地元の銀行からライフイズテックに入社し一度離れ、地元のベンチャー企業に勤めたのち再び戻ってきたメンバーがいる。勢井海人(せいかいと)だ。
一度辞めたライフイズテックに、彼はなぜ帰ってきたのだろうか。
ライター:クリス(@qris_)
子どもの知的好奇心に教育が追い付いていない!? 元銀行員が教育ベンチャーに挑戦したワケ —— ライフイズテックのWantedlyですでに勢井さんのことは存じ上げていたのですが、その投稿と今回のインタビューの間に一度会社を離れられていたと人事の内藤さんに伺っています。
実はそうなんですよ。舞い戻ってきました(笑)。
—— 最初のライフイズテック入社の時は、銀行からの転職だったんですよね。たしかイベントを開催したことで、教育への関心が高まったとか。
地元徳島の銀行に勤めながら、プロボノ的に地方創生のいろんなイベント企画運営をしていました。その活動のなかで、チームラボさんのアートとテクノロジーと教育をかけあわせた企画展の一部に携わる機会をいただいて。そしてイベントに参加してくれた子どもたちが最先端の技術にワクワクしながら触れている姿を見て僕は、純粋に感動したんです。ただ同時に、子どもの「なぜ?」に対して大人の知識が追い付いていない現状を目の当たりにしました。
—— どうしてそう感じたのでしょうか?
子どもの「どうしてこうなるの?」という問いに対して、大人が「大学に行けば分かるよ」といった感じで言葉をにごすような場面を見たからです。僕は少し裏側を知っていたこともあって子どもたちの「なぜ?」に答えていたんですが、きちんと説明すると子どもはさらに目の前の最新テクノロジーにのめり込んでいました。この姿を見た時に、子どもたちの「知りたい」「学びたい」「これはどうなっているんだろう」という知的好奇心に教育が追い付いていないように感じたんです。
また主催メンバーの中に小学生のお子さんを持つ方がいて、参観日で歴史の授業を見る機会があったそうなんですが、そこで「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」という何十年も変わらない学びを目の当たりにしたらしくて。世の中はどんどん変わっているのに、教育は変わっていないという衝撃を受けたと聞いた時に、僕も「変わらない教育」への違和感を感じたんです。
―― その違和感が、ライフイズテックと出会うきっかけとなったんですね。
教育を変えたい、新しい教育を見てみたいという気持ちで、単純ですが「テクノロジー」と「教育」をやっている会社をWantedlyで検索したところライフイズテックを見つけ、その後入社することになりました。
—— ライフイズテックに入ってからは、大阪オフィスや関西メンターコミュニティの立ち上げ、関西方面の新規開拓、さらには東京に戻って自治体営業部の立ち上げにも携わるなど、怒とうの日々だったと伺っています
本当にいろんなことに挑戦させてもらいましたね。まず入社して2カ月の2015年4月に、水野さん(代表取締役CEO 水野 雄介)から大阪オフィスの立ち上げを打診されました。僕と妻は関西出身で、思い入れのある場所で働けることがありがたくて、二つ返事で引き受けたんです。
―— とはいえ、イチからの立ち上げですよね。大変だったのでは?
大変でしたね(笑)。何をするにも、前例のないことに挑戦している感覚があったので……。0⇒1で何かを生み出すこと、そこに人を巻き込むことの大変さを日々実感していました。
―— 今でこそプログラミング教育の必要性に教育現場だけでなく世の中全体も気付いて動き出している雰囲気がありますが、当時はプログラミング教育の話をしても聞く耳すら持ってもらえなかったのでは?
当時の教育現場にとってプログラミング教育は新しいことだったので、アンテナが立っていないところに電話をかけると、話を聞いてもらえないどころか怪しまれるくらいでしたね。大阪オフィスを立ち上げたばかりの頃はコワーキングスペースを拠点にしていて、事務所の住所もなかったくらいだったので、名刺を渡してもなかなか信頼してもらえませんでした。
しかし関西にもタブレットを全校生徒に配布し授業に取り入れている「IT学習への感度が高い」学校もあって。そこで出張授業をさせてもらった結果、その評判が広がって多くの学校にライフイズテックを知ってもらうことができたんです。
―— 勢井さんは、本当に地道にライフイズテックの関西の土台をつくってきたんですね。そこからなぜ東京へ戻って自治体営業部門を立ち上げることになったんですか?
入社した当初から東京以外の全国の自治体に「中高生の可能性を最大限伸ばすための学びの機会」と「IT教育を軸に、地域の人材育成」の仕組みを届ける仕事がしたいと思っていたからです。
徳島でイベントをしていた頃から感じていたのですが、東京と地方では教育やテクノロジー関連のイベントの数に差がありますよね。このような地域や経済によって生まれる認識の差は、子どもたちの可能性を広げるチャンスにも影響していると思うんです。そのチャンスをどの地域の子どもたちにも届けるために、自治体営業部門を立ち上げました。
—— 学校と同じように自治体も、プログラミング教育の話をしたところで思ったようなリアクションがもらえなかったのではと思うのですが……。
確かに、どんなに想いや取り組みを伝えても理解してもらえないことはたくさんありました。ただやはり学校の先生と一緒で、ライフイズテックの想いに共感してくれる人もいたので、当時はその人たちを巻き込みながら地方での出張授業やキャンプなどの取り組みをしてきましたね。
—— ちなみにどこの自治体でどんな取り組みをしたんですか?
印象に残っている取り組みはたくさんあるんですが、なかでも徳島県の海陽町のキャンプで出会った子どもたちの姿は今でも覚えています。海陽町でのキャンプは、東京や大阪のように年に数回あるものではなく、年に1回だけ。そのキャンプに最初はとりあえず参加してみたくらいの子たちがそこから4年間、年に1回のキャンプに参加してくれるようになりました。
そして彼らは高校に進学したあとの文化祭で、ライフイズテックで学んだ技術を駆使して『VRお化け屋敷』をつくったんです。この取り組みがニュースサイトに取り上げられて。この体験は彼らに、「世の中に認められた」という自信と「毎年ニュースサイトで取り上げられるくらいのものをつくりたい」という未来を思い描くきっかけとなったようです。
「出戻り 会社」で何度も検索。それでも地方×教育創生を諦められなかった —— 自治体営業部門では地方創生にも教育にも関われる仕事ができていたと思うんですが、なぜ一度離れる決断をしたのでしょうか?
ライフイズテックで取り組んできた地方創生に、地元徳島でしかも仕事としてきちんと携わりたい気持ちもずっと持っていたんです。そして海陽町での取り組みが僕にとって大きな節目となったと思ったので、2018年10月に地元徳島のベンチャー企業に転職しました。
また、家族のことを考えた結果でもあります。当時はまだ子どもが小さかったので、近くに身内のいない東京での子育てに少し限界を感じ始めていたこともありました。
—— そしてライフイズテックに再び戻ってきたのは、2019年の11月。なぜ1年という割と短い期間でライフイズテックに戻ってきたのでしょうか?
地方に戻ってあらためて、子どもたちの教育を整えなければ真の地方創生は叶わないと実感したんです。そう感じた時に僕は「地方」創生ではなく、「地方×教育」創生がやりたいんだと気付き、ライフイズテックに戻ることにしました。あとは人事の内藤さん(Company Experience本部 本部長 内藤 誠人)からほぼ毎月「戻って来なよ」と連絡があって(笑)。その熱意にもやられましたね。
—— ライフイズテックを辞めて地元に戻ってからも、教育とかかわり続けていたんですか?
徳島に戻ってからも、地元の中高生や大学生と話す機会が結構あったんです。その話のなかで子どもたちは、自分の将来や可能性について真剣に考えたいのに、学校が忙しくてそこにばかり集中できないことに思い悩んでいるようでした。
子どもたちの年齢において教育は、人生の多くの時間を占めていますよね。そんな教育がワクワクするものでなければ、子どもたちは自分の人生にも楽しさや希望を見い出せず、社会全体や未来もつくっていけないと思ったんです。だからもう一度、教育を通して子どもたちが自分自身や未来に可能性を感じられる場をつくりたいと思うようになりました。
—— その場づくりをするために、ライフイズテックへ戻ってきたんですね!
僕の中のアンテナはやはり、教育に向いていたんですよね。教育の世界を離れてからも、見る本やテレビは教育ものばかりでしたし。だからといってライフイズテック以外の教育会社は考えませんでした。僕は「ライフイズテックの教育の届け方」に魅力を感じていたので。
—— ちなみに再入社するとなると迷ったり悩んだりする人もいると思うのですが、勢井さんはどうでしたか?
もちろん悩みましたよ。再び入社するまでに「出戻り 会社」と何度も検索しました。ただ、もし今ここでライフイズテックに戻らなかったら、一生後悔すると思ったんですよね。
—— それは、なぜ?
世の中でいろんな人が教育の重要性に気付き始めて、発信し始めたように感じていたんです。例えばライフネット生命の元会長で、今は立命館アジア太平洋大学の学長を務められている出口治明さんは、「自分が培ってきた人生を、世の中にどう還元していくのか」と考えて教育に目を向けられています。また日本電産の代表取締役会長である永守重信さんも、京都で大学経営に乗り出されています。
また徳島に戻った時に、人口約5,000人の神山町という町に高等専門学校ができるという衝撃的なニュースを耳にして、神山に50年以上住んでいるという理事の方に会う機会をもらいました。その方は「これからの時代は、子どもが自分で自分の道を切り開けるようにする必要がある」とおっしゃっていて。
こういった方々の動きを見ていると、最終的には教育に行き着くんだなと思ったんです。と同時に、なぜ僕はこのタイミングで教育から離れてしまったんだろうと悶々としていました。
—— 世の中の関心が教育に向かい始めたタイミングと逆行していますもんね。
そうですね(笑)。だから戻るなら今しかないと思ったんです。とはいえ戻った当初は、一度辞めた後ろめたさもあってコミュニケーションに気を遣うこともありましたよ。「なんで戻ってきたの」と思われていないか不安になったこともあります(笑)。しかし今は「自分がこの場所でできることは何か」を考え動くようになりましたね。
—— 勢井さんにとって、今ここ(ライフイズテック)でできることってどんなことなのでしょうか?
ライフイズテックの教育を全国に届けていくことです。僕がライフイズテックでやりたかった地方創生の目標は、まだまだやりきれていない部分があると思っています。
また、学校現場の先生に新しい価値観を持っていただくことにも挑戦したいですね。先生だけでなく地方全体にも言えると思うんですが、その土地ならではの慣習を重んじる雰囲気が少なからずあると思うんです。もちろん大事ですけど、もしかしたらその中にも、教育や地方創生の課題解決を妨げているものもあるかもしれないと思っていて。ただその慣習を変えるのは決して簡単なことではありませんし、変えればよいというものでもないと思います。だからとにかく成功事例をつくっていかなければと思っています。
そしてさらに、ライフイズテックの教育を国内だけでなく海外にも輸出できるようになったらいいなと考えているんです。今の日本は、他の国が後々直面するであろう様々な社会課題を抱えている「課題先進国」と言われています。教育も地方創生もその課題のひとつなんですが、ライフイズテックの「地方×教育」創生のナレッジはきっと、将来それらの課題に直面した他の国を救う一翼を担えるんじゃないかと思うんです。
「いつか教育に携わりたい!」の“いつか”は今、ライフイズテックでかなうかも……! —— 2020年からは小学校で、2021年からは中学校でプログラミング教育が始まろうとしている今、自治体営業部門でやるべきことはまだまだありそうですね。
その通りです。そのなかの1つが、学校営業。今僕らのチームは先生や学校に、知識やスキルがなくてもプログラミング教育ができる『MOZER for School』という教材を導入しないかと営業をかけています。
話を伺っていると先生たちもプログラミング教育をどうしていけばいいかで悩まれているんですよ。ただそこに手を回せないくらい今でも忙しい現状がある。だから直接話をする機会をもらうのはなかなか難しい部分もあります。しかし話をできないことで、子どもたちの可能性を広げるチャンスが何年も先延ばしになっているような気もしていて。
—— 先生たちの忙しさは理解しつつも、教育のやり方を変えていかなければいけないというジレンマというか。
やはり先生たちは「授業をしなくては」と考えていると思うんです。ただそれでは「プログラミングの授業をすること」が目的になってしまいます。『MOZER for School』はあくまで、「プログラミング教育を通して何を届けるか」を考えてつくられているので、先生にスキルや知識は求められません。だから先生は子どもたち一人ひとりの進み具合に合わせた指導ができると思います。
—— 先生が本来したいと思っている「一人ひとりにあった教育」を提供できるようになるんですね。ただこれまでの一斉指導ではなく、しかも教えなくていいとなると先生たちに受け入れられるのかなと……。
そこはライフイズテックのキャンプやスクールといったリアルの場が活きてくると思っています。実際にそこで学ぶ子どもたちの表情を見てもらえれば、先生たちにも理解してもらえるんじゃないかなと。
—— 少しでも早く、学校や先生、そして子どもたちのもとへ、ライフイズテックの教育が届くといいですよね。
そうですね。だから僕らは学校や先生を「対クライアント」と見るのではなく、「プログラミング教育を通してどんな子どもを育てていくのかについて一緒に考えるパートナー」だと思って話をしています。
—— 勢井さんはその想いの先に、どんな子どもたちを思い描いていますか?
自分の道を自分で広げていく子どもです。以前はもうすでにあるレールに乗っかっていくことが正しいとされていた時代でしたが、今は自分でレールをつくっていく時代。だからこそまわりに流されず、自分のことは自分で決めていける子を教育の力で育めたらいいなと思います。
—— 自分の道を自分で切り開いていける子どもが増えたらきっと、未来はもっとキラキラと輝いていくと思います。
そもそも教育って何だろうと考えたんですよ。今のところの僕の答えはいたって単純で「“分からない”を“分かる”にする」かなと思っています。この認識の差を埋めることが、自分の可能性を広げるきっかけになると思うんです。そうやって可能性が広がっていけば、昨日より今日、今日より明日が楽しくなる。自分の未来にワクワクできる。ライフイズテックはITを軸に、そんな可能性を広げる学びの場を届け続けているんです。
—— 最後に、この記事を読んだ方にメッセージをお願いします。
もし「いつかは教育の世界に挑戦したい」と思っている人がいたら、ぜひライフイズテックを検討してみてくださいと伝えたいですね。教育に世の中の関心が高まっている今こそ、教育の世界に飛び込むチャンスだと思います。きっと、自分の可能性を子どもたち自身が広げていく瞬間に出会えるはずです。
<インタビューを終えて>
教育と聞くと、小難しかったり堅苦しかったりして、少しハードルの高さを感じる人もいると思います。しかし教育は、誰もが経験してきたいわば自分ゴト。きっとあなたにも「もっとこういう授業が受けたかったな」「わが子が受けている教育ってこのままでいいのかな」と思う部分があるのではないでしょうか。
教育は今、大きな変革期を迎えています。教育が変わろうと動いている今こそ、あなたの思う「理想の教育」を形にするチャンスかもしれません。
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