こんにちは。営業の山城です。
フォルシア21周年記念、第2弾の記事はCOOへのインタビューになります!
写真を一見するとクールでシャープな印象のあるCOOですが、実は話してみると面白いことをポロっと言うなど、ユーモアにあふれた温かい方です。インタビュー中も照れながら、創業当時のエピソードから仕事観、エンジニアへの思いなど、様々なお話を聞かせてくださいました。
COOの深い思慮の一部をうかがい知ることができるので、ぜひご覧ください。
COOプロフィール
代表取締役 最高執行責任者(COO)
屋代 哲郎 Tetsuro Yashiro
1987年 東京大学理学部情報科学科卒業後、野村證券に入社。マサチューセッツ工科大学にてMBAを取得。モルガン・スタンレー証券にてデリバティブのストラクチャリングに携わり、2001年、フォルシアを起業。
COOの今
ー 現在の仕事内容について教えてください
定型的な仕事という訳では無いので説明するのは難しいですが、上がってきた申請書を決裁したり、各種ミーティングの議事録やSlack、esa※などの資料にはなるべく目を通すようにしています。
※esa...ドキュメント共有ツール。フォルシアではesaを活用して知見の共有を行っています。
議事録に目を通す理由としては、顧客との間で問題が起きていないか、雲行きが怪しそうな案件はないかなどをチェックするためです。そういった "怪しい部分を見つける嗅覚" は長年の経験で身に付いたものだと思います。議事録を読む中でリスクの芽を見つけた際には、案件の担当者と話をして対応策を考えたり、役員会議の場で情報共有するなどしています。
最近は取引顧客や案件が増えて、入ってくる情報も膨大になっています。そのため全て確認することは現実的では無いですが、極力多くの資料に目を通すようにしています。
申請書も日々たくさん上がってきます。決裁も機械的に承認するのではなく、きちんと目を通すように心掛けています。内容を精査せずに上司が簡単に承認してしまうと現場に緩みが出てしまいます。ある程度の緊張感を持って仕事に取り組んでもらいたいという意図があってそのようにしています。
こういった社内・ビジネスにおけるリスク管理が主な仕事です。一方で、現場を信頼して仕事を任せたいという思いもあり、あまり細かすぎる指摘はしないよう気を付けてバランスを取りながら行っています。
創業当初を振り返って
ー 今ではフォルシアの技術基盤となっているSpookですが、開発にはCOOが携わったと伺っています。開発当時の印象に残っているエピソードを教えて下さい。
昔、証券会社で働いていた頃は調子に乗っていて、"ブイブイ" 言っていた時代もありました(笑)。 自分は仕事ができると思っていたので起業しても成功するだろうと確信していたのですが、現実はそう甘くありません。営業に行っても誰も話を聞いてくれないし、採用活動を行っても応募がほとんどなく、例え面接にこぎつけたとしても若手の候補者に「成功するビジネスモデルとは思えない」と指摘される始末で、厳しい現実にぶつかりました。その時に、これまで自分は会社の看板に守られながら仕事をしてきたに過ぎないのだと痛感しました。
創業メンバーには社長と私の他にエンジニアが2人いたのですが、数年のうちに辞めてしまったため、他に選択肢が無い状態で私が技術開発を担当することになりました。私はもともと大学で情報系を専攻していましたが、まだウェブが存在していなかった時代です。証券会社に務めていた15年間は、金融商品の設計・開発という業務をしていたので、技術にはほとんど触れていませんでした。そのため、当初は「HTMLって何??」というような状態で、「誰でも分かるHTML入門」のような本を買って勉強したことを覚えています。それが37歳の頃の出来事です。
ー 知りませんでした!新しいことに飛び込むのは中々勇気のいることだと思いますが、チャレンジをする際に意識することはあるんでしょうか?
新しいことをする際、"やるべきでない理由" というのはたくさん出てきます。知り合いに相談をしても大抵は反対されますし、本当にやるべきだという理由はせいぜい1,2個くらいしか出てきません。冷静に、客観的に考えれば考える程後ろ向きになってしまいます。
しかしそのような中でも、わずかにある "やるべき理由" をひたすら信じて、やり遂げることが大切だと思います。自分がどこまで信じきれるかという頑固さと、多少の事はあっても諦めずに続けるという信念が大事になってくるのではないでしょうか。
ー COOにとって、最後まで信じてきたものは何だったんでしょうか?
フォルシアの行動指針「FORCIA WAY」の5番目に載っている「世の中に自らの足跡を残す」という部分です(FORCIA WAYについてはこちらから)。
金融機関に務めていた頃は、たくさん働いてもお金以外何も残らないなという感覚がありました。何かしらの「自分が生きた証」を世の中に残したいという思いで起業を決断し、それが原動力になっていたと思います。
ここでコーヒーブレイク☕
ー 社長の仕事面で尊敬できるところを教えてください。
社長と私は性格が全く異なります。私が持っていないものを社長が持っており、社長が持っていないものを私が持っているような感じです。
私は勝ち筋が6割くらい見えたときにどうしたら勝ち切れるかを考えるタイプですが、一方で社長は3割くらいの場面でも何とか勝てる方法を見つけ出すのが得意です。経験も実績も無い状態で、大手企業との取引を始めることが出来たのも、そういった社長の強さが発揮された場面だったと思います。また社長は人と話すことも得意で、年長であったりすごく偉い方とも臆することなくコミュニケーションが取れるところも、私にない良さだと思っています。創業して間もない頃、いきなりジェフ・ベゾス宛に提案資料を郵送した時には心底驚きました。のちに丁重なお断りのご連絡を頂いたのは言うまでもありません。
ー 起業した際、社長・COOの役職はどのようにして決めたんでしょうか?
結婚した際、社長から「いつか起業した時は自分が社長になりたい」という条件があったんです。私は社長業に興味がありませんでしたので、それでいいよと言いました。
ちなみに、私から社長に出した条件は「いつか松田聖子が結婚してほしいと申し込んできたら、黙って離婚届に判を押してくれ」です。(会場が笑いに包まれました)
フォルシアのいま
ー 創業時の苦労と今の苦労とではどのような点で違っていますか?
会社が小さかった頃は、何かあっても自分が頑張れば何とかなるだろうという気持ちがありました。例えば数千万くらいの規模の失敗だったら、最悪自分が死ぬ気で仕事をすればなんとかすることが出来るだろうと。
ただ取引先や社員の数が増え、顧客からもビジネスの根幹に係るような案件を受注できるようになり、何かあった際は自分ひとりの力ではリカバリーできないという緊張感が出てきました。そのため "顧客や社員、取引先といかにして良い関係性を築いていくか" という部分に意識を向けるようになりました。
数年前までは一エンジニアとして最前線で働いていましたが、会社が大きくなったことで経営により力を入れるべき時機だろうと思い、現在は会社の代表としての職務に専念しています。
ー 元々はエンジニアであったCOOに伺います。エンジニアにとって大切にすべきことはなんだと思いますか?
エンジニアは技術にフォーカスを置きがちですが、技術は売れて初めて価値になると考えています。技術のみではビジネスにならないため、「技術をビジネスに落とし込むにはどうすればいいか?」という視点を持ち続けることが非常に重要だと思います。
また、そのような視点がなければ "他人に使われるエンジニア" になってしまいます。別の人が考えたビジネスにのっかり、自らの発想がないエンジニアは経営者にとっては単なる「便利」な存在です。便利で終わらせないためには、"技術を使って誰の役に立ちたいのか" までを自分で考えていく必要があります。そして私自身も、そういうエンジニアが活躍できる会社にしていきたいと考えています。
ー 最後に、現在のIT業界について考えることはありますか?
ITやAIは社会のインフラとして重要な役目がある一方、それにどっぷり浸かり過ぎてはいけないのでは?という思いもあります。IT企業の経営者としてそれでいいのかは分かりませんが、私自身は人間の喜怒哀楽や思いやりといった感情が一番大切なことであり、そういった人間の生活を大切にできるような技術の使い方をしていきたいと考えています。会社のポリシーとしてもただ検索が早いということだけでなく、世の中の課題を解決し、人の生活を支えるようなビジネスに取り組んでいきたいと思っています。
最後に
2回にわたる21周年記念のインタビュー記事、いかがでしたか?
経営者のお二人から直々にお話を聞ける機会はとても貴重だと思います。今回のインタビュー記事で、会社・社員・ビジネスに対して熱い思いを持っている社長とCOOの人柄が少しでも伝われば幸いです。
また、お二人やフォルシアに少し興味を持たれた方はカジュアル面談も行っていますので、お気軽にご連絡ください。