【後編】「カルチャーは定義して作るものではなく、にじみ出るもの」- openpage CTO 渡邊恒介氏が語る、従来の組織論を覆すエンジニア組織運営
「大前提として、カルチャーは定義して作るものではなく、にじみ出るものだと考えています」
BtoBセールス支援のデジタルセールスプラットフォーム「openpage」でCTOを務める渡邊恒介氏の言葉だ。
前編では、「評価にとらわれず仕事をしたら成果が出た」という渡邊氏のキャリア哲学と働き方について聞いた。後編では、彼が実践するエンジニア組織運営の独特なアプローチに焦点を当てる。多くの企業が組織文化を明文化し、トップダウンで浸透させようとする中、彼のアプローチは真逆を行く。「自分のやりたい形からスタートすると限界は自分になる」「あまり色は出ないほうがいいと思ってる」——リーダーとしての常識を次々と覆す発言が続く。
急速に変化するテクノロジー業界において、どのようにエンジニア組織を運営し、チームの力を最大化しているのか。渡邊氏の独特な組織論とリーダーシップ哲学に迫った。
自然発生的な組織文化と「色を出さない」リーダーシップ
「大前提として、カルチャーは定義して作るものではなく、にじみ出るものだと考えています」と語る渡邊氏。従来の組織論では、企業文化を明文化し、トップダウンで浸透させるアプローチが一般的だが、彼のスタンスは異なる。
「みんなの共通項がカルチャーになる。強制はしたくない。みんなが自主的に動いていきやすいところは大切にしたいんです」
とはいえ、完全に放任主義というわけではない。「とはいえレールは引かないといけない、それは引く。ただし、先にレールを引いてそこに無理やり合わせようとは思っていません」と、バランスの取れたアプローチを説明する。
この考え方の背景には、組織の限界に対する深い洞察がある。「自分のやりたい形からスタートすると限界は自分になる。それよりいろんな人が集まって組織として生み出すほうがいいのはエンジニアに限らない」。リーダー個人の能力や価値観に依存する組織ではなく、多様な人材の力を結集できる組織を目指している。
リーダーシップスタイルについても、渡邊氏は自分の価値観を前面に出さないアプローチを説明する。「自分が作りたいというより、みんながなりたい形に固めたい。入社した人がチームのメリットを得られるとなってくれればいい。あまり色は出ないほうがいいと思ってる」
この考え方は彼の人間観にも表れている。「人のマネジメントでも我の強い人は我の強い人でいる。全体の状況を見て判断する人と、自分の視点から考える人がいる。自分はどちらかといえば前者のタイプです」
チームの雰囲気づくりにおいては、技術力だけでなく人間性を重視している。「人のつながりは大事。自分がやることをやれればいい、という方向性にはしたくない。技術ができればいい、というより、周囲への配慮を大事にしたい」
ただし、画一的な「ワンチーム」的な結束は求めていない。「ただこの文脈でワンチームは違う。いろんな角度や切り口を受け入れるほうがより良いと思う」と、多様性を活かしたチーム運営を志向している。
多様性重視の人材戦略と流動性を前提とした組織設計
採用においても、この多様性重視の姿勢は一貫している。「採用はベースは一緒に仕事したい人かがどうしても基準になります。とはいえ、そればかりやっていても、似た人だらけになる」と、同質性の罠について言及する。
組織の成長段階に応じて、意識的に異なる要素を取り入れることが重要だと考えている。「組織が大きくなるのに合わせて異文化までは言いすぎだが異なる要素を意識して、よりいろんな形に変形できるように意識する」
育成については、業務との連携を最重要視している。「育成は環境要因のほうが大きい。業務のところにつながってないとこの育成は難易度が高い。育成と日々の業務のつながりが重要で、重なりが大きいほうがプラスになる」
この考え方は、その時点の組織状況を正確に把握し、人材の役割を適切に配置することから始まる。「組織の中でできること、やるべきことを正しく捉え、そこに対して挑戦による学習も意識して人の役割をうまくアサインする」ことで、自然な成長環境を創出している。
人材の定着についても、渡邊氏は独特な視点を持っている。「これが定着にもつながりますが、ただ無理やり定着という世の中でもない。人が抜けても、入れ替わってもいいように」と、流動性を前提とした組織設計の重要性を語る。
「期間が短すぎるのも良くはないがこだわってはいない。なんなら一度離職して、またもう一回フェーズが変わったときに来てもらえる会社のほうが、定着を意識するよりいい」
この考え方は、従来の終身雇用的な発想から脱却し、より柔軟で持続可能な組織運営を目指すものだ。
事業起点の技術戦略とAI時代の現実的対応
技術ビジョンについては、トレンドに振り回されない慎重なアプローチを取っている。「技術ビジョンは難しい。しかし、乗るべきものと、乗らないものがある。全部に乗っかっていても追いつかない。やること、やらないけど把握することを整理する」
重視するのは、あくまで事業に必要なものを適切に選択することだ。「技術要素のベースの思想や考え方に合わないものを、今どきだから使う~はズレが生じる。自社にとって適切なものか、新しさよりも、そこは大切にしたい」
技術そのものを起点とした選択ではなく、事業の要求に基づいた技術選択を心がけている。採用のしやすさを理由とした技術選択についても否定的だ。「人を採用しやすい人気の言語だからこの言語を選ぶ、はあまりやらないほうがいいと思っています」
AI技術の発達に対しても、現実的な視点で向き合っている。「AIコーディングが中心になることを見据えているが、できることできないこと見えてきている。AI以外で人として何をやらなきゃいけないか早めに整理する必要がある」
特に若手エンジニアへの影響を懸念している。「新卒やジュニアのエンジニアの仕事が代替される。未来に向けてそこはどう取り組むか」という課題意識を持ち、組織として対応策を検討している。
セキュリティやデータガバナンスについては、現実的なバランス感覚を重視している。「セキュリティを厳しく固めるのは実は簡単。ただし利便性とのトレードオフが大きい。むやみにガチガチにしないようバランスを保ち、どうやるかが意識したい」
法的要求事項への対応は必須としながらも、「セキュリティは結局、人のイレギュラーが大きな要素。とはいえ人の行動を制限するセキュリティは利用ユーザーの不満をためてしまう。利便性とのトレードオフは悩ましい」と、実運用における課題を率直に語る。
「自分がメイン」を前提としない組織づくりの実践
最後に、openpageでの働き方について聞くと、メンバーが主体的に動ける環境づくりに注力していることがわかる。
「いま自分がメインであることを前提じゃない取り組みでやってるのは、自分にとって新しい取り組み」
「レールや箱はまだないので作ることはしつつ、その箱のトップに自分がなりたいと振る舞ってはいない。どんどん任せられるように、任せてもやれるように。最初からそう考えて作ってるので、入社した人はやりやすくはある」
これは消極的な姿勢ではなく、より良いサービスを作るための戦略的な組織設計だ。「サービスの中心世代に近い人が作るほうが良いサービスになる」という考えのもと、適切なメンバーが中心となって動ける組織を目指している。
前編記事: 「評価にとらわれず仕事をしたら成果が出た」—現役エンジニアCTO渡邊恒介氏が語るキャリアと挑戦
渡邊氏の組織論は、従来の強いリーダーシップやトップダウンの文化醸成とは一線を画している。多様性を活かしながら自然発生的な組織文化を育み、技術選択においても流行に左右されない本質的な判断を重視する。AI時代の到来や人材の流動化といった変化にも柔軟に対応しながら、持続可能で成長性のある組織を構築している。
openpageという成長企業において、渡邊氏のようなバランス感覚に優れたリーダーシップが、今後の組織発展にどのような影響を与えるのか注目される。