「あの幼稚園で言葉を失った子どもが、いま仕組みをつくる側に回っています。」——代表・木本佑史が語るRAKUVISAの原点
シンガポールの幼稚園で起きたこと幼稚園児のとき、父の仕事でシンガポールにいました。日本人幼稚園に空きがなく、現地の園に入れられた僕は、先生の言葉が何ひとつわからない。トイレに行きたいと伝えることもできず、みんなの前で粗相をしました。あの瞬間の感覚は、30年以上経った今でもはっきり覚えています。「言葉が通じないだけで、こんな思いをするのか」——外国人であるということは、子どもであっても容赦なく尊厳を削られる体験なのだと、体で知った瞬間でした。教員免許から行政書士へ大学では教員免許を取りました。子どもたちの支援がしたかったからです。でも、教育現場に立つなかで気づいたのは、外国人の子どもたちが...