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SaaSの公式「LTV/CAC > 3x」ってなんでなの?分解して考えてみた。

こんにちは!Wantedly CFOの吉田です。SalesforceのDreamforce 2018の真っ最中、いかがお過ごしでしょうか?

SalesforceといえばSaaS!SaaSといえばユニットエコノミクスですよね!1顧客あたりの平均的な経済性(儲かっているのか損しているのか)という概念ですね。一般的には、LTV(ライフタイムバリュー)とCAC(1顧客あたりの平均獲得コスト)の比較で考えます。

SaaSの場合、ユニットエコノミクスとして「LTV/CAC > 3x」(LTVがCACの3倍より大きい)が健全な水準とよく言われます。ただ、なぜ3倍なのか、ちょっと調べてみても具体的な根拠が分からずなのです。

なんで3倍なんだろう?

顧客獲得以外に開発や管理など他の費用もいろいろあります。なので、1顧客あたりの獲得コストが、その顧客からの生涯収益の3分の1くらいに収まっていないと、何となく収益性が厳しそうなのは分かる…。

また、数多くのSaaS企業の実績から導かれた経験則的な目安でもあるでしょう。

ただ、それだけだとまだよく分からないなーと思ったので、LTVやCACを分解したり変換しながら今回考えてみました!

まずは基本の指標の確認

LTVは、ARPA(1顧客あたりの平均月間売上高)とChurn Rate(月次・顧客数ベース)を使って

LTV = ARPA / Churn Rate

と表わせます。

CACは、一定期間(一般的には月次)の新規契約獲得の総コストとその期間の新規契約顧客数から

CAC = 新規契約獲得の総コスト / 新規契約顧客数

で計算されます。

CACの回収期間(Payback Period:1顧客獲得にかけたコストが何ヶ月で回収されるか)も大事な指標と言われますが、これは下記の通りです。

CAC回収期間 = CAC / ARPA

「LTV/CAC」を変換してみる

CAC回収期間の式を置き換えると

CAC = ARPA * CAC回収期間

となりますよね。

これをもとに、LTV/CACを計算してみます。

LTV = ARPA / Churn Rate
CAC = ARPA * CAC回収期間

分子分母でARPAが消えるので

LTV / CAC
= ( ARPA / Churn Rate ) / ( ARPA * CAC回収期間 ) 
= 1 / ( Churn Rate * CAC回収期間 )

となりました。

分数の表記が見にくくなってきたので見慣れた書き方にすると

ということです。

「1 ÷ Churn Rate」は平均継続期間とも言えます(数学的な証明)。なので、上記は

とも書けます。分子、分母が両方期間(月数)になるので、こちらの方がイメージしやすいかもですね。

※参考:月間Churn Rateに応じて平均継続期間(1 ÷ Churn Rate)がどう変わるかも書いておきます↓

Churn Rate 1% => 100ヶ月
Churn Rate 2% => 50ヶ月
Churn Rate 3% => 33ヶ月
Churn Rate 4% => 25ヶ月
Churn Rate 5% => 20ヶ月

「LTV/CAC > 3x」の意味合い

LTV/CACは平均継続期間をCAC回収期間で割った数値ということが分かりました。

分母のCAC回収期間は、もちろん短ければ短いほど良いですが、6〜12ヶ月が健全とか、はたまた18ヶ月以内なら良いという声があります。

ここでは真ん中の12ヶ月を目指すことにしてみましょう。獲得コストを1年で回収というのは、そんなに悪くない水準と思います。

先述の式から、LTV/CACが3倍ということは、CAC回収期間が12ヶ月なら平均継続期間が36ヶ月となりますよね。これはChurn Rateで言うと2.8%です(1/36 = 2.777...%)

顧客の規模にもよりますが、B2B SaaSの場合、月次のChurn Rateは3%未満が望ましいと言われています。(参考:SaaS事業の成長可能性を判断する、3つの指標 | 500 Startups Japan

なんと、健全な水準と言われる「CAC回収期間12ヶ月」と「Churn Rate 3%未満」を満たすと、概ね「LTV/CAC > 3x」が成立することが分かりました!

ちゃんと整合しているんですね〜。多数のSaaSの実績から検証されてるというのも、さもありなんです。すごくスッキリしました!

また、Churn Rateが低ければCAC回収期間を延ばして良いということも、直感的にはそーだよねと思いますが、より分かりやすく表現できました。たとえば、Churn Rateが2%を切ってくると、CAC回収期間は18ヶ月に近づけていっても良いといった考え方ができます。

ユニットエコノミクスは実際どうなの?

せっかくなので、「LTV/CAC > 3x」を満たせている場合とそうじゃない場合でどうなるかをシミュレーションしてみたいと思います。

以前の記事で作った下記リンクのテンプレモデルに行を追加して、さくっとやることにしました。

SaaS収益予測モデル_テンプレート
README Wantedlyのコーポレートチームのブログ記事( 下記リンク) 作成の一環でこのシートを作ってみました。 SaaS企業の管理会計って? SaaSの収益予測モデルをさくっと作ってみる( テンプレ付) メニューの「 ファイル」→「 コピーを作成」 で自分用のコピーを作って自由にご利用ください。 シナリオ, モデルのシートの変数部分はここで変える構造にしています。 簡易的ではありますが、 シナリオを切り替えてパパっと比較検討もできるようにしてみました。 モデル, 収益( 売上高) の計算を行って
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1wQC_kUzu3nNkuVGhQcA0XpyD7kZoYIDCLpLYG7q4pIM/edit#gid=1833498002

ここではあくまでLTV/CACの差による経済性の違いを見たいだけなので、費用側は顧客獲得コストに限定し、簡易的な収益性の指標として「MRRと月間の顧客獲得コストの差」をシミュレートしてみることにします。月間の顧客獲得コストは、その月の新規契約顧客数にCACを掛けて総額を出しています。

CACについても、厳密にはPaid CAC(有料のマーケティングによる顧客獲得コスト)とOrganic CAC(自然流入による顧客獲得コスト)に分けて考えるべきですが、まとめてCAC(Blended CAC)で考えます。

毎月の新規契約の成長率や契約更新率の高低でいくつかシナリオを作っていたので、それぞれのシナリオごとに「MRR - 月間獲得コスト」を出してみました!

以下のグラフを見ると、LTV/CACの水準によって大きな差が出ることがよく分かります。LTV/CACが2倍だと、3年かけても「MRR - 月間獲得コスト」がなかなか最初の水準を超えませんでした。

シナリオ0:新規契約の月次成長率0%・契約更新率75%

シナリオ1:新規契約の月次成長率1%・契約更新率80%

シナリオ2:新規契約の月次成長率2%・契約更新率85%

シナリオ3:新規契約の月次成長率3%・契約更新率90%

もちろん、このモデルはかなり単純化しています。実際はARPAなど他のパラメータによってもいろいろ変わってくるわけですが、実際にシミュレートしてみて「LTV/CAC > 3x」が大きな分かれ目ということが実感できました。

「MRR − 月間獲得コスト」も分解して考えてみる

最後に、一般的にSaaSで取り上げられる指標ではありませんが、この「MRR − 月間獲得コスト」も分解して少し意味合いを考えてみます。

MRRはシンプルに分解すると以下のようになります。

 MRR = ARPA * 契約顧客数

月間獲得コストはCACと新規獲得の掛け算ですが、CACをさらに分解すると下記の通り。

月間獲得コスト
= CAC * 新規契約顧客数
= ARPA * CAC回収期間 * 新規契約顧客数

ということは

MRR - 月間獲得コスト
= ( ARPA * 契約顧客数 ) - ( ARPA * CAC回収期間 * 新規契約顧客数 )
= ARPA * ( 契約顧客数 - CAC回収期間 * 新規契約顧客数 )

と置き換えることができます。

これを見てどう思われました?私は、なるほどシビアだなぁと思いました。

なぜなら、CAC回収期間を健全な水準と言われる12ヶ月としていても、新規契約顧客数の契約顧客数に対する割合(いわばGrossの月次成長率)が1/12 ≒ 8.3%を超えると、MRR − 月間獲得コストはマイナスになることを意味するからです。

Grossで月8.3%成長ということは、Churn Rateを上述の2.8%とすると、Netで月5.5%成長となります。この成長率を保ち続けるのは並大抵ではないですが、とはいえ月5.5%成長で年換算90%の伸びなわけです。

CACをかけて新規獲得を増やせば、その時点での収益性が落ちるのは何の不思議もありません。ただ、健全と言われる回収期間やChurn Rateを保っていても、年間で倍増に近い伸びになると、顧客獲得コストだけでMRRをまるっと食ってしまうということです。

他のコストも入れると大幅なバーンになるわけで、ファイナンスの巧拙が成長ペースを大きく左右することが改めて分かります。「SaaSの40%ルール」もこういったバランスの中から出てきているものかもしれないなと思いました。

SaaSとして成長するに従い、永遠に「MRR − 月間獲得コスト」がマイナスのままやっていく訳には行かなくなります。一方で、顧客数の伸びを大きく抑えるのもありえない。なので、収益性を改善しながら高いトップライン成長を維持するには、下記2点のいずれか/両方が必要なことが分かります。

  • CAC低減 → 自然流入を増やしたり、効率改善でPaid CACを下げ、Blended CACを低減(CAC回収期間12ヶ月に留まらず)
  • ARPA向上 →「契約顧客数 - CAC回収期間 × 新規契約顧客数」をゼロ以上にしつつ、アップセル・クロスセル(CAC回収期間短縮にも繋がる)

ちなみに、規模が大きくなってアーリーアダプターからマス層の顧客を取りに行くと、初期とは違う構造の市場に入っていくわけで、顧客獲得の難度は上がり、普通にやるとCACは上がっていくはずです。なので、CACを上げずに維持するだけでも楽ではないかもしれません。

そして、諸説ある健全なCAC回収期間も、6ヶ月、12ヶ月、18ヶ月のどの水準が良いのかは、事業のフェーズによっても変わり得るわけですね(立ち上げ期はChurnやCACのブレも大きいでしょうし)。

最後に

公式と言われるような指標もなぜ成り立っているのか考えてみることで、今回いろいろ発見がありました。とはいえ、テクニカルに計算してみただけでもあるので、より深い理論や背景をご存知の方やリアルな現場感をお持ちの方からツッコミをいただけると嬉しいです!

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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