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「自分の役割はチームの色を作ること」Konel名物プロデューサーがクリエイティブにもたらす力とは?

Konelきってのムードメーカーで、彼がいるところはいつも楽しい空気になる−そんな名物プロデューサーの“元ちゃん”こと澤邊元太。スポーツ万能でよく遊びよく働くパワフルさとともに、チームのための繊細な気遣いも欠かさない、人情味あふれるこの男。破天荒な学生時代の話からちょっとマジメなプロデューサー論まで、いろいろ聞きました。

体力とアイディアがあり余っていた学生時代

―元ちゃんって、札幌出身で帰省のたびに美味しいお土産買ってきてくれるけど、実は生まれはサンフランシスコなんだよね?

そうなんです。カッコいいでしょ(笑)?両親がサンフランシスコに滞在している時に生まれたのでアメリカ国籍で、“Clark”というミドルネームもあります。1歳半で日本へ渡り札幌で数年過ごしたあと、静岡の焼津に小学校5年までいました。その頃からとにかく体を動かすのが好きで、学校に一番乗りしてグラウンドを何周も走って、放課後もスポーツ三昧の日々でしたね。陸上800m、サッカー、野球、ソフトボールと何でもやって、それでも体力が余るから夜になると足が“うにうに”してきて、夜ごはんの後にまた走るっていう・・・。

―すごいね(笑)。バスケやってたイメージが強かったけど、スポーツ全般好きなんだ。

バスケは小6で札幌戻った時にハマって、そこから高校までずっと続けてました。地元チームとクラブチームを掛け持ちして土日と夜も全部バスケという時期もあって。凝り出したらとにかくどこまでも突き進んじゃうんですよね。

―そこからどうしてクリエイティブの世界へ?

体育の先生になりたいと思ってた時期もあったんですが、テレビCMもすごく好きだったんですよ。普通はドラマとか録画するとCMの部分は早送りすると思うんですけど、僕は飛ばさないで全部じっくり見る派。だって面白いから。本来ノイズになり得るCMも、良いクリエイティブに乗ると伝え手も受け手も皆が幸せになる“作品”に変わることが面白いなぁと思って。僕もそんな作品を作ってみたいと思ったのがクリエイティブやデザインの方面に進路を考えるきっかけだったと思います。

それで東北芸術工科大学(山形)に入り、デザイン工学部に新設された企画構想学科の一期生として入学しました。今思うと一期生だったのがすごくラッキーでしたね。文字通り“企画の構想”をひたすらやる学科なんですが、前例がないからもう何でもアリな感じで、本当にいろんなことをやらせてもらいました。

―たとえばどんなことを?

地方活性関連に詳しいマーケティングの先生と仲が良かったので、地方のイベントを企画して顔はめパネル作ったり、特産品の活用アイディアをプレゼンしに行ったり、デザイナー志望の友人と組んでロゴを作ったりとか、実践的なことをたくさんやりました。授業は広告関係のテーマのものが特に好きで、カンヌの受賞作品の分析や、ADKの元局長の先生が教えてくれるコピーの授業なんかも面白かったですね。

そうそう、著名なクリエイターの先生もたくさん出入りしていて、放送作家の小山薫堂さんが学科長だったんですが、小山先生が大学に来るたびに研究室に行っては遊んでもらってました。番組の話なんて一切せずに(笑)、雑談したりみんなで温泉行ったり。すごく刺激的で楽しい学生時代だったので、こんな面白い人たちがいる業界で広告を作りたいという思いは強くなっていきました。

―実際の現場に近いことをやってたんだね。特に力を入れていた分野や研究はあった?

卒業制作で「乳首相撲を地方のエンタメとして昇華させる」という研究を1年かけてやりました。めちゃくちゃ真剣に。

―・・・。

いやこれ本当に真面目な話なんですけど(笑)、僕、日本のスポーツやエンタメのあり方にずっと疑問を持っていて。外国ではプロスポーツやショービズってすごくお金の動く華やかな世界だけど、日本で成功している事例はすごく少ないじゃないですか。一度山形で社会人チームVS高校生チームのスポーツマッチイベントを提案したことがあって、イベントとして成立するようマネタイズを考えた内容にしたら「スポーツにお金を絡めるのはダメだ。日本にそんな土壌はない。」とハッキリ言われたことがあって。
でもやっぱりそれじゃその分野は発展しないし、ムーブメントやビジネスシーズにもならないと思うんです。だから僕は誰もちゃんとした輪郭を与えてこなかった「乳首相撲」を、エンタメ兼スポーツとしてマネタイズできる形で地域おこしに活用できるかどうか実験したわけです。

乳首相撲についてアツく語る澤邊

―なるほど。それは今の元ちゃんのスタンスに繋がってる気もするね。きちんとクリエイティブに値段をつけるとか、ビジネスとして持続させるためにどういう種まきをするかとか、すごく考えているイメージがある。

そうなんですよ。クリエイティブ業界でありがちな“やる気の搾取”ってすごく気持ち悪いと思っていて。皆が前向きに良いものを作るためには、ちゃんとお金を得てやるということは今もすごく意識しています。でもなんせその時のテーマは「乳首相撲」だったから、周囲の理解はなかなか得られず・・・。先生たちの卒論レビューが計4回あったんですが、「そんな企画やって欲しくない」「そもそも出来っこない」などの声を受け、反対され続けていました。でも僕はやめなかった。最終的には「ニップルファイト山形」というイベントを開催して1社1万円の協賛金も集めて、グッズも作りました。結果60人くらい集まって、イベントとしてなかなかの成功を収めましたね。それまで批判的だった周りの人たちも「本当に出来ちゃったんだ!」と驚いて褒めてくれました(笑)。

イベントは地元紙にも取り上げられた

ニップルファイトのイベント動画

“飛び道具”を経て、チームで作る醍醐味に開眼

―それで社会人になってからはクリエイティブ業界へ?

はい。でも乳首相撲に夢中になりすぎて就活に出遅れて・・・。地元の札幌で就職したいという思いもあったので、札幌の会社に向けて自分を売り込もうと、乳首相撲のDVDを慌てて送りまくりました。そうしたら不快だったのかことごとく送り返されてくる(笑)。でも一社だけ送り返されてこなかったデザイン会社(株式会社ズック)があって。そこの社長の亀山さんが面白がってくれて、最後の最後に拾ってもらいました。デザイナーばかりの会社でしたが「お前はブレストの飛び道具になるから」と、亀山さんは北海道中の代理店のクリエイティブディレクターとの打ち合わせに連れていってくれました。ありがたかったですね。ブレストに行くとサンドバック状態で打ちのめされたりするけど、やっぱり期待に応えたいから必死に準備して臨みました。それで結果的に褒められたりしたらもう涙出て・・・。

―元ちゃんのアイディアを量産する力は、この頃に鍛えられたんだね。

そうかもしれないですね。その後は朝日広告社に移って新聞広告をやっていたんですが、それだけだと飽き足らず、簡単に達成できるノルマを断って、新しいビジネスを作ることに拘って活動してました。YDN(ネット広告)を独学で学んで営業したり、台湾から送客する仕組みを現地の旅行代理店と作ったり、いろんなことを試しましたね。その後はもっとクリエイティブを極めたいと思って上京し、UltraSuperNew(以下USN)に移りました。

―USNは突き抜けたクリエイションのイメージがあるし、合いそうな感じがする。ここで学んだのはどんなこと?

“チームで作ることの大切さ”です。USNには外資系の代理店出身者や海外から来てるメンバーが多く刺激的な職場だったんですが、その中で自分流にやってきたプロジェクトの進め方で仕事したら、すごいダメ出しを食らったことがありました。でも確かにそれまではプロジェクトを回した気になっていただけで、相手のことやチーム全体のことが見られていなかった。そこに気づけたのは大きかったですね。以降はとにかくお客さんを含めたチームの“皆が幸せになれる落とし所”を常に探しながら仕事するようになりました。

チームの色を濃くする、人と向き合うプロデューサーであれ

―Konelに入ることになった経緯は?

USNを辞めてしばらくした頃、代表の出村さんが登壇したトークイベントの記事をたまたま読んで、なんだか面白そうな会社だなと思って気軽な気持ちでメールしたんです。その流れで会うことになり、話を聞くほど興味をひかれてそのまま入社しました。

Konelって、入る前から何でもやってる会社だなと思ってたけど、よく考えると“何でもやれる”ってすごいことなんですよ。一般的なクリエイティブ会社は「何でも相談を受けていいけど、何でも受けちゃダメだからね。」っていう暗黙の受託領域があるのが普通。でもKonelの場合、面白そうだったら本当に何でもやって良いし、何を売っても良い。それは僕みたいなやりたいことがスパークしてしまうタイプにはすごく魅力的なことで、入って良かったなぁと思うポイントですね。

―今はデザイナーたちとチームを組んで動いているけど、ずばりプロデューサーの醍醐味って何ですか?今回Konelではプロジェクトマネジメント(PM)担当のメンバーを求めているので、特にPM的な視点での考えを聞かせてください。

全てのステークホルダーと関わって、“人”として深く向き合っていけることですかね。その中で相手の人間性が垣間見えたり、一生懸命考えて作って「これだ!」とクライアントやクリエイターが目を輝かせる瞬間に立ち会えたりすると、本当に嬉しいです。

PMって仕事内容的には予算・スケジュールの管理をしながらプロジェクトが円滑に回るように社内外のあらゆる調整をすることだと思いますが、その先に「このプロジェクトをやって良かった」と思える空気作りをすることがすごく大事だと思っていて。収支的には“成功”でも、チームメンバーの思いがいまいち乗っていない、“人”が見えないプロジェクトって寂しいじゃないですか。

澤邊が印象深いという、Konelで手がけた株式会社ネクイノのコーポレートムービー。多くの相手と日々調整を重ね、チームが一つに

―そういう考えを持っているからか、気づくとクライアントとすごく仲良くなっててビックリする。

今すごく力を入れているプロジェクトがあって、力を入れすぎてだんだんクライアントの視点がこちら側に乗り移ってきている感じがあります。「あの人ならこう考えるだろうな。だったら次はどんな手で出ようか?」っていつも考えてる。交流も深くなっていって、公私問わずいろいろな話をしますし、先方の社長がダンベルと電子レンジを譲るからとわざわざ自宅まで車で届けて下さったことも(笑)。まさに人として関わっている実感があって嬉しいです。

撮影現場にて

―Konelでのプロデューサー職をエンジョイしていて何より。新しい仲間としてどんな人に来てほしい?

“気が利く人”に来てほしいです。言葉にするとシンプルだけど、気が利く人って相手の気分を良くさせたい、相手のために役立ちたいというホスピタリティを持っている人だから、チーム作りや人の心の通ったプロジェクト作りには欠かせない存在だと思うんですよ。その意味では、お土産を買うのが楽しい人とか、人の誕生日の準備をするのが楽しい人も適任ですね。
チームの中ではプロデューサーの色は薄いほど良くて、逆にチームとしての色が濃くなるような流れを作るのが大事。チームのメンバーがどんな人なのかを見極め、皆が活きることに喜びを感じる人、きっとKonelのプロデューサーに向いてると思います。

―最後に、これからチャレンジしたいことを教えてください。

地元札幌との仕事を作りたいです。はちゃめちゃな時期もあったけど、「東京でこんなに成長したぜ!」って亀山さんやお世話になった人たちに見せたいですね。一方で、もともと案件の多い東京とは違い地方だとより実力が試される部分もあるので、そういう意味でも挑戦してみたい。
あとは、チームの期待に応え続けたいです。いつでも「この人がいると楽しいから組みたい」って求められている人でありたい。プロデューサーはね、やっぱり盛り上げてなんぼですから。

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聞き手:丑田美奈子 / 撮影:Adit

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