こんにちは、採用担当です。
本日は大森さんのインタビュー【前編】をお届けします。
「自分は大したことない人間。だからこそ、求めてくれる声には全力で応えたい」
そう淡々と、しかし力強く語るのは、
現在株式会社TSACEの東京事業所 介護紹介事業部 で主任を務める大森さんです。
新卒2年目でベンチャー企業の執行役員にヘッドハントされながらも、そこでの「ほろ苦い挫折」を経てTSACEへの入社を決意した大森さん。
かつて尖っていた若者が、なぜ自らを「大したことない」と定義し、それでもなお組織で圧倒的な成果を出し続けるのか。
その裏側にあった葛藤と、彼独自の「勝負感」に迫ります。
新卒1年目、コロナ禍で見つけた「誰もやらない道」
大森さんのキャリアのスタートは、求人広告の総合代理店でした。
入社したのは2020年。
世界がコロナ禍という未曾有の事態に直面し、街から求人が消えた時期です。
-最初の一社目の入社からの流れを聞かせてもらえますか?
入ってすぐ緊急事態宣言で世界に本当に人がいない時期でした。
求人広告は絶対売れないだろうと思い、最初の半年ほどは電子契約クラウドサービスのアポインターをひたすらやっていました。
その後、求人広告の営業に戻ったのですが、
当時の僕はかなり『尖った』新人だったんです。
-かなり反骨心があったんですね。具体的にどんな心境だったんですか?
正直、当時は超生意気な新卒で、先輩の言うことを一切聞きたくなかったんです。
僕のいた会社は、大手顧客を先輩から引き継いで回していくのが基本のスタイルでした。
でも、それで偉そうにしている先輩を見て、『この先輩は、自分で何を積み上げてきたんだよ』と新人ながらに思ってしまって…… 。
新卒が自分一人だったこともあり、愚痴る相手もいなくて、フラストレーションが溜まっていましたね。
-そこからどうやって成果を出したんですか?
社内の誰もやっていないことをやろうと思いました。
有効求人倍率を自分で調べたら、
エンジニア採用だけが14〜15倍と異常に高かったんです。
『これだ』と思い、社内にノウハウがない中、外部のエンジニア採用に強い人に自らコンタクトを取り、教えを乞いに行きました。
どの媒体を揃えるべきか、どう営業すべきかを一から叩き込み、自分で新規の代理店契約を全て結んで回ったんです。
最後は取締役に「ハンコだけ押してください、あとは僕が全部売ってきます」と宣言。 その言葉通り、誰も売れなかった商材を次々と成約させ、入社2年目にして全社MVPを勝ち取りました。
野球の指導で培った「誰かのために」という行動指針
-すごいバイタリティですね!学生時代から何か熱中していたことがあったんですか?
大学生の頃から、中学生に野球を教えていました。
高校を卒業してから今まで、約10年続けています。
月から金は仕事、土日祝は野球。年末年始しか休みはありません。
-週休0日!なぜそこまで情熱を注げるんですか?
久々にチームを訪れたら、人数も減って弱体化していたんです。
それで『大森、やってくれよ』と。
僕は自分自身を大したことない人間だと思っているのですが、それでもなお必要としてくれる場所には全力を割きたいんです。
『誰かのために何をしよう』という、今のチームの監督の言葉が僕の行動指針に近いですね。自分の大したことない能力に対して、求めてくれる人の数と熱量が高いところは、何があっても大切にしたいと思っています。
24歳での執行役員就任、そして「スーパーマン」の終焉
MVP獲得の実績を買われ、大森さんは顧客だったベンチャー企業から「執行役員」としてヘッドハントを受けます。 当時まだ入社2年目。 20代半ばにして経営層の一翼を担うという、傍目には華々しいキャリアの階段でした。
-2年目で執行役員!その時はどんなお気持ちだったんですか?
ありがたいなと思う反面、当時は何でもできる『スーパーマン』になりたいという野心がありました。
でも、実際に入ってみると全く何もできなかったんです。
1年ちょっと必死に足掻きましたが、思うような成果を出せず、鼻をポッキリ折られましたね。かっこよくない、ほろ苦い挫折です。
-挫折を味わった時、どう感じられたんですか?
自分には能力がないんだと痛感しました。半分うつ病のような状態にまでなって。
でも、それでも求めてくれる場所があるなら、せめて自分にできることで力を発揮しよう。もう一度、現実まで一気に落として『一人の営業マン』としてやり直そうと決めて、転職サイトに登録しました。
「カジュアル面談って何?」竹之下社長との衝撃的な出会い
そこで出会ったのが、TSACEの代表・竹之下でした。
-TSACEにはどういう経緯で入られたんですか?
当時は自分に自信をなくしていた一方で、変なプライドだけは残っていて。
転職サイトでスカウトをもらっても、『また現場を知らない担当者が出てくるんだろうな』と斜に構えていました。
TSACEからの連絡に対しても、『カジュアル面談だったらいいですよ』と、かなり素っ気ない、失礼な態度で返したんです。
どうせ人事か誰かが来るだろうと思って画面を開いたら……
そこに座っていたのが、代表の竹之下でした。
-いきなり代表本人が登場したんですね!驚きませんでしたか?
驚きましたよ。
しかも、開口一番『カジュアル面談って何ですか?こういうこと?』って聞かれたんです。
僕がカジュアル面談の意図を説明したら、『あ、そうなんですね。わかりました。じゃあ聞きたいことあります?』って。
その飾らなさと、圧倒的なスピード感に一瞬で引き込まれました。
代表の竹之下は、私が過去に執行役員を務めていたことやMVPを獲った実績を、ことさらに持ち上げることはしませんでした。
そして僕にこう言ったんです。
『うちはゴリゴリの営業マンが欲しいんだ』と。
実績は後からついてくればいい、今はとにかく最前線で戦える人間が欲しいんだ。
という直球の言葉が、迷っていた僕の心に刺さりました。
代表自らが面談に出る理由も、『優秀な人が他社に決まる前に、僕が一番に会うべきだと思っているから』という、極めて合理的で熱いものでした。
「仕事が楽しいねん!」嶋田部長の笑顔に救われて
代表竹之下との面談を終えた大森さんは、続いて現場を統括する嶋田部長と面会します。
そこで彼は、これまでの社会人生活で見たことのない「大人の姿」を目にします。
-嶋田部長の第一印象はどうでしたか?
一言で言えば、めちゃくちゃ陽気な人でした。
僕に向かって満面の笑みで、『この仕事、楽しいねん!』『うちの子たちはレベル高いねん!』って、心の底から楽しそうに語るんです。
それまでの僕は、どこか仕事に対して冷めていたし、挫折した直後で表情も死んでいた。でも、嶋田さんのその混じりけのない笑顔を見て、『あ、この人の下なら、たとえ怒られても納得できるな』と直感しました。
-その『楽しさ』は大森さんにとって新鮮だったんですね
そうですね。嶋田さんは『時間が過ぎるのが早すぎるくらい楽しい』とも言っていました。それまでの僕は、スーパーマンになろうとして独りで戦って、勝手に疲弊していた。
でも、TSACEには同年代の優秀な仲間がいて、心から仕事を楽しむリーダーがいる。
『ここでなら、もう一度、等身大の自分からリスタートできるかもしれない』
そう思えたことが、入社を決める決定打になりました。
「凡人」として、最強の営業マンへ
大森さんは、かつての華美な肩書きを捨て、TSACEの一兵卒として歩み出す道を選びました。それは「諦め」ではなく、自分の実力を正しく認識した上での「再挑戦」でした。
自分をスーパーマンだと思うのはやめました。
一回、現実まで一気に落として、泥臭い『平』からスタートしようと。
サラリーマンに向いている性分では1ミリもないと思っていましたが、自由奔放に、それでいて結果には徹底的にこだわる。
そんなTSACEの文化は、僕に驚くほどフィットしました。
挫折を経て、一皮剥けた大森さん。後半では、そんな彼が介護人材紹介というフィールドで見つけた「組織の穴」と、強豪他社を出し抜く独自の戦略、そして「自分を超える部下を育てる」というリーダーとしての新たな使命について語ってもらいます。
【後編へ続く】