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Nintで働く人ってどんな人?社員インタビューVol.4:経営戦略編

こんには!Nint採用担当です。Nintのメンバーご紹介、第四回目は経営の中枢である経営戦略室の西尾宗哲さんです!高校卒業後、日本を飛び出し中国を渡り働いていた時の経験~紆余曲折を経て現在に至った経緯と、仕事に対する熱い想いを伺うことが出来ました!是非ご覧ください!!

‐西尾さんは会社員になられる前は、プロのキックボクサーだったとお聞きしましたが、キックボクサーになろうと思ったきっかけはあったのでしょうか?
少し前からの話になりますが、子供の頃から車、バイクへの憧れが強く、整備士になりたくて工業高校に進学したのですが意義を見出だせずサボってばかりで、1年目に早くも留年が確定し退学しました。
その後、夜間学校に入学してからは昼間は工事現場で働き、夜は通学という生活を4年ほど送っていました。20歳手前の卒業式はたった5人で、同級生に将来について尋ねると、全員が特に生活は変わらずこれまで通りで、自身を含めて一生懸命努力して生きている感じがせず、「このままの延長線上ではいけない」と強く思ったのを覚えています。そんな時に、母が中国人だったので、兄弟や親戚が中国の大学に進学していたり、ビジネスをしていたりで中国に縁があり、ルーツを辿るかのように上海に留学しました。
上海に留学するも、高校時代からかじっていたキックボクシングに夢中になり、2年で帰国し、プロキックボクサーを目指しました。約1年でプロライセンスを取得しましたが、その後怪我をキッカケに早くも引退することになりました。

‐引退を機に転職活動をされたのですね。
はい、怪我による引退ではありましたが、正直人生に迷いがありました。ずば抜けてセンスがあるわけでもなく、5年、10年後にここで活躍しているイメージが持てなかったです。今思い返すと病気、怪我が結構人生のターニングポイントになっていますね。

‐何故、日本ではなく中国で働こうと思ったのですか?
中国に縁があったのが大きいですが、「生まれたこの場所で終わりたくない」「周囲と同じ人生を歩みたくない」と漠然とですが、強く思っていました。
ガイアの夜明け?でベトナム経済に関する放送を見て、なにもわからずこれからは「ASEANでしょ!」とベトナム行きを決意し、情報収集しながらせっせと貯金していましたが、上海で働いていた兄から「せっかく中国語勉強したんやし、知り合いもおんねんから、まず上海でキャリアを積んだらええがな!」と言われ、あっさり上海行きに変更しました(笑)
上海留学時代の知人の紹介でメディア関連の社長さんをご紹介いただき、ほぼ内定が出ていた状態で上海に行くも条件が大きく異なっていた為、内定をお断りし、転職活動を始めました。
そこで出会ったのが代表の蘇(Nintホールディングス社長)です。当時のアドウェイズ上海法人(以下、アドテク)は上海郊外の開発地区にあり、少し怪しげな雰囲気を醸し出していました(笑)オフィスは駅から遠くて、面接はバイクタクシーに乗って行ったのを覚えています。久々の中国というのもあり中国語が劣っていたので正直、1次面接では3割くらいしか聞き取れず、相槌と拙い中国語でなんとか一次面接を突破し、2次面接では蘇からのプレゼン&オファーに凄く熱意を感じ入社を決意しました。

‐蘇さんとは、そこで出会ったのですねー。最初のお仕事はどんなことをされたのでしょうか?
ECデータサービス(今のNint EC)の営業活動です。新規事業で、基盤が何もない中でのスタートだったのでそれこそ、飛び込み電話のテンプレを作成し、1日中電話をしていました。入社して2時間後にはテレアポをし始め、1本目でアポが取れたので、内心「ちょろいな」と思ってました(笑)まさか、この後にこんなに苦労するとも知らずに(笑)データ、EC、IT、新規営業の経験が皆無だったので営業活動はスポーツのように取り組みました。
朝7時半には出社し、コーヒーをがぶ飲みし、朝礼が始まる9時には1件の商談を終わらせていました。当時は若くて未熟だったので、自分の事しか考えておらず意識が高すぎたので周囲からすると嫌なやつだったかもしれません(笑)

‐その中で一番苦労されたことは何でしょうか?
データサービス立ち上げの2014年は世間がまだ「ビッグデータ」と言い出した時代で、企業のデータ活用すらも全然進んでいないところに、実績のないサービスの営業をするのは骨の折れる活動でした。
当社の強みである競合の売上推定に関して、お客様に理解いただくのが非常に難しく、電話越しに怒られることは日常茶飯事でした。
毎月コンスタントに売上が立つまでに約2、3年くらいかかったので、その間は日に日にチームから希望が薄れていっており、組織全体がかなりネガティブな状態になっていました。諦めの声がそこら中で聞こえてきて、かなり負のオーラが漂っていました。正直、声にはしなかったですが自身もかなり不安でしたね。なんとか自身の成果は出せたので、入社半年後くらいにセールスマネージャーになりましたが希望や光が中々見えてこない環境での、年上のマネジメントにはかなり苦労しました。そんな状況でしたので、一時期離職者が続いていまして、メンバーに辞めたいと言われても、引き止める言葉が見つかりませんでした。

‐そんな中、マネージャーになられて、西尾さんご自身も不安はあったと思いますが、どうやってこの危機を乗り越えたのでしょうか?
離職が続いていた厳しかった時期に10人ほどのメンバーを会議室に集めて、事業への思いを話したことを覚えています。
自身は顧客、メンバー、代表の支えがあり、なんとかやってこれましたが、諦めかけて投げ出しそうになった瞬間は何度かありましたし、誰しもがそうなり得た状況だったので、相当周囲に恵まれていたなと思います。
学歴も経験も実績もなかったですし、ましてや海外にまで来て何も成し遂げずノコノコ日本に帰れないので、やるしかなかったと言う、ある意味「背水の陣」でした(笑)

‐アドテクからNintへ移り取締役に抜擢された時のお気持ちはいかがでしたか?
アドテクから今に至るまでにマネージャー、事業部長、役員という3度の昇進がありましたが、自身の成果というよりも、ただその環境や機会に恵まれたからだと思っているので、余裕がなくアップアップの状態での昇進ばかりでした。喜びの感情はなく、ただただ、「やるしかない」「全力で全うするしかない」と覚悟するのみでした。

‐現在、Nintではどんなお仕事をされているのか、改めて教えていただけますか?
病気療養により今年の6月に役員を退任し、今は経営戦略室で働いています。
経営戦略は一般的には企業が競争環境の中で生き残り、持続的に成長する為にヒト、モノ、カネをどこに分配するか?方針を決めて実行に移すのが役割ですが、自身の目で「現地現物」を確かめないかぎりは本質的な意思決定はできないですし、、熱を込めれないので現場で起こっている問題や顧客の声という実態を把握した上で、経営方針の策定をしたり製品開発の上流に食い込み、顧客の課題解決や当社使命の「データで世界を自由にする」をどう成し遂げていくのか、どのように事業・製品に落としていくのかを策定・実行するのが、自身のミッションだと思っています。

‐もっとも遣り甲斐を感じる瞬間はどんな時でしょうか?
データとは、人やシチュエーションによっては、価値にも無価値にもなりえる物なので、顕在化していない価値を価値だと定義でき、顧客の課題解決に繋がった瞬間ですね。我々のお客様は様々なビジネス課題を抱えていて、それらをデータや技術でいかに解決していくかが我々のミッションです。
一般的にデータは収集、整理する事自体にコスト(原価)が発生するのでデータ自体に値段がつけられますが、ただデータを眺めるだけでは、なんの意味もなく、データから何らかの議論や考察が生まれ、最終的に意思決定やアクションにつながってこそ初めて、データが価値を生みだします。

‐これまで様々なご経験をされてきたと思いますが、具体的にどういった経験が自身の成長に繋がったと思いますか?
やはり自身で「意思決定した」「挑戦し、失敗した」「予期せぬ自体に遭遇し対処した」数に尽きるかなと思います。営業にしろ、マーケティング活動にしろ、上手く行ったり成果に繋がるのはほんの一部で8割方が思い通りにいかなかったり、成果に直結しなかったりしますがその失敗の経験があるからこそ狙った成果を出せるようになると思っています。ましてや事業は上手くいくことのほうが少なく、失敗を糧にして次に繋げていく事が重要なので、安全領域に留まらないようできるだけトライする事を心がけています。
未経験の領域でトライすると、難しい意思決定をせざるを得ないですし、当然失敗もしますし、勿論予期せぬ自体に遭遇するので、とても負荷の大きいことです。時には軋轢や反感を買うことすらあります。ですが一度失敗を経験する事で次回は確実にもっと上手くやれようになります。
正直、成長は日々感じられるようなモノではないですが、複利計算で「毎日1%」ずつ成長すれば、「1年後には37倍」の成長に繋がるので、日々の努力が大事だとつくづく感じています。

‐本当にそうですね!1年後に37倍を目指して、今後、Nintで成し遂げたいことは何かありますか?
当社の理念「データで世界を自由にする」まんまですが、データを通じて顧客なり、仲間なり、関わる人の自己実現をする!でしょうか。

また後輩やこれから入ってくる仲間に、自身と同じように沢山の挑戦と失敗ができる環境を提供したい(提供できる会社にしたい)と思っています。

‐(最後に一言)どんな人に来てもらいたいか、または、どんな人と一緒に働きたいでしょうか?
ベースの部分としては、希望に溢れてていて、誠実でエネルギッシュな人でしょうか。そして理念に共感してくれる人。
会社で起こっているコトをすべて自分ゴトで考えられる人と一緒に働きたいと思っています。
当社はまだ数十人程度の小さな組織なので、大手企業のようにルールやオペレーションがしっかり整っている訳でもないですし、市場環境の変化が非常に早いので日々様々な問題に直面します。そんな環境で、他人任せにしたり、他責にしていてはやっていけません。例えば、「ビジョンや方針が不足している」と感じたとして、社長や経営のせいにしてただそれを言うのではなく自分ごととして捉え、周囲を巻き込みながら率先して、組織の上流や中心に食い込んでいくような姿勢が必要です。
経営戦略室に事業戦略ポジションを募集していますが、経営方針の策定には、ビジョンやストーリーづくりも大事なので、論理的思考だけでなく、直感的思考や感性なども大事にしながら周囲を巻き込み、物事を進められるような人が向いていると思います。

西尾さんは、元プロキックボクサーというだけあり、体育会系で仕事に対しては熱く、ストイックですが、プライベートでは猫を飼っていらっしゃり、猫を抱いている時の優しい笑顔が印象的です。
Nintでは、西尾さんのように、仕事に熱意をもって果敢に挑戦出来る方のエントリーをお待ちしています。

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