愛媛県松山市から車で約2時間。市街地を抜けて山道を行くと、窓から温かな明かりがこぼれる建物が現れる。国立公園にも指定されている滑床渓谷に建つホテル、水際のロッジだ。
朝は藍染め、昼からはホテルへ
清水裕太さんは、このホテルで働きながらホテル近くの目黒の集落で藍染めを行っている。例えば春は朝起きたら蓼藍(たであい)の苗に水をやり、藍染めの準備をする。午後からは水際のロッジに出勤し、フロントに立つというのが1日のスケジュールだ。
「藍染めは会社の仕事でもあり、自分がやりたいことでもあります」。ホテルで働きながら、この地域で叶えられる自分の「好き」を追い求めている。
藍染めは「畑と服をつなぐもの」
清水さんの藍染めは、蓼藍という植物を育てる所から始まる。3月に種をまき、苗が育ったら5月頃畑に植えつけをする。9月に葉を収穫し、葉に水を打ちながら約3カ月かけて発酵させ、染料である蒅(すくも)を作る。そこに木灰やふすまを混ぜて発酵させ、ようやく藍染めができるようになる。通算1年以上におよぶ、大変な作業だ。
しかし、清水さんは「実はこうやって畑で植物を育てたり、山の中で暮らすっていうのはまったく人生設計になかったんです」と言う。水際のロッジを運営する株式会社サン・クレアに入社する前、清水さんが働いていたのはアパレル業界。
「昔から洋服が好きで、小学校高学年の頃にはおこづかいで漫画ではなくファッション雑誌を買うような子どもでした。サンタさんからもゲーム機ではなくて、エア・ジョーダンやG-SHOCKが届くこともあって。学生時代にはアルバイト代で古着をたくさん買っていましたね」。大好きな洋服に囲まれて働き、いつか自分の店を持ちたいとも考えていた。
しかし、新型コロナウイルスの流行によりその環境が大きく変わってしまった。「リアルでお客さんと接する機会が減って、自分が本当にやりたいことは何だろうって考える時間がたくさんあったんです。お店に立っていれば、会社や店舗として売らなくてはならないものが当然あります。でも、ただひたすら売ることは自分にとっては楽しくなかった。自分は何のために、自分が好きな洋服と関わっていくんだっけ?と思うようになりました」
好きなものを、これからも好きでいたい。そう考えた清水さんは一旦気持ちをリセットして新しいことを始めたいと、業種を問わず新たな仕事を探し始めた。こだわったのは「思ったことを何か形にできる仕事」。ホテルのイベントや商品の企画なら「コトづくり」ができそうだと考え、株式会社サン・クレアに入社した。
「たまたま水際のロッジで働くことになって、目黒には耕作放棄地がたくさんあることを知りました。自分はここに来た、じゃあここでどうしていく?と思って。お米や野菜を作ることには僕は興味がなかったけど、空いている農地と自分が好きな洋服をつなげるものは、と考えて藍染めにたどり着きました」
目黒で藍染めをしていることに興味を持って話を聞いてもらえたり、青く染まった手をきっかけに「藍染めをしている人」と知ってもらえたり。清水さんの活動を知る人は、徐々に増えつつある。
しかし清水さんは、まだまだ試行錯誤の中にいるという。「藍染めは本場の徳島県で修業して独立する人が多いんですけど、僕は一人でスタートしています。苗がうまく育たなかったり、トラクターで耕した畑が穴ぼこだらけだったり、毎日“思ったのとは違うな”と感じながらやっていることの方が多いくらいです。水やりひとつでさえ、これで合っているのかなと思うこともありますね」
お互いの感性で、よりよいものづくりを
現在清水さんは一人で藍染めを行っているが、今後はホテルで働きながら藍染めに挑戦する仲間を増やしたいと思っている。畑の仕事が好きな人はもちろん、音楽やアート、洋服に興味がある人も大歓迎だ。
「お互いの感性や個性をうまく新しいものに変えていきたいですね。あとは自分はオフェンス側だと思っているんですけど、ここだと思う場所へ一直線なあまり、落とし物をしてしまうタイプ。僕が気づかないことを教えてくれたり、間違っているところから戻してくれたりするような、“落とし物を拾ってくれる”人も嬉しいです」
今後の目標は、目黒で一から作った染料を安定して作ること。現在は材料の一部を徳島県から取り寄せているが、清水さんが見据えているのは「この土地ならではの青」だ。
「化学肥料を使わずに、出来るだけこの場所の土が持つ力で蓼藍を育てたいと思っています。どんな色かはまだ分からなくて、栄養があればすごくいい青かもしれないし、うまくいかない年もあるかもしれない。でも、僕は毎年きれいな青色を作るのではなくて“今年の藍はこの色でした”というのもひとつの価値だと思っています。目黒ならではの青色を使って、何かを作っていく。そして、ここでやっていることに価値を感じる方が手に取ってくださるようなものを作りたいと思います」
例えばそれは、目黒生まれの藍染めスツールや藍を使った路上パフォーマンス。「この人と一緒にやりたいとか、何を染めると面白いかなとか。“藍染めで何ができるか”を考えるのがワクワクするんですよね」。藍染めを通して、まだまだ広い世界を見てみたい。そう話す清水さんの「好き」は、いつも一直線だ。
文/時盛 郁子