食品業界に特化した就活支援サービス「Tsunagaru就活」の運営や新卒紹介サービスなどを展開し、「個人と組織の可能性の最大化」をミッションに掲げる株式会社マキシマイズ。
今回は代表の三浦力さんにインタビュー。
オーストラリアでの原体験から起業に至るまでの経緯、組織崩壊の危機を乗り越えて築き上げた強固なカルチャー、そして今後の展望について詳しくお話を伺います。
三浦 力 / 代表取締役社長
1979年生まれ、千葉県出身。高校時代にオーストラリアへ留学し、現地の高校を卒業。南山大学を卒業後、2004年に株式会社ジェイ・ブロードへ入社。名古屋支社の立ち上げや事業責任者を歴任した後、2012年に株式会社マキシマイズを創業。
他者との比較から抜け出した原体験。「多角的な視点」と「当事者意識」の芽生え
ーー三浦さんの価値観のベースとなっている学生時代のエピソードについて教えてください。
日本の高校を中退して、オーストラリアの高校に編入した経験が、今の自分を作ってくれていますね。
実は日本の高校に通っていた頃、周りの友達と比較して燻っていたんです。スポーツも勉強もできて、人気者の親友たちと比較してしまい、「あいつらは凄いけれど、自分は何なんだろう」と、モヤモヤしていました。
小・中学時代から自分に自信があるタイプではなかったのですが、一方で「何者かになれるはずだ」という、根拠のない希望は持っていました。でも、高校生になっても何者かになっていない自分に気付いてしまって、とても焦っていましたね。
そんな2年生の時、三者面談で先生から「能力はあるはずなのに、全然本気にならない。もったいないぞ!」とハッパをかけられたんです。自分でも薄々感じていたことを、先生から言ってもらえて、「このままではいけない」と腹を括りました。
そこから色々模索した結果オーストラリアへ留学することを決断します。元々英語は話せなかったのですが、行ってみたら現地での生活が肌に合い、結果的には日本の高校を中退し、現地の高校を卒業するまで約3年間滞在しました。
ーーオーストラリアではどのような変化があったのですか?
他人との比較をやめ、「自分らしくいよう」と考えるようになりました。
オーストラリアの人たちは非常に前向きで、どんなことでも人生をポジティブに楽しみ、何事にも興味を持つ国民性があります。英語が話せない中で飛び込んだ私に対しても、フラットに接してくれて、一人の人間として面白がってくれました。
その文化の中で過ごすうちに、何か特別な能力がなくても「自分らしくていいんだ」と心から思えるようになりました。他人と比較することもなくなり、自己肯定感が向上したんです。
燻っていた自分でも変われた。その経験から「その人らしくいることが、その人の可能性を最大化させる」という、価値観が形成されました。
ーーその人らしさが、可能性の原点と気付かれたのですね。帰国後はどのように過ごされましたか?
オーストラリアの高校を卒業して、南山大学の総合政策学部に進学しました。
総合政策という多角的な視点で物事を学べる点や、新設学部・キャンパスの一期生という「自分たちでゼロから文化を創る」ことができる環境に惹かれたんです。
入学当初は「周りの日本人みたいに遊ばず勉強するぞ!」、と意気込んでいたのですが、結局自分も遊ぶ側になっていました(笑)。
その一環でサッカーサークルを仲間と立ち上げた経験が、まさに今の会社作りの原型になっています。
サークルには、本気でサッカーをやりたい人から、ただ楽しく体を動かしたい人、仲間とワイワイしたい人まで、さまざまな価値観を持つメンバーが集まります。
単に「試合に勝つこと」だけを目的にしてしまうと、活躍できる人が限られて、温度差が生まれてしまいます。私はその状況が好きではないですし、せっかく来てくれた人には「参加して良かった」と心から思ってほしい。
そのため、一人一人に合った役割と、活躍できる機会を用意して、全員が「このサークルを創っているんだ」と思えるような工夫をしていました。
試合に出れないメンバーにも光が当たる場面を作ったり、それぞれの強みをいかしてもらいました。また、お願いして終わりではなく、自分自身も役割を持ち、ワクワクと行動する姿を見せていましたね。0から作ったサークルでしたが、結果的に30人規模になりました。
ここで見つけた、「その人に合った役割と機会を設けて、自分も率先して背中を見せる」というワクワクの原理原則が、マキシマイズでの企画作りや組織作りに繋がっています。
「人こそが土台」。名古屋でのゼロイチ経験と、情熱に従った起業
ーー大学卒業後、1社目の企業に入社された経緯を教えてください。
就職活動では、「人の心を動かす仕事がしたい」という思いから広告業界を志望していました。サークルの活動で、0から作り出すこと、つまり企画が楽しかったので、広告の企画職が合っていそうだなと感じていました。
ただ業界を調べていく中で、販売戦略の一部を担う商品広告よりも、全ての企業活動の起点になる「人」へ関わる採用広告に惹かれたんです。
やっぱりオーストラリアや、サークルの経験から、人への想い入れが強くて。最終的に株式会社ジェイ・ブロードという、求人広告や、採用イベントを企画運営する企業に入社を決めました。
ーー入社後はどのような経験をされてきたのですか?
1年目から社長直下で企画や営業を経験させてもらい、2年目には名古屋支社の立ち上げメンバーに選んでもらいました。
上は1個上の先輩だけ。顧客ゼロ、大学のネットワークゼロ、さらには売るための商品すらないという状態から、名古屋という地域に合わせた商品や事業、そして組織を創り上げていきました。
最初に着手したのはイベント企画。そこで意識していたのは、全員が参加しやすい座組を作ることです。
「イベントがあるので、参加してください」という一方的な形ではなく、学生、企業、大学を巻き込み、「一緒に創り上げましょう」というスタンスで企画を進めていました。それぞれの視点を踏まえた座組をつくることで、全員が当事者として関わりやすく、三方にメリットがあるイベントにしていきました。
また、組織づくりの面では、支社独自のミッションを作ることで、メンバーが自分ゴトとして働ける環境を整えました。
自分で「なごやん」と名付けた社内報(支社報)を作って全国に配信していましたね(笑)。社内での浸透もそうですが、名古屋で頑張っているメンバーのことをみんなに知って欲しかったんです。
実はその時作った「個人と組織の可能性の最大化」というミッションが、現在のマキシマイズのミッションにもなっています。
こうした全員参加の取り組みの結果、0から始まった小さな支社が、名古屋の大手企業さんを巻き込みながら、一回のイベントで2,000人集客できるくらいの状態にはなっていました。
ーー0から立ち上げ、全員参加の座組を作ることで、成功されてきたのですね。そこから起業に至った背景を教えていただけますか。
前職で大きな転機となったのは、新体制に伴う経営方針の転換でした。
新体制のもとで、これまでの「新しいものを生み出す」方針から、「前年踏襲をベースにする」安定的な方針へと変化していったんです。新しいことへ挑戦し続けたい気持ちが強かった私は、その環境に留まることにモヤモヤを抱えていました。
そんな折に東日本大震災が起きたことがきっかけで、「人生何があるかわからない。後悔しないように自分のやりたいことをやろう」と思い、起業に踏み切りました。
ーー現在の事業が生まれたきっかけについても教えてください。
起業当初は、ビジネスモデルも全く決まっていない状態だったので、ひとまず前職の繋がりなどから複数の業務委託を受けていました。
その中の一つに、スーパーマーケット業界全体の採用支援をする案件がありました。
最初はスーパーだけを集めたイベントを考えたのですが、どうしても集客が難しい。そこで人気の高い食品メーカーや卸売も一緒に誘致して、食品業界の「サプライチェーン全体」を学生に見せるイベントを企画をしたんです。
これなら集客もできますし、学生も全体像を学習できて、より自分らしい仕事にも出会える。
これが大学から「学生の視野を広げる素晴らしい企画だ」と大きな反響を呼び、人気コンテンツになったんです。
最初から食品業界に特化しようと決めていたわけではありませんが、自分が情熱を注ぐことができ、かつ顧客からのニーズも最も高かったこの領域を、事業の柱にしようと決めました。これが現在の「Tsunagaru就活」です。
組織崩壊の危機から生まれた、「コンパス」の浸透
ーー創業から現在に至るまで順調に推移されている印象ですが、特に苦労された場面があれば教えてください。。
実は一度ほとんどのメンバーが離職してしまった経験があります……。
ミッションを掲げてはいたのですが、創業期はとにかく目の前の事業を軌道に乗せることに必死で、ミッションや大切にすることの浸透を完全に後回しにしていました。
その結果、メンバーとの間で価値観のズレが生じ、1人また1人と離職する事態が起きてしまいました。新卒から入ってくれたメンバーだったので、「一緒に最後まで走りきれなかった」という申し訳なさがありましたね……。
ミッションに共感して集まったはずなのに、日々の行動レベルで目線が合っていなかった。この教訓から、いくら良いミッションを掲げていても、言葉にして繰り返し伝え、行動やスタンス部分まで落とし込まなければ組織は脆くも崩れ去るのだと痛感しました。
そこで、私たちが大切にすべき理念や行動指針を明文化した「コンパス」を作成し、その浸透を経営の最重要課題と位置づけました。
ーー理念を浸透させるために、具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。
1つの取り組みとして、日々の称賛や感謝を伝え合う「Good & Prize」という仕組みを導入しています。
これは、日報やチャットツールを通じて、「〇〇さんのこの対応は、コンパスの『当事者意識』を体現していて素晴らしい」「お客様への寄り添いが『A仲間』を体現している」というように、コンパスの項目に紐付けて可視化して褒め合うものです。これ実は、ジェイ・ブロード名古屋支社時代にやっていた仕組みで、それを復活して導入しました。
ただコンパスを掲げるだけではなく、自分の言葉で理念を語り合う場を作ることで、「会社を創っている」という当事者意識を育む機会にしています。
専門性の掛け算で市場価値を高める「兼務の文化」
ーーマキシマイズの業務の特徴や、メンバーの働き方について教えてください。
私たちの仕事は、学生、企業、大学の三方を深く理解し、全員がWinになる本質的な支援を行うことです。それを実現するために、意図的に「他部署を兼務する」文化があります。
本質を捉えるためには、そのものだけではなく、「その周辺も見ること」が重要。オーストラリアの経験で視野が変わり、自分の本質が見えたことに似ています。
この仕事の本質を捉えるために、あえて別部署を経験してもらっています。自分のメインの業務の精度を高められますし、部署を越えてお互いの業務を知ることで、組織の分断がなくなり、全体でより良い企画作りができるようになります。
また、一つの領域だけでなく複数の専門性を掛け合わせることができるため、個人としてのキャリアの幅が広がり、結果的に高い市場価値にも繋がります。
私たちが最大化させる「個人の可能性」の中には、もちろんマキシマイズのメンバーも含まれていますので、個人のキャリアも含めた組織設計をしています。
ーー個人のキャリアを大事にされているのですね。具体的に、社内での評価はどのように行っていますか?
評価制度においては「コンパスを体現できているか」を非常に重視しています。
私たちは、新規顧客を次々と追い求めるのではなく、既存のお客様との長期的な関係を大切にしており、ありがたいことにリピート率も90%を超えています。継続してご発注いただけるのは、「マキシマイズらしく、とことん寄り添う姿勢に期待しているから」、と言っていただいています。
その「マキシマイズらしさ」は、「コンパスを体現できている」ことと同義。
コンパスに沿った振る舞いができる人は、結果的にお客様からも信頼され、事業としての成果を出すことができる仕組みになっています。
そのため評価制度では「コンパスをどれだけ体現しているか」を重要視して、見本となる人にリーダーの役割を担ってもらっています。結果的に、リーダーがコンパスに沿ったコミュニケーションをとってくれているので、自然と浸透されるような状況になっています。
120%の心地よい成長を共に。カルチャーフィットを最重視する採用
ーー今後の事業展開や、会社としての成長イメージについてお聞かせください。
私たちは、何が何でも急拡大を目指す、という道は選びません。それよりも、前年度比120%程度の「心地のよい成長速度」を維持していきたいと考えています。
「もっと良いものを作りたい」「顧客のためになりたい」と思っている現場のメンバーに、急成長のプレッシャーをかけすぎると、必ずハレーションが起きてしまいます。結果、顧客にも価値を返せず、売上は維持できなくなるでしょう。
そのため私たちは、むやみに顧客層を拡張して売り上げを伸ばすよりも、親和性の高いお客様に絞って、そのお客様の期待を超え続けることで売り上げを伸ばそうと考えています。
具体的には現在の食品ドメイン×人材領域はブラさずに、新卒採用だけではなく、中途採用や内定者・新入社員向けの研修領域など、私たちが提供できる専門性の幅をさらに広げていく方針です。
ーー最後に、どのような方に仲間になってほしいか、メッセージをお願いします。
採用において何よりも重視しているのは「カルチャーフィット」です。
他者をリスペクトし、感謝を伝え合う空気感を心地よいと感じつつ、その中でプロとして切磋琢磨していきたい方にぜひ来ていただきたいですね。
ちなみに当社の選考では面接を4〜5回実施し、なるべく多くの社員と会っていただきます。これは、コンパス的な振る舞いに違和感がないか、価値観が合うかをお互いにじっくりと確かめるためです。
マキシマイズは、自分の可能性を信じ、共に成長していく場所。スキルや優秀さよりも、一緒に組織を高め合える「良い人(A仲間)」と出会いたいと考えています。
もし少しでも共感することがありましたら、ぜひ一度お話ししましょう!