「みんなと話したいことがあります」
朝礼を前に、コウダプロのNo.2として組織を支える原口水月さんは、幸田八州雄社長にそう伝えたといいます。新卒で入社して8年目、現在は管理職を務める原口さんが、朝礼での講話を自ら申し出ました。
きっかけは、マネージャー合宿でのある出来事。自身の判断を振り返るなかで、原口さんの中に生まれたのは、コウダプロがこれから先へ進むために、みんなで考えたい問いでした。
自由で楽しい組織でありながら、必要な規律をどう保つのか。コウダプロ憲法とどう向き合い、一人ひとりがどのような役割を果たしていくのか。
原口さんの率直な問題提起から、組織が次のレイヤーへ進むための対話が始まりました。
「今回も〜〜だろう」に潜んでいた判断の癖
原口さんが朝礼で最初に振り返ったのは、マネージャー合宿にノートPCを持参しなかったことでした。
事前の案内には、持ち物としてノートPCが記載されていました。しかし原口さんは、「これまでの合宿でも、ノートPCは毎回持ち物として挙がっていたけれど、使ったことがなかった。だから今回も使わないだろう」と考え、持参しなかったそうです。
ところが当日、幸田さんから「今日はPCで資料を共有する」と伝えられます。しかし、原口さんの手元にPCはない……。
合宿では、この一件についても振り返りが行われました。その際、幸田さんが指摘したのは、「持ち物を忘れてはいけない」という単純な話ではありません。もしその場で各自がPCを使って課題などに取り組む必要があったら、2日間の合宿そのものが成立しなくなっていた可能性があります。
問題は、「PCを置いてきたこと」そのものではなく、「過去に使わなかったから、今回も使わないだろう」と判断したこと。過去100回同じ対応だったとしても、101回目もそうとは限らない。そんな「だろう運転」は、日常のさまざまな場面に潜んでいます。
原口さんは、この一連の出来事を自分自身の判断の癖として受け止めると同時に、コウダプロという組織にとっても大きな示唆があると感じたそうです。
コウダプロは若いメンバーが多く、楽しさや勢い、ノリの良さを大切にしている会社です。一方で、そういう会社だからこそ、締めるところは締める。必要な規律を守り、一人ひとりが自分を律する水準をどう高めていくか——。原口さんは、コウダプロらしい自由さと規律をどう両立させるかを、組織全体への問いとして投げかけました。
「自分たちはできている」の先にあったもの
原口さんがこの日もうひとつ共有したのは、外部の講義で受けた刺激についてでした。
そこで紹介されていたのは、ある会社の組織活性化の事例です。現場のスタッフが自分たちで改善活動を行い、主体的に仕事に向き合うことで、組織の雰囲気も成果も変わっていく。原口さんは、その姿に強く心を動かされたと話しました。
コウダプロには明確な理念があります。コウダプロ憲法があり、一人ひとりが主体性を持って働いています。原口さん自身も、コウダプロはよい組織だと感じていました。
しかし、外部の事例に触れたことで、「自分たちはすでにできている」と思っていた地点の、さらに先があることに気づいたといいます。
これは、組織が次へ進むための健全な危機感。自分たちの良さを認めながらも、「まだできる」「もっといける」と思えること。その感覚こそが、組織を停滞させない力になります。
その講義では、組織がよい状態で成長していくための要素として、理念が共有されていること、人と人との関係性が築かれていることに加え、トップの思いやビジョンを受け取り、自らの言葉で周囲に伝えていく存在の大切さも語られていました。
組織が大きくなればなるほど、トップ一人の発信だけで理念を浸透させ続けることは難しくなります。だからこそ、幸田さんの思いを深く受け取り、それを自分の言動に落とし込みながら、周囲へ伝えていくリーダーが必要になる。
今回の原口さんの講話そのものが、トップの思いを受け取り、自らの言葉で周囲へ伝えるリーダーのあり方を体現していたように思います。
理念を大切にしてきたからこそ、問い直す
原口さんの話を受けて、幸田さんが紹介したのが、コウダプロ憲法の第41条です。
コウダプロ憲法との向き合い方
第四十一条
社員および経営者はコウダプロ憲法を、決して崇高なものと考えてはならない。
どのような思想・概念・個人であれ、それを崇高な存在と考えたときに思考は停止する。
コウダプロ憲法はあくまでも道具である。
コウダプロの未熟な創業者が45歳の時点で、考えをとりまとめたものに過ぎない。
コウダプロ憲法は道具である。道具は欠点もあれば劣化もする。
そのような態度で向き合うべきである。
「コウダプロ憲法」より引用
幸田さんは、この第41条について、理念を軽く扱うためのものではないと説明しました。
コウダプロのように理念を大切にする会社では、一人ひとりがその理念を無条件に正しいものとして受け入れ、自分の頭で考えなくなってしまう可能性があります。そうした思考停止を避けるために、コウダプロ憲法には、あえて「崇高なものと考えてはならない」と書かれているのです。
幸田さんは、原口さんが入社して間もないころにも、この第41条について話したことがあったと振り返ります。当時の原口さんは、「道具なのだから、価値あるもののように扱ってはいけないのではないか」と受け取ったそうです。
それに対して幸田さんは、まずは大切にしてほしいと伝えました。理念を大切にし続けた先で、なお自分の頭で考えてもらうために、あえて道具と書いています、と。
そしてこの日、幸田さんは、原口さんが約7年をかけて一周回り、あらためて第41条にたどり着いたのだと受け止めていました。
さらに幸田さんは、今回の話の本質は、原口さん自身の視座が変わったことだと指摘します。原口さんは、組織づくりや人の強みを生かすことを自らの得意分野として言葉にし、会社の次の段階を自分ごととして考え始めていました。
幸田さんはそこに、原口さんが「違うレイヤーに開いた」瞬間を見出したのでした。
コウダプロ憲法は、掲げて終わるものではありません。大切にしてきたからこそ、ときに問い直す。使いながら考え続けることが、組織の進化にもつながっていきます。
組織の成長とともに問われる、一人ひとりの役割
朝礼の後半では、メンバーそれぞれがこの問いを自らの立場に引き寄せ、自分の言葉で考えを語りました。メンバーのコメントを聞いた幸田さんは、規律の話を「想像力」の問題として広げていました。
たとえば、たった3円のずれでも、それが1万件あれば3万円になる。小さな線のはみ出しでも、それが大きな物流倉庫に拡張されたとき、同じルールで運用できるのか。事の大小ではなく、事の本質を見ること。
コウダプロが大きくなっていくなら、今は小さく見える違和感も、やがて大きな問題につながる恐れがあります。だからこそ、目の前の出来事を「大したことではない」と流すのではなく、その奥にある本質を想像する力が必要になります。
話は、次世代リーダーへの期待や覚悟といったキーワードにも広がっていきました。
原口さんは、将来コウダプロの社長を目指すと宣言しているメンバーに対して、「早く自分を抜いてほしい」という思いを率直に語りました。自分が7年間、自分なりの最大限で走ってきた。その積み重ねを超えていく覚悟があるのか。そんな問いかけでした。
また、マネージャーとしての役割を担うメンバーに対しても、それぞれのレイヤーに応じた思い、努力、能力が必要になるという話がありました。これは、組織が次のレイヤーへ進むなら、そこにいる個々人もまた、次のレイヤーへ進む必要があるということです。
幸田さんは、会社が大きくなり、役割や求められる能力が変わったとしても、今いる人たちが進化しながら働き続けられる会社でありたいと話していました。理念を共有する仲間であり続ける限り、一人ひとりに役割があると考えているからです。
原口さんが投げかけた問いは、メンバーそれぞれの言葉を通して、組織のこれからを考える対話へと広がっていきました。
(編集後記)
今回の朝礼は、ノートPCの持参忘れという小さな出来事から、規律、理念との向き合い方、一人ひとりの役割へと話題が広がった時間でした。組織が次のレイヤーへ進むための問いを、全員で深く共有する回だったと感じます。
Text/池田園子