【登壇者プロフィール】
◾️芹澤 脩平:ディレクター
2023年新卒入社。「群馬クレインサンダーズ」の興行をはじめ、各種演出やプロモーション案件の全体統括を担当。「村上宗隆選手×オープンハウスグループ」プロモーション企画でのクリエイティブディレクションや、「SPIKE!」「O-EN HOUSE PROJECT(応援ハウス プロジェクト)」におけるキャンペーン・イベント等のオフライン施策の企画設計、各種メディア等のオンラインコンテンツの制作ディレクションなど多岐にわたる案件に従事。
◾️三佐々川:アシスタントプロデューサー
2024年新卒入社。「群馬クレインサンダーズ」の興行や各種演出、プロモーション案件における進行管理を担当。あわせて「SUPER GT」などのプロジェクトでも制作進行を務めている。
プラスディーでディレクターとアシスタントプロデューサーとして働いている芹澤と三佐々川は、お互い新卒入社の先輩と後輩同士。「群馬クレインサンダーズ」をはじめとする大型プロジェクトを第一線で動かしています。互いの人生や仕事のスタンスを話し合うこともあるという二人に、自分の名前で生きる覚悟と、仕事に向き合う本質を聞きました。
「人を動かす」「価値を高める」二人が捉える、仕事の本質
――まずは、お二人が今会社で取り組んでいる仕事について教えてください。
芹澤:僕は「群馬クレインサンダーズ(以下GCT)」、「SPIKE!」、そして「O-EN HOUSE PROJECT」などのプロジェクトを担当しています。
三佐々川:私も同じく「GCT」、他にはオープンハウスの「CM」や「SUPER GT」などの案件に携わっています。案件という区切りだけではなく、「人と自分の価値を高めること」が今の私の仕事だと思っています。
――「人と自分の価値を高める」。素敵な考え方ですね。芹澤さんはご自身にとって「仕事」とはどういうものだと考えていますか?
芹澤:自分の担当案件とチームを前進させるための具体的な内容を簡潔に表すと、僕は「大人と話すこと」と「人を動かすこと」ですね。そこに尽きると思っています。
「自分のお金でやりたいことをやる」学生時代から芽生えていた自走の原点
――学生時代はどんな風に過ごされていましたか?
芹澤:ずっと自分のやりたいことだけをやってました。学生時代から音楽制作を続けているんですが、遊んで、また音楽作って遊んで……の繰り返しでしたね。それと同じくらいめっちゃバイトもやっていました。多分、周囲の誰よりも働いていたと思います。バイクをリースしてUber Eatsを本気でやっていて毎月普通の学生の3、4倍くらいは稼いでいたと思います。
――バイクをリースしてまでやるのは相当な意気込みかと思います。
音楽をやるために買いたい機材がたくさんあったんです。当時、1ヶ月6万円くらいでリースできる「ミニカー」っていう車両があったんですよ。ミニカーってバイクと違ってヘルメットを被らなくていいので着脱がないだけで1時間に運べる件数が1件増えるんです。「効率を考えたら絶対にこっちの方が利用価値が高いわ!」と思って、リースして配達しまくっていました。
音楽を本気でやりたい気持ちが強かったからこそ、「環境のおかげで音楽ができてるんだ」と人に言われるのがとにかく嫌だったんです。なので、自分が汗水流して稼いだお金でやりたいことをやるようにしていました。それに加えて勉強ももちろんやっていたので、学生時代は「バイト・学業・音楽」の三本柱で成り立っていましたね。
―ちなみに、留学経験もあるとお伺いしたのですが?
芹澤:留学は高校1年生の時に1年間アラスカに行きました。そのときはまだ高校生だということもあってコミュニケーションでも揉まれたりと色々あったのですが、今の自分をつくってくれた貴重な時間でした。
――三佐々川さんは学生時代、どんな学生でしたか?
三佐々川:大学受験に失敗して地元の大学に入ったんです。それが自分の中でめちゃくちゃショックで……。なので大学に入ってからのスタンスとして、「誰が見ても『絶対に三佐々川さん、人生楽しんでるよね』と言われるような生き方をしよう」と心に決めて生きていました。
私も芹澤さんと同じでバイトに明け暮れる毎日で、「大学の4年間、何をしていましたか?」って聞かれたら「バイトをしていました」って答えると思います。そもそもバイトをしていた理由も、シンプルにお金が欲しかったからなんです。人生を楽しむために必要だったというか。
旅行に行くとか海外で遊ぶみたいな生活にずっと憧れていたので、それを実現するためにお金を貯めていました。コロナ禍だったので思うようには行けなかったんですが、国内も含めて色々な場所に行くための旅費を稼ぐためにとにかく働いていましたね。
――二人とも共通しているのは、学生時代から「ずっと働いていた」ってことですね。
三佐々川:本当にずっとやっていました。でも、芹澤さんみたいに賢い稼ぎ方ではなくて、とにかく体を資本にしてました。朝の7時から働き始めて、深夜の2時まで3つの現場をはしごしたこともあります。最高で4つのバイトを掛け持ちしていました。
――学生でそれだけのお金を自分の力で稼ぎ出すってすごいことだと思います。今の二人の仕事に対するスタンスは、プラスディーに入社してから急にそうなったわけじゃなく、自分の人生を生きる中で学生時代から形成されていて、そのまま社会人に切り替わっている感じですね。
芹澤:みんな大学の時って「働きたくない」って言うじゃないですか。僕の周りにも「起業しようかな」とか口にする人が結構いたんですよ。でも、僕はそこにすごく違和感を感じていて。「いやいや、お前ら絶対にどうせ就活するじゃん。起業なんてそんな簡単じゃないし、相当の度胸と意地が必要でしょ」と。
社会人のスタートは偶然の出会いから始まった
――そんな学生時代を経て、なぜプラスディーに入社しようと思ったのですか?
芹澤:本当のことを言うと、そもそも僕も「就職するつもり」は全くありませんでした。大学4年の10月まで、就職について調べたことすら一度もなかったくらいに。本当に音楽だけで食べていけると思っていましたし、やればできるだろうというか、自分のことを天才だと思っていたので。……まあ、今もそう信じてやっているんですけど(笑)。
Uberを専業でやったら月50万円は稼げる計算だったので「卒業した後もUber Eatsをやればいいや」くらいに当時は思っていました。「どこかの会社に就職するくらいなら、3年間Uberで食いつないで音楽で売れる可能性に賭けた方がいいな」って思っていたんです。
でも、大学4年の10月頃に友達の内定式帰りに周りにいる「側(ガワ)の人間」を見てふと思ったんですよね。
僕は、思考停止している人のことを「側の人間」って呼んでいるんです。「見る側」とか「やらされている側」のことなんですが、世の中のマジョリティである「側の人間」は、「どこの企業に入るか」しか考えてないと思うんです。自分自身が環境に帰属していることに価値があって、ある意味他力思考というか……。その大勢の環境の中だと僕みたいな生き方が逆に「マイノリティ」として扱われていて。自分の中では「自分が一番カッコいい生き方をしている」という絶対的な自信があるのに、その環境の中で理解をされないのが、昔「お前は置かれている環境が整っているから音楽ができてるんだろ」って言われた時と同じくらい悔しくて。「あ、これ一回ちゃんと会社に入って自分自身でどれだけやれるか試したいな」と思ったんです。
そこで、ようやく就職活動を始めました。一番最初に出てきた転職エージェントに登録して、担当者に条件を聞かれたときに、「都心で、家賃補助が出て、フルリモートで、転勤がなくて、フレックス制の会社ありますか?」とかなりハードな条件を伝えて紹介されたのがプラスディーでした。
小松さんと白井さん(会長)がいる最終面接で、小松さんが今まで出会ってきた大人の中で初めて「側の人間」という僕の概念を理解してくれたんですよ。「ああ、表と裏ってことでしょ?裏が表ってことでしょ」って。それを聞いてこの人には僕の言いたいことが伝わったと感じたんです。
一方で白井さんからは、「でもお前、何にもできないよ?」とも言われました(笑)。白井さんは僕の出身小中高の状況とかもわかったうえで「なんでお前がここにいんの?」みたいな感じで質問してくれたんです。「お前何もできないけど、やれるの?だったら、 仕事も音楽も、どっちもやったらいいんじゃない?」って言ってくれて。僕の音楽活動のこともリスペクトしてくれた上で、現実的な課題もちゃんと突きつけてくれたところに惹きつけられました。プラスディーが1社目に受けた企業でそのまま入社を決めましたね。
――三佐々川さんは、なぜプラスディーに入社したのですか?
三佐々川:「受かったから」というのが一番正直な理由です(笑)。芹澤さんの言葉を借りるなら、私も完全に「側の人間」として周囲と同じように就活をスタートしました。よくわからないまま友達と一緒に自己分析講座に行ってみたりして。でも、本腰が入っていないから全然うまくいかなくて。
業界も全く定まっておらず、学生時代にブライダル会場でバイトをしていたので経験からウェディング業界を受けたりもしていました。次に受けたのが、IT系の会社でありがたいことにすんなり内定がもらえたんです。
それが大学4年の4月くらいで、内定をいただく時期としては早かったんですけど自分の中で「なんか違うな」と思っていて。改めて自分が何をしたいのか考えたときに、「将来、世界中を飛び回って仕事をしたい」という漠然とした思いがあったことに気づいたんです。そこから「自分の名前で仕事をいただいて、働く場所を選ばない職種につきたい」という答えにたどり着きました。
自分がやりたいことを達成するためにはどんな仕事に就いたらいいのかを調べて、初めてWEB業界の「ディレクター」や「デザイナー」といった自分の名前の前に肩書や職種がつく仕事を知りました。
芹澤:あの話もしてよ。広島から新卒で上京するって相当な度胸だと思うんだよね。
三佐々川:すごくバカみたいに聞こえるかもしれないですけど……広島に飽きちゃったんですよね(笑)。飽きたというか、「見るものは一通り見たな」という気持ちになっちゃって。だから、「もっと広い世界を見たい。次に出会う人はどんな人なんだろう?」と思って東京に来ました。今まで会ったことがないような、いろんな人の生き方を見たくて。
あとは、自分を試したかったんだと思います。壁にぶつかった時に自分で考えて乗り越える体験が自分の人生に足りていない気がしていて。バイトもたくさんしてきたので色々な環境に入ることが多かったんですが、どの環境に入ってもそれなりにできるし、人間関係もそこまで困らず、特に苦労することがなかったんですよね。なので、壁にぶつかっても耐えて乗り越える経験を重ねて、強い人間になるために東京に来たのかもしれないです。
今が一番大変で楽しいと思える環境
――入社してから、一番印象に残っている出来事や大変だったこと、達成感のあったエピソードを教えてください。
芹澤:一番印象に残っているのは、入社式です。新卒のみんなが一言ずつ決意表明を求められていて、「とにかく頑張ります!」って口々に言うじゃないですか。僕も右も左もわからない状態だったので、「頑張ります」って言ったんです。
そこで当時、COOの小松さんが「『頑張る』って誰でも言えるんだよ。でも、それを実際にやり続けるっていうのはめちゃくちゃ難しいからね。一人前になるってことは、『会社としての判断』を『自分の判断』にすることだよ」って仰ったんですよ。
小松さんの話を聞いて、ここで働いて自分もそうなれることを証明したいと思ったんです。今までやってきたアルバイトは言われたことだけをやるだけだったので、同じマインドでやっていても意味がないなと。プラスディーの仕事にはマニュアルが存在しないものも多くて、最初は「なんでマニュアルがないんだろう?」って思ったりもしましたけど、今は納得できます。
一番大仕事で大変だったのは、GCTの案件に入った時です。リーグの開幕戦が始まるまでが本当に大変でした。でも、現地で実際に開幕戦を目にした時、めちゃくちゃ感動したんですよね。「ああ、やってやったんだな」って心から思いましたね。
――どんな新卒時代だったのか教えてください。
芹澤:1年目は本当にめちゃくちゃ泣いていました(笑)。自分にできないことや、うまくいかないことが多すぎて、すごく苦しい時期だったんです。でも、自分の中にあるヒップホップの精神として、「一度自分が口にした言葉には責任を持つ」という意地があったので、本当に寝る間もないスケジュールで働いていました。「1年目だし、とにかく絶対に頑張らないと」って思っていたんです。
今でも思い出すんですが、自分が結構限界まで来ていた時に当時の上司がコーヒーをおごってくれたんですよね。めちゃくちゃ嬉しかったんですよ。オフィスの屋上に連れていかれて、「大丈夫か?」って聞かれて。
当時は「音楽をやりたい」という気持ちもすごく強かったから、「頑張りたい気持ちはもちろんあるけどなんでこんな裏方で泥臭い作業をやらないといけないんだろう」「ラッパーだと豪語して入社した手前、ここで結果を出さないと格好がつかない」「でも俺じゃなくてもいい仕事だよな、これ」って、色々な感情が渦巻いてモヤモヤしていて。屋上で一人でボロボロ泣いていました。
でも、結局はやらないと前に進めないんですよね。1年目の仕事をやりきった経験と年間を通して作ったさまざまなデザインやアウトプットは、「あの時、よくあそこまで頑張れたな」って振り返って思えるくらい今の自分にとってとても大きな自信になっています。
そもそも「頑張ること」って、挑戦できるフィールドが用意されていないと成立しないと思うんです。普通は頑張りたくても、その環境すら与えられないことが多いので、当時の自分にとっては地獄でしたけど、振り返ると確実に自分の力になっていると感じます。
今新卒で頑張っているメンバーの気持ちもすごくよく分かるんですよね。分からない中で走り続けたり、人を動かしたりするのってすごいストレスだから。
でも、今の僕から言わせれば「その環境にいられるのってめちゃくちゃラッキーじゃん」とも思うんですよ。GCT の案件に本気でぶつかったからこそ、できることが一気に増えたと胸を張って今言えるわけだし、成長できる環境があったことに心から感謝しています。
――三佐々川さんはいかがですか?
三佐々川:私は、仕事で達成感を感じたことは実は一度もないんです。
芹澤:えっ、ちょっと待って!それに関して1個話していい?(笑)。
三佐々川:どうぞ(笑)。
芹澤:三佐々川さんが後輩として入ってきた時、正直、彼女はめちゃくちゃラッキーだなと思ったんです。僕の元に来れる後輩って世界で一人しかいないし、自分にチームができたことが単純に嬉しくて。
そんな中で1年間一緒に仕事して、三佐々川さんの名前がコーポレートサイトの「WORKS」に「アシスタントディレクター」という肩書で掲載されたんです。一緒に頑張ってきた結果として実績が残ったことが僕は嬉しくて「WORKSに載ったね!やったね!」って声をかけたら、三佐々川さんが、「……全然嬉しくないです」って言ったんですよ!自分と同じように頑張る道を進んだ三佐々川さんが、その評価を喜ばなかったことにびっくりしたから、めちゃくちゃ印象に残っていて。「達成感がないってこういうことか」と思い出しました(笑)。
三佐々川:本当に達成感はないですね。ずっとない。だから「達成感があったこと」という質問に答えるのがすごく難しいです。
――では、入社後に印象に残っている「大変だったこと」は?
三佐々川:ずっと大変ではあるんですけど、1年目の8月にGCTの開幕準備と他の案件がちょうど重なった時期ですかね。その時、タスクの優先順位をつけることが全くできなくて、プロジェクトの進行を止めてしまってめちゃくちゃ怒られてたんです。今は入社3年目になりますけど、振り返ってもあれが過去トップレベルのしんどさでした。
その時に、芹澤さんが個別に面談をしてくれたんです。タスクの優先順位のつけ方とかをすごく丁寧に教えてくれて。当時の私は本当にいっぱいいっぱいで、「自分がやります」と手を挙げることや、頼まれた仕事すらまともにできない状態でした。
それに対して芹澤さんが、「俺はラッパーだから、自分が話した言葉には責任を持つし、やるって言ったら絶対にやるんだよ」って話してくれて。口だけじゃなく実際に行動で進む道を示してくれる人に人生で初めて出会ったので、芹澤さんの信念や仕事の向き合い方に感動しました。当時は仕事や会社に対して今のようなロイヤリティを感じていなかったんですけど、「この先輩がいるなら、とにかく辞めないで頑張ろう」と心に決めた瞬間でした。
芹澤:めちゃくちゃいい話じゃん!(笑)
三佐々川:本当にすごくいい話なんですよ(笑)!それからは、「上司と先輩の言葉を信じてついていこう」と思えるようになりました。だからこそ、その後仕事でどんなに大変なことがあっても乗り越えられましたし、「この人たちを裏切っちゃダメだな」という強い気持ちで仕事をしています。
――大変だった話を聞くと過去の苦労話になりがちですが、二人は常に「今」の仕事に本気で向き合っているのが伝わります。
本気で働くふたりのリアルな距離感
――ここでお互いに一つずつ「聞いてみたいこと」を質問していただけますか? まずは三佐々川さんから芹澤さんへお願いします。
三佐々川:芹澤さんは、将来何になりたいんですか?
芹澤:職業?それとも存在として?なんだろうな……。でも、それを聞かれて一番最初に頭に浮かんだのは、自分は「働くことがずっと嫌い」なんですよ(笑)。本当は毎日家で寝ていたいって本気で思っています。「俺、今何もしてないなー」っていうのを実感する瞬間がめちゃくちゃ幸せなんです。でも、そういう労働意識から解放された時間を過ごすためには、指示された作業をこなすだけのレイヤーを抜け出す必要があるんですよね。自分という存在そのものに価値をつけて成果を出せるようになって初めて、本当の意味で自由に働ける状態になれると思っています。
1年目の頃、「なんで僕が議事録を取らないといけないんだろう?」って疑問に思っていた時期がありました。でも議事録を取りたくないなら、誰よりも議事録作成を極めて「こいつにこんな作業をやらせているのはもったいない」と周りに思わせるしかない。面白い事や自分がやりたいことをするためにそこを飛び越えて楽をすることなんてできないんじゃないかなと。
話は変わるんですが、小松さんと二人で現場に向かうとき、車の中で「最近どう?」って聞かれて。「めちゃくちゃ仕事引き寄せてますよ!」って意気揚々と答えたら、小松さんに「いや違うよ。お前は周りから与えられているし、引き上げてもらっているんだよ」って言われて「本当にそうだな」ってハッとしたんですよね。この会社にある「フックアップ(引き上げる)の文化」にも感謝しないといけないなと。自分が頑張ることは大前提ですが、与えていただいているものへの感謝の気持ちは常に持っています。
色々話しちゃいましたが、将来何になりたいかの答えはまだ明確に答えられません。ただ、入社当時からずっと面白いことを考え続けていたいとは変わらず思っています。それが音楽でなくともこの業界に身を置いている理由です。
――では次に、芹澤さんから三佐々川さんへ質問をお願いします。
芹澤:じゃあ逆にお返しで、三佐々川さんは「何になりたいの?」って聞いてみようかな。
三佐々川:私は、「東京でお母さんになりたい」です。東京でお母さんになるのってすごく大変だと思うんですけど、将来子どもにたくさんの選択肢を与えてあげられるお母さんになりたいんですよね。子どもが「海外に行きたい」と言ったら応援してあげたいし、「この大学に行きたい」と言ったらサポートしてあげたい。
それって結局、私自身がお金をしっかり稼ぐということじゃないですか。だからちゃんとお金を稼いで、子どもが自分の意思で選択肢を選べるような家庭を築くのが私の夢です。
――普段、お二人はどんなコミュニケーションを取られているんですか?
芹澤:僕らは「友達モード」と「仕事モード」が明確に分かれているんですよ。一緒に担当している仕事が多い分、話す時間も長いですし二人で飲みに行ったりもします。コミュニケーションは大切にしています。
特にGCTのシーズン中は群馬にずっと張り付きになるので、想像を超えるくらい衣食住を共にしているんですよね。そういう働き方をしていると、単なる「会社の先輩・後輩」という表面的な関係値だけじゃ絶対に乗り越えられないんです。この規模のプロジェクトをこの少人数で動かすには、深い信頼関係が不可欠だと僕は思っています。
さっき三佐々川さんが「ロイヤリティ」という言葉を使っていましたけど、僕も会社やチームに対して強いロイヤリティを感じています。そういった精神的な繋がりがすごく重要だなと。
労働意識の話に戻りますが、休日に仕事の連絡が来ても嫌だと思わないんですよ。むしろ「1日8時間」と決められて、その時間内だけで機械的に仕事をするような働き方の方が圧倒的にストレスを感じます。自分の人生を時間給で切り売りするのではなく、「芹澤脩平」として生きている時間の中でお金を稼ぐという捉え方をした方が圧倒的に自由なんですよね。
追加で僕に聞きたいことないの?(笑)
三佐々川:聞きたいこと、本当にないですねぇ(笑)。
芹澤:あ、今日車を買った話を小松さんに報告したんですけど、実は一番最初に伝えたのは三佐々川さんでした(笑)。本当は小松さんに一番言いたかったんですけど!
プラスディーとはどんな会社か?
――お二人にとって、「プラスディー」とはどんな会社ですか?
三佐々川:「自分のことがまだよく分かっていない人が、本当の自分に気づける会社」だと思います。入社前の自己分析なんてたかが知れていて、現場で揉まれる中で「あ、今までの自分の考えって間違っていたんだ」と気づかされる。
自分の力を試したい人や、現状を変えたいと思っている人にとっては、正しい方向に気づけるチャンスがたくさん転がっている場所だと思います。
芹澤:僕にとってプラスディーでの仕事は、「芹澤脩平」という個人そのものです。なんというか、完全にフルネームで生きている感覚があります。「会社の看板」ではなく自分自身をフルベットして仕事に向き合える環境って、実は世の中にあまりないと思います。
たとえば、仕事をするうえで、建前や表面的な空気を読まずに最初から本質的な議論をストレートにぶつけることもあるのですが、プラスディーでそれを頭ごなしに否定されることは絶対にありません。 「俺ってめちゃくちゃジャーク(嫌な奴)だな」って思う瞬間もあるのですが(笑)。成果と向き合っていれば、どんな意見も一つの真剣な提案として耳を傾けてくれる懐の深さがこの会社にはあります。自分の「衝動」を我慢せずにむき出しにして戦える環境って、すごく貴重です。
少し攻めた言い方をすると、ベンチャー企業なのに受け身で入ってくる人のことを自分は好きじゃないんですよ。大企業に入れなかったからベンチャーに来ましたっていう人も、「ただやらなかっただけでしょ」って思っちゃう。ベンチャーって色々な定義があると思うんですが、自分で望んでこの環境を選んだのなら、年次関係なく与えられた土俵で、自分の名前で勝負してほしい。プラスディーにはその挑戦を受け止める環境が間違いなくあります。
プラスディーで3年間本気で泥臭く働いてスキルを身につけたら、今転職市場に出ても誰も勝てないんじゃないかって思えるくらいの自信がつくと思います。
だから僕はプラスディーという会社にめちゃくちゃプライドを持っているし、会社のノベルティの手ぬぐいも超大事にしています(笑)。自分たちの手で会社のブランド価値を作っていける、可能性しか存在しない最高の会社だと思っています。
「責任ある仕事」「仕事における責任」の捉え方
――最後に、お二人にとって「責任のある仕事」「仕事における責任」とは何か、それぞれの価値観を教えてください。
芹澤:「責任」という言葉を使うと難しくなってしまうので、少し違う角度からお答えしますね。
以前、仕事のパートナーと話した時に「なんでそんなに深いところまで考えを及ばせられるんですか?」って聞いたことがあるんです。そしたら相手が「僕、誰よりも好きなんですよね」って仰ったんです。それを聞いて「それだ!」とすごく納得しました。義務感や「やらされ仕事」でやっている人は、心から愛して楽しんでいる人には絶対に勝てないなと。
僕たちはまだ若いですし、自分の好きな仕事だけを選べるわけではありません。だからこそ、「目の前の仕事を面白がるスキル」がめちゃくちゃ重要だと思っています。議事録作成でも資料の印刷でも何でもいいんです。「私は出力を頼まれたら、誰よりも2倍の速さで完璧に仕上げられます」みたいに、業務に自分なりのゲーム性を持たせて楽しめる人は強いなと。
僕自身、パフォーマンスの浮き沈みが激しくて全然ダメな時期もあるんですけど、できない時って決まって「自分がその仕事を面白がれていない時」なんですよね。だから、自分から仕事を面白がって、熱量を持って提案やアウトプットを出していくこと。それが結果として「責任を果たす」ということに繋がるのかなと思っています。
三佐々川:難しいですね。芹澤さんとは少し回答の筋が変わってしまうかもしれないです。
私は小松さんや芹澤さんから与えてもらったものが大きすぎるので、「自分は責任を持って仕事をしている」と意識したことはあまりありません。ただ目の前のことに一生懸命取り組んでいたら、周囲から「責任感があるね」と評価していただけるようになった、という感覚です。
芹澤:めちゃくちゃカッコいいじゃん。一番責任感強いよ。
――「責任感」という言葉は、本来こういう姿勢から生まれるものなのかもしれないですね。
三佐々川:自分のミスで小松さんや芹澤さんが頭を下げに行くような事態は絶対に見たくないですし、ここまで私を引き上げてくれた人たちに「三佐々川、残念だな」と思われたくない。その一心でずっと走ってきました。
自分を引き上げてくれた人たちの期待を裏切らないこと。そして、与えてもらった信頼に対して行動で返し続けること。それが私にとっての「仕事における責任」だと思っています。
おわりに
誰かに指示された通りに動くのではなく、自分の責任で意思決定をし、自分の名前で人生を切り開いていくこと。そうした自走力を持ったプレイヤーの成長には、自己の内省と外からの刺激の両方が不可欠です。そして、その刺激をもたらすのは、共に現場を駆け抜ける「人」という存在にほかなりません。
社員一人ひとりがプロフェッショナルとしての覚悟と個性を求められるプラスディーにおいて、お互いを本気で刺激し合い、引き上げ合える存在は何よりの資産となります。
自分の意志で人生をかけて挑戦したい方、互いに背中を預け高め合える環境を求めるあなたと出会えることを、心から楽しみにしています。