【Our Voices】"自己成長"の先にある、社会を変えるリアルな手応え(前編) | Our Voices(InterRace株式会社)
ドトールコーヒー、デロイトトーマツコンサルティング、パーソルキャリア、インテリアEC──多様な業界を渡り歩き、挑戦を重ねてきた東海林孝之氏。現場の最前線で成果を上げながらも、組織の中で埋もれがち...
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こんにちは。前回に引き続き、東海林さんのキャリア観の原点と、InterRaceで描いている未来についてお話を伺います。
※本記事はインタビュー後半になります。前半をまだ読んでいない方は、前半を先にご覧ください!
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InterRace株式会社 Vice President
東海林 孝之
慶応義塾大学卒業後、ドトールコーヒーに新卒入社し、店長、経営企画を経験。その後、デロイトトーマツコンサルティングにてコンサルタント、パーソルキャリアにて人材紹介の事業企画責任者、副業・フリーランスサービス「HiPro(ハイプロ)」の企画責任者を歴任。
──その後どういうキャリアを歩まれたのでしょうか。
ドトールコーヒーを退職した後、次のキャリアの方向性はかなり迷いました。右も左もわからないまま、いくつかのエージェントと面談するなかで、あるブティックエージェントの担当者が本気で向き合ってくれたんです。
その方から「学歴もあるし、経営企画も経験しているなら、コンサルティングファームも狙えると思いますよ」と言われ、実際に紹介された企業の一つがデロイトトーマツコンサルティング(以下、デロイト)でした。無理を承知で受けてみると、合格。自身のキャリアにとってこれはチャンスかもしれないと、直感的に判断して飛び込みました。
しかしながら、デロイトで勤務したのは10カ月ほどでした。現実は相当ハードで、深夜に帰宅する日が、ほとんど毎日のように続きました。案件が終わるたびに社内営業をして次の案件を自分で取りに行かなければならず、そのたびに新しい業界をゼロから学び直す必要があります。難易度の高いプロジェクトが続き、これは「この働き方をずっと続けるのは難しい」と、感じ始めていました。
そんなタイミングで、デロイトの中途同期が先に退職。その後、転職先として選んだのがインテリジェンス(現パーソル)でした。「東海林さんも興味ありませんか?」と声をかけてもらったご縁で、パーソルへ転職しました。
パーソルを選んだ理由は大きく2つあります。1つ目は、自分の中で持っていた「30歳で年収1,000万円」という裏目標を実現するには、マネジメントレイヤーへのキャリアアップが不可欠だと考えていたこと。2つ目は、人材紹介というビジネスモデルが非常に高収益でありながら、社会的意義があると気づいたことです。私自身、転職活動を通じて「市場価値とは何か」を突きつけられるような体験をしていたので、「このサービスには人の人生を変える力がある」と本気で思っていました。
パーソルに入社後は、事業企画ポジションでスタート。その後も順調に評価され、3年目にはマネージャーへ昇格しました。ただその後、キャリアステップが鈍化する感覚と、ミドル組織拡大前だったことによる極度の忙しさに襲われ、キャリアを考え直すことに。
その頃、あるインテリアECのベンチャーにいる知り合いからたびたびお声がけいただいて話をよく聞くようになり、社長との面談で意気投合。「これは今しかない」と思い、思い切って再び転職しました。
この企業では、過去一番と言えるほど手応えのある3年間を過ごしました。オリジナルで開発した商品が初年度から年商1億円を超えたり、EC店舗を立ち上げて年商10億規模に急成長させたりと、手応えのある結果が次々と出せた時期でした。何から何まですべて自分の裁量で動かせたのが何より楽しく、「こういう自由度のある環境が、自分には一番合っているんだ」と、強く実感した時期でもありました。
自分にとっての天職だと本気で思っていましたが、どこかで天狗になっていたのかもしれません。経営について実力不足を指摘され、会社を去ることになりました。
次どうしようかと迷いに迷い、転職活動も一通りした上で、心理的安全性と早期に役に立てるという軸から、再び古巣のパーソルに戻ることにしました。
復職後の最初の1年間は、人材紹介事業の企画担当として、以前と同じ領域を任されました。やがてコロナ禍に突入し、一時的な混乱を経て社内の状況が落ち着きはじめたタイミングで、副業・フリーランス領域の“HiPro(ハイプロ)”の再加速が会社の一つのテーマに。この新たな挑戦を引き受けるかたちで、HiPro事業の事業企画統括部長に着任。副業・フリーランス市場の拡大と事業成長に尽力する中で、InterRace代表の桑田と出会いました。
──InterRaceへの入社の決め手を教えてください。
まず「人」に対する信頼です。
InterRaceの経営陣は、これまで表には出づらいところで会社や組織を支えてきた“二番星”的な存在の人が何人もいて、自分のこれまでの境遇と重なる部分がすごくありました。派手ではないけれど、現場感覚も痛みも知っていて、意思決定に暴走することがない。そういう人たちだからこそ、ここで変な判断がなされることはまずないだろう、という安心感があったんです。
しかも、自分は外部から来た“どこの馬の骨とも分からない人間”だったにもかかわらず、ボードメンバーとして迎え入れてくれました。これはなかなかできることじゃないと思います。「この人たちなら信頼してベットできる」と思えました。
もう一つの決め手は、“事業への可能性”です。これまで自分が携わってきた「人材紹介」と「HiPro(副業・フリーランス人材)」の事業を通じて、強く感じていた課題意識があります。
それは、企業の中で“屋台骨”として頑張っている中堅層、いわゆる「機会がなく突き抜けきれなかった2番手」の人たちが、最も損をしている層ではないかということです。彼らは他の人の分まで成果を出し、組織を支えているにもかかわらず、報われる機会が少なく、むしろ上層の人たちの“養分”のような役回りになってしまう。自分自身も過去にそうした立場だったことから、この人たちの新しい働き方による“解放”こそが、自分がこの業界で果たすべき使命なのではないかと感じるようになったんです。
現実にはいかに能力や意志があっても、「仕事の機会」がなければ、個としての挑戦は続けられません。案件が足りない、仕事の打席数が足りない──これは副業・フリーランスサービス全体に共通する構造的なボトルネックです。
この点については、InterRace代表の桑田とも何度も議論してきました。だからこそ、Visionalと組むことで「案件数=打席数」を飛躍的に増やせる環境がつくれる可能性があるという話を聞いたとき、「これは本当に実現可能性のある話だ」と確信できました。
さらに言えば、自分のキャリア全体から見たときの“仕上げ”の意味もありました。パーソル時代、私が最初の3年間で最もインパクトを残せたと考えるのは、戦略的な組織拡大へのシフトでした。
新卒はもちろん、業界未経験からの中途入社での流入により、パーソルの入社人数は毎年増加。競合も同じような構えだったため、人材紹介従事者は日本で相当数増えてきている感覚がありました。一方で、ある種の専門職のため、キャリアの選択肢が多くない、負の側面があることも感じていました。
だからこそ、プロ人材が活躍できる選択肢を増やすことは、人材紹介従事者の“ネクストキャリア”を広げることにもつながる、と私は信じています。これを形にすれば、自分が過去に成してきたことを“やりっぱなし”で終わらせるのではなく、ひとつのストーリーとして“完結”させることができる。それは自分のキャリアにとって納得のいくものになる、と思えました。
そして何より、それを信頼できるメンバーたちと、ビジョナルという本気で事業成長を狙える環境で取り組めるというのが、最終的な決め手になりました。
──最後に、東海林さんが思うInterRaceのカルチャーの特徴って何ですか?
ひと言で表すなら、「自己成長を渇望している人たちの集まり」だと思います。
もちろん、経営陣には「社会的意義を果たす」といったミッションドリブンな言葉を掲げる人もいますし、それ自体は非常に大事な要素です。ただ、若手メンバーたちがInterRaceに惹かれて入ってくる理由を見ていると、「社会貢献をしたい」よりも、「実力を身に付けたい」「自分のキャリアをアップさせたい」という気持ちのほうが圧倒的に強いと感じています。
つまり、社会的意義という“Why”があっても、それはあくまで“自己成長のための“How”として捉えられている。これは決して悪いことではなく、むしろ自然な姿だと思うんです。そういう動機で集まってくる人たちが多いからこそ、InterRaceのカルチャーは「熱意」や「野心」に満ちたものになっていると感じます。
実際、社内では「60代・70代になっても活躍し続けたい」と本気で考えている人が多数を占めています。大手企業での実績を持ちながら、なおも“これから”に挑戦しようとしている人が集まっている。
また、経営ボードメンバーたちも、それぞれが自分の腕で成果を出してきたタイプの人たちなので、「実力で生きていくこと」に対する共感度が非常に高い。だからこそ、新しく加わる人たちも、「自分ももっとやってみたい」という気持ちで自然に馴染んでいける文化があると思います。
これからさらに、そうした“実力をつけたい人たち”に応えられるような仕組みや制度──たとえば評価制度や育成のフレームなど──を、より尖らせていくことが、InterRaceらしさを強くしていく鍵になると感じています。