「今の会社で、自分は本当に成長できているんだろうか」
新卒で入ったコンサル会社を半年で辞めたとき、永田さんが抱えていたのはそんな焦りでした。
2020年12月、社員20名ほどだったFor A-careerに入社。最初の仕事は、営業経験ゼロからのテレアポでした。そこから物流・製造業界に特化した採用支援サービス「リクロジ」を自ら立ち上げ、2025年4月、入社5年目・27歳で、社内史上最年少の執行役員に就任。採用コンサル事業と人材紹介事業を管掌しています。
「3年で起業する」と言っていた永田さんは、なぜ今もこの会社で事業を創り続けているのか。これまでの歩みと、これからについて聞きました。
目次
- 新卒半年で退職。「戦闘力が上がっていない」という焦り
- 社員20名の会社を選んだ理由
- 「何ができる?」に答えられなかった。一番避けていたテレアポから
- 「新しい事業の柱は、自分が創ります」と言い続けた
- 業界すら決まっていない、ゼロからの立ち上げ
- チームを持って、初めてぶつかった壁
- 「この人は化ける」と感じるメンバーの共通点
- 「3年で起業する」はどうなったのか
- 次は、20代に役割を「奪って」ほしい
- 「今の環境でいいのか」と迷っているあなたへ
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新卒半年で退職。「戦闘力が上がっていない」という焦り
ー新卒ではコンサル会社に入社されたそうですね。
就職活動のときは「一生サラリーマンは考えられない。3年働いたら起業しよう」と思っていました。面接で「3年で辞めますけどいいですか?」と聞いていたくらいで、今思うと生意気でしたね。
当時は「営業=気合いと根性の仕事」だと思い込んでいて、なんとなく拒絶していました。営業以外で、若いうちから裁量を持って実力で上がれそうな仕事として、コンサル業界を選びました。
ーそれを半年で辞めた理由は?
一言でいうと、思い描いていた成長ができなかったからです。
入社してみると、想像していた仕事とはだいぶ違いました。「お客様のためになることをしろ」と言われても、当時の私にはそれが具体的に何を指すのか分からなかった。毎日遅くまで働いているのに、「自分の戦闘力は本当に上がっているのか」という不安がずっと消えませんでした。
同期より早く案件を任せてもらえたのは嬉しかったのですが、任された手前「できません」と言えず、スキルが追いつかないまま仕事を抱え込んでしまいました。周りの働き方のスピードにもついていけず、最後は体力的にも限界になって、辞めることを決めました。
お世話になった上司や先輩には、今でも申し訳なく思っています。ただ、「頑張っているのに成長している実感がない」状態が一番しんどいということは、このとき身をもって知りました。
社員20名の会社を選んだ理由
ーFor A-careerとはどう出会ったのですか?
退職後の3ヶ月ほどは、燃え尽きたように家から出られない日が続きました。それでも「ビッグになって帰ってくる」と言って地元を出てきた手前、帰るという選択肢はなく、転職活動を始めました。
コロナ禍の真っ只中で、しかも新卒半年で辞めている。正直かなり厳しい状況でした。そんなとき、Wantedlyで声をかけてくれたのが当時の人事部長です。
面接では「とにかく新規事業がやりたい」と熱弁しました。当時の社員は20名ほど。その狭いオフィスで「これからどんな会社にしていくんですか?」と代表に聞くと、「5年後、10年後には従業員は何百人、売上は何百億。若手がそれぞれ、自分のやりたい事業をやっているよ」と堂々と語ってくれました。本当にそうなったら、とんでもなく面白いことができる。そうワクワクしたのを、今でも覚えています。
実は別の会社からも内々定をもらっていました。安定を取るか、ワクワクを取るか。迷った末に、For A-careerを選びました。
「何ができる?」に答えられなかった。一番避けていたテレアポから
ー入社後は、すぐに活躍できたのでしょうか?
まったくです。入社してすぐ「何ができそう?」と聞かれて、何も答えられませんでした。配属されたのは社内でも新しいことに取り組んでいる部署だったので、「まずはインプットのために本を読もう」と言われ、日中はひたすら本を読んでいました。まだ何の価値も出せない自分がもどかしく、ベンチャーの厳しさと悔しさを痛感した時期です。
そんなときに声をかけてもらったのが、「一回、テレアポやってみる?」でした。
ー就活のときに一番避けていた「営業」ですね。
そうなんです。恥ずかしいし、つまらなそうだし、やりたくなかった。その先入観があるうちは、行動量もまったく増えませんでした。
でも、今の自分にできる仕事はこれしかない。だったら、まずやり切ろうと決めました。そこからは声のトーン、断られた後の切り返し、行動量と、変えられるものは全部変えました。
初日のアポは0件。それが最終的には、月に100件ほどアポを取れるようになりました。やりたくないことから逃げずに向き合ったこの経験が、私にとって最初の転機だったと思います。
「新しい事業の柱は、自分が創ります」と言い続けた
ーそこから、どうやって新規事業を任されるに至ったのでしょうか。
正直、社内で目立つ存在ではありませんでした。ただ「新規事業をやりたい」ということだけは、面接でも、入社後の面談でも、ずっと言い続けていました。
入社してすぐ、noteに自己紹介記事を書いて全社に送ったのですが、そこにも「新しい事業の柱は自分が創ります」と書きました。社内で「新規事業をやりたい人?」と聞かれる場面があれば、必ず手を挙げていました。
誰かに新規事業を任せようとなったとき、真っ先に自分の顔が浮かぶ状態をつくりたかったんです。そして入社から約2年後の2022年10月、25歳のときに、そのチャンスが巡ってきました。
業界すら決まっていない、ゼロからの立ち上げ
ー立ち上げはどのように進めたのですか?
本当にゼロからでした。営業リストも、営業資料もない。そもそもどの業界を狙うかすら決まっていませんでした。
ベンチャー、建設、飲食など、なんとなくの案はありました。周りの意見に合わせて進めようとしていたとき、代表に怒られたんです。「責任者は自分なんだから、人に合わせずに自分で決めなさい」と。
そこで初めて、本気で自分で探し始めました。軸にしたのは3つです。自分が本気で興味を持てること。社会に大きな課題があること。そして、古くから日本を支えてきた産業であること。厚労省や経産省のデータを読み込み、本を読み、市場性とニーズを調べて、物流業界に決めました。
ー最初の受注はどうでしたか?
代表に組んでもらったアポイントに訪問して、決まりました。ほっとはしたと思います。ただそれ以上に、「半年で基準を越えられなければ撤退」ということが常に頭にありました。1件取れて喜ぶより、どうやってその壁を突破するか。そればかり考えていました。
ー立ち上げ期で一番しんどかったことは?
実は、しんどいと感じたことはほとんどないんです。「やれる」という根拠のない自信と、自分で裁量を持ってすべてを決めて進められるワクワク感のほうが、ずっと大きかった。前職で「頑張っても成長している実感がない」ことに苦しんだ分、自分の意思決定がそのまま結果に返ってくる環境が楽しくて仕方なかったんだと思います。
2022年10月から2023年3月までの半年間のテストマーケティングで、売上は約3,000万円。1人あたり月4件の新規契約を獲得できる体制をつくり、2023年4月に正式に事業部になりました。
その後、お客様の声を聞く中で、荷主である製造業とのつながりにも面白さを感じ、事業部化後には製造業界の支援もスタートしています。
チームを持って、初めてぶつかった壁
ー事業部化してからは、チームを率いる立場になりました。
ここが一番苦戦しました。新規営業は自分も未経験でしたが、2ヶ月目くらいから売れるようになっていたので、「人に営業を教えるのも簡単だろう」と思っていたんです。実際、最初は内定者インターンのメンバーにも成果が出ていました。
ところがメンバーが10名ほどになると、全員を同じスピードで成長させる難しさ、自分の言葉を相手に届ける難しさに直面しました。事業部化してからの半年間は、本当にもがいていましたね。
ーマネジメントで大切にしていることは?
「成果を出していれば何をしてもいい」にはしないことです。
成果主義はもちろんあります。数字を出せば評価も給与も上がる。でも、どれだけ数字を出していても、案件の引き継ぎが雑だったり、周りの仕事の邪魔をしたりするなら、そこははっきり伝えます。自分の成果にはこだわる。困っているメンバーがいたら助ける。チームとして勝つ。そこは妥協しないようにしています。
「この人は化ける」と感じるメンバーの共通点
ー大きく成長するメンバーには、どんな共通点がありますか?
YESマンではないことです。「こうやったほうがいいじゃん」と伝えたときに、「なんでですか?こっちのほうが良くないですか?」と返してくる。しかも口だけでなく、実際に行動できる。そういう人は化けます。
もちろん最初は、言われたことを素直にやる人のほうが伸びます。でも、言われたことだけをやり続けていても、驚くような成果にはつながらない。ある程度できるようになったら、自分で考えて、自分の意志で動けるか。そこが大きな分かれ目だと思います。
ー実際に「化けた」メンバーはいますか?
立ち上げ期から内定者インターンとして参加してくれた2人がまさにそうです。1人は口数が少なく、当時は特にやりたいこともなかったメンバー。もう1人は、テレアポがまったくできなかったけれど、やる気だけは誰よりもあったメンバーでした。
2人とも、最初は言われたことを素直に、徹底的にやり切るタイプでした。ただ、こちらから聞けば、ちゃんと自分の意見を返してくれた。それがいつからか、聞かなくても意見や提案を持ってきて、自分たちでどんどん動いてくれるようになりました。
そして今では、私の右腕・左腕として部門を統括し、現場を引っ張っています。当時からは想像できないほど頼もしくなって、メンバーからも頼られている。それでも、まだまだ伸びると思っています。
「3年で起業する」はどうなったのか
ー就活のときは「3年で起業する」と言っていました。今はどう考えていますか?
今は考えていません。そもそも起業したかった理由は、「スケールの大きいことをやりたい」でした。
リクロジは今、導入社数約2,000社、アルバイトを含めて約120名の組織になりました。自分で裁量を持って事業を動かし、お客様もメンバーも売上も増えていく。代表と近い距離で仕事をする機会も増えました。
その中で、ゼロから1人で起業するより、この会社を伸ばすほうがずっと大きなことができると考えるようになりました。人生の最後に振り返ったとき、到達できる地点が高いのはこっちだ、と。
次は、20代に役割を「奪って」ほしい
ーこれから、どんな組織をつくっていきたいですか?
物流業界では、2030年に向けてドライバー不足がさらに深刻になると言われています。今のリクロジのシェアでは、業界に与えられる影響はまだ限られている。導入企業を増やすことはもちろん、未経験者を業界に呼び込む人材紹介など、採用以外の切り口からも業界を良くしていきたいと思っています。
そのために必要なのが、事業や拠点を任せられる人です。既存事業の拠点長、新規事業の立ち上げ責任者。こうしたポジションを、これからどんどんつくっていきます。
私がずっと事業を動かし続けるのではなく、結果を出してさらに上を目指す20代に、どんどん役割を奪っていってほしい。そこで育った人がまた次の人を育て、新しい事業や拠点を創っていく。そんな循環をつくりたいですね。
「今の環境でいいのか」と迷っているあなたへ
ー最後に、今の環境に迷っている20代へメッセージをお願いします。
「なんとなく不安」「今の環境でいいのだろうか」と悩むときは、たいてい成長できていないときだと思います。前職の私がまさにそうでした。
振り返ってみると、成長を実感しながら走っていた時期はあまりありません。ひたすら走り続けて、ふと気づくと見える景色が変わっていたり、周りの反応が変わっていたりする。「成長したのかも」と気づくのは、いつも後からでした。日中は悩む暇も、成長を実感する暇もないほど夢中になれる。そんな環境や仲間、カルチャーがあることが、何より大事だと感じています。
だから、悩んで立ち止まっていると感じたら、何でもいいので、まず動いてみてほしいです。
あとがき
永田さんの話の中で印象に残ったのは、最初から「できる人」ではなかったことです。一番避けていたテレアポから逃げず、「新規事業をやりたい」と言い続け、任されたら業界選びから自分で決める。その積み重ねの先に、今があります。
そして今、永田さんは自分が創った事業を、次の世代に任せようとしています。挑戦する人が増えるほど、また新しい挑戦が生まれる。For A-careerは、そんな循環をつくろうとしている会社です。
「今の環境でいいのかな」と少しでも感じている方は、まずは気軽にお話ししませんか? 仕事の内容はもちろん、「20代でどんな経験ができる?」「実際どんな人が働いてる?」といった質問も大歓迎です。
タイミングが合えば、永田さんとお話しいただける機会もあります。
リクロジ立ち上げに参加した新卒メンバーの記事もぜひご覧ください。