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【21新卒の選択】もがきながら、生きたい未来を模索した先でエバセンに出会った話

こんにちは、コーポレートの真辺です。

今回は、今年4月に入社した新卒メンバーの入社ブログをご紹介します!
新卒の方でエバーセンスが気になっている方は、ぜひ参考にしてみてくださいね。

こんにちは。2021年4月に入社しました、メディアプロデューサーの田中嵐です。

入社式の日に、「あらら」という名を授かりました。絶妙なトホホ感がお気に入りです。
好きなものは、バレーボール、一人旅、ハロプロ、銭湯での交互浴、ウクレレ、高円寺の夕焼けです。


▲バレーボールを担いでカンボジアの小学校へ

ざっくりとした経歴はこちら。
福岡の高校を卒業→神戸大学発達科学部で小学校の教員免許を取得→旅行系の会社に就職→半年で退職し、地元でフリーター→東京学芸大学の大学院へ

今回は、そんな僕が巡り巡ってエバーセンスに入社するまでのお話をお届けします。
就活中でエバセンのことが気になっている...!という方は、ぜひのぞいてみてください。

大学院に入るまで

学部時の就職活動は、「周りが就活始めたから自分も始めなきゃ」「みんなが知ってる福利厚生の整った会社に行かなきゃ」と、かなり後ろ向きなものでした。

自己分析をしてみたものの、就活の軸は定まらず、なんとなく心惹かれた大企業を受ける日々。
しかし、信念のない学生の言葉は面接官に響くはずもなく、怒涛のお祈りラッシュにメンタルを打ち砕かれていました。

周りが続々と内定をもらう中、自分は夏が過ぎても内定は0。秋になり、かろうじて内定をいただいた会社に即刻入社を決め、早々に遊び始めたのでした。

そんな経緯で働き始めたので、仕事に対しても前向きな気持ちになれず、「やりたくないことをやらされている」という感覚が拭えませんでした。

かといって、自分が本当にやりたいこともわからない。
もやもやとした毎日を過ごしながら、学部時代の教育実習やアルバイト先の学童で、一緒に遊びまくった子供たちのことを思い出していました。

やりたいことが見つからないと嘆く自分。
やりたいこと・心躍ることに夢中になる中で育っていく子供たち。

ひょっとして、本当に僕が関わりたい領域は、子供の育ちに関わる分野だったのかもしれない。 そして、子供の「遊び」という行為を紐解くことが、僕の人生に繋がっていくのではないか。
そう思い、遊びについて追究しようと決心しました。

もう一度学問の道に戻るため、会社を辞め、「遊び社会学」の研究室の門を叩きました。

遊びとは何かを知った、プレーパークでの活動

大学院入学後、「プレーパーク」という地域の遊び場に出会いました。

「自分の責任で自由に遊ぶ」がモットーのプレーパークには、「木に登ってはいけない」「ボール遊びをしてはいけない」など、大人が決めたルールはありません。
そこに存在するのは、土や水、火などの自然素材と、スコップやバケツなどの最低限の道具、子供たちの見守る遊びの専門職「プレーリーダー」、そして、「いいこと思いついた!」を否定しない文化です。

僕は、プレーパークで目を輝かせながらのびのびと遊ぶ子供たちや、それを見守る大人たちに大感動し、出会った初日にプレーパークの研究をすることを決めました。


▲プレーパークでは、らんまると呼ばれてました

研究の傍ら、「プレーリーダー」の仕事も経験しました。

子供たちと一緒に全身泥んこになったり、ウクレレ弾いて歌ったり、落ち葉の山にダイブしたり、焚き火を眺めながら小学生の愚痴を聞いたり。
「親でも先生でもない、ちょっと年上の遊び仲間」の存在は、子供たちにとっても面白いみたいでした。

子供たちが遊びの中で「いいこと思いついた!」とひらめく瞬間。
誰かの思いついた「いいこと」が、周りの人を巻き込んで形になっていく過程。
プレーパークで起こるあらゆる出来事が、たまらなく好きでした。

そして2年間の研究と活動を通し、子供たちは遊ぶことで「面白く生きる力」を育んでいるんだ、と確信することができました。
(この話は無限にできるので、誰か語りましょう)

当たり前の違いを突きつけられた、スウェーデン留学

子供の遊びを研究している中で、プレーパークという概念は北欧発祥だということを知り、「日本よりもっと自由な、北欧の遊びや教育について学びたい」と思うようになりました。
また、大学院で二度目の就活を迎える前に、「ゆったりとした時間の中で、もう一度きちんと自分と向き合いたい」とも感じていました。

そんなこんなで、スウェーデンに留学に行くことに決めたのです。


▲ホームステイ先のラブリーなファミリー

スウェーデンでは、
「人種・性別・宗教・障がい・移民・性的指向など、あらゆる背景にかかわらず、全ての人間には等しく同じ価値がある」
「国をつくるのは、一人ひとりの国民である」
という教育方針があり、これらは保育園から子供たちに教えられます。

その精神が、政治や文化、人々の生活に反映されていました。

例えば、街の公園にいろんな種類のブランコがあることを不思議に思い、ホストマザーに聞いてみると、
「障がいのある子たちだってブランコに乗りたいのよ、それが当然でしょ?」と彼女は言いました。

街では同性カップルが手を繋いで歩く姿をたくさん見かけ、日本にはない光景だと友人に話すと、
「僕らは誰にだってありたい自分である権利があるし、それを保障するのが社会だよ」と彼は言いました。

日本で生まれ育った僕にとっては、今までの当たり前が覆されることばかり。
いかに自分が小さな枠の中で、たった一色のメガネで物事を見ていたかを思い知らされ、苦しみました。

しかし同時に、この国も初めから多くの人が生きやすい社会だったわけではなく、人々が声を上げ、自分たちの手で変えてきたことにも気づきました。
スウェーデンでの生活は、日本で生きる上で無意識に諦めていた様々なことを、「諦めなくてもいいんだ」と思える勇気を僕に与えてくれました。

(暗い感じになりましたが、スウェーデン生活ははちゃめちゃに楽しかったです)

人生の仲間探しをしていたら、エバセンに出会った



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