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【サツドラヒストリー】―31~40年目―

※ こちらの記事はサツドラHD公式noteより転載したものとなります。

みなさんこんにちは!サツドラHD公式note編集部です。

サツドラの50年の歩みを振り返る「サツドラヒストリー」。
前回は21~30年目(1992年~2001年)までをお届けしました。

今回は31~40年目(2002~2012年)を振り返っていただいたインタビューの内容をお届けします!

初のメガドラッグ「千歳店」を出店

―21年~30年では、札幌圏以外への大型店出店や食品97円均一など時代に合ったチャレンジが成功されましたね。会長が様々な場所に行って、多くの情報を仕入れて、色々なものを見て30周年を迎えて。2002年にはドラッグストア、調剤薬局で67店舗となりました。

そして2003年にはメガドラックの「千歳店」がオープン!


初の600坪で、全国から多くのメディア、同業他社が視察に来られたそうですね。1998年に帯広に出店した白樺店(300坪)の倍の大きさにした意図はなにかあったのでしょうか。

富山睦浩会長(以下会長):
当時千歳にホームセンターがあり、そこが閉店すると聞いたので、その跡地に出店しました。ホームセンターだったのでかなり広かったのですが、そのまま600坪やってみようと思ったんです。
これまでのドラッグストアには無かったほど食品やお酒の品ぞろえを充実させ、なかなか品揃えなどで持て余した部分もありましたが、なんとか600坪で運営しました。


広々とした店内


お酒売り場


壁一面に飲料が並びました


冷凍食品も充実

千歳店のオープン日は通常店と少し変わっていたので今でも鮮明に覚えています。
普通オープン日にはご年配の方が多く来店してくださるのですが、千歳店の時は年代の若い夫婦の方が多く並んでいて、なぜだろう?と思いました。

オープン初日には多くのお客さまで行列ができました

考えてみると、千歳は自衛隊基地がある地域だったことと、空港がある地域だったため平日休みの方が多かったからです。
自衛隊の方はたくさんお酒を飲まれる方も多く、非常にお酒の売上が好調でした。日用品もかなり好調で、600坪の広さを運営するために考えて入れ込んだ新しい商品のおかげで、大きな店舗を運営するためには様々な商品の取り扱いが必要だということを知る一つのきっかけになりました。

―多くのお客さまにお越しいただくために駐車場も広くされて、それが今のサツドラのフォーマットにも活かされているのですね。

JASDAQ上場

―そして2003年には日本証券業協会に株式を店頭登録、2004年にはジャスダック証券取引所に株式を上場されましたね。北海道の会社として株式上場はどういった想いで行われたのでしょうか。

会長:
当時は上場なんて考えてないし、ましてや出来ると思っていませんでした。たまたま当社でコンサルタントをしてくださった方を通じて考えるきっかけになりました。

富山光惠副会長(以下副会長):
私としては、上場すると言うことよりも、いつでも上場出来る会社の体質、仕組みを作りたいと言う想いがあり、コンサルを受けながら色んな仕組みを作っていこうと思っていました。

―30年、40年になり売り上げや店舗を増やすなど色んなチャレンジをされていましたが、上場を目指している印象は無かったですね。

副会長:
そうですね、上場を目指してというのではなく、仕組みを作って会社自体を良いものにして進んでいきたいと思い、その過程として上場を決断しました。

サッポロ ヘルス&ビューティフェア開催

―そして2007年には当時のサツドラと言えば!となるイベント”サッポロ ヘルス&ビューティフェア”が初開催されましたね。このイベントから「薬」ではなく「化粧品」「美」「健康」がキーワードとなっていったと思うのですが、ここに至るまでどのような想いがあったのでしょうか。

アクセスサッポロで開催、毎年多くのお客さまにお越しいただきました

会長:
我々の業界には日本チェーンドラックストア協会という業界団体があり、そこで”ドラッグストアショー”というイベントを昔から行っていました。当時幕張メッセで12、3万人ほどのが来場していたんです。

そのイベントでもキーワードになっていたのが「ヘルス」と「ビューティー」。この二つに関して、年々お客さまの関心が高まっていました。
ビューティーは商品のカテゴリーもターゲットとなる層も幅広く、ヘルスも薬だけではなく健康食品など、幅広く色々な方から興味を持たれており、北海道でもヘルスとビューティに関するイベントをやろう!と思ったんです。

このような大規模なイベントを当時地方でやる企業は少なかったんです。当時静岡にあった高田薬局さんが開催していたのでそのイベントを視察に行ったり、どのように開催したら良いかと考えましたね。

道内最大級のメガドラッグ「屯田店」「中の島店」オープン

―ヘルス&ビューティフェアを開催した翌年の2008年、札幌市内の屯田と中の島にメガドラッグをオープンしましたね。

会長:
サイズ的には同じメガドラッグなのですが、それぞれまったく業態の違う店舗になりました。

一つ目は、中の島のバラエティストア。ロフトや東急ハンズのようなところが取り扱う商品を展開しようと思ったんです。高級住宅地である中の島に1000坪の土地が競売にかけられていて、理想のドラックストアをやりたい!という想いから入札しました。
1階はヘルス・ホーム(日用品)・食品、2階はビューティとバラエティ商品と分けて展開しようと思ったのですが、2階建ての店舗はお客さまを二階に上がらせるのが難しいという難点があって。2階に上がってもらうためにはどうしたら良いか…と考え、ドラッグストアでは日本で初めて、シースルーのエレベーターを作りました。普通のエレベーターを付けるのより倍のコストがかかりましたが、現在多くのお客さまがエレベーターを使われていて、作ってよかったなぁと感じます。

中の島店
(現在はリブランディング後の看板に変更)

二つ目は屯田のディスカウント型店舗
当時屯田にイトーヨーカドーさんがあった土地に、2000坪の札幌市の土地が競売にかけられていたのを偶然見つけたんです。最低価格のちょっと上で入札できたので、そこに出店しました。こちらの屯田店は食品を中心とするディスカウント型の店舗にしました。

屯田店
(現在はリブランディング後の看板に変更)

一つは高級志向、一つはディスカウントと、全くコンセプトの違う店を同時にオープンしました。当社のバイヤー達の力は本当に凄いと思いますし、誇りに思います。

副会長:
バイヤー達は相当な苦労だったと思います。この2店舗はなんと年末の12月にどちらも出店。初めての業態だったので、店舗従業員の方も大変だし、会社としても借金が今までの3倍くらいに跳ね上がり、色々な意味で重くのしかかりました。最初は本当に大変でしたが、みんなで苦労して乗り切って軌道に乗ることができました。苦労も増えましたが楽しみも増え、これもまた大きな転機になりましたね。その翌年2009年には屯田店の敷地内にメディカルモールも開設しました。

屯田メディカルモール

初の離島出店

―2011年には初の離島出店となる「利尻店」がオープンしましたね。離島型の店舗はどういったチャレンジで出店されたのでしょうか。

会長:
実は元々出店する考えを持っていたわけではないんです。たまたま利尻に観光で遊びに行っていた時に、宿泊したホテルの社長さんが町長に会ってくれないかと声をかけてくださったのでお会いしました。その時に利尻には大きなドラックストアが無く、稚内に出店されているようなお店を利尻にも出してくれないかとお願いされました。人口を尋ねてみると5000人(当時)とのことで、周辺の小売業の店舗を調べてみるとセーコーマートさんが3件とホームセンターのニコットさんが1件、一般の商店など…という状態でした。その後出店してほしいという町長から自筆のラブレターをもらい、2~3年考えてやってみよう!と思い出店に至りました。利尻には利尻富士町と利尻町の二つの町があるので、その中間くらいに出店し、全島の方に利用してもらえるようにしました。
人口数から、出店して成り立つかと不安に感じていた部分もあったのですが、食品もあるため安定して売り上げを作ることができ、小商圏でも成り立っていける!という一つの力がついた店舗になりました。

背景に利尻富士が見える利尻店


リブランディング前に配信していたCM
「あなたの街のくすりやでいたい」編にも登場していました


―同じく2011年には自社開発PB商品「クレアーレ」の店頭販売が開始され、ペット用品や日用品が多く開発されましたね。


―そして2012年に創業40周年を迎えました。

40周年パーティ集合写真

―次回41年目~のヒストリーに続きます。

最後までお読みいただきありがとうございました!
次回のヒストリーをお楽しみに。

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