていますが、それでも退職を防ぐのはなかなか難しいものです。
そこで、本記事では、企業および人事の視点から、社員の離職対策を考えていきたいと思います。
目次
「なんとなく」で人が辞める時代
ぬるっとした退職理由
小さな減点が取り返しのつかない結果を生む
「マイナス1」が生まれる瞬間
“老害”にならないために
若者のコミュ力に頼らないマネジメントを
「90点」の時点で既に手遅れ
退職リスクは誰の中にも潜んでいる
小さな変化を見逃さないための方法
原因ではなく要因を分析すべし
「すり合わせる力」が組織を強くする
「なんとなく」で人が辞める時代
現代は、ひと昔前の時代と比べてずいぶん働きやすい環境になりました。年功序列制度が撤廃されたり、本人が希望しない異動や出向がなくなったり。有給休暇の取得が義務化され、男性の育児休暇取得率も高まってきています。「24時間戦えますか?」が新語・流行語大賞に選ばれていた時代の人から見たら、信じられないレベルですよね。
また、企業や人事も離職対策のために奔走しています。1on1(=上司と部下が定期的に1対1で行う対話型の面談)を取り入れたり、エンゲージメントスコア(=メンバーの企業・仕事に対する愛着心や貢献意欲を数値化したもの)を計測したり。日々のコミュニケーションやノミュニケーションでも、いろいろと工夫を凝らしているようです。
ところが現代は、大きな不満がなくとも「なんとなく」で転職する人が増えてきた時代でもあります。実際に、僕のところに転職相談にいらっしゃる方も「今の職場のこれが嫌だ」とはっきり答える方はほとんどいません。
こうなってくると、エンゲージメントスコアの数字が悪くなくても、定性的にコミュニケーションをとっていても、メンバーは辞めてしまいます。企業や人事としては、「なんでやねん」という感じですね。
ぬるっとした退職理由
人事としては、今後の対策のためにも、辞める理由を知りたいはずです。そこで、本人に理由を尋ねると、下記のような回答が出てきます。
──いや、別にここで働くのが嫌だっていうわけじゃないんです。私、会社もメンバーも好きですし、仕事にもやりがい感じてますし。でも、そろそろ他のこともやりたいなと思って、転職活動してみたら内定をいただけたので……。その会社だと、△△にもチャレンジできていいかなと。
こんなふうに、大体の場合は、これといった理由のない回答になります。もちろん、本人が嘘をついたり、はぐらかしたりしているからではありません。その人が退職を決意した背景には、たった一つの「原因」ではなく、複合的な「要因」があるので、はっきりと答えられないんです。
小さな減点が取り返しのつかない結果を生む
以前は、思いっきり嫌な出来事がトリガーになって退職を決意する人の方が多かったのですが、現在はそうではありません。小さな出来事が積み重なり、自身のボーダーラインを超えてしまったときに、退職を考えるようになります。
たとえば、会社に対する評価が100点満点のうち、80点を下回ったら退職を考え始める人がいたとしましょう。
冒頭でお伝えしたように、最近は働き方改革が進み、企業側も退職者を出さないよう努力しているので、一気にマイナス20点になるような出来事はなかなかありません。点数を削っていくのは、日々のマイナス1やマイナス0.5といった小さな減点の積み重ねです。
「マイナス1」が生まれる瞬間
では、一体どういった出来事が減点につながるのかというと、本当に些細なことです。例として、僕が「あ、今ポイント減ったな」と気づいた瞬間をご紹介します。
それは、ある企業のイベントとその打ち上げに参加したときのことでした。僕は、新卒で入社した社員の方が「今、仕事が楽しい」と話しつつも、新人ならではの視点で「次はこうしたい」とか「もっとこうすべき」と自由に語っているのを聞いていました。
すると、一緒の場にいた役員が「いや、それは違う」「お前ももっと経験してみたらわかる」といったことを言い出したんです。もちろん、楽しいお酒の場なので笑顔でしたし、厳しい言い方でもありませんでした。新人社員の方も「そうですよね〜!」と対応していましたが、傍から見ている僕は、新人社員の方の心の動きがよくわかりました。
本人は、今のところ仕事が好きで、やりがいたっぷりに働いているので、飲み会の場でそんなことを言われたところで「うわ、この会社辞めようかな」とはなりません。一方で「価値観が違うな」とは感じるでしょうし、無意識のうちに、会社に対する評価がマイナス1に下がっているのではないかと思います。
“老害”にならないために
役員の方は、新人社員の方を否定するつもりは毛頭なく、ご自身が長年積み重ねてきた経験から、そのセリフを言ったのだと思います。でも、その一言が「マイナス1」を生み出してしまう可能性があることは知っておくべきです。
僕は、部下を持つ方々に対して、「5歳離れたら外国人、10歳離れたら宇宙人だと思って接してください」と伝えています。それくらい、培ってきた時間によって価値観は異なるんです。その違いを無視して、自分の価値観に相手を合わせようとすると、いわゆる“老害”になってしまいます。
“老害”と表現すると、高齢者をイメージする方も多いかもしれませんが、重要なのは実際の年齢ではありません。相手と5歳以上の年齢差がある方は要注意です。身に覚えのない方も、「教えてあげてる」くらいのつもりで、100%の否定を相手に投げかけていないか、と、自分自身に問いかけてみてください。
若者のコミュ力に頼らないマネジメントを
もちろん、全てを若者の価値観に合わせる必要があるわけではありません。ただし、今の若い世代はコミュニケーションが上手なので、仮に上司から否定されたとしても「僕は違うと思います」なんて言わず、「確かにそうですよね!」と返します。その結果、上司はどんどん老害化し、部下との溝が広がっていってしまうんです。
こうしたことが積み重なると、先に挙げた例のとおり、全くもってお互いが気づかないうちに、優秀な若者が退職する未来へと進んでいってしまいます。
いろいろな企業に関わらせてもらっている僕からすると、経営者の方は、このあたりの感度が高い上に、柔軟な方が多い印象があります。一方で、その経営者と若手の間にいる役職の方々は“老害予備軍”になりやすい立場です。
本来、価値観の違いは「それは違うよ」「そうですね」と、簡単に終わらせるべき話ではないので、意図や目的を話し合いながら、お互いにすり合わせていくことを大切にしてほしいと思います。
「90点」の時点で既に手遅れ
若手に対して「嫌な思いをしているなら言ってくれればいいじゃん」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、本人としても、マイナス1や0.5くらいの痛みは気づかないことが多いものです。「あれ?いつの間にか血が出てるけど、何かやったっけ?」と思うくらいのものですね。
ところが、その傷がたくさんついて痛み出すようになると、「この会社、なんか嫌だな」「自分とは価値観合わないかも」と、さすがに気づき始めます。時期としては、退職を考えるボーダーラインを超えるちょっと前の時点ですね。
しかも、やっかいなことに、この傷は一度存在に気づいてしまうと、どんどん加速していくんです。
例として、別れた恋人のことを想像してみてください。好きでいるうちは、自分に合っているところや一緒にいる理由を探すのに、一度別れを考えると、合わないところや嫌いなところを探し出してしまうのと同じことです。
先ほどの例では、満点を100点、ボーダーラインを80点としていましたが、痛みに気づくのは90点を切ったあたりです。そして、痛みを自覚してからは、加速度的に残りの10点が減っていきます。正直、90点になってしまった時点で赤信号であり、残念ながら、ここからの信頼回復はほぼ不可能です。
退職リスクは誰の中にも潜んでいる
先ほどは、わかりやすく例えるために満点を100点としましたが、100点は組織に対してニュートラルなスタンス、つまり、黄信号の状態と考えてもらっていいと思います。要するに、安全な状態ではないということです。
逆に、100点を超えて120点、150点、あるいは200点——このあたりが“安全圏”です。もし、自由参加の講演会や親睦会などを企画した際に、積極的に参加してくれたり、むしろ事務局を買って出てくれたりするタイプは、青信号のポジションにいると捉えていいでしょう。一方で、そうではない人は全員黄信号です。
ボーダーラインの点数は人それぞれで、仕事は我慢だと思っている方や、途中で辞めるのが嫌いな方は60点くらいまで辞めずに耐えるかもしれません。ただし、最近はボーダーラインを高めに設定している人も多いので、僕自身も、難しい時代になってきているなと感じます。
小さな変化を見逃さないための方法
「1」という数字は小さく思えますが、それでも、あと19のマイナスが積み重なれば社員は辞めてしまいます。だからこそ、人事としては、いかにしてちょっとした変化を読み取っていくかが大事になります。
記事の最初にエンゲージメントスコアの話を出しましたが、これを出すための調査は、ちゃんとやれば1回につき40〜50分ほどの時間がかかるので、ほとんどの企業では半年〜1年に1回程度しか実施していません。
しかも、エンゲージメントスコアは、1人あたりではなく、組織全体で数値を見ます。平均でどれくらい下がったか、1番低い項目はどれか、といった形で分析するので、ある社員のマイナス1や0.5は結果に現れてこないんです。
そこで、おすすめしたいのが、パルスサーベイです。週や月に1回という頻度で行う5問程度のアンケートで、心理的なコンディションを「快晴」「晴れ」「曇り」「雨」「大雨」の5段階で回答してもらいます。
※GEPPOをイメージして書いています。
実施頻度が高いので、直近の状態をすぐに把握することができるほか、天気という直感的な表現を用いているので、回答しやすいというメリットもあります。
原因ではなく要因を分析すべし
ここで、今回の記事タイトルの回収ですが、メンバーが辞める背景には、たった一つの「原因」ではなく、複合的な「要因」があります。それを定量的な数字で捉えようとすると相当難しいので、定性的に、退職に繋がっているであろう要因を細かく探していくしかありません。
それはやはり、現場に取りに行かないとわからないものだと思います。今回紹介した例で、僕が新人社員の方の心の動きに気づけたのも、その会社のイベントから打ち上げまで参加させてもらって、実際に2人のコミュニケーションを見たからです。
もちろん、現場に行くことも、その中で感度高く要因に気づいていくことも簡単ではありません。また、ここまで気を配らないといけなくなっている人事の仕事は、どんどん複雑化してきているともいえます。
ただ、僕としては、こういうことも楽しんでやれる方こそ、人事に向いているのではないかと感じています。
「すり合わせる力」が組織を強くする
僕自身も会社の経営者なので、今回書いたことは、ブーメランのように自分に返ってくる内容ばかりです。だからこそ、自社のメンバーが今、どんな思いで働いているのかを日々意識して考えていますし、フルリモートのメンバーとも、他愛のない話をしたり価値観をすり合わせたりする時間を取るようにしています。
離職対策のために1on1を実施する企業も多いですが、価値観のすり合わせができていない状態で1on1を実施したとしても、若手にとっては苦痛なだけです。1on1をやればやるほどメンバーが辞めていくような状況であれば、歩み寄ろうとしない上司に毎回難癖をつけられ、消耗してしまっている可能性もあります。
今回の記事を書きながら、僕も「もっと気をつけていかなきゃな」と、改めて感じました。
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