なぜ今、金融・公共領域に「デザインの実装力」が必要なのか。金融IT協会 理事・阿部展久氏が語る Design Enablement の本質
金融・公共領域において、デジタル化や生成AIの活用は急速に進んでいる。しかし、データやテクノロジーを導入しただけで、顧客や実際に利用するユーザーに価値が届くわけではない。
いま、金融や公共の領域においても重視されるようになってきているのは、「どのような体験として届けられているか」、すなわちUX(ユーザー体験)である。特定非営利活動法人金融IT協会®(FITA) 理事であり、金融・公共分野等の基幹システム開発を担う株式会社DTSの執行役員、さらにスパイスファクトリーの社外取締役も務める阿部展久氏に、金融におけるデザインの重要性、組織文化の変化、そして2026年2月5日(木)に開催される「Design Enablement Forum 2026」で議論すべき視点について話を聞いた。
金融の現場を知る実務家の言葉から、これからの金融機関に求められる考え方が浮かび上がる。
阿部 展久(あべ・のぶひさ)
阿部 展久(あべ・のぶひさ)
株式会社DTS 業務&ソリューションセグメント 執行役員 副グループ長(2024年4月〜)。
金融IT協会 理事(2024年1月〜)、スパイスファクトリー株式会社 社外取締役(2025年3月〜)。
1992年、旧・富士銀行(現みずほ銀行)入行。営業、インターネットバンキング等のチャネル開発、経営企画、FinTech推進、監査、サイバーセキュリティ等、金融サービスの企画・実装・運用・リスク管理を幅広く経験。
金融は「手段」から「体験」へ。デザインが競争力になる時代
阿部:「デザインというと、UIや見た目の話だと思われがちですが、本質は“ユーザー体験そのものを設計すること”だと思っています」
阿部氏がまず指摘するのは、金融サービスの位置づけそのものが大きく変わってきている点だ。かつて金融は、商品やサービスを購入するといった“目的を達成するための必要悪的な手段”だった。しかし現在は、購買体験やサービス利用の中に自然に組み込まれ、ユーザーが意識せずに金融機能を使う世界へと移行してきている。
阿部:「目的と手段が融合している以上、ユーザーが利用する金融サービスの体験が“邪魔”になってはいけない。むしろ、全体の体験として一貫して設計されている必要があります」
さらに、楽天やPayPay、メルカリといった非金融プレイヤーが金融機能を組み込むことで、既存の金融機関はUXの水準そのものを比較される時代になった。
顧客接点を自ら持ち続けるためには、対面はもちろん、デジタルの世界においても体験設計そのものが競争力になる。地方銀行が、物理的な支店網ではなく、フルクラウド×スマホのアプリで新たな顧客層にリーチする動きも、ある意味その象徴と言えよう。
「信頼」と「スピード」を両立させる開発アプローチ
もちろん金融機関においては、信頼性やセキュリティの優先度は極めて高い。そのため、従来はウォーターフォール型の開発が主流であった。一方で、ユーザー体験を磨き続けるためには、変化にも素早く対応できるアジャイル型の開発も不可欠となる。
阿部:「実際にシステムを触ってみて、違和感を見つけ、すぐに修正できる。プロトタイプを起点に設計を進化させていくやり方は、今の時代に非常に合っていると思います」
阿部氏は、ウォーターフォールとアジャイルは対立関係ではなく、上手く組み合わせるべきだと語る。ユーザー体験を直接左右する領域はアジャイルで高速に磨き込み、基幹部分等は堅牢に設計・構築する。その組み合わせこそが、これからの金融システムには重要になる。
誰が「ユーザー体験」の責任を持っているのか
もう一つの大きなテーマが、組織構造だ。多くの組織では、機能別・領域別にチームが分かれ、一気通貫でユーザー体験を把握し設計する人がいないケースも少なくない。
阿部:「誰がユーザー体験に責任を持つのか。そこが曖昧なままでは、良いサービスは生まれません」
阿部氏は、CDO(Chief Design Officer:最高デザイン責任者)やCMOのように、ユーザー体験の設計にオーナーシップを持つ役割の重要性を指摘する。ただし、必ずしも肩書や役職が重要なのではない。必要なのは、デザイン思考に基づき、ビジネスモデル、テクノロジー、マーケティング等の領域を横断し、全体を俯瞰できる視点だ。
「受発注」から「共創」へ。金融機関に求められるパートナーシップの変化
金融機関では、少なからず「要件を固めて、SIerに発注する」という委託モデルが中心であった。しかし今後は、ビジネスそのものを一緒に設計、共創するといった関係が求められる。
阿部:「システムを作って納品するという関係ではなく、ビジネスを理解し、共に形にしていくようなパートナー関係を目指すべきです」
各々のビジネスモデルや規模にもよるが、金融機関が、自ら新規事業開発、デザイン、テクノロジー等の各領域をカバー可能な人材を、単独で揃えることは現実的ではない。だからこそ、パートナーの知見を戦略的に取り込み、組織の中に“ユーザー体験の視点”を持ち込むことが重要になる。
スパイスファクトリーのように、ビジネス設計からプロトタイピング、実装、マーケティングなど成長支援まで一気通貫で支援できるパートナーと協働することで、単にシステムを作り上げるのにとどまらず、組織としての実装力そのものを高めていくことが可能になる。
テクノロジー時代だからこそ、「ユーザー体験を起点」に考える
生成AIやデータ活用が進展するからこそ、重要になるのが、「それを活用してどのようなユーザー体験として届けるのか」という設計だ。
阿部:「UIをきれいにする話ではありません。ユーザーの一連の行動そのものを、体験としてどのように設計するかがUXです」
イベントで、参加者が持ち帰れる3つの視点
2月5日に開催される「Design Enablement Forum 2026」では、「公共×デザイン」「行政×DX」「金融×UX」という3つのテーマを横断しながら、デザインがどのように組織や社会の“実装力”として機能し得るのかを議論する。
阿部氏が参加者に持ち帰ってほしいと考えているのは、テクノロジーそのものだけではなく、「それがどのような体験として顧客に届いているか」を起点に考えるという視点だ。その視点は、大きく3つに整理できる。
一つ目は、データやAIといったテクノロジーが、本当にユーザー体験の向上につながっているかという問いである。近年、金融機関でも生成AIやデータ活用への関心が急速に高まっている。しかし、データやAIの利活用はあくまで手段であり、最終的に顧客にとって意味のある体験として設計・実装されてはじめて、テクノロジーは価値となる。
二つ目は、新しいプロジェクトやサービスを「仕様」ではなく「体験」から設計できているかという視点だ。どのような機能を作るか、どの部分にシステムを導入するかといった議論から始めるのではなく、「ユーザーがどのような目的を持ち、行動の中で価値を感じるのか」という、ユーザー体験全体を起点に設計することが重要になる。
三つ目は、ユーザー体験に関して、組織の中で責任を持つのは誰かという問いである。どれほど優れた構想や技術があっても、意思決定の主体、オーナーシップが曖昧であれば、一貫したユーザー体験として顧客には届かない。体験設計を横断的にリードする役割が、組織の中で明確になっているかが問われる。
本フォーラムは、こうした3つの視点を通じて、Design Enablement を「思想」に留まらず、「実装力」として捉え直す場となる。