今回は、民間企業で教育ICT政策に4年間携わった後、「理論を実践に移したい」という思いからTeach For Japan(以下、TFJ)のフェローシップ・プログラムに参加された秋野光哉さんに登壇いただきます。学校現場での子どもへの実践と校務改善の取り組み、そして2025年度から新たに歩み始めた教育委員会でのキャリアまで、幅広くお話を伺いました。ぜひ最後までご覧ください。(※本記事は、2025年5月に行われたイベントのレポートです。)

秋野光哉さん(Teach For Japan フェロー第11期生/小学校赴任)
大学在学時に、教育実習などを通して、先生の働き方やそれを取り巻く環境、システムに疑問を持ち、教育系民間企業へ入社。国や自治体の教育ICT関係の政策に4年関わる中で、理論を実践に移したいという思いから、Teach For Japanへ応募。石川県加賀市でフェロー第11期生として小学校で2年間、担任を持つ。自治体レベルでの学びのあり方の転換や、学校単位で可能な校務改善を通して、基礎自治体の行政職でできることの多さに関心を持ち、今年度から教育委員会で市内の学校の授業作り、校務改善を支援している。
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目次
「教員になるぞという思いが強かった人間ではない」ー大学は教員になるのが当たり前の環境
ーまず、先生になろうと思ったきっかけから聞かせてください。
大学で教員免許を取ったのですが、ものすごく強い思いを持って教職課程を履修したかというと、そこまでではなかったんです。部活や他の理由で大学を選んでいたら、たまたま教員養成系の大学でした。周りはみんな先生になるという環境で、当然のように自分も教育実習に行くし、教職の授業も受けていきました。そういう中で、自分もだんだん教育に興味は出てきたのですが、元から「めちゃめちゃ教員になるぞ」という思いが強かった人間ではないです。比較的教えることは好きだし、部活の顧問をやりたいかも、という程度の気持ちはありましたが、免許取得が卒業要件である大学という環境にいたから、ある意味先生を目指すのも当たり前という、そんな感じでした。
ー新卒では教員ではなく民間企業を選ばれた経緯を教えてください。
一番大きかったのは、教育実習の経験です。3回実習に行く大学で、4年次に行った公立小学校の現場で特に感じたことがありました。その頃民間企業も見ていたので、民間企業では情報共有にグループウェアを使うのが当たり前という感覚が少しずつ身についていました。でも、実習先の学校は「紙と口頭」みたいな状態で、「えっ」と思うことがたくさんありました。同時に、先に教員になっていた先輩や友人が、苦労しているという話も耳にしていました。そこで、現場の環境のあり方に疑問を持つようになって、外の世界からアプローチしていきたいという思いで民間企業に行くことにしました。
卒業論文のテーマも結局「学校を支えるシステム」という方向になって、その調査の一環で企業の方にヒアリングしたのが、のちにファーストキャリアとなる会社でした。そこから「選考を受けてみませんか」とお声がけいただき、入社に至りました。
「理論としてはすごく理解できた。でも現場はそうじゃなかった」ーモヤモヤがTFJ応募の背景に
ー民間企業ではどんな仕事をされていたのですか?
会社の中でも特に文部科学省や自治体など、行政と関わりながら仕事をするシンクタンク的な部署で、教育政策に携わっていました。たとえば、校務支援システムの有効な導入や活用の方法を文科省や有識者と一緒に調べてガイドブックにまとめたり、デジタル教科書の活用方法をモデル校で検証して動画やパンフレット等にするといった仕事が中心でした。GIGAスクール構想や教育データの利活用など、教育ICTの政策面を4年間担当していました。
ーそんな中で4年で転職に至った経緯を教えてもらえますか。
内容自体はすごく面白くて、自分がやりたかったことにも近いという感覚は常にありました。ただ、モデル校のような実践が進んでいる現場に足を運びながら、政策と現場の乖離を感じるようになりました。自分はどちらかというとマクロな視点で、教育全体の中でICT活用やデータ活用がどうあるべきかを見ていたので、理論としては4年間でかなり理解できることが多かったです。でも、身近に先生がたくさんいて、いろいろ話を聞いていると、「そうはなっていないよな」という政策と現場の乖離へのモヤモヤが年々大きくなっていきました。
もう一つは、いろんな有識者と一緒に授業を作ったり現場に入っていく仕事をする中で、「自分も理論を実践に移したい」とか、「こうすればいいんだな」という具体的なイメージがどんどん見えてきたことです。ちょうど4年目のタイミングでその思いが重なって、応募を決めました。
ー教員採用試験ではなく、TFJに応募した理由を教えてください。
TFJ自体は大学生のころに存在を知っていました。なぜ気になっていたかというと、学校はなかなか外からの空気が入りにくい組織だという課題感を教育実習のころからずっと持ってたからです。TFJのフェローシップという仕組みは、それまで全然別の経験をしてきた多様な人が研修を経て学校現場に入るというものだったので、その仕組み自体にすごく興味を持っていたんです。自分自身も当事者として中に入りたいという思いが一つです。
もう一つは、フェローを終えてアラムナイになった方に何人か知り合いがいて、その方たちが本当に面白い方々だったことです。それぞれが自分で課題感を持っていろんなことを現場で実践されて、次のキャリアにつなげているという話を聞く機会があったので、だいぶ関心が高まっていました。
採用試験を受けずにTFJを選んだ理由としては、ずっと正規で教員を続けるつもりはもともとなかったというのが正直なところです。現場には入りたいけれど、またいずれ政策の方に戻ることも当時から頭にありました。そう考えたとき、「2年間」という縛りがある意味、自分を動かすガソリンにもなるかなと思っていました。やるならTFJに応募しようというイメージは大学のころから持っていたので、そこに迷いはほとんどなかったです。
「機会がなければ、深めることなく終わっていた」ー赴任前研修で言語化したビジョン
ー赴任前研修ではどのような経験をされましたか。
自分にとって一番大きかったのは、同じ熱量で対話できる仲間が同期という形でいるということでした。研修の設計自体もとにかくアウトプットして、対話して、また対話してという形で、自分のビジョンを深めて言語化していくことが印象的でした。この研修の形は、当時もかなり勉強になったし、その後も生きてきたと感じています。
ーどのようなビジョンが言葉になっていきましたか。
大きく2つ出てきました。1つは、「全ての先生が豊かになる」ということへのこだわりです。大学時代の先輩・同期の話もそうですし、業務を通じていろんな先生と関わっていく中で、「先生が幸せで豊かじゃなかったら、子どもは豊かにならない」というのを本当に実感しました。研修でも現職の先生方と対話する中で、自分のベクトルはやっぱり教員側に向くなと気づきました。
もう1つは、子どもにどうなってほしいかという軸で、「全ての人が自己受容・他者受容でき、自律した学習者を目指していく」ということを言葉にしました。教育ってそもそも何を目指すものだろうと深掘りしていくと、「戦争をなくしたり、人を傷つけることをなくしたりすることができる力を持っているのは教育だ」という実感がありました。そのためにどういう子どもたちであってほしいかを突き詰めたとき、自分も受容できるし、他者も受容できる、そして自分で考えて自分で動けるということが、自分にとって一番しっくり来た言葉でした。
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「先生が豊かじゃなかったら、子どもは豊かにならない」ー2年間の実践、子どもへの支援と校務改善
ーまずは赴任直後に感じたことを教えてください。
全く縁もゆかりもない土地で、知り合いもほぼいない状況でした。それに加えて、これは完全に自分のバイアスなのですが、石川県は比較的保守的な県だというイメージを自分の中に持っていたので、「民間からNPO経由で2年間来ました」という人に対して、先生や保護者がどう感じるだろうかという不安はありました。ただ自分は比較的楽観主義者なので、なんとかなるだろうという気持ちも少しはありました。
実際には、本当に周りに恵まれました。先生方もすぐに受け入れてくれて、TFJのことを知っている人が現場にいたりして、最初の1日2日ほどで不安はなくなりました。自分としても、やりたいことへの思いはあるけれど、まずは「何でも教えてください」というスタンスで行こうと決めていたのが、関係構築にはよかったかもしれないと思っています。
ー子どもたちとの実践で、どのようなことに特に力を入れましたか。
赴任する少し前に教育長が代わって、市全体で「学びの転換」を打ち出していました。「1人1人を揃えるのは限界、1人1人を伸ばすことに舵を切ろう」という方向性で、自分の「自律した学習者」というビジョンとも重なっていたので、スムーズに取り組みをスタートできました。ICTが強みでもあったので、1人1人がアウトプットできる環境を整えながら、個別に見取って支援していくことを大切にしました。
小規模校だったのも本当に恵まれていたと思っていて、子どもを比較的見取りやすい環境でした。その環境の中で、一人一人が自分で言葉にする、自分で考えるという部分を大切に、自律するという狙いをもちながら取り組んでいきました。取り組みを通して、「こんなに言語化できるようになったんだ」と成長を感じたときが、やりがいを感じる瞬間でした。
例えば言語化できる量で言えば、最初は自分の考えを書いてみようとすると30文字も書けなかった子が、1時間の授業の中で自分で情報を集め、整理して、最後に自分の言葉で400〜500字を書いてくるようになっていきました。具体的な子どもの姿という面では、行事の準備での成長が印象的です。「先生も伴走するけど、どうしたいかは自分たちで話し合って決めよう」という形で準備を進めました。前日になっても「やっぱり無理だよ」と言っていた子が、当日みんなの力でやってみたらうまくいって、「こうやってできることが増えていくんだ」と自分で言ったりする姿があって、そういう姿を目の当たりにできました。
ー先生たちへの校務改善についても聞かせてください。
実習当時から感じていた「紙と口頭」の情報共有への疑問は、現場でも変わらずありました。加賀市はGoogle活用の自治体だったこともあって、1年目から管理職の先生に「どんどんやってみて」と後押ししてもらいながら、それまで手書きのメモを休んだ人に渡したりその場の口頭で共有したりしていた議事録を、Googleドキュメントでクラウドベースの記録に切り替えていきました。情報共有の抜け漏れが減って、会議時間も半分ほどになったりと、少しずつ変化が出てきました。
現場の先生たちは、大変だという感覚はあっても具体的な打ち手がなかなか見えないという状況があると思います。自分は民間時代に先進校の事例をたくさん見てきた経験などからある程度そういったことが見えていたので、「こうしたらどうですか」と提案すると「確かにそっちの方がいい」という反応をもらえることが多かったです。
「1つの学校だけ変わっても、ガラパゴス化する」ー基礎自治体単位でやらないと意味がない
ー次のキャリアとして教育委員会を選ばれた経緯を教えてください。
正直、悩みました。現場での経験をもっと積みたいという思いは今でもありますし、小規模校だったので大きい学校も経験してみたいという関心もありました。一方で、一人の先生が取り組んだ業務改善で、1つの学校だけが変わってもガラパゴス化してしまって、異動があったら逆に大変になるということも起こりえます。たまたま熱量持って改善できる人がいればいいけど、そうでなければ動けないという状態が全国の学校で起きていると思います。学校の日々の中で、その熱量を持ち続けるのも大変です。
じゃあどうすればいいかと考えたとき、「基礎自治体の単位で標準化していかないと、結局は先生の豊かさにつながらない。むしろ学校ごとにやり方が違って逆効果になるので、異動を見越して市全体で仕組みにしたい」という思いがかなり強くなりました。広い視点で基礎自治体の行政職としてチャレンジしたいという気持ちが出てきたタイミングで、縁あって加賀市の教育委員会でポジションを用意いただけるということになりました。教員はこの後にすることになるかもしれないし、今のタイミングを逃せないという思いがありました。
ー現在は教育委員会でどのような仕事をされているのですか。
学校に伴走しながら業務改善を進めていくというポジションです。市内22校を、多いときは1日3校くらいのペースで回っています。各学校の先生たちと関係性を作りながら、「ここがどうにもならないけれど絶対どうにかしたい」というニーズをヒアリングしつつ、学校ごとの状況に合わせながら改善を進めています。同時に、市内全体の標準化も見通しながら動いています。
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Q&A
Q:赴任前に「理論と現場の乖離」を感じていたとのことですが、実際に現場に入ってみて、想像以上に乖離していると感じたことと、案外そうでもなかったことを教えてください。
A:乖離を感じたのは、教育データの活用です。民間にいた4年間でICT活用やデータ利活用の理論はある程度理解できていたのですが、現場はデータを活用するような余裕やニーズがあまりないと感じました。政策のビジョンや意図が現場に届く時点で形だけになってしまい、現場はそれをこなすものとして受け取ってしまう。そのマクロとミクロの乖離は、現場に入って特に実感しました。
一方で、加賀市では教育長や伴走役の教育委員会の人が現場に合わせた言葉でビジョンを伝えてくれていたので、先生たちが目的を理解した上で動ける場面もあり、そこは想定よりも乖離していないと感じました。
Q:現場から教育委員会に移って、気をつけたいことは何ですか。
A:一番気をつけたいことは、コンテンツとして下ろさないこと、手段が目的化しないことです。政策のビジョンが現場に形だけで落ちてきてしまい、「何のため」を腹落ちする余裕なくこなすだけになってしまうと逆効果になってしまうと思うので、気をつけたいです。
Q:大学院への進学ではなく就職を選んだ理由を教えてください。
A:最終的には、自分の当時の状況としては、いろんな人に相談する中で「大学院は今じゃなくてもいい」という言葉が自分の中で響きました。経験を積んだ上で行くという選択肢もあると気づいたのが、就職を選んだ決め手でした。
Q:どのような人に教育現場に入ってほしいと思いますか。また、多様な人材が教育現場に入ることについて、どのように考えていますか。
A:「どんな人に来てほしいか」という意味では、あえて絞らず、とにかく多様な人に入ってほしいというのが正直なところです。個人的な思いとしては、先生も子どもも1人1人を見てくれる方に来てほしいというのはありますが、それ以上に、いろんな経験や観点を持った人が現場に入って、現場に新しい視点をもたらしてくれることで、授業も学校もより良くなっていくと感じています。フェローシップ・プログラムは、それを実現する一つの大きな仕組みだと考えています。
ー最後に、応募を検討している方へメッセージをお願いします。
応募する動機は人それぞれだと思いますが、一つ確実に言えるのは、そこで出会える仲間の存在はかなり大きいということです。同期だけでなく、これまでフェローとして活動してきたアラムナイの方々と繋がることができます。熱い思いを持った仲間たちと一緒にいられる環境というのは、本当に貴重です。自分がTFJに関心を持ったきっかけもそこにありました。
教育に関心があるからTFJを知ったという方が多いと思うので、そういう方には、ぜひ現場に入ってほしいと思います。行く地域・学校によって経験は様々だとは思いますが、自分の仲間達を見ても2年間現場のことを知れたという経験が次のキャリアにつながっていくということを実感しています。ぜひ一歩踏み出して現場に飛び込んでほしいです。
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