【語り】
創業者・長嶋修
広告代理店を経て、1994 年(平成 6 年)ポラスグループ(中央住宅)入社。営業、企画、開発を経験後、営業支店長として幅広 い不動産売買業務全般に携わる。
日々の不動産取引現場において『生活者にとって本当に安心できる不動産取引』『業界人が誇りをもてる仕事』『日本の不動産市 場のあるべき姿』を模索するうちに、『第三者性を堅持した不動産のプロフェッショナル』が取引現場に必要であることを確信。1999年、『人と不動産のより幸せな関係』を追求するために、業界初の個人向け不動産コンサルティング会社『株式会社さくら 事務所』を設立する。
国土交通省や経済産業省の各種研究会・委員会委員の経験や、メディア出演、執筆実績多数。
強烈な違和感を見過ごすことはできなかった
私が不動産の世界に足を踏み入れたのは、二十代の頃。当時はバブルの残り香もまだ色濃く、街のいたるところで「夢のマイホーム」が掲げられ、人々の熱気が渦巻いていました。
デベロッパーに勤め、土地の仕入れから企画、販売、契約、引き渡しまでを一通り経験しました。一件の取引が終わるたびに、上司や同僚と喜び合い、数字を追う日々。
その世界では「いくら売ったか」がすべてで、「誰がどう暮らすか」は誰も問いませんでした。
“この仕事は、本当に人の幸せにつながっているのだろうか?”
業績と反比例するように、いつしか自分の中で、そんな疑問が日ごとに大きくなっていきました。
不動産取引の現場は、見えないところで“情報の非対称”に満ちています。
売り手はプロ、買い手は素人。
だからこそ、売る側にこそ誠実さが必要なのに、実際は「売ること」に必死で、誰も“買う人の幸せ”を守ろうとはしていなかったのです。
そこで私は、当時勤めていた会社に提案してみました。
社内ベンチャー的なやり方で、現在さくら事務所が行なっていることとほぼ同じようなことをやらせてくれと、企画書を作って役員に頼んでみたのです。
結果は、全くだめ、思いきりボツでした。
「営業妨害になる」「国土交通省が認めない」だそうです。
理想を語る若者の戯言と思われたのでしょう。
それでも、私は強烈な違和感を見過ごすことはできなかった。
売るための仕事ではなく、“幸せに暮らすための不動産”を支える仕事がしたかった。
1999年、バブル崩壊後の冷え込んだ時代。
誰もが安定を手放したくないであろう時期に、私はその安定を自ら手放しました——。
仲間も資金もいない…たった一人の“ゼロからの挑戦”
会社を辞め、独立を決意しました。
創業当初の売上は年間70万円。家賃も払えず、消費者金融でお金を借り、土手の草を食べたこともあります。本当の話です(笑)
時間だけはありましたから、寝る間も惜しんで勉強しました。HTMLを独学で覚え、検索エンジン対策を研究し、夜通しでホームページを作って——。
最初の問い合わせメールが届いた時の感動は、今でも鮮明に覚えています。
そこから少しずつ、依頼が広がっていきました。
「お知り合いを紹介したい」と言ってくださる方が増え、その輪がどんどんつながっていったのです。
貫いたのは“中立・公正”という立場
金融機関とも、デベロッパーとも、建設会社とも資本関係を持たない。
だからこそ、利害に縛られず、お客様にとって本当に必要な助言ができる。
それは、当時の業界では異端でした。
今でこそ、「いいビジネスモデルですね」「儲かりそうですね」と言われることもありますが、当時は「個人が形のないコンサルティングサービスにフィーを払う概念は根付かない」「儲からない」と散々言われました。
“そもそも、「ビジネスモデル」というのは一体何でしょう——?”
ビジネスが成り立ち、お金が集まるのは、そこに大きな付加価値があるからです。
生み出されたその付加価値と交換されるのが、お金です。
付加価値というのは、言いかえれば「どれだけ世の中の役にたったか」ということでしょう。
だから仕事をする時の発想はいたってシンプルで、「どれだけ世の中の役にたてるのか」ということだけを真剣に考え、それを実践すればいいのだと思います。
また、1日の大半は仕事に費やすものです。人生を充実させようと思ったら、自分の仕事を充実させ、気持ちよく働ける状態にしたほうがよいと思いませんか?
どうせ働くなら、「世の中の役に立つ仕事をしているんだ」という喜びや誇りを持って真剣勝負できるような仕事をしましょう。それがまわりになければ、自分でそんな状況を創ればよいのです。
ビジネスモデルありき、儲けありき、上場ありき——そんな時代はとっくに終わっているのですから。
「100年続く企業」を目指して、人と不動産のより幸せな関係を次世代へ
私はこれまで不動産を通じて、たくさんの「人の人生」と向き合ってきました。
そして気づいたのは、「住まい」は単なるモノではなく、人の幸せや豊かさの基盤そのものだということです。
だからこそ、不動産の世界に携わる者が、その価値を長く守り、育てていく責任があります。この想いを次の世代へとつなぐために、私は今、さくら事務所を“100年続く企業”にしたいと考えています。
とはいえ、「100年続く」こと自体が目的ではありません。
企業が長く存続することよりも、「なぜ存在するのか」を問い続け、社会に必要とされ続けること——そこに本当の意味があります。
日本の不動産業界はいまだに、高度成長期の成功体験を引きずっています。
あの頃は、人口増加の勢いを背景に、“造っては壊す”ことが正義の時代でした。
しかし2005年を境に人口は減少へと転じ、少子化・高齢化が進む中、当時のやり方ではもはや通用しません。
創業から25年以上経った今でも、課題は山積しています。
・住宅取引における“情報の非対称性”
・ホームインスペクション(住宅診断)の未普及
・中古住宅市場の流通停滞
・両手取引・囲い込みなどの構造的問題
・生活者の安心が置き去りにされた市場構造
・業界全体の信頼低下と人材の誇り喪失
・政策・制度の遅れ
これらを放置すれば、住宅は「資産」ではなく「リスク」へと変わってしまう。
住宅が、人の寿命よりも長く、社会の「資産」として残り続けることを目指して。
さくら事務所が提供しているサービスは、住宅の価値を真に高めるための社会インフラにならなければいけません。
この現実を前にして、私たちの役割は、まだまだ終わることがないでしょう。
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・徒然草:さくら事務所が生まれるまで(前編)
・徒然草:さくら事務所が生まれるまで(後編)