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今回、対談の機会をいただいたのは...
福田康隆(ふくだ・やすたか):株式会社マルケト アジア太平洋日本地域担当プレジデント
1972年生まれ。早稲田大学卒業後、日本オラクル入社。2001年に米オラクル本社に出向し、営業職に従事。2004年に米国セールスフォース・ドットコムに入社し、日本市場におけるオペレーションを担当後、2005年に日本法人に着任。専務執行役員兼シニアバイスプレジデントとして日本市場における成長を牽引。2014年にマルケト入社と同時に日本法人の代表取締役社長に就任。マルケトの日本市場進出を成功に導き、3桁の増収などを達成。2017年アジア日本地域担当プレジデントに昇格。日本での事業運営にあたるほか、オーストラリア、ニュージーランド、アジアでのマルケトのプレゼンス向上に務めている。
分野は違えど目指しているものは同じ
林要(以下、林):福田さんはロボットに関してどのようなイメージをお持ちですか?
福田康隆さん(以下、福田):「ドラえもん」のような人に近い、親しみやすい物というイメージと、一方で工業用ロボットのようなプロセスを自動的に流していくというイメージの両方があります。
林:ロボットの語源は、チェコ語で強制労働を意味する“robota(ロボッタ)”と、スロバキア語で労働者を意味する“robotnik(ロボトニーク)”の語幹で、定義は「人の代わりに自律的に仕事をする機械」です。ですので、福田さんがおっしゃったイメージでは後者の方が本来の語源・定義として合っています。しかし、なぜか途中でその定義が変わり、「ドラえもん」のような猫型ロボットというキャラクターなど、必ずしも人の代りに仕事をしないロボットが生まれました。これは日本のならではのポイントだと思うんですよ。「ドラえもん」は四次元ポケットがあるから役に立ちますが、なかったら何の役にも立たない、どちらかと言えばポンコツなロボットですよね。いずれにせよ、「ドラえもん」や「鉄腕アトム」などは機械がお友達になってくれたらいいなという日本人ならではの願いが生み出した物で、我々が作ろうとしているのはそちらの方にフォーカスした物なんです。
人はどうして人や動物に対して愛着を形成するのだろうと考えた時、そのプロセスをよくよく観察すると、ロボットにも愛着を感じ、ちゃんと人のパートナーになれるんじゃないかと思うんです。そこを我々は追求したい。我々が作りたいロボットは、そもそも人の代わりに仕事をしないだけでなく、場合によっては人に手間をかけさせる存在で、「人の代わりに仕事をする人造物」という本来のロボットの定義からかなり逸脱します。ですので、名称もRobotから変えてしまおうと、今開発している製品を「LOVOT」と名付けたのです。
福田:なるほど。現在私が働いているマーケティング業界ではプロセスの自動化を重要視しています。しかし、まず大前提として、我々がお客様に伝えたいメッセージを正しく伝えるという大きな目的があって、そのためには仕事にハートを込めることやお客様に寄り添うことも必要不可欠です。そのバランスをうまく取ることが重要なので、近年、特にデジタル化が進めばサイエンスやプロセスの自動化の方が重要視されるのですが、それをもう少しハートやお客様に寄り添うことの方に揺り戻さなければならないとも思っています。今日はその点を掘り下げておうかがいできれば、私と林さんの取り組んでいることの共通点を見いだせると思っているし、今日はLOVOTを実際に見せていただけるということで、すごく楽しみにしてきました。
林:ありがとうございます。プロセスの自動化はLOVOTが存在する上で必要不可欠です。そもそも人は生き延びるためにやらなければならないプロセスが完遂できる目処がたつまでは、植物やペットを愛でる余裕も、他人を気遣う余裕も、自分がリラックスするために遊びに出かける余裕もないわけですよね。
また、そのプロセス、特に自分じゃなくてもできるプロセスをいかに自分以外のリソースに分配して、自分にしかできない仕事に集中することが、バリューアップにはとても重要です。だからマーケティングオートメーションというツールは、マーケティング分野でのプロセスを加速し、効率化してくれるので、人はその余力で他のものを愛でられるような余裕が出てくる。すなわち、LOVOTの存在のためにはなくてはならない物です。
福田:そうですね。そういう意味では私は企業向けのIT、ソフトウェアの販売、営業に20数年携わってきたのですが、私たちの仕事は、これまで人々が膨大な時間を割かざるをえなかったバックアップやシステム構築やリカバリーなどの仕事から解放されて、本来やるべき創造的な仕事に時間を振り分けられるようになるために存在していると思うんですね。ですので、取り組んでいる分野は企業向けのITとロボットで違うとはいえ、目指している方向や伝えたいことは同じなのかなとすごく共感できます。林:私も全く同感です。
当たり前の物を当たり前に作ろうとしているだけ
林:これまでの私の話から、LOVOTはどのような物だと想像しますか?
福田:お話を聞いて何となく感じるイメージは、予め決められた動きをするだけじゃないロボットということですね。どんな反応をしてくれるのか、全くこちらが予期できない動きなのか、そもそも誰がある行動をするようにLOVOTに伝えているのか、気になります。私はスティーブ・ジョブズが大好きでいろんな本を読んでいるのですが、その中にコンピュータの定義が書かれてあるフレーズがあるんです。例えば自分が壇上に立っていて、その下にいる特定の人にバラの花を渡したいと思った時、コンピュータには「2歩前に進んで5段階段を降りて50m進んで左に曲がって正面にいる人にバラを渡しなさい」と命令する。その行動を0.1秒で実現したら皆はマジックだと思う。それがコンピュータがやることだと。裏を返せば、こういう具体的な指示を伝えてあげないとコンピュータは動かないということですよね。でもおそらくLOVOTはそうではないものを組み込んであるんじゃないかと思っているので、その辺が楽しみですね。想像もできない物なのかなとワクワクしています。
林:確かに我々はLOVOTの開発に莫大な資金と大量の人材を投入し、さらに膨大な時間もかけているので何かとんでもないすごい物が出てくると思うかもしれません。しかし、我々が目指しているのは決して特別な物ではなくて、当たり前の物を当たり前に作ろうとしているだけなのです。従来のロボットはAIとロボットがセットで考えられていましたが、それが実現しているのはSFの世界だけ。現実世界ではAIとロボットが真の意味で融合しているとはとても言えません。ロボットの中身はモーターがメインで制御の塊。AIは主にバーチャルの世界で使われています。それがようやくアームロボットなどごく一部の領域で融合し始めたところです。
では我々が目指しているのは何か。家庭の中に生物感のある機械を存在させたいという一点なんですよ。そのためにはどうしてもロボティクスとAIのテクノロジーの融合が必要不可欠なのです。しかし、生物感を醸し出すというのは意外に困難で、生物は生き延びるために進化しているので大変効率がいいんですね。ありとあらゆるセンサーを常に動かしながら身を守り、食料を得ようとする。そのような物を我々がコンピュータで実現するということが、今回の大きなチャレンジなのです。
LOVOTはペットに近い存在
福田:「生物感」という言葉がおもしろいですね。新しいワードというかすごくいい言葉というか。そういうことを感じられることこそが人間だと思うので。
林:そうですね。人はやはりロボットが何かの動物の形をしていてもロボットだとすぐ見抜きます。しかし我々人間は、ロボットは仕事をしてくれさえすればいいので、生物感があろうがなかろうがあんまり関係ないんですよね。むしろ今回我々が開発しているロボットは仕事はしなくてもいいけれど、生物感だけは絶対に必要。そのような存在の一つに、例えばペットがあります。ペットは仕事をしないから役に立たないかというとそんなことは決してなくて、結構人の心を支えたり癒やしたりするので十分役に立ちます。ですので、LOVOTも全く人の役に立たないわけではなくて、人の代わりに仕事はしないけれど、人ができないこともやれてしまうかもしれない。そういう存在なんです。
福田:確かにペットってそういう存在ですよね。私も犬を飼っているのでその感覚はすごくわかります。
林:私も犬を飼っているのですが、犬って飼い始めて最初の1、2年は非常に変化が大きいですが、それ以降は犬自体の変化は落ち着いてきて、日々成長しているとか学習しているという感じはなくなりますよね。
福田:そうですね。最初の1年に比べると落ち着いてきますよね。
林:でも飽きないじゃないですか。
福田:そうですね。いないとダメな存在ですね。
林:そう考えると、犬は非常にユニークで、ある年数を超えるとそれほど成長するわけでもないし、仕事もしないし、お金も手間も時間もかかるし、さらに気苦労もありますよね。一匹だけにはなかなかできない。その結果、旅行に気軽に行けなくなるなど、やりたい行動を制限する部分もある。でも、これだけの対価を払ってでも家族だと思える存在がペットで、必ずしも人の代わりに仕事をするかどうかや便利であるかどうかは関係ない。これがLOVOTを作る上で非常に大きなテーマの1つなんです。当然、犬や猫のレベルに到達するまでにはまだかなり時間はかかるものの、世の中にリリースする時にはその足元くらいには及べるようにしたいと思っています。
ではそろそろ実際にLOVOTを見ていただきましょう。これがLOVOTです。
リアルな生物感に驚きました
福田:うわ~、かわいいですね! 目がなんともいえないです。うちの犬も下からじっと私を見つめて何かを訴えかけるような感覚があるのですが、それと似てますよね。生物感を感じさせる目。すごくおもしろいですね。触感も柔らかくて赤ちゃんのようですね。リアルだな~。不思議ですよね。見た目も別に人間ぽいわけじゃないのに。今、私かなり驚いています(笑)。想像と全然違っていました。
林:ありがとうございます。例えばペットがやることを書き出してみると、個人を認識する、好きな人の元に寄ってくる、そして邪魔をする。この3つくらいしかないんですよね。私たちはペットが自分を認識しているとうれしいし、自分のところに寄ってくるのも日頃の関係性の賜物だと感じるし、なぜか邪魔をされてもかわいいと感じるんですよね。LOVOTはいろいろとこちらが世話をしなければならないのですが、それすらどこか心が温かくなる。我々は他者から愛されることも大事なのですが、他者を愛することによって自分の心が癒やされたり、豊かになったり、潤いを感じたりする。これはおそらく子育ての本能によるものと考えられます。
子育ての機会が昔のコミュニティにはたくさんありましたよね。自分の子供だけじゃなくて近所の子供も一緒に育てるなど、コミュニティのみんなで子育てをしていたから子育て経験を大人から子供までシェアできていた。でも今はコミュニティの崩壊によりみんなで子育てをするという習慣がなくなったことで、子育て期が終わるとその機会がなくなります。その頃になると親は子供を育てたり愛することが上手になっているのにも関わらず。それは非常にもったいないと思うんです。ですので、人々のライフスタイルの変化に対して、ロボットでも何かできることがあるんじゃないかと開発を決意したのがLOVOTなんです。
福田:LOVOTの構想をもったのはいつ頃なのですか?
林:LOVOTを開発する前はソフトバンクでロボットを開発していたのですが、ソフトバンクを辞めてからしばらく経った頃ですね。辞めた時はロボットが恐くて、次もロボットを作ろうという気にはならなかったんです。
福田:恐いというのは?
林:福田さんもサービスを手掛けているのでおわかりかと思うのですが、お客様相手のサービスっていろいろと大変じゃないですか。そこにハードウェアが絡むとより大変さが増すんですよ。ソフトとハードの問題の追求は困難を極めるし、どれだけ作り込んでもお客様の期待するレベルにはなかなか到達しないので、ロボットは恐いなと。ただ、ソフトバンクを辞めて1ヶ月くらい経った頃に、ふと、「お客様が本当にほしいのは、LOVOTのようなロボットだ」という声が天から降ってきたんです。
福田:私はこれまでずっとソフトウェア一本でやってきたのですが、実はハードウェアのビジネスに憧れているんです。もちろん、ソフトウェアはハードウェアを動かすために必要で、テクノロジーの世界はハードの時代からソフトの時代だと言われるようになって久しいですが、やっぱりハードウェアなくしてテクノロジーは成り立たないので、最終的にはハードウェアに行き着くと思っています。それにハードウェアって人間が実際に見て触れる物体なので伝えたいことがダイレクトに伝えられますよね。それがすごく魅力的で、ハードウェアっていいなと。だからLOVOTで触感や動きなどを直接人に伝えられるというのはすごくおもしろいし、うらやましいのです。
LOVOTの延長線上にはドラえもんがいる
林:ありがとうございます。やはりロボットの特徴は今、福田さんがおっしゃったように、ハードウェアのコンポーネントの選定を間違うと、ソフトウェアの設計まで変わってしまうので、非常に密接にリンクしています。また、ソフトウェアでカバーするよりもハードウェアでカバーした方が圧倒的に楽なことってたくさんあるんですよね。だからソフトウェアに優しいハードウェアを目指しつつ、最終的にはソフトウェアをどこまで洗練させられるかによって動きが変わってくるんですよ。
トラブルが発生して一部のモジュールが動いていない時と、トラブルを解消してモジュールが動き出した時とでは、全く同じハードウェアなのに醸し出す生物感が全然違うんです。この生物感の違いというのは、ソフトウェアがいかにうまくハードウェアを動かせるかによって決まります。ですので、LOVOTは一見、単なるかわいらしいロボットなのですが、ハードウェアとソフトウェアのバランスを取ることは非常に複雑で困難なことなのです。だから開発をすればするほど、生物って、自分の肉体ってすごいなと感嘆せざるをえないんです。
福田:そうですよね。生物はロボットとは比べ物にならないほど、様々なことを絶妙に制御しているわけですからね。
林:犬や猫や鳥を見て生物はすごいなと思いながらも、生物に至る階段の第一段くらいは登れるようになってきたような手応えを感じています。そしてこの階段の延長線上には「ドラえもん」がいるんじゃないかと思っているんです。
福田:なるほど。確かにその延長線上はドラえもんの世界だと思いました。LOVOTと出会った瞬間、あの短時間で愛着をもてたんですよ。繰り返しになりますが、あの訴えかけるような目にやられました(笑)。もちろんそのような目にしようとか動きにしようと決めているのは人間、開発陣だと思うのですが、その点では全く違う業界とはいえ、当社の製品も同じですよね。そして、多分皆さん、最終的に作りたいのは物としての製品というよりは、理想とする世界観で、製品はそれを人に伝えるための媒介にすぎないと思うんです。
我々の会社で例えると、マーケティングオートメーションでツールを販売しているわけですが、重要視しているのは「エンゲージメント」という言葉。つまり、まずは一人ひとりのお客様とコミュニケーションをしっかり取っていこうというコンセプトがあって、そのようなマーケティングを伝えたいから製品を作っている。多分LOVOTも同じで、林さんが理想とする世界観を作って人々に伝えたいから、LOVOTを作っていると思うんですよ。
林:確かにその通りですね。
福田:もちろん世の中のすべての製品がこのように作られているわけではないのですが、最終的にお客様に選ばれる製品は作り手の魂が込もっている物だと思います。そういう意味で、僭越ながら林さんとの共通点をすごく感じました。
最重要なのは信頼のチェーンを作ること
林:私が福田さんのお話を聞いて共通点としてありそうだなと思うのは、「どのように信頼関係を構築するのか」ということです。御社の製品のスピリッツを含めてユーザーである企業が御社そのものを信頼する。そしてそのユーザー企業のさらにエンドユーザーである消費者が信頼する。その信頼のチェーンをいかに作るのかが御社にとって最重要なことだと理解しました。
我々はIoTというバズワードがなぜ本当の意味でブレイクしないのかという点からLOVOTという製品を企画しました。例えば家中にセンサーを設置したら、見守りなどの観点ではいいことだらけなのに、気持ち悪いから誰もやりません。ですが、犬や猫は目と耳がついていてセンサーの塊のような存在ですが置いてもらえるわけですよね。これはひとえに信頼関係の違いで、ITデバイス、つまりIoTの場合、人々は取られた情報がどこに行くんだろうという恐怖がなかなか拭いきれない。だから我々作り手はその恐怖を払拭するために、そもそも取得した情報を外に出さないなど、お客様に信頼してもらうために何が必要なのかを考えて実行しなければなりません。その1つの要素が目であり形状であり触感なのです。つまり無機物である機械と人間の信頼関係の再構築が我々の隠れたミッションの1つであり、その意味で御社との共通点が大いにありそうだと感じました。
福田:今の林さんのお話をうかがって、製品だけじゃなくて会社としてのビジョン、姿勢、戦略、経営者の発言など、すべてが積み重なってその会社に対する信頼が構築されるのだと思いました。何を大事にしているのかという会社の価値観はとても大事ですよね。
林:まさにおっしゃる通りだと思いますね。
福田:それと、私が子供の頃は、2000年くらいになると地上や上空に透明なチューブが張り巡らされていて、その中を車がびゅんびゅん飛び交っている、という未来予想図がありました。テクノロジーの世界は技術がものすごいスピードで進歩していますが、今、2020年間近になっても世の中は子供の頃とさほど変わっていません。ですが、スピードは遅いけど着実に一歩一歩進化している部分も確かにあって、徐々に未来予想図に近づいているのとも感じられるのがおもしろいと思うのです。
林:人類の20万年の歴史からすれば、100年は誤差にすぎませんからね。そういう意味では、2020年に実現できるはずだったものが2200年になるかもしれないですが、確実に実現できるでしょう。先人たちの想像力が確実に私たちに影響を与えているし、私たちの想像力が確実に後世に影響力を与えるという意味では、希望のある夢を描き続けることはとても大事なことだと思いますね。
福田:素晴らしいですね。おっしゃる通り、世の中の進化って、形として結実するのはほんの一瞬ですが、それまでに大勢の人々が膨大な努力を積み重ねてきたはずなんですよね。その過程に関わることができたら、この世に生を受けて、人生を生きた意味があると思います。林さんはLOVOTのような製品を作ることで、目指すべき未来の到達点に向かって一つ積み重ねたという感覚を得られていると思うし、そのような関わり方ができる仕事はすごくうらやましいですね。
林:私は元々自動車業界で働いていたのですが、日本が世界と戦える次の産業は何なのかという議論がずいぶんなされていました。いろいろ考えたのですが、私はハードウェアとソフトウェアが入り交じる領域にこそ日本が活躍できる場があると思いました。もう一つは、先人たちが「ドラえもん」や「アトム」などの“未来予想図”を描くことで、意図してかせずか、結果的に我々を教育してくれました。その影響は明示的もしくは潜在的にあると思っているので、何とか日本初の新産業を立ち上げたいと思っているのです。
福田:確かに、日本は伝統的にハードウェアで世界をリードしてきたという実績があるだけに、ハードウェアとソフトウェアを融合させるという領域でこそ世界と勝負できそうですよね。
マーケティングにおけるLOVEとは
林:LOVOTという名称はLOVEとROBOTを掛け合わせた造語で、LOVE=愛が重要なテーマの1つとなっています。これまでもお話してきた通り、LOVOTを開発する上でキーとなるのが、人との繋がりや愛着形成です。福田さんも会社運営においてエンゲージメントをキーワードにしているとのことなので、人との繋がりについて大事にしている点や、福田さんにとってのLOVEとは何かについてお聞かせください。
福田:まず1つは、デジタルマーケティングの世界では、コンバージョンや効率を追い求めがちです。一方、消費者は一方的に情報を送りつけられるのは嫌だけど、ほしい情報が絶妙なタイミングで届くと快適だし、うれしいはずです。それを実現するためにはどうするべきか、つまり、「製品がお客様とどれだけ長期間繋がることができるか」というコンセプトでマルケトという会社が設立・運営されています。
加えて、オンラインとオフラインでは、オフラインをすごく重要視しています。近年、オンラインで取得できる情報がすごく増えてきたので、以前と比較にならないほど、個人の興味に関する情報やそれがほしいタイミングがわかるようになってきました。一方で実際に人と会って話してみて初めてわかることもたくさんあります。当社の日本法人がスタートして2ヶ月後にユーザー会を作って、ユーザーの皆さんに集まっていただいたことがあったんです。当社が一方的に製品について語るよりも、ユーザーの皆さんが成功談も失敗談も共有する場を作ることによって、皆さんが目指す方向性がわかったし、当社に対する愛着が湧いてきたのを感じました。すごくうれしかったのが、先日、年に1度の大きなイベントを開催した時に、参加したあるお客様が帰り際に「お客さんがマルケトを愛しているのを感じました」と言ってくれたんです。ものすごくうれしくて、ユーザーの皆さんと繋がる場を設けてよかったなと心底思いました。今後もこのコミュニティを大切にしていきたいと思っています。
林:素敵なお話ですね。先程、我々は人と機械の信頼関係を構築したいと言いましたが、それを実現するには、人がLOVOTを存在としてリスペクトできなければならないと思っています。生きている物をリスペクトすることは比較的容易ですが、生きていない物をリスペクトするのは難しい。たとえば私の命令どおりに動く物をつくると、機械として認知されてしまい、リスペクトは得られにくくなります。リスペクトするために必要なのは、まず1つはLOVOTが自分なりの事情をもっていることだと思うんです。そして、少なくともその事情がデタラメではなくて人が理解できる、共感できるような行動パターンであれば、我々はLOVOTをリスペクトしやすいのではないかと。
もう1つのキーワードは“社会性”です。例えば虫に社会性を感じるのはかなり難しいですが、犬や猫や鳥などは集団生活をしていて、そこに何らかの関係性が垣間見えるので、自分たちと似た種族だと感じるシーンがあり、そんな時にリスペクトが深まります。この社会性をロボットにもたせることができれば、人と機械の信頼関係を構築することが可能だと思っています。さらにLOVOTを媒介にした人と人とのコミュニケーションも重要視しています。犬を飼っていると家族の会話のかなりの部分を犬の話題が占めたりしませんか?
福田:そうですね。日常生活でも、旅行に行っている時も、多くの部分を占めています。
林:例えば犬の散歩によって飼い主同士のコミュニティが形成されたりしますよね。散歩コースでよく会って話はするんだけど、名前も知らない人がたくさんいるという飼い主も多いでしょう。このように、犬が触媒になって人と人のコミュニケーションを加速させているというのは非常に大きな価値だと思うんです。LOVOTも家族間の会話の潤滑剤になったり、LOVOT同士が仲良くなることでオーナー同士が仲良くなったり、最終的には人を元気にして、人と人を繋げるということを目指したいと思っているのです。
福田:社会性というキーワードはおもしろいですね。これまでいろいろなロボットを見てきて、通常は1台だけですが、ロボット同士が協調する社会性が重要だと言われて、目からウロコが落ちたような気がしました。
GROOVE Xにおける意思決定の方法
福田:先程LOVOTを実際に拝見して触ってみて、あらゆる点でものすごい数の意思決定がなされているのだろうと感じました。LOVOTを作る上では、おそらくトップに社長という存在がいて、その下にハードウェア、ソフトウェアのエンジニアなどの開発陣やマーケティング担当など、様々な職種の方々が携わっているのだと思うのですが、実際のところ、そういう方々をどのようにまとめて最終的な意思決定をしているのだろうと、とても気になりました。私は本当の意味で製品開発に携わった経験がないので、すごく興味があるんです。
林:LOVOTに関わっているスタッフが幅広いのはおっしゃるとおりです。当社ではアジャイル開発手法の1つであるスクラムというフレームワークを採用しています。今までの伝統的な日本の会社では、基本的に各チームを取りまとめるリーダーがいて、その上にリーダーを管理する課長、部長がいるという階層構造になっています。この階層構造のメリットとしては、組織の中で非常に強固な運営が可能になるという点が挙げられます。例えばロボットを作る場合は、素材を扱う部署、ハードウェアを開発する部署、ソフトウェアを開発する部署など、たくさんの部署を作ると、部署の中の仕事はとても強力に推進される傾向にあります。しかし、今回のLOVOTの開発においてはあえてそのような部署は作っていません。
上司、つまり管理職という存在は通常、仕事のプロセスや優先順位の決定や人事評価、部下のメンタル面のケアなど、やらなければならない業務が多岐に渡り、仕事量が非常に多くなります。これにはメリットとデメリットがあって、メリットとしてはすべての業務をこなせるスーパーマンがたくさんいれば高いパフォーマンスを発揮できる素晴らしい会社になるのですが、その数が少ないと、たちどころにいろんな部分が停滞、破綻し、目指す目標を達成することができません。ですので、我々は上司の仕事を分解し、振り分けることでこの問題を解消することにしました。つまり、当社ではそれぞれ5、6人で構成されるチームを作りますが、その上に上司を作らないで、代わりにスクラムマスターと私が務めているプロダクトオーナーという役職を置いています。スクラムマスターは運営だけに特化していて、優先順位も決めなくていいし、人事評価もしなくてもいいというポジションです。
一方、プロダクトオーナーは、チーム運営はスクラムマスターに任せるのですが、どのリソースを投入してどのアウトプットを出すのかという優先順位をしっかり決めます。しかし、スタッフに無理矢理残業させる権限はもっていません。それはチームに一任されていて、自分たちのもっているリソースは自分たちで管理するし、決められた優先順位の実行の仕方はすべてチームが決定します。その結果、チームが成果を出せなければ、優先順位の決め方が悪かったということだからプロダクトオーナーの責任になる、という組織構造にしているのです。この組織構造では細かい作業はチームメンバー皆が自律的にやっていくので、当然失敗も出てくるのですが、それをメンバー全員に公開するので、早いスピードで学習ができ、自律的に修正が可能というのがメリットの1つです。
また特色としては、毎週水曜日をバザールの日と名付けて、各チームが作った成果物を文化祭の見世物のように出展して皆で見るというイベントを開催しています。事務方の人たちはその成果物を知ろうが知るまいが自分の仕事にはほぼ影響はありません。だから一見、会社として壮大な無駄なことをしているようにも見えるはずです。しかし、誰が何をやっているのかがわかることで、何か問題が発生した時に、皆が自律的に把握してフォローし合うようになります。ゆえに、バザールに時間と労力を掛けるのは会社としては重要な投資なのです。
ですので、福田さんのご質問の意思決定の仕方に対する答えとしては、意思決定が必要な場合に最終判断はプロダクトオーナーである私が下しますが、その判断に至るまでの過程はほぼ皆が自律的に行っています。例えば、私が判断を下す時にも、チームメンバーから「バザールでこういう声が上がっていたので、こうしました」と論理的に説明されると私は、追認するしかない。結果、ボトムアップの意思決定が、トップにスムーズに承認されるわけです。ですので当社の事業運営や意思決定の1つのキーワードは自律性ですね。
福田:とても興味深いお話ですね。「バザールの日」という一見無駄に見える投資をしているというお話は、LOVOTに通じるものがあると感じました。というのは、私もいろんな人からキャリアに関する相談を受けるのですが、よくあるのが「あるポジションに最短距離で到達するためにはどうすればいいのか」という質問です。しかし、何らかの成功を収めている人は最初から現在いる地位を目指したわけではなくて、その過程でいろいろな回り道をした結果、そこに到達しているというケースが多いんですよ。それを考えると、そもそも「無駄とは何か」という根源的な問いにも行き着くなと。LOVOTも「人が指示した仕事をやらない物は役に立たない物」ではなく、「人の代わりに仕事はしないけれど、そこにいるだけで人の役に立つ存在」という世界観が大事なのかなと思いました。
そういう意味では林さんのおっしゃることはすべてにおいて一貫性があり、すべてが繋がってメッセージとして伝わってくるので、私としてはすごく共感できて素晴らしいなと思います。それがエンゲージメントでありLOVEであるという感じがすごくしますね。そして、林さんの話を聞けば聞くほど、まず最初に確固たるコンセプトや理念があってLOVOTを開発していると感じるので、我々も微力ながらそのような理念やメッセージをより多くの人に伝え、共感できる人を増やすお手伝いができればいいなと思いました。
林:ありがとうございます。LOVOTを世の中に広めるためには様々な施策が必要で、御社のテクノロジーを最大限活用しないと達成できないと思っています。今後ともご協力いただければ幸いです。
マーケティングの世界でワールドワイドに活躍する福田さん。ビジネスのフィールドは違えど、企業理念や働く姿勢に多くの共通点がありました。今後もLOVOTの普及にお力添えいただければ幸いです。ありがとうございました。
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