1. 「違和感」は、0.5秒でやってくる
静かな朝、ヨガのマットの上で呼吸を整えるのが私の日課です。 自分自身の内面を見つめる時間は、オフィスでの「全方位モニター」のような私の意識をリセットしてくれます。
私は、自覚しているのですが、少しADHD的な傾向があります。 注意が散漫になりがちな一方で、周囲の微細なノイズには異常に敏感です。 書類の1マスのズレから、社員が発する「言葉にできない予兆」まで、まるでパズルの一片が浮き上がって見えるように分かってしまう。
今回お話しするのは、私たちの組織がまだ発展途上で、文化も仕組みも泥臭く構築していた頃に、私の「センサー」が捉えたある出来事です。
2. 「有能なリーダー」が壊れる音
ある部門のリーダーの変化が、私の目に留まりました。 本来、仕事に没頭するタイプで有給もそんなに取らない彼が、理由の判然としない「ちょくちょくとした休み」を取り始めたのです。
私のセンサーが鳴りました。「これは、外の世界を探し始めているな」と。
さらに観察を続けると、彼は成長著しい部下の仕事に、あえて割って入るような動きを見せていました。
「それは俺がやる」
「ここはまだ任せられない」。
それは責任感ではありません。
彼は、本来なら部下を誇るべきポジションにいました。 なのに、成長する部下の背中を追うように、必死で実務のハンドルを奪い返そうとする。 その姿は、正直に言って「痛々しかった」んです。
譲れないプライド、部下との不毛な競争。 私はそれを見ていて、胸が締め付けられるような情けなさを感じました。 「そこはもう、あなたの戦う場所じゃない。マネジメントなんだ。みんなで勝つ場所なんだ」と。
伝えたいけれど、受け入れてもらえないもどかしさ。 私は、人事課長としての仮面を脱いで、一人の人間として彼と向き合うしかありませんでした。
3. 「仕事は一人でするものではない」という真実
正直に言えば、こうした感情が絡む対話は「面倒くさい」と感じることもあります。 しかし、仕組み(kintone)で効率化を進める一方で、こうした「心のバグ」だけは、人間にしか直せない。
私は彼と何度も向き合い、本音でこう伝えました。
「仕事は一人でするのではない。みんなでするものだ」
一人の人間が持てる力なんて、知れています。どれほど優秀でも、一人で成し遂げられることには限界がある。 「いかに周囲を信頼し、コミュニケーションを意識して取り組めるか。それがあなたの次のステージではないか」と。
4. ヨガの教え「サントーシャ(足るを知る)」
ヨガには「サントーシャ(足るを知る)」という言葉があります。 これは現状に甘んじることではなく、「自分はすでに、チームという大きな力の一部として十分な価値の中にいる」と認めることです。
「自分の力だけで勝たなければならない」という執着を手放し、部下の成長を自分の喜びとして受け入れる。 発展途上の組織において、個の力に頼りすぎる危うさを、彼には超えてほしかったのです。
5. 後悔のない別れ
結果として、彼は退職を選びました。 人事課長として「引き止め」には至りませんでしたが、最後に見せた彼の表情は、数ヶ月前の焦燥感に満ちたものとは違い、どこか憑き物が落ちたようにスッキリとしていました。
本音でぶつかり、チームの大切さを語り合った。その上で彼が出した結論だからこそ、私には一点の後悔もありません。
6. 最後に:人事課長は「心の調律師」でありたい
今の時代、人事に求められるのは、ミスを糾弾する検察官ではありません。 デジタルな仕組みで組織の異常を検知し、アナログな直感で「人の心」に触れる。 オーケストラの音が少しズレたときに、優しく調律する役割です。
「自分一人で頑張らなければ」と孤独な戦いをしているリーダーたちが、いつか「チームという大きな呼吸」の中でサントーシャを見つけられるように。
私は広島のこの場所から、また明日の呼吸を整えていきます。