サッカー一筋だった学生時代から一転、「やりたいことがない」状態で始めた就活。
そこから人材業界に入り、わずか1年で起業へと踏み出した林亮太さん。
売上を追う現場で感じた違和感、同期が次々と辞めていく環境。
それでも彼が「人材」という仕事を選び続けた理由とは何だったのか。
なんとなく就活を始めた人、やりたいことが見つからない人へ。
林さんのリアルなキャリアの軌跡から、「自分の選択」のヒントを届けます。
プロフィール
取締役|林亮太(Ryota Hayashi)
幼少期から大学までサッカー一筋。
大学卒業後、「やりたいことがない」状態で就職活動をスタートし、人材会社へ入社。
しかし、売上至上主義の環境に違和感を覚え、約1年で退職。
その後、同級生とともに人材事業で独立。現在は学生のキャリア支援に携わる。
「足が遅い自分」が考え続けていたこと
――林さんって、もともとどんな性格だったんですか?
今もそんなに変わってないと思うんですけど、どっちかっていうとずる賢いタイプでしたね(笑)
――ずる賢い(笑)具体的には?
例えばポーカーとかも好きなんですけど、どうやったら相手を出し抜けるか、みたいなことを考えるのが好きで(笑)
ちょっと言い方悪いですけど、そういうのは昔から好きでしたね(笑)
――言い方悪すぎます(笑)勝ち方を考えるタイプだったんですね。
幼少期からずっとサッカーをされてたんですよね?
そうですね!小中高大ずっとサッカーやってました。
体動かすのも好きやし、ほんまにサッカー中心の生活でしたね!
――順調だったんですか?
いや、小学校のときは足が速いキャラやったんですけど、中学くらいから周りが伸びてきてだんだん自分が遅くなっていく感覚があって(笑)
その劣等感は結構強く感じてましたね。
だからこそ、足が遅い中でサッカーを続けるにはどうしたらいいんやろうっていうのはずっと考えてました。
特に、中学から高校にかけてはそのことばっかり考えてたと思いますね。
カンニングから始まった代表・宮城との関係
――代表・宮城さんとの出会いって、大学でしたっけ?
いや、高校ですね!
宮城が入試2位で、自分が3位やったんですよ。
で、ちょっとレベル高いクラスに入ることになって正直ついていくのが結構しんどくて(笑)
だからもう協力プレイせざるを得なかったというか。
――協力プレイって(笑)その頃から仲は良かったんですか?
そうですね。
クラスもずっと一緒やったし、席も名簿順で近くてほんまに距離近かったですね。
昼ごはんのパンのソーセージだけ食べられてたりとか、買ってきた飲み物を毎回いじられたりとか(笑)
まあ、そういう関係性でしたね。
――大学に行ってからも、関係は続いていたんですか?
そうですね、めちゃくちゃ頻繁に会ってたわけではないですけど、半年に1回東京で集まったり、年に1回関東組でご飯行くくらいの距離感でしたね。
自分が栃木で宮城が東京やったんで物理的にも少し距離があって。
普通列車で2時間くらいかかるし、往復で4,000円くらいするんですよ。
当時は学生やったし、サッカーもあって月曜以外ほぼオフもなかったので、わざわざ頻繁に東京行こうって感じでもなかったですね(笑)
でも、ずっと繋がってる感覚はありました。
「やりたいことがない」状態で始めた就活
――就活はどんな感じでした?
正直、最初はやりたいこともなかったんですよね。
サッカーもやめて、じゃあ何しようかなっていうタイミングで、周りが就活してるからとりあえず自分もやるか、くらいの感覚でした。
始めたのも4年生の4月とかで。
――結構遅めですね!
そうですね(笑)ギリギリでした。
ちゃんと受けたのも3社くらいで、いわゆる大手のスポーツメーカーとかもエントリーは出したんですけど、正直そこまで魅力を感じていたわけではなくて。
――じゃあ、どうやって選んでいったんですか?
体育会のサッカー部のサポートをしてる会社があって、大学に説明をしに来てくれてたんですよ。
そのときに、関西に帰りたいとか、ある程度お金も稼ぎたいとか、人と関わる仕事がしたいっていう話をしたら、「うち来たら?」って言ってもらって。
もともとやりたいことが明確にあったわけではないんですけど、途中から人の人生とかやりがいに関われる仕事の方が面白そうやなって思うようになって。
自分自身もそれまで人生とかキャリアについてちゃんと考えてこなかったので、そういう人のサポートができたらやりがいになるんじゃないかって。
だから、そこに入社を決めました。
入社3日目で感じたリアル
――最初にやった仕事ってどんな業務だったんですか?
学生さんの面談でしたね。
入社3日目で、いきなり女の子の面談を任されて。
正直、やり方も全然わからんし、何を話せばいいのかもわからんくて。
「いや、俺この前まで大学生やったけど」って思いながら面談してたのは、今でもめっちゃ覚えてますね。
――人材業界で実際に働いてみて、ギャップはありましたか?
一番大きかったのは、やっぱり売上の部分ですね。
その会社は、学生の意向を尊重するというよりも単価の高い企業にどんどん入れていこうっていう文化が強くて。
毎月末に全国の支店でをZoomで繋いで、売上の報告をするんですけど、「目標500万に対して280万で未達です」みたいな、結構シビアな空気で。
もちろん、売上を追うのは大事なんですけど、それだけを追ってたら学生や企業のためにならへんやろっていう違和感がずっとあって。
そこは自分の中でも大きなギャップでしたね。
――それって、この仕事の本質を考えさせられるポイントですよね。
全国に同期が9人くらいいたんですけど、半年後には自分以外ほとんどいなくなリましたね。
その時に、この会社に長くいるイメージは正直持てなかったですね。
「ノリで起業した」その裏側
――その後、どんな流れで宮城さんと起業することになったんですか?
ちょうど自分も前職を辞めようかなって思ってたタイミングで、宮城から「人材やりたいと思ってるんやけど」って連絡が来たんですよ。
それで一回話そうってなって、実際に話してみたら、自分の中で持ってた違和感とか人材に対する考え方が結構近くて。
「それやったら一緒にやってみるか」っていう流れになりました。
ただ、そのときすでに仕事を辞めたらラスベガスにポーカーしに行くって決めてたので(笑)3ヶ月行って、帰ってきてから本格的にやろうっていう形でスタートしましたね。
正直、起業しよう!っていうよりは、こいつとやったらおもろそうやなっていう気持ちの方が大きくて。
ワクワクするかどうかで選んだ結果が、起業やったっていう感じです。
――すごいですね(笑)不安とかはなかったんですか?
正直、あんまりなかったですね。
自分、MBTIでいうとエンターテイナーなんですけど、ノリとかおもろいこととか、ワクワク感みたいなのを大事にするタイプで。
何かを選ぶときも、「面白いかどうか」「ワクワクできるかどうか」は結構大きな基準になってます。
大学を選ぶときも、指定校で関西大学に行く選択肢はあったんですけど、それよりも栃木っていう知らない土地で一人暮らししながらサッカーした方が絶対おもろいやろって思って、そっちを選びました(笑)
もちろん不安がゼロではないですけど、それ以上に宮城と「やってみたいな」っていう気持ちの方が大きかったですね。
それでも「人材」を選び続けた理由
――人材業界で仕事をしたいという気持ちは、変わらなかったんですか?
変わらなかったですね。
むしろ、その環境を見たからこそ、「これ、自分やったら変えられるんじゃないか」って思ったんですよ。
学生にしっかり寄り添いながら仕事することも、自分やったらできると思ってたし、同じような想いを持ってる人って絶対他にもいるやろうなって。
――学生にそこまで本気で向き合えるのはなんでなんですか?
自分自身もそうやし、宮城の話を聞いたときもそうなんですけど、就活とか人生のことをちゃんと考えずに進んでしまう人って、結構多いなって思ってて。
だからこそ、そういう人たちに対して、ちゃんと向き合っていい影響を与えられる仕事がしたいなって思ったんですよね。
正直、それを実現できる手段って自分の中では人材しかなかったかなって思ってます。
やりたいことと、自分たちができることが一番マッチしてたのが人材だったので、そこに迷いはなかったですね。
泥水をすするような設立1年目
――創業当時はどんな状況だったんですか?
最初の1年は泥水すすりまくってましたね。
正直、かなり苦しかったです。
当時、レンタルスペースを借りて仕事してたんですけど、下に降りたらお惣菜が売ってて、夜になったら半額になるんですよ。
それを200円くらいで買って1食済ませるみたいな生活をしてました(笑)
仕事としては、とにかくテレアポをしたり、人事を突撃したり。
正直、メンタル的にもきつかったですけど、それでもやるしかなかったんで毎日続けてました。
でも、その経験があるから今はどんな状況でもやれるなって思えてるんですよね。
最悪、あのときに戻ればいいだけやし!みたいな。
トランキロの現在地と課題
――現在、トランキロはどんなフェーズですか?
ちょうど今は、「個人で成果を出すフェーズ」から「組織で成果を出すフェーズ」に移行しているタイミングやと思ってます。
創業当初は、自分と宮城がどれだけ動けるかがすべてでしたし、とにかく自分たちが走り続ければ売上も作れる状態でした。
でも今はメンバーも増えて、来年には新卒も入ってきて、7人の組織になる予定です。
そうなると、自分たちだけで成果を出すのではなくて、どうやって組織として回していくか、どうやって人を育てていくかが重要になってきています。
――今の課題はなんですか?
一番大きいのは、「再現性」ですね。
自分たちがこれまでやってきたことを、他のメンバーでも同じようにできる状態にすることが今の課題だと思っています。
正直、自分でやった方が早いと感じる場面は今でも多いです。
ただ、それを続けてしまうとメンバーが育たないですし、結果として組織全体の成長にもつながらない。
だからこそ今は、任せることや仕組みに落とし込むことに向き合っているところです。
人が主役の会社であり続けるために
――今後の目標について教えてください。
まず直近の目標でいうと、売上1億円の達成ですね。
もともと宮城と「30歳までに1億円いこう」と話していたので、それは来年必ず達成したいと思っています。
その上で、自分自身としては役割を変えていきたいと考えています。
これまでは学生のカウンセリングを中心にやってきて、やりがいも感じているんですけど、新卒の頃からずっと同じ領域に関わっているので。
これからは仕組みづくりや新しい事業の立ち上げなど、トランキロの新しい道をつくっていくことにチャレンジしていきたいと思っています!
その中で大事にしたいのは、一緒に働くメンバーがしっかり報われる状態をつくることです。
今いるメンバーもそうですし、これから入ってくる人たちに対しても、「ここで働いてよかった」と思ってもらえるような環境をつくっていきたいですね。
「やるなら今やで」
――最後に、キャリアに悩んでいる方へメッセージをお願いします。
そうですね。
まず一つ言えるのは、「やるなら今やで」っていうことです。
やっぱり今のうちに、ちゃんと自分の人生について考えておくことがすごく大事やと思っていて。
自分自身、何も考えずに就職して、入社してから「この給料でいいのか」とか「この仕事で満足できるのか」とかすごく後悔した経験があるんですよね。
実際、同期も半年でほとんど辞めていきましたし、それくらいミスマッチって起きるものなんだなと感じました。
だからこそ、「どんな人生にしたいのか」「どんな人と働きたいのか」「どれくらい稼ぎたいのか」、そういったことを今のうちからちゃんと考えておくことが大事やと思っています。
その上で就活をすれば、大きく後悔することは減るんじゃないかなと思いますね。
もし、「本気で変わりたい」「ちゃんと自分の人生に向き合いたい」と思っているなら、熱量のある環境に飛び込むこともすごく大事だと思っています。
そういう意味でトランキロみたいな場所にも興味を持ってくれたら嬉しいですね!
「やりたいことがない」状態からスタートし、違和感と向き合いながら選択を重ねてきた林さん。
泥水をすするような日々も、ノリで飛び込んだ挑戦も、すべては自分で選んできた道でした。
トランキロは、そんなふうに一人ひとりが自分の人生に向き合いながら、誰かの人生にも本気で関わっていく会社です。
「いつかやろう」と思いながら動けていない人や、一歩踏み出すきっかけを探している人は、まずは気軽にあなたのことを聞かせてください。