【インスペクション説明義務化 直前企画③】発祥の地アメリカ、普及までの紆余曲折に学ぶ
不動産取引の媒介契約を結ぶ際、あるいは重要事項説明の際などにおいて、ホームインスペクション(建物状況調査)についての説明が義務化されました。不動産コンサルタント長嶋修が本改正について解説する直前企画最終回。インスペクション発祥の地アメリカ、普及までの紆余曲折から今の日本が学べることを解説します。
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国が宅地建物取引業法や建築基準法、都市計画法を司り、都道府県は条例を、市区町村は地区計画などを制定しますが、この構造では空き家問題など地域の細かな諸問題に対応することができません。空き家問題に関しては、日本に住宅総量目標がないことも大きな問題の1つでしょう。際限なく新築住宅が建てられれば、人口が減少している日本において住宅が余ってしまうのは当然のことです。言わずもがな、日本の空き家率は世界トップです。
そもそも、建築基準法は住宅が不足していた戦後の高度成長期に先駆け、1950年に制定されたものです。1968年には世帯数の住宅総数がほぼ同等となり、一定程度、住宅の「数」より「質」を求める風習になったものの、バブル崩壊も相まって、いつの間にか新築分譲は日本の経済を回すため、景気を良くするための“手段”に置き変わってしまったのです。2006年には、住生活基本計画により、5年ごとの公営・公庫・公団住宅の建設戸数目標が位置付けられましたが、このときの目標値は「比率」であり、新築住宅の戸数や中古住宅流通の「戸数」という具体的な目標が制定されるようになったわけではありません。
令和4年の新設住宅着工戸数は約86万戸です。私は50万戸でも多いのではないかと考えていますが、どの程度の着工数が最適であるかは誰も把握していません。先進国の中で、新築建設中心から中古住宅流通中心の市場に切り替えられていないのは日本だけです。先進国の多くは、市区町村レベルの自治体が、周りの自治体と連携しながら住宅総量目標を決めています。日本の不動産市場の諸問題を解決するには、他の先進国のように、国が最低限の決まり事を制定し、市区町村や一定の生活圏の範囲で住宅総量目標を決め、自治体に都市計画の権限も持たせる必要があるでしょう。
日本の現状やこれからを踏まえれば、市街化区域も縮小させる必要があると思います。すでにコンパクトシティ化を推進している自治体も見られますが、移住に伴う補助金制度などと併せて、自然災害リスクが高いエリア、利便性が低いエリアから市街化調整区域などに指定していき、それに伴って担保評価をしてもらえるよう金融機関にも働きかけることも求められます。
新築ばかりを優遇する税制もまた問題の1つでしょう。現在、住宅市場にかける予算の6割以上が新築に充てられています。住宅数や人口推計に鑑みれば、新築住宅ではなく、中古住宅の購入やリフォーム・リノベーションを後押しする制度に予算を充てたほうが合理的です。本来、新築住宅にも空き家対策にも予算を出すというのは、おかなし話。しかし先のとおり、今や新築分譲は日本の経済を回すため、景気を良くするための“手段”になってしまっているため、なかなかその方向性には向かないのです。
良質な中古住宅の流通を促進させるには、消費者自身が中古住宅の価値を見極め、維持していくという心構えを持つことも大切です。だからこそ私たちは、1999年のさくら事務所創設以降、長きにわたりホームインスペクション(住宅診断)の普及に取り組んできました。
最終的には、住宅ローンを払い終えても、住宅に一定の資産価値が残るというのが当たり前の世の中にしていきたいと考えています。そのためにはやはり、社会構造や国、自治体の変化に加え、金融機関の担保評価も見直されなければならないでしょう。
米国の金融機関では、アプレイザーと呼ばれる鑑定士が不動産を評価しますが、日本の金融機関はというと、売買契約書や重要事項説明書、図面をチェックする程度で融資を決めてしまいます。本来であれば、建物の現状と将来性を評価したうえで融資すべきですが、このような機能は日本の金融機関に備わっていません。日本のこのような融資の仕組みは、ローンを借りる人にとっても、金融機関自身にとってもリスクとなり得ます。今後は弊社としても、金融機関に一定の評価機能を持たせる働きかけをしていきたいと考えています。
併せて、日本の不動産市場に必要不可欠な仕組みとして「データベース」が挙げられます。私たちの情報がマイナンバーに集約されるようになりましたが、不動産も同様に、すべての情報を一元管理できるデータベースはあるべきでしょう。データベースとは、登記簿謄本に入っているような情報はもちろん、上下水道や都市計画、インスペクションの実施状況やその結果、リノベーション歴などを網羅的に集めたものです。
アメリカではすでに「MLS(Multiple Listing Service)」という一般消費者にもオープンとなっている不動産データベースが存在しています。日本にも「REINS(Real Estate Information Network Service)」がありますが、これは不動産業者しか閲覧できず、MLSと比較すると情報はかなり限定的です。不動産の適正評価にも、中古住宅の流通促進にも、このようなデータベースの存在は必要不可欠です。コロナ禍を経て、低金利かつ安定性のある日本の不動産市場は世界中から注目を集めていますが、このようなデータベースが存在しないことは大きな機会損失にもつながりかねません。不動産流通の基盤となるデータベースがないというのは、先進国として恥ずべき状態だといえるでしょう。
さまざまなことを述べてきましたが、弊社が目指すのは資産価値の落ちない不動産を流通させることです。そのためには、社会構造の根本的な見直しが必要であり、消費者自身が価値が落ちない不動産を見定め、価値を落とさないように管理・点検・修繕をしていくことが求められます。
さくら事務所グループはこれまで、ホームインスペクションの普及に加え、マンション管理コンサルティング、住まいの防災の啓発などに努めてきました。私が国土交通省の不動産流通市場活性化フォーラムの委員を務めていたときには、17の住宅市場改革案を提言しました。残念ながら、10年以上経った今もそのほとんどが解決したとはいえない状況ですが、2018年に不動産会社にホームインスペクションの説明が義務付けられ、2020年には水害ハザードマップが重要事項説明の対象となり、2025年には見送られ続けていた住宅の省エネ基準適合義務化を控えています。まだまだ十分とはいえませんが、少しずつ日本の不動産市場や消費者の意識が変わり始めた今、私たちの本領が発揮できるのはこれからだと考えています。
日本の不動産市場の課題の根本にあるのは「社会構造」だということは、ここまで述べてきたとおりです。「中央集権」というのはかつて、地方を大事にするためのコンセプトだったはずですが、今ではまさに中央に権力が集まってしまい、中央頼りの世の中へと変容してしまいました。その結果、街の個性は失われ、街ごとの細かな課題に目が向けられず、抜本的な解決策が打ち出せない状況になっています。
しかし、今のような体制は、そう長くは続かないと私は考えています。日本の予算は現在、税収のほぼ2倍です。足りない分は借金でまかなっていますが、この状態を永久に続けることはできません。税収の範囲で予算を組まなければならなくなったときに真っ先に削られるのが、新築住宅に関する予算でしょう。新築の優遇などは、不要不急の予算ではないからです。新築への予算がなくなるとすれば自ずと中古住宅市場が拡大しますが、このときにますます大事になってくるのが、中古住宅の見極めです。ここで求められるのが、私たちがやってきたホームインスペクションであり、マンションの管理や住まいの防災力の見極めなのです。
日本、そして世界の政治経済体制や宗教、業界団体、芸能界……多方面で膿出しが行われていて、あらゆるものが音を立てて変わろうとしています。コロナ禍を経て暮らし方や働き方の多様化もずいぶん進みましたが、近い将来「生き方」の概念も変わってくるのだと思います。何のために働くのか、何のために生きるのか、組織はどうあるべきか。これは創業当時から考えていたことです。テクノロジーがどんどん進展し、利便性が高まっても、必要とされるもの。それが、これまでさくら事務所がやってきたことであり、私たちの目指す「人と不動産のより幸せな関係を追求し、豊かで美しい社会を次世代に手渡すこと」なのだと考えています。
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長嶋 修
1967年、東京生まれ。
1999年、業界初の個人向け不動産コンサルティング会社・さくら事務所を設立、現会長。
業界の第一人者として不動産購入のノウハウにとどまらず、業界・政策提言にも言及するなど精力的に活動。『第三者性を堅持した不動産コンサルタント』第一人者としての地位を築く。
2022年6月現在、登録者数6.46万人のyoutubeチャンネル(長嶋修の「日本と世界を読む」)を運営。不動産投資・政治・経済・金融全般についての情報発信をするyoutuberとしても活動中。
経産省・国交省など国の15委員を歴任 、多数のTV・メディア出演・講演・出版・執筆活動で政策提言や社会問題に言及、著書31冊。最新刊に『バブル再び:日経平均株価が4万円を超える日』(2022年,小学館)。
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