20代で事業責任者を目指す人へ|ブルードの「挑戦を応援し、失敗を賞賛する」環境が人生を変えた。英語コンサルティング事業責任者へ駆け上がった第二新卒のリアル。
インタビュー記事をご覧いただきありがとうございます。人事部の竹内です。
今回は、新卒で入社したベンチャー企業を経て第二新卒でブルードへジョイン。現在は入社2年目から英語コンサルティング事業の責任者を務める李さんにインタビューしました。
入社2ヶ月目に新人KPI比約200%の達成をし、3ヶ月目にはCSへ異動。直後に顧客からの問い合わせを8割削減するDX施策を実行。
圧倒的なスピードと実行力が評価され、入社1年目から新規立ち上げとなる「英語コンサルティング事業」の責任者に抜擢。現在は十数名の組織を牽引しています。
かつて器用貧乏で失敗を避け続けてきた彼が、ブルードの『挑戦を応援し、失敗を賞賛する』環境の中で初めて見つけた没頭。現在は「まずは今の事業を年商30億規模へ、ゆくゆくは年商100億規模へスケールさせる」と、凄まじい熱量で走り続けています。
なぜ彼がブルードでそれほどまで没頭できているのか。「過去の葛藤と転機」「本気で没頭できる環境の正体」「そしてこれから何を目指していくのか」を伺いました。ぜひ最後までお読みください。
失敗を恐れ、無難な道を選び続けた「器用貧乏」な日々。
ーー まずは、どんな子ども時代でしたか?
韓国で生まれ、生後10ヶ月で日本へ。
育ったのは名古屋の、あまり治安のよくない街でした。
周囲の環境の影響もあって、喧嘩ばかりの子供時代でした。
当時の価値観は「強いやつが正義」でしたね。(笑)
小4から始めた陸上も、勉強も、根っこにあったのは「認められたい」「見下されたくない」という承認欲求でした。
成績は学年で大きく伸ばしたし、たいていのことは器用にこなせた。
でも、自分の中から湧いてくる意志で没頭できたものは、一つもなかったと記憶しています。
「これ、本当に自分のやりたいことなのか?」という違和感を、ずっと抱えていました。
ーー その違和感は、大学に進んでからも続いたんですか?
そうですね。
今振り返ると、私はずっと、自分で意思決定をしてこなかったんです。
進路も、その先の選択も、周りと比較ばかりして「無難なほう」を取り続けてきただけでした。失敗するのがダサいと思っていたし、新しい挑戦をして負けたくないから、そもそも勝負の土俵に立つことは多くなかったです。
ただ、挑戦できないとはいえ、器用貧乏に何でもこなせたので、強く困ることもなかったのが正直なところです。
ーー 今の圧倒的な推進力からは想像できないです。何か転機が?
オーストラリアへのワーキングホリデーです。
いま振り返っても、あれが人生で本当の転機でしたね。
きっかけは、友達が海外留学から帰ってきて、明らかに様子が変わっていたことです。
「何があった?」と聞いたら、「向こうで色々な人と出会って、人生が変わった」って目をキラキラさせながら話していて、その瞬間、「俺も海外に行きたい」と自分の意志が湧き上がってくる感情がありました。
ーー 渡航先のオーストラリアでは何が?
いちばん大きかったのは、現地で知り合った日本人女性2人と、シェアハウスで暮らした時期のことです。2人とも、自分のやりたいことに心から熱中していて、目の澄んだ、本当に心の綺麗な人たちでした。
彼女たちと過ごす中で、初めて「自分」に向き合いました。
ここで初めて、自分がずっと失敗を恐れてチャレンジしていないということに自覚的になりました。
やりたいことに心から熱中している彼女たちを見ているうちに、「自分は、あの子たちみたいに挑戦してみたい。たとえ失敗しても、それでいい」と思えるようになっていきました。
誰かと比べてばかりで、失敗を恐れて無難な道を選んできた自分が、少しずつ変わっていく感覚を強く感じた瞬間でしたね。
成果を出しても満たされない。
運命を感じた「挑戦を応援し、失敗を賞賛する」環境。
ーー 帰国後は、どんなふうに働いていたんですか?
帰国してからは「海外」に関われる会社を受けて、愛知のベンチャー企業に入りました。ただ、正直に言うと求めていた熱中はできませんでしたね。
というのも、大して頑張らなくても、なんとなく結果は出てしまったんです。実際に同期の中では、誰よりも成果を出していました。
それに、尊敬できると思っていた先輩社員たちもチャレンジャーがいなくて、「今のままでいいじゃん。」と安定に落ち着いてしまっている人や、組織の中の不平不満の多さにギャップを感じてしまいました。
私自身、ワーホリ時の気づきのように、もっと大胆に挑戦できる環境にいたいと思って次のキャリアを探すようになりました。
ーー それで、転職活動を始めるんですね。
はい。緩やかに始めて、エージェント経由でブルードを紹介してもらいました。改めてブルードについて調べてみると「挑戦を応援し、失敗を賞賛する」があると書いてあって、やはり無難な選択ばかりしてきた自分を変えるには、こういう環境に飛び込むしかない」と、鳥肌が立つくらいの直感がありました。
しかもブルードは、自分が意志を持ってやりたいと思える教育旅行事業をやっている。ここなら仕事に没頭できると思いましたね。
そして選考で会った人たちは、全員がMV(ミッション・ビジョン)の達成に向けて本気でした。同年代でこんなレベルの人たちが集まっているのかと選考のたびにワクワクしている自分もいて、内定が出た後すぐに入社を決意しましたね。
入社2ヶ月でKPI200%
狂気的なまでに没頭できた「安心感」の正体
ーー 入社初日のことは覚えていますか?
はい、衝撃的だったのは初日の朝会(朝の全社MTG)です。
各部署が前日のKPIを発表していて、会議では数字がずっと飛び交っているんですよ。
加えて、みんながその数字の根拠まで自分の言葉で話せる。
ものすごいスピード感で議論が進んでいく姿を見て、「この人たち、ずっと部署KPIのことが頭から離れないんだろうな」と衝撃を覚えました。
前職にも売上目標はありましたが、達成までのマイルストーンも根拠もないまま気合いで走っていた環境だったので、それはいい意味でのギャップでしたし、創業以来YoY120~150%でスケールしている理由も徹底した数値管理にあるんだろうなと感心しました。
ーー 入社2ヶ月目で、新人の立ち上がり基準に対してKPI約200%を達成されていますね。
はい。ただ、自分の中でKPIはあまり意識していませんでした。
意識していたのは、「目の前のお客さん1人を、絶対に海外へ送り出すこと」。ただそれだけでしたね。
自分のサポートで誰かが海外にチャレンジして、過去の自分のようなライフチェンジのきっかけを作れると思うと、楽しくて仕方がなかったです。
だから休みの日もアポを取って外でずっと電話していたし、居酒屋で友達と飲んでいる時も「ちょっとごめん」と抜け出して、夜10時、11時までクロージングすることもありました。(笑)
表現は悪いんですけど、当時はそれくらい狂気的にやっていたと思います。(笑)
入社初年度 新人賞ノミネートに選出
ーー そこまで没頭できた理由は何だったんでしょう?
「ここなら安心して没頭できる」と思える場所に出会ったからだと思います。
前職では挑戦している人が少なく、挑戦したり、全力で没頭すると浮いてしまう環境でした。
でもブルードは社長も同期も先輩も、全社員が本気でミッションとビジョンの達成に向けて全力疾走しているじゃないですか。
実際、入社初日から会議で発言しても「ヨレくん意見ありがとう!今日からブルードのメンバーなのでMV達成から逆算した意見はもっと欲しい!」と声をかけてくれました。
大胆にチャレンジして失敗した時も「ナイストライだ。じゃあ次どうしよう、どうしたらできるかな?」って、挑戦を応援し、失敗を賞賛する文化がある。
だからこそ「もっとやってやろう」と思えるし、失敗を恐れずに挑戦できると感じています。自分がどこに身を置くのか、適切な場所を選ぶことはキャリアを作る上で本当に重要な要素の1つだと思います。
「やるのは俺しかない」
入社1年目、怒涛のスピードで事業責任者へ。
ーー 入社3ヶ月目でカスタマーサクセス(CS)に異動し、すぐに事業責任者へ抜擢されますね。
はい。CSでは膨大な顧客対応に追われましたが、あるクレーム対応をきっかけに、1人のお客様向けに専用の情報ページを作ってみました。
偶発的ではありましたが。この効果が予想以上に大きかったので、全顧客に展開したところ最終的には問い合わせを8割削減できたんです。
そうやってセールスのときと同じで、CSでも目の前の課題に没頭していたら、次々と新しい挑戦を任されるようになって。そのままCSでの施策と並行して、新規の英語コンサルティング事業の立ち上げに携わることになりました。
そうしてサービス開発に入った矢先、商品もまだ固まりきっていないのに、現場のセールスがいきなり初契約を取ってきちゃったんです。(笑)
当初は「責任者」になることは予想していなかったのですが、これまでの成果を評価してもらい、新規事業の責任者に抜擢されました。
また学生時代に英語コンサルティングに近いサービスを個人でやっていたこともあって、「やるのは俺しかない」と腹を括ったんです。
営業から始まって、3ヶ月目でCS、その後すぐに事業責任者。1年目は本当に台風の中にいる感覚でした。(笑)
苦悩の期間こそが必要だった。どん底の経験が教えてくれた事業責任者としての自覚と成長。
ーー 事業責任者になってから、一番大変だった時期はありますか?
サービス提供が開始して3ヶ月目くらいです。
正直、セールスやCSのときはあれだけ没頭できたのに、責任者になった途端、なぜか受け身になってしまったんですよね。
理由は、事業責任者に求められるレベルが、それまでとは桁違いに高かったからだと思います。事業戦略も、PL管理も、サービス開発も、マネジメントも全て背負うことになって、自分の頭で考えて動くどころか、社長の求める目線についていくだけで精一杯でした。
当時は社長からの「これやろうよ!」と言われたものを言われた通りに作って、フィードバックをもらって、また作っての繰り返しでした。
なぜ自分がこの事業を伸ばすべきなのか、事業を通して社会にどんなインパクトを与えているのかを、自分の言葉で説明できずただひたすら目の前にある仕事をこなす感覚でしたね。
当時は事業責任者として求められる目線の高さから、徐々に受け身になっていってしまったので、喰らいついていくので精一杯でした。
ーー そこからどうやって能動的に変化していったんですか?
一つは、私自身の意地でしたね。
ここで諦めて、器用貧乏のまま終わるのだけは絶対に嫌でした。
せっかくブルードでこんな経験をさせてもらっているんだから、このまま突破して、突き抜けてやりたいと思っていましたね。
そしてそれを支えてくれたのは、社長とのコミュニケーションでした。
私がずっと受け身で、成果も出なかった時期も社長は常に、「どうやったらできるようになると思う?」「次はどうしたらいい?」と「今、何に一番困ってる?」と横でずっと伴走してくれていました。
もちろん、求められる目線や要求水準は高いのですが挑戦したことに対しては、「ナイストライ」と必ず声をかけてくれるんです。
社長からは「挑戦も失敗も成功も、全てが成長なんだよ。そして成功は、突き詰めれば試行回数で決まる。」という話をもらったことは今でも強く覚えています。
成果が出ていなかった私にとっては救いで、失敗も成長ならとにかく打席に立ち続けようと思えるようになりましたね。
そうやって当初は苦しみながらも挑戦を続けていくうちに、事業の勝ち筋が見えてきました。それが成功体験として、仕事がより楽しくなって、「もっとこうしてみよう」と徐々に主体的に思考できるようになっていきました。
2年目 全社年間MVP(Blued Of the Semester)を受賞
ーー その暗いトンネルを振り返って、いまどう感じていますか?
受け身の状態でしたが、あの大変な時期は、私にとって必要なものだったと感じています。
苦しい状況に身を置いて、必死に出口を探すからこそ突破口が見つかる。
そのトンネルを抜けた先にしか、本当の没頭はないんだと気づけました。
受け身で仕事をするとどれだけパフォーマンスが落ちるかも、身をもって分かりました。これに30代になって気づくのと、20代の今気づくのとでは、まったく違うキャリアになると感じています。
そんな経験を20代でできたことが、すごくありがたいと思っていますね。
英語教育を変え、人生を変える。年商30億のその先に見据える構想。
ーー事業責任者になってから、何か変化はありましたか?
事業としては単月で数百人以上のお客様に届けられる規模に育ってきました。事業が前進するにつれて組織も十数名まで大きくなり、いまは自分で採用も育成も担っています。
責任者になってから気づいたのは、自分を成長させてくれるのは、一緒に働くメンバーだということです。
自分が起こす何気ない言動をメンバーは常に見ていて、使う言葉や些細なアクションを変えるだけでメンバーの動きやモチベーションが180°変わります。
そういったメンバーからのリアルなフィードバックは事業責任者として組織を引っ張るための本当大きな学びになっていますね。メンバーからはたくさんのことを学ばせてもらう毎日です。
本当に優秀で信頼できる仲間達なので、事業もまだまだ何倍にも伸びる手応えを持っています。だから私は、お客様だけじゃなく、この事業に関わってくれるメンバーにも、人生を変える経験やきっかけを届けたい。そう思うようになりました。
そして何より、いま感じているのは「人生でいちばん面白い時期を過ごしている」という実感です。
立ち上げは大変だし、毎週何かしらトラブルが起きるし、夜中まで考え続ける日もある。でも、それを「楽しい」と思える自分がいる。過去の挑戦できなかった頃の自分には、想像もできなかった感情です。
そして自分自身でいちばん変わったのは、「ゴールを探すのではなく、今を生きること」だと思えるようになったことです。
「自分が何をしたいのか、どこに向かいたいのか」をクヨクヨ考えていても、正解は見つからない。とにかく今、目の前のことに集中して初めて、そこに自分の意志が芽生えてくるんだと思います。だから、とにかく今を全力で生きていきたいですね。
ーー 今後、どんなチャレンジをしていきたいですか?
英語コンサルティング事業を、まずは年商30億規模に育てたいと思っています。
ゆくゆくは100億規模にまで事業をスケールさせて、やるからには日本一を狙っていきます。
日本一を達成した後は、英語コンサルティング事業で作ったキャッシュを元手にさらに新しい事業を仕掛けにいきたいです。
ーー 最後に、これを読んでいる人へ、メッセージをお願いします。
私は器用貧乏なぶん、本気で一つのことにのめり込めた経験が一度もなくて、これまでずっと、何かに没頭したかったんです。
でも、ブルードに来てはっきり分かったことは、人が何かに没頭するためには、挑戦を応援し、失敗を賞賛する文化が要る。これがないと、人は安心して挑戦できないということです。
また、挑戦と失敗を繰り返して、暗闇を乗り越えた先にしか、没頭は見つからない。私は受け身で苦しんだ時期を乗り越えて初めて、自分の意志を持って没頭することができていると感じています。
私自身が、海外で人生が変わった人間です。
だから今度は、あのライフチェンジを一人でも多くの人に届けたいと本気で思っています。
英語を話すハードルが下がれば、海外に飛び出すハードルが下がる。
海外に出れば、私がそうだったように人生が変わる人がたくさんいるはず。
その1人を積み重ねていった先に、日本の英語教育が少しでも変わっている未来があれば嬉しいです。
本気で没頭できる場所を探しているなら、挑戦できる文化のある組織を選んでみてください。
もしブルードについてもっと知りたいと思っていただけたなら一度、カジュアルにお話ししましょう。
ブルードのリアルや今後の構想を含めて、お話しさせていただきます!