入社してから最も苦しかったとき
1つを選ぶとすると、1つは、
2017年の9月から10月の時です。
2017年は、新卒採用を60名と
「まぁ、まずまず」くらいの
成果ではあったのではないかと思っていましたが、
大きな問題が起こりました。
2017年新卒の大きな特徴といえば、
「新卒海外研修制度」の大きな転換点でした。
2016年新卒からはじまった
「新卒海外研修制度」は、16年は2名だったのが、
2017年新卒は、なんと、12名と、
一気に、前年より10名も多い新卒の人が、
入社と同時に、世界各地に飛び立ちました。
それは、一見、華やかなことでしたが、
新卒12名をいきなり、受け入れるというのは、
海外の拠点も、慣れておらず、いろんな拠点で
ひずみがありました。
「なんで、こんなポンコツの新卒を送りこんできたんだ?!」
と言わんばかりの声、あるいは実際にそういっている声を聞かない日はないくらいに、いろんなところから聞こえてきました。
仕事がうまくこなせないというのは、現場と仕事をできないと思われている新卒の関係というのは、人間関係もあまり良好なものではなかったようです。
「新卒から海外で働くというのはやはり大変なことなのか?」
「私がこの制度を推進して、新卒の人に海外で働ける夢を見させたからこんなことが起きたのか?」
「新卒海外研修なんて、なければ、こんなこと起きなかったんじゃあないのか?」
など、様々なことを思い、悲観的になることもありました。
でも、会社の方針のものを、
感情に流されて
後ろ向きになってはいけないし、
「新卒から海外で働く」という
強みが悪いわけではなくて、
ただ、うまくいかなかった部分があるだけなので、
それをなおしていこうと思いました。
悲鳴は、続きました。
悲鳴は、海外だけではありませんでした。
国内で働く新卒の配属した現場で悲鳴があがっていました。
非常に、つらい日々でした。
・自分が採用に関わった新卒、いわば「わが子」のような人が、評価されないつらさ
・その新卒が評価されずに、悩んでしまうもどかしさ
・その状況をなんともできていない自分自身
忘れない出来事
そして、その時の研修旅行(今は、イノベーション・キャンプ、と言っていますが)の発表も、新卒の定着に関する発表も多かったように感じます。
その発表の中で、忘れられないセリフがあります。
伝えたいことではなくて、あくまで、
文脈の中のひとつの言葉でしかないのですが、
「どうして、新卒がやめてしまうのでしょうか?」
という問いかけに対して、
「小山さんのせいだから?」というセリフがありました。
「いいや、そう(小山さんのせい)ではなくて、仕組みとして考えよう」
というストーリーの一部ではありましたが、
十分に心を突き刺して、
出血するくらいの深い傷は負いました(笑)。
結果、この年、新卒の早期退職者が多くでてしまった
というのに関して、
その責任は感じていたところでの発表だったのが、
深く突き刺さったわけです。
研修旅行の1日目が終わって、
旅館の布団で、目をとじて、
自分の何が悪いのかを考えてました。
朝の4時まで考えて、次の日の1日目の発表のグループ(しかも、グループ・リーダー)でしたが、寝坊したのを覚えています・・・・
何が悪いのかを考えていたこと
朝4時まで、「小山のせいで、新卒が早期に辞める」
ことについて考えました。
・私がもっと楽しそうな人なら良かったかな
・私がもっと笑顔だったらよかったのになぁ
・私の朝の研修のフィードバックが冷たいのかなぁ
・私がもっと魅力的であればよかったのかなぁ
自分の悪いことを際限なく、
ブレストする時間がはじまりました。
自己肯定感が枯渇して、
自分の悪いところについて向き合う「嫌」な気持ちから
もはや、自分という人間の価値を奪い去るくらいに、
感情が「無」になるまで、
なぜ、自分がダメなのかを、
考えていました。
2014年の7月から採用をはじめて、
「自分なりに」考えて、企画して、
「良かれ」と思ってやってきたすべてのことを
否定する勢いで、
なぜ、自分がダメなのかについての
ブレストを続けたところで、
「はっ」と気づきました。
「本当に、原因が、僕であり、もっと適任者がいるのであれば、人事異動をすればいい話。その人がいれば、その人に席をゆずるべき。
でも、そうでないなら、解決可能な問題にフォーカスをして、実行していく。任されている限りは問題を解決することに責任をもつことではないか」、と
思って、あしたも頑張ろうと思って、寝ました。
結果をださなければ、誰も守れない
結果をださなけれれば、誰も守れないし、
誰からも守られない。
実は、2017年新卒から、メンター制度を本格的に開始しました。
お花見会や、ボウリング大会を実施しました。
わりと、画期的な取り組みでしたが、結果をだせなかったので、「何かをやったとは言えない」わけですね。
メンター制度は、「失敗」だと思われても仕方ないわけです。
時間を割いてくれたメンターの方にも、申し訳ない気持ちですが、結果をださなければ、守れないんですね。
結果をださなければ、何もやってないのと同じとみられるのは仕方のないことです。
結果をださなけれれば、誰も守れないし、
誰からも守られない。
これは、組織において、仕方のないことです。
圧倒的な結果
入社すると、海外だったり、それぞれの現場にいってしまうわけです。
そうすると、なんだかんだできることが限られるわけです。
そこで考えました。
内定者のときに、圧倒的な、成果をだして、
自信をつけさせよう。
成功体験を積んでもらおう。
自信というのは、折れたりしますが、
一度達成できたことは、取り出して、
自信を再現できると思って、
日商簿記2級取得の直前対策講座を
2018卒向けに開始しました。
2018年、新卒海外研修生10人のうち
8名が合格など、
例年になく、驚くほどの結果をだしました。
世の中の合格率に対して、
内定者の合格率は、2倍の高さだったと記憶してます。
そして、こう言われるようになりました。
「予備校より高い合格率」
嬉しくて・・・・
次々に合格の報告を聞いたとき、
非常に嬉しい思いでした。
前述の自分が採用に関わった人たちが、
「評価されないつらさ」
を味わっていただけに、
内定者が、「頑張ったことが報われる」
嬉しいなぁーと思って、
大きな声で言えませんが、
スキップして帰ったのを覚えています。
人事の仕事というのは、
社員が活躍する舞台づくりの仕事で、
社員という役者が観客に喜んでもらえるのが
人事という仕事の楽しさであり、やりがいなのだと実感しました。
結果をだすことで・・・
結果をだすと、いいことが増えていきました。
講座を通じて、
内定者の人たちが
先輩を好きになった。
仲間を好きになった。
夢中になれた。
この時、
ある内定者の男性が言いました。
「少し大袈裟だが、人生が好転してきているように感じている。
この変化をぜひ後輩にも経験してほしい。そして自分がその変化を与える人になりたいと思えた」
誰かのせいにしても、何も問題は変えられない。
大切なものを想う気持ちをもち、
良くするための行動をして、
結果をだして、
チームをつくっていくことで、
良い方向に変わっていくことを、
カルチャーと呼ぶのではないかと思います。
なぜ、自己肯定感が枯渇して頑張れたのか?
最後に、ただ、ひとつ言えるのは、
「この会社が好きだということ」
「この会社に入る人が好きだということ」
ただ、それだけな気がします。
その好きな2つのものにただ、ちゃんと役に立ちたいと思った、
それだけです。
うまくいかないのは、私のせいだと思いましたが、
うまくいっているのは、社員や内定者のおかげだと思います。
この記事を書いて、想うことは、
自分が、すごいということではなく、
苦しかった自分を支えてくれた周囲に
この会社に出会った人たちへの
感謝の気持ちが浮かんでくるばかりです。
自分という人間は、
自分を傷つけるのに、
加減をしりません。
もっとも自分を苦しめるのは
自分だということです。
でも、自分を幸せにしてやれるのもまた
自分なのではないでしょうか。
小山郷