あまり関心や興味のない話題を話さざるを得ない時に、どのように対処するかを考えた
ここでは試しに “自分の好きなフランスの食べ物について話す” というシチュエーションでレクチャーさせていただきたい。
まず余談
と、その前になぜこういう切り口で記事を進めるか、という余談。
最近、僕の中でホットな話題は初対面でのコミュニケーションである。
その中でも、1対1で話が全く噛み合わずしまいに何を話していいのかすら分からない状態に陥ったコミュニケーションに興味がある。
どれだけ時間をかけたところで何も生まれないかのような・・・しかし何かを生み出す必要に迫られている、そんなヒリヒリとした空気感!
ガラス片の散らばった空き地。
僕も、目の前の相手も、おそらく動物としての緊張による不快感があるに違いない。
「仲良くしないと!でも,,,適当な言葉が見つからない!」
一人で壁に向かって発話する方がまだ何か話すことが思い浮かぶ気すらある。
何より、話したいと思っているのにも関わらず、普段浮かんでくるであろう言葉たち静まり返っているあたり、もしかすると目の前の人に興味を持てていないのか、あまり好きでないとか、妬ましい気持ちでもあるのか、そんな心のどこかの言語化できない動物的な側面が見え隠れする。
注意したいのは、例えここで焦って相手との適当な共通点を見つけて声を発したところで、3往復くらいで終わってしまうということだ。経験上痛いほど承知しているし、これは残念ながら僕の技術や特性の問題でもある。ダサい思いをしたくないという感情は誰にでもあるはずだ。
要は焦らず、真っ当に、コミュニケーションを取って親しくなりたい。
少し考え方を変えてみよう。
「やりようがない中で解決の糸口を見つける」というお題に変換して考えれば、少なからずワクワクしたりもするものでしょう?
少なくともこちらは仲良く話してみたいという気持ちがあるのだから。
なぜこんなにも、合わない人と相対すると発話できないのだろうか。
人にはそれぞれ何かグルーヴのようなものがあり、そこに知識や経験などが付随しているイメージがある。
知識や経験に被りがあったとて、そのグルーヴみたいなものが噛み合わなければ会話という波は立たないのかもしれない。
いつの日か、初対面で言葉が浮かばなかった方達を集めて、飲み会か、何かを生み出す会か、シンポジウムか、爆笑するまで出れない部屋でも主催してみたい。ひょっとすると喧嘩になってしまうかもしれないが、もしそこで何かが生まれたならば、この世から争いがなくなる一つのきっかけが作れたと言えるのかもしれない。
(・・・いや、僕たちは争いすら起きない無関心の領域にいるので、そういうことでもないかもしれない。)
さて、つまりこの「何も生まない空気」が、「僕」と「自分の好きなフランスの食べ物」の間を埋めているとき、僕はどう対処するだろう?
はじめて会った人にも僕と話して楽しくなってほしいと思うのと同じく、記事を書くからには読者にとって良い読書体験となるよう努めたい。
何事も「関心」がスタートな気がする。
過去を探り、ほんの少しの関心を最大限に増幅させてみたい。
ラ・フランスは果物の中でも最上位に好きだ。一番は梨が好きだが、何にも変え難い独特の風味がある。
ROYと行ったこともあるが、食べ物の記憶よりもむしろエトワール凱旋門へ続く通りのデモによる建造物への銃痕の記憶が色濃い。フランスから帰ってきた同僚のKeisは今では博多で育ったこの街の人という印象が強い。紹介してくれたお店のガレット、確かに美味しかった。
ポトフが好きだ。
フランスでも家庭料理として親しまれているそうで、やさしい味という形容がぴたりとくる。
九州の住宅街でも夕暮れ時に近所から香ってくる。
その香りが実際になんの料理であったにせよ、総称して「ポトフ」と名付けても過半数の合意は得られるかと思う。
僕は福岡県で生まれ育った。(実際には佐賀で生まれたらしい。)
福岡県の代表的な郷土料理はがめ煮だ。
がめ煮も大好きだ。
そういう共通点は、ある。
💡今日の豆知識
ベトナムの国民食フォーは、フランス植民地時代にポトフシチューから進化したと言われている。