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ものづくりだけの会社ではないからこそ、もっと大きくなれる。プラットフォーマーになる可能性を秘めたWHILLで働くということ。

2020年8月25日放映 テレビ東京「ガイアの夜明け」で放映された、WHILL株式会社による、羽田空港での自動運転パーソナルモビリティの世界初の実用化。
コロナ禍の中、前倒しでの開発、実験や、在宅勤務などのハードルにも負けず、期限内の導入を実現させたWHILLの一人ひとりには、「サービスを世の中に出す」ことへの、執念とも言うべき強い思いがありました。それぞれのストーリーをお届けします。

堀 和紀  Kazunori Hori

東京工業大学大学院 総合理工学研究科 知能システム科学専攻 修了。機械学習と制御工学を学ぶ。2015年から2017年までWHILLでソフトウェア開発のインターンをし、2017年新卒でソニーに入社。2018年からWHILLに入社し、自動運転技術の自己位置推定、経路計画などを中心に担当。

「本気じゃなかったらやめたほうがいいよ」杉江の言葉

―WHILLに入るまでを教えて下さい。

幼少期に、「獣皮様母斑(じゅうひようぼはん)」という、生まれつきの皮膚の病気で、何度か入院していました。今は完治しているのですが、その当時にはあまり治療法もなかったところ、新聞にも取り上げられるほどの最新技術で治療してもらうことができました。お医者さんにはとても感謝していて、将来は医療や福祉に貢献できる仕事をしたいと小さい頃から思っていました。

入院していた幼少期

医者を目指して勉強していたのですが、血がどうしても苦手で医者になることを断念し、 数学と物理が好きだったので、リハビリなどで使える器具をつくろうと、エンジニアを目指そうと思いました。母親が介護に関わる仕事をしていて、福祉業界では、患者さんのための新しい技術があまり使われていないことを知ったのも、エンジニアに興味をもった理由の一つです。

学生時代は、機械学習やインターネットを研究の中心にしつつ、当時注目されていたソフトウェア系のベンチャー企業でいくつかインターンを経験していました。

そんな中、ちょっと心に引っかかっていたベンチャー企業がありました。IVSという、ベンチャー企業が集まるイベントのボランティアをしたことがあったのですが、そこで知り合った起業家たちに今まで作ったものを見せながら、「こういうものを作れるのでインターンさせてください!」というと、皆さん「とりあえずおいでよ!」と、受け入れてくれました。でも、そのときに一人だけ、「本気じゃないならやめたほうがいいよ」と言った人がいました。WHILLの杉江さんです。中途半端だと難しい会社だから、本気だったらきてね、と。学生に対してもマジなんだな、この人、と思い、そこまでの覚悟はまだなかったので、しばらくはそれきりでした。

当時、杉江に送ったメッセージ

2015年の8月に改めて杉江さんをテレビで見る機会がありました。それを見て、ハードウェアで日本からまだ頑張ろうとしている人がいるんだ! と改めて衝撃を受けました。そして、やはりWHILLのような、見た瞬間にすごいと思えるようなハードウェアをいつか自分の手で作りたい。そのために自分が今まで勉強してきたインターネットの知識が生きるのではないか、という想いに駆られました。それまでは、制御系や人工知能の知識を生かして、複数のソフトウェア企業で楽しくインターンをしていたのですが、それらを全部やめて、杉江さんに長いメールを書き、WHILLにインターンとして参加することになりました。

大学の研究は夜中にプログラムを書いて、検証を回しつつ日中はWHILLに来る、そんな感じでした。そのときに一緒に働いていたのが、CTOの福岡さんと、今の上司になる白井さんでした。最初にインターンとして取り組んだのが、自己位置推定をどのようにしたらいいのか、という課題。白井さんといっしょにやっていたのですが、全然うまくいかなくて、悔しくていつか絶対やってやるぞと思いました。

その時にできなかった自己位置推定は、今、羽田で実用化されたWHILL自動運転システムに生かされています。

多くの人の生活をちょっとだけ良くするよりも、一人の人の生活を大きく変えたい

ーそこから新卒ではソニーに入社されました。

ソニーでは、次世代商品開発の部門に所属していました。10年後に世の中でこういうものが使われているだろうと想定して、製品のプロトタイピングを行い、お客さんからフィードバックを得る部署です。将来のメガトレンドを予測しながら、世界に視点をおいたプロダクトづくりを学べて、自分の視野を大きく広げることができました。

それでも、最終的にWHILLで働くことを決めたのはいくつかの理由からでした。

まず、車椅子のようなネガティブなイメージがあるものを、デザインと技術でかっこよくポジティブなイメージに変えようとしている。それだけでなく、自動運転のような、もっと先のアプリケーションまで考えて世界を変えようとしている姿勢に共感したことです。

代表の杉江さんがいうように、最初は福祉用具だったメガネがダテメガネのようなファッションアイテムになり、スマートグラスのように本来の機能を超えていくようなイメージの変化にしたいと思いました。

また、新しいものを作って友人や家族など、沢山の人に使ってもらいたいと思っていた自分にとって、一部の人だけのプロダクトではなく、「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というWHILLのミッションにも共感しました。

また、自分の好みとして、多くの人の生活をちょっとだけ良くするよりも、一人の人の生活を大きく変えられるものを作りたかったのです。僕たちが普段使うさまざまなプロダクトやサービスは、生活をちょっと便利に変えてくれますよね。それはそれでとても良いことなのですが、例えば自分のおばあちゃんが自由に外に出られるとか、ユーザーさんの生活が大きく前向きに変わるとか、そういった大きな変化を実感したかったのです。

羽田空港で実際の使い勝手についてフィードバックを受ける

それから、最後は一緒に働く人ですね。皆さん仕事ができるのはもちろん、各々熱い思いを持った人ばかりで、この人たちと働きたいと思いました。

「サービスを世の中に絶対出す」という強い思いを持った集団。 WHILLで出せなかったら、絶対出ない

―コロナ禍の中、本来のスケジュールを前倒しで、実用化となりました。

とにかく大変でした。何をやったかは番組の中でも紹介していただきましたが、最低限の人数しか空港には行けないので、人が少ない夜中に走行試験をして、自宅から遠隔で各メンバーが参加したり、できるだけ人との接触を避けながら出社して、誰もいない実験場で延々と機体を走らせたりしていました。

でも、「WHILLだったらサービスが世の中に出せる」というのが自分の強烈なモチベーションでした。自分の100%をコミットしても、世の中に製品が出せないというのは、残念だけどよくある話だと思うんです。でも、WHILLでは、サービスを世の中に出そうと全員が強く思っていて、特に福岡さん(CTO)や白井さんなど、経営陣のそういう思いが、一番強いんです。

自分もサービスを出したいと強く思っているけど、自分よりもっと強く思っている人がたくさんいる。そういう環境だと、サービスは絶対に世の中に出るんです。そこに自分が100%コミットしたら、他のエンジニアがどんどんアドオンでコミットしていって、最終的には120%のものになる。自分一人では無理なことが達成できます。この人達で出ないなら、サービスは絶対に世の中に出ないだろうと思います。

―ガイアの夜明けでは中心人物だった白井さんのマネジメントは、チームメンバーから見て、どう映っていますか?

最高ですね。いい意味で、僕たちを信じてくれています。

自分でものを作るのって、ある意味楽だと思うんです。自分で好きなようにできるし、工数も見積もれるし。でも白井さんは、「これ、作れる? できますか?」と聞いて仕事をふってくれる。それって、とても不安なことで、頼んだ相手が期限までにやらない可能性もあるし、100%課題がクリアできない可能性もある。任せることは、自分でやるよりずっと怖いと思うんです。