【Our Voices】"自己成長"の先にある、社会を変えるリアルな手応え(後編) | Our Voices(InterRace株式会社)
こんにちは。前回に引き続き、東海林さんのキャリア観の原点と、InterRaceで描いている未来についてお話を伺います。※本記事はインタビュー後半になります。前半をまだ読んでいない方は、前半を先に...
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ドトールコーヒー、デロイトトーマツコンサルティング、パーソルキャリア、インテリアEC──多様な業界を渡り歩き、挑戦を重ねてきた東海林孝之氏。現場の最前線で成果を上げながらも、組織の中で埋もれがちな“二番手”として葛藤を抱えてきた経験から、「埋もれた才能に、次の打席を」と強く願うようになりました。現在は、その想いを形にすべく、人材サービスの新たな仕組みに挑戦されています。今回は、東海林さんのキャリア観の原点と、InterRaceで描いている未来についてお話を伺いました。
前半では主にこれまでの経歴・キャリアについて、後半ではInterRaceとの出会い、入社理由、今後の展望について伺っています。
InterRace株式会社 Vice President
東海林 孝之
慶応義塾大学卒業後、ドトールコーヒーに新卒入社し、店長、経営企画を経験。その後、デロイトトーマツコンサルティングにてコンサルタント、パーソルキャリアにて人材紹介の事業企画責任者、副業・フリーランスサービス「HiPro(ハイプロ)」の企画責任者を歴任。
――これまで複数の企業でキャリアを積んでいらっしゃいます。新卒で最初のキャリアを選ぶ際、どんなことを大切にしていましたか。
当時の私のキャリア軸は、「自分の興味や個性を活かせること」と「人に喜ばれる実感が持てること」でした。
それで最初に選んだ会社が、ドトールコーヒーです。理工学部出身としては少し珍しい選択かもしれませんが、そこには私の育った環境が大きく関係しています。東京の下町生まれ、下町育ち。実家は小料理屋を営んでいました。周囲も自営業の家庭が多く、いわゆる「会社勤め」の世界にはあまり馴染みがありませんでした。
高校は推薦で入学し、当時はミュージシャンになりたくて音楽の専門学校に進もうと考えていたほどです。「大学でも音楽は続けられる」と方向転換し、文系科目が苦手だったこともあり、消去法で理系を選び、大学に進学しました。
このような背景から、「学歴を活かして大手企業に就職する」といった、一般的な価値観とは少し距離のある感覚を持っていました。私の出身学部では9割以上が大学院に進学します。そんな中、私は就職の道を選びました。周りに同じ選択をする人も少なく、相談相手も情報もなく、まさに手探りのスタートでした。
当時はインターネットも今ほど整っておらず、もっぱら就職情報誌などを読みあさっては、「社会とは何か」「会社とは何か」と、ぼんやりとした問いに向き合っていたのを覚えています。
自分の興味関心って本当にニッチだったなと思いますね。家は飲食店。学部は理工系。趣味はバンドや美術鑑賞。どこかバラバラで、同じようなタイプの人に出会うことも少なく、ちょっと浮いていたかもしれません。
だからこそ、就職先を考えるうえではひとつの指針を持ちました。「自分の好きを活かせて、かつ“みんなにわかりやすく喜んでもらえる仕事”がしたい」というシンプルな軸です。音楽や美術は素敵だけど、共感する人はそんなに多くない。だけど「食べること」なら、誰にとっても身近で喜ばれやすい分野。自分も好きだし、親しみやすさもある。そう考えて、食品メーカーを中心に就職活動を進めていきました。
理系でしたが、就職にあたっては文系職として入社したいと考えていました。そうなると、希望していた企業だと、営業からキャリアをスタートするケースが一般的で、「営業って、実際には何をする仕事なんだろう?」という疑問がなかなか拭えませんでした。当時の僕は、「大手であれば商品なんて売り込まなくても勝手に売れるんじゃないの?」といった素朴な疑問を持っていて、営業の意義をしっかりと理解できていなかったのです。
それに、本来自分がやりたかったのはマーケティングでした。しかし、マーケティング部門は新卒にとっては狭き門。「これは現実的じゃないかもしれない」と思い始めた頃、ふと視野に入ってきたのが、小売や外食業界でした。
とくに外食は、家業の経験もあって仕事内容のイメージがとても鮮明に描けました。企業研究をする中で目に留まったのが、ドトールコーヒーでした。
意外に思われるかもしれませんが、この会社は“外食企業”でありながら、もともとはコーヒー豆のメーカーです。自社で豆を焙煎し、それを卸やフランチャイズという形で販売している。つまり、BtoBとBtoCの両面を併せ持ったハイブリッドなビジネスモデルを持っていたんです。さらに当時は日本レストランシステムとの統合を果たしたばかりで、新しい企業フェーズに突入するタイミングでした。
私は「この会社に入って、がむしゃらに3年やれば、きっと頭角を現せる」と勝手に算段していました。規模感もよく、同期も少なめ。競合も多くなく、自分のやりたいこととビジネスの可能性が重なって見えたんです。
それに当時すでに食品メーカー的な展開の芽もありました。たとえば、大手コンビニで販売されていた「チルドコーヒー」は好調な売れ行きを記録し、大手乳業メーカーと共同開発したアイスもヒットを飛ばしていました。さらに大手飲料メーカーの缶コーヒーに使われていた豆も、実はドトールコーヒーが提供している──そんな事実も知り、「このブランドには、想像以上の可能性がある」と感じたのです。つまり、マーケティング・商品開発・新規事業の創出など、自分が関心を持っていたあらゆるフィールドが一つの企業のなかで繋がっていた。それこそが、私がドトールコーヒーを選んだ最大の理由でした。
──ドトールコーヒーでは、どのような経験をされたのでしょうか?
新卒として入社後、私は店舗運営の現場からキャリアをスタートしました。ドトールコーヒーは新卒社員が中心の組織で、全員がまず現場の店長職を目指す仕組みになっています。
実際に店舗を任されてみて感じたのは、カフェ業態の収支管理は、仕組みさえ整えばそこまで難易度が高いわけではないということです。ドトールコーヒーのような高回転型のブランドでは、日々多くのお客様が来店されます。そうした環境においては、必要な人員を揃え、オペレーションを安定させることで、自然と数字もついてくる構造があります。
もちろん、店舗運営には人材不足や設備の制限など、現実的な課題も多くあります。ただ、そうした条件の中でも、私は店長として計4店舗を任され、それぞれで過去最高益近い実績をあげることができました。特別な施策を打ったというよりも、現場に必要な仕組みをひとつずつ着実に整えていくことで、自然と成果がついてきました。
なかでも本社直下にあるフラッグシップ店舗でのマネジメントは、大きな転機となりました。もともとプロモーションを重視した「赤字前提」の店舗でしたが、着任後は現場の体制を見直し、運営改善に取り組みました。その結果、わずか2カ月で黒字化を達成し、想定以上の成果を出すことができました。
この出来事をきっかけに、本社部門への異動が決まりました。異動先は、経営管理部という経営企画・事業企画に近いポジションでした。全国約300店舗の直営店に関する予算策定、IRコメントの作成、社内制度づくりなど、全社的なテーマに携わるようになり、非常に密度の濃い1年半を過ごしました。もともと「最終的には経営に携わりたい」という思いを持っていたため、現場から一足飛びに経営視点の仕事に挑戦できたのは、非常にありがたい機会でした。
一方で、社会を知れば知るほど、ビジネスマンとしての自分の立ち位置と、思い描いていた理想とのギャップにも直面してきた時期でもありました。あえてわかりやすく言えば、キャリアアップのスピードや年収感がズレてきた感じです。仕事も楽しく、やりがいもありましたが、それよりもインパクトのある仕事を成すために、もっとレベルアップをしなくてはという焦燥感がありました。
こうした複合的な要因が重なり、転職を決意。ただ、現場から経営に至るまでを若いうちにひと通り経験できたことは、後のキャリアにとって非常に大きな糧となりました。
(後半に続く)
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