こんにちは。 ウォンテッドリーの推薦チームで機械学習エンジニアをしている右手です。
2026 年 9 月 28 日から 10 月 2 日まで、アメリカのミネアポリスで推薦システムの国際会議 ACM RecSys 2026 が開かれ、私は併設ワークショップの RecSys in HR で口頭発表しました。全日程に参加したので、発表した論文の紹介だけでなく、今回の RecSys で印象に残った講演や論文なども紹介します。
目次
RecSys 2026 の概要
RecSys は推薦システムを専門に扱う国際会議で、今年が第 20 回です。 会場はミネアポリス中心部の Marriott City Center でした。 本会議は 9 月 29 日から 10 月 1 日までで、その前後の日にワークショップとチュートリアルが開かれました (プログラム)。
ミネアポリスの街
ミネアポリスは小麦の製粉業が栄えた街で、当時の製粉会社の流れをくむ General Mills は今も近郊に本社を置いています。 Post-it などでおなじみの 3M※ や Target もミネソタ州に本社を置く会社です。 今回の RecSys 2026 では、その Target がプラチナスポンサーを務めていました。
また、街の中心部では、skyway と呼ばれる屋根付きの通路が建物どうしをつないでいます。 skyway を使えば外を歩かずに移動できるので、ミネソタの寒い冬を乗り越える工夫だと感じました。
※ 社名が Minnesota Mining and Manufacturing の略だということを今回初めて知りました。
発表した論文
RecSys in HR '26 で次の論文を口頭発表しました。
- タイトル: Not All Matches Are Equally Valuable: An Online Experiment of Retention-Focused Recommendation in a Job-Matching Platform
- 著者: 右手達也 (ウォンテッドリー)、市村千晃 (ウォンテッドリー)、齋藤優太 (半熟仮想株式会社)
今回の発表は、半熟仮想株式会社との共同研究を論文にまとめたものです。
この研究では、Wantedly における企業と候補者のマッチングを対象としています。企業が推薦された候補者にスカウトを送り、候補者がそれに応じた場合に、マッチが成立したとみなします。ただし、マッチの総数が増えても、それがそのままサービスの成長につながるとは限りません。同じ 1 件のマッチでも、すでに多くの相手とつながっているユーザーのマッチと、まだ 1 件のマッチも得られていないユーザーのマッチでは、その意味は大きく変わります。 実際に当社サービスのデータを分析したところ、直近のマッチが極端に少ないユーザーほど、サービスの利用をやめている割合が高くなっていました。 ところが従来の推薦は、マッチしやすいと予測される順に候補者一覧を並べるため、すでに一定のマッチを得ているユーザーに機会が集まりやすくなります。
そこで本研究では、十分なマッチを得られていないユーザーの利用継続に着目し、推薦の改善に取り組みました。 その上で提案したのが、既存の推薦モデルを作り替えることなく導入できる、シンプルな後処理の手法です。 企業に推薦する候補者の質を落とさないことを前提に、マッチが見込まれる組み合わせの中で、直近十分にスカウトを受け取れていない候補者の表示順を引き上げます。 論文では、実サービスで A/B テストを実施し、この手法がユーザーの利用継続に与える影響を検証しました。
研究の経緯と、事業の目標とする指標 (KPI) から推薦の改善までをどう組み立てたかは、2026 年 5 月の Strategic Search & Recommendation Meetup #4 で発表した下記スライドにまとめています。
RecSys in HR ワークショップ
私が発表した RecSys in HR は、採用から定着、育成、キャリア管理まで HR 全般の推薦を扱うワークショップで、今年が第 6 回です。 当日は LLM のエージェントで候補者を探す Indeed の検索システムや、埋め込みモデルの性別バイアスの監査、履歴書から作ったキャリアの公開データセットなどの発表がありました。
本会議の最終日には、ワークショップの chair や参加者の方々と食事に行き、HR 業界の推薦の課題や学会運営について議論することができました。
HR の分野は機密情報が多く、公開データが少ないという課題があります。 RecSys in HR では公開データセットを作る論文が共有されるなど、この課題に取り組むコミュニティができつつあります。 一方で、今回の参加を通じて、候補者が長い期間を通じて何を求めているか (長期的な意図) を扱える公開データの整備も、HR の分野の課題だと感じました。 この点は、次に紹介する Joachims 先生の講演の質疑でも取り上げられた話題です。
印象に残った講演と論文
Thorsten Joachims 先生の基調講演
閉会の基調講演 "Recommendation beyond Items and Engagement" には、Cornell 大学の Thorsten Joachims 先生が登壇されました。Joachims 先生は off-policy 学習/評価(過去のログから推薦の方策を学習したり評価したりする研究)や、クリックの偏りを補正するランキング学習で知られています。
講演では、人と関わる AI(Human-Interactive AI)を軸に、次の3つのテーマが紹介されました。
- 短期と長期の目的を両立させるため、推薦 (ランキング) にかける制約の強さを、週あたりの訪問数を報酬にした文脈付きバンディットで学習する研究
- 推薦システムの間で互換性を高めるため、ユーザーの嗜好を数値ベクトルではなく自然言語のプロファイルで表す研究
- 文書に人が加えたアイデアの貢献を測るため、LLM が書いた文書と比べる Value over Language Model (VOLM) の研究
VOLM は、野球で控えの選手と比べた貢献を測る VORP (Value over Replacement Player) になぞらえた指標です。この手法は、LLM に渡さないと LLM 自身では書けない中身がどれだけあるかを、その文書の価値とみなす考え方がコアになっています。個人的に面白い発表だったので、機会があれば VOLM だけで 1 本のブログにまとめようと思います。
講演の質疑では、会場から「データセットには長期的な意図 (intent) が含まれないので、研究が難しいのではないか」という質問が出て、それに対しては将来的に自動運転のようにシミュレーターが必要になるのではないか、という回答がありました。
Self-Evolving Recommendation System: End-To-End Autonomous Model Optimization With LLM Agents
- 著者: Haochen Wang, Yi Wu, Daryl Chang, Li Wei, Lukasz Heldt (YouTube, Google)
- トラック: Industry Paper
- 論文: ACM Digital Library、arXiv
おすすめの論文として、YouTube のランキングモデル (長期的な価値を代理の報酬で学習する強化学習のモデル) の改良を LLM のエージェントに任せ、改善案の作成から A/B テストまでを自動で回した論文を紹介します。
この論文には、Offline Agent と Online Agent の 2 つの LLM エージェントが登場します。 Offline Agent の役割は、オフライン指標を改善する施策を回すことです。 Online Agent は、結果の良い施策について、本番環境で A/B テストを実施し、その結果を記録します。 論文は長期のユーザー満足を目標としており、報告された 7 件の A/B テストのうち 4 件で YouTube 全体の指標が有意に改善しています。
ランキングモデルに強化学習を使っている点に加え、その改善の繰り返しまで自動化し、YouTube 全体の指標の改善につなげている点が印象に残っています。
発表で示された人の関わる工程は、最初のアイデア出しと最後の指標確認だけだったので、生成されたコードを人が確認しているのかを発表者に質問してみました。発表者曰く、コードは必ず人が確認しているとのことだったので、すべてを自動化しているわけではないようです。
なお、本会議の best paper は「There's Something About You: Epistemic Recommendation for Latent Interest Discovery」でした。 この論文は、マイクロアドさんの参加レポートで紹介されています。
検索と推薦の融合
会期の最終日には、検索と推薦を 1 つの仕組みで扱う研究を集めたワークショップが初めて開かれました。 名前は Unified Search and Recommendation Workshop です。 チュートリアルを担当したのは、Spotify の Aleksandr V. Petrov さんと Gustavo Penha さんです。 検索と推薦の統合をカタログ、ログ、表現、候補生成、ランキング、インターフェース、評価という層に分けて整理しており、検索と推薦を一緒にすると片方の性能が下がる負の転移 (negative transfer) や、遅延と費用などのトレードオフも紹介されていました。
チュートリアルの資料はワークショップのページにまとまっているので、興味のある方はご覧ください。
第 20 回を迎えた RecSys の振り返り
RecSys の第 20 回を記念して、これまでの推薦研究で節目となった研究を取り上げる特設サイトが公開されています。
特設サイトには、2016 年の Counterfactual Learning & Eval に、今回の論文の共著者で共同研究を指導していただいた齋藤優太さん (@usait0) のお名前が載っていました。 2017 年の Fairness in Recommendation には、神嶌先生 (@shima__shima) のお名前もあります。
第 20 回の記念セッションで RecSys の始まりを紹介したのは、ミネソタ大学の Joseph Konstan 先生です。 Konstan 先生は GroupLens (MovieLens を作った研究グループ) で知られ、RecSys 2026 の General Chair の 1 人でもあります。 初回の RecSys は 2007 年にミネアポリスで開かれ、2 日間の日程で 120 人以上が集まったそうです。
さらにさかのぼると、1996 年に UC Berkeley で Berkeley Collaborative Filtering Workshop が開かれたのが最初の推薦コミュニティの集まりだったようです。
閉会のセッションでは、Konstan 先生が論文の採択率について「industry と academia のどちらの論文が採択されやすいかと聞かれるが、調べてみると変わらない。ただし産学が共同で書いた論文は、それ以外と比べて採択率が 10% 以上高い」と話されており、個人的に納得のいく結果でした。
おわりに
今回の RecSys を通じて改めて考えたのは、推薦において何を成果とするかを問い直す大切さです。YouTube の論文はすでに長期のユーザー満足を目標にした設計でしたが、Joachims 先生の講演の質疑でも話題になったように、長期的な意図を含む公開データセットはまだ少ないのが現状です。短期的な指標を大きく悪化させず、いかに長期的な指標を最適化するかを、今後も考えていきたいと思いました。
来年の RecSys は 2027 年 8 月 23 日から 27 日まで、ハワイのホノルルで開かれます (RecSys 2027)。来年はどのようなテーマが盛り上がっているのか楽しみです。