初めまして、株式会社IMOM飲食事業部 ParlorIMOMで店長を務める副島ゆりと申します。
入社して丸3年が経ち、自分自身IMOMでの日々を振り返りながら皆さんに弊社の味わいを知っていただけたらなと思います。
【異業種からの転職】
早速ですが私の経歴を簡単にご紹介します。
前職は「歯科助手」の仕事に15年間従事しておりました。
地元の高校を卒業し、失礼ながら何となく入社した歯科医院は、従業員総数100名・診療台数25台という歯の総合病院のような職場でした。
そこでは社会人としてのマナーや歯科の専門知識を一から勉強し、当時のスタッフとはプライベートでフェスに行ったりと学校のような楽しさもある素敵な職場でした。
仕事への不満はなく楽しく過ごしていたある日、母に脳腫瘍が見つかりました。
私の父はすでに他界しており、母とは別々に暮らしていたものの一人っ子だったため、母一人・子一人、二人三脚で生きてきたので、
その当時のことは今思い出しても辛くなります。
腫瘍が見つかった時には既に症状も進行しており、活舌が悪く、ペットボトルの蓋も自力で開けられず、緊急入院となりました。
なぜもっと早く気づいてあげられなかったんだろう、と自責の念に駆られながらも、その日から母のことと仕事と、目まぐるしい毎日になりました。
ところがこの腫瘍の原因、病名がいくら検査してもセカンドオピニオンをしても分からない。
そうしてる間に腫瘍はどんどん進行し、ついに1か月後母は話すことも食事を飲み込むことさえもできなくなってしましました。
健康だった人が、人として当たり前に授かっていた機能をある日突然失う。
母の場合は話すこと、食事をすること、そして全身麻痺になったために歩くことも何もかもができなくなりました。
本人が一番辛かったでしょう、毎日面会に行くとわんわん泣いていました。
人の悪口も言わず、ギャンブルもお酒も煙草もしない母が、なぜこんな目に合わなければいけないのか。
この時ほど神様はいないと思ったときはありませんでした。
そしてこの頃から自分の将来について考えるようになりました。
人生いつ何が起きるかわからない。
やりたいことをやらないと後悔する。
このままこの仕事を続けてもいいのか?
何をしたいか考えた時にすぐに思い浮かんだのが、「喫茶店」という場所でした。
私たち親子がたくさん足を運んで、何を語るでもなく温かい時間を共有した場所。
それは色んな人の想いが交差する場所でもあり、コーヒーという飲み物に何度もホッとさせてもらいました。
こんな時間を、場所を、誰かに共有する仕事ができたら素敵だな。
昔から興味があった職種でしたが、安定した収入を手放して転職する勇気がなく、ずっと自分の心に蓋をしていました。
しかし、毎日迫りくる「死」と戦う母を見ていたら、怖いものなんてないなと決意しました。
そして長く勤めた歯科医院を退職し、2021年にParlor IMOMに入社。
実はIMOMに入社前、未経験であることを理由に3社から不採用通知を受けていました。
そんな中IMOMの採用募集を見つけすぐに応募し、採用通知を見たときには嬉しくて嬉しくて、ここで一から頑張ろうと強く思いました。
【入社してからの日々】
IMOMは大手チェーンとは違い、全て「手作り」で仕込んでいます。
私が飲食経験がほとんどなかったために、野菜の切り方から始まり、コーヒーの淹れ方、ラテアートの描き方などかなり苦戦しました。
3年経ってもまだまだ、毎日が勉強です。
正直に言うと、「カフェ」というキラキラした響きからは想像できないほど大変なことはたくさんあります。
お客さんとして通っていた場所の裏側は、こんなにも誰かの努力と、情熱と、アイディアが沢山詰まった熱い場所だとは思いもしませんでした。
ですが大変さとやりがいはいつも隣り合わせにあり、IMOMは自分を成長させてくれる会社だと思います。
歯科助手しか経験してこなかった私が、メニュー開発、イベント企画、コーヒーセミナー、マネジメント、イベント出店など、3年前には想像もできなかった未来を生きていることにワクワクします。
コーヒー、ラテアート、製菓、経営。
飲食における各分野のプロフェッショナルが集まるこの会社では、困ったときに助けてくれる人が沢山いるので、安心して挑戦できると思います。
コーヒーが大好きだった母にParlorIMOMに来てもらい、私の淹れたコーヒーを飲んでもらうことが叶わなかったのはとても残念ですが、
IMOMに入社してからコーヒーを通じて、お客様やスタッフを始め人との繋がりがとても広がり、決して一人ではないんだなと実感する毎日です。
IMOMは挑戦する人を全力でサポートしてくれます。
Changing your atmosphere,という言葉の通り、気分を変えてくれるこの会社で一緒に働いてみませんか?