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約100年続く薬局が今、「時間」にこだわる理由

昨今、大手企業での過労死事件を発端に、労働時間の見直しについて世論の注目度がこれまで以上に増してきました。

「労働時間を短くしましょう」「早く帰って家事に参加しましょう」

言っていることは確かに正しいのですが、その為にどうするという仕組みもなく、結果個々人の判断と裁量に任せますという形骸化しかねない状況にあるのではないかと危惧をしています。

ご存じの方も多いと思いますが、今の労働基準法は労働集約型のモデル(決まった業務を一定量を繰り返し行う)を主として、特に現代で言うブルーカラーと呼ばれる職種の労働者保護の観点で法律が作られた経緯があります。

仕事の時間=一定量の均一化されたアウトプットという労働集約型から、現在は多くの産業が資本集約型等に移行し、業務が効率化されて作業時間が短縮されているとはいえ、その空いた時間にまた別の仕事が行われて生産性を上げているのであれば、単純に労働時間を短くするとなるとその上げた生産性を犠牲にしなければならないのでしょうか?

「何かを始めるには、何かをやめなければならない」

このトレードオフの考え方の言葉は個人的にはあまり好きな言葉ではありませんが、確かに「仕事の時間」についてはこの考え方が必要なのかもしれません。

・報告書を作ることを優先させて、本来業務の時間を削る
・会議で集まることを優先させて、本来業務の時間を削る
・労働時間を短くすることを優先させて、本来業務の品質を削る
・業務品質を短時間で上げさせることを優先させて、プレッシャーをかける
・短時間で品質が上がらず、プレッシャーから逃れるために、家に仕事を持って帰る
・業務スピードと品質による評価で給料が上がらず、残業代でも稼げず、副業で稼ごうとする

悲観的な観点ですが、もし仮に副業も目的が収入の補填で、手段が労働集約型に近いものだった場合、単なる仕事の掛け持ち(ダブルワーク)で、労働時間を短くしたことで起きた弊害と言わざるを得ず、本末転倒になる可能性もゼロではありません。

しかしながら、労働時間をいたずらに延ばせばよい・サービス残業推奨というわけではなく、「どうしたら時間を短くして、品質もキープでき、精神的にも身体的にも負担が掛かり過ぎないで業務を行えるのか」をマネジメント側が一方的に言うだけでなく、寄り添って考えて、やめるべき慣例はやめなければいけないと考えます。

その為に、何のための残業か?何のための業務か?というアウトプットの部分から考えていかなければならないと思います。

そもそも単純に労働時間を短くしただけで、本来目的である「価値の生産」は効果的かつ効率的に行えるのでしょうか?

単純なトレードオフ(時間を短くしたからどうなる)という手前の視点ではなく、価値の生産プロセスとして何をどう取捨選択をするか(何のために時間を短くするか)というもっと奥の視点で考え、これを機能させるための評価制度や、利用しやすくする福利厚生など様々な切り口から考えることがマネジメントでは重要なのではないかと考えています。

ただ一つ、勘違いをしないで頂きたいのは、そういった環境をマネジメント側が全て用意してくれるものではなく、社員などのメンバー1人1人のコミットが必要で、「会社がしてくれないから私はやらない」では決して良い方向には向かわないでしょう。

時代は高度経済成長期から既に成熟期を越えて円熟期に入っており、価値の生み出し方も変わり、働き方のフェーズが変わってきている以上、会社にいる=働いているという時間の切り売り概念を捨て、仕事をする=成果を出すという考え方のもと、「会社があなたに何をしてくれるか」(他責、会社依存)ではなく、「あなたが会社に何をするか」(自責、成果依存(主義))で全てが変わってくることをご理解頂ければ嬉しく思います。

【時間にこだわるきっかけは“社員家族の突然の他界”】

前置きが長くなりました。いつもの悪い癖で申し訳ありません。

さて、薬局で時間にこだわる理由の本題に入って行こうと思いますが、まず最初によく聞かれるのが、

「そもそも薬局とか薬剤師の仕事って具体的に何してるの?」

です。薬局における薬剤師の大体の業務内容はこちらに載せていますので、ご確認頂ければと思います。

一般的に外からはあまり見えない薬局の中での業務は意外と多岐に渡り、上記の薬剤師業務以外の事務的業務も分担によって成り立っているところがほとんどです。

つまり、法律上薬剤師免許を持っていないとできない業務はあるにせよ、他の業界の仕事と同じく、役割や手順、連携、相関性などのオペレーションを整備することができるのです。

その整備するきっかけとなったのは、社員の家族の他界でした。

当時、薬歴と呼ばれる患者個々人の薬のカルテを、紙ベースのものから電子化する為にシステムを導入し、一定のマニュアルや、やり方の枠を決めて、後は‟習うより慣れろ方式”でそれぞれに任せ、OA機器に不慣れでもそれぞれ全員が頑張って順応しようと、連日慣れない作業による残業が多くなっていました。
また繁忙期に差し掛かり、薬を必要とする患者が夜21時、22時まで来るという状況もあり、終業時間がさらに遅くなっていました。

そんなある日、社員の一人から「先日父親が亡くなりました」と報告を受けました。
高齢ではあったものの、前日まで普通にいつも通りの生活をしており、その日も普段と何ら変わらない暮らしをしていたにも関わらず、ある時自宅で呼びかけに応えない状況があり、しばらくしても応えないことを不思議に思って確認したら息をしていなかったのを家族が発見したそうです。

私は葬儀に参列しながら、非常に申し訳なく思い、後悔しました。

「もっと家族で一緒に居られる時間を作ってあげられれば良かった」

これまで、自身のプライベートの時間は自身のスキルによって生産性を高めて生み出すものという発想がどこかにあり、スキルの差で属人的になることはしょうがないとすら思っていましたが、改めて逆説的に考えてみました。

・家族と過ごす時間はその人のスキル次第だから、スキルがなければ時間がないのは当然なのか?
・亡くなると事前に分かっていたら、もっと早く対処していたのか?どうやって事前にわかるのか?

→全て違うのであれば、どうして対処しなかった?なぜ属人的と括って、問題点として認識しなかった?本当に改善したいと思っているのか?

後悔先に立たずとはよく言ったもので、それが自分の経営者としての意識が未熟で、他責で考えていた結果であることに気付き、悔いると共に、自身の実行力の無さを恥じました。

【テーマは “Time of Initiative(時間の主導権)”】

そんな経緯から、世論の長時間労働是正の声とも重なり、独自に本気で取り組むことを決意しました。

まず最初に何をすべきか考えた結果、それぞれ担当業務の前工程と後工程を理解した上で、自身の作業を行うことを明確にするため、SIPOC分析を行いました。

普段、業務に慣れていると何が無駄なのかもわからなく、当事者間では改善すること自体が煩わしくなる為、仕事の流れを見える化して、慣例化した無駄な工数や作業単位の相関性を把握し、作業効率を上げる目的で必要なものは行い、不要なものはやめるという極めてシンプルな決断をして、作業手順を簡素化するために分析を行いました。

そこで見えてきたのは以下のポイントでした。

・理由はわからないが“なんとなくで昔からやっている作業”
・仕事への“取組み方の考え方”(優先順位と作業順位)
・“時間の主導権を誰が持つべきか”の意識

SIPOC分析によって、実際のオペレーションの流れを上流から下流に至るまでを把握し、疑問に思う箇所はとことん必要性を検証し、物理的に作業を廃止するものもありました。
また優先順位と作業順位の違いを緊急度×重要度マトリックスを使って明確にした上で実際にオペレーションに落とし込み、それによる時間短縮効果を計測して実証し、オペレーション上の相関性や特に後工程(output)を意識した手順変更などを行いました。(一部ガイドライン等で定められている手順は変更せず)

それによって終業時間はかなり早くなってきましたが、生産性を上げつつ総合的な時間を短縮することで得られるメリットにも限界があり、患者(顧客)の「待つ時間」はどうしても存在してしまいます。

そこで「時間の主導権」が誰にあるのかを意識し、心理学的な切り口で、待つことでの不快・不安さをどうやったら解消できるのかを考え、「待つ方法を自らが選ぶ」という選択肢を作りました。

待ち時間目安の事前提示や、待ち時間を待合室内で待たず自由に出入りしてもらったり、待合室で待つにもあえて目移りするようなものを置いたり、最近ではスマホで処方せんを送信して、出来上がり次第お知らせするというアプリもお勧めしたりしています。

飲食業界やサービス業界からすれば、ごくごく当たり前のことですが、顧客目線に立って、実証されている有効な方法をこの業界にも当てはめただけで、手法としてはなんら難しいことはしていません。

ただ今までなんとなく概念としてあった患者(顧客)の待ち時間の対策について、「時間の主導権」という言語化した戦略を打ち出したことは、実際に患者(顧客)と接するメンバーにも理解しやすかったのではないかと思いました。

【顧客満足の前に“従業員満足”】

よく色々なビジネス書でも出てくる言葉ですが、私もとある感銘を受けたビジネス書から得た言葉です。

言葉自体は非常にシンプルで簡単ですが、いざ行うとなるとこれが非常に難しい。
なぜなら、満足する内容は人によって違うからです。

提示される給与がよい、社内の人間関係や風通しが良い、プレッシャーの度合いが適度、時間通りに帰れる、成長できる、、、などなど考えてもキリがありませんしなかなか統一化もできません。

しかしちょうどその頃、薬局の改装の話があがり、これを機に薬局を新しく生まれ変わらせる決断をしました。

まず考えたのはハード面で、これは「機能と価値」についてよく考えました。
「どんな機能があれば、どういう価値が生まれるか?」という観点とは逆から、「どんな価値を生み出す為に、どんな機能が必要か」を念頭に、職場の機能性とデザイン、そしてIT機器の連動による正確性・安全性・効率性にこだわり、八王子市内全域では大病院・大手チェーン薬局含め2台目の採用となる完全自動化の散薬調剤ロボットを導入しました。
(※リンク先はYouTubeになります。音の設定に注意して下さい。)

私たちが提供したい価値は既に明確で、我々の基本理念である「私たちの信条」でした。
機能そのものが重要ではなく、便利・快適・効率などを有する機能によって、それに従事するスタッフが患者(顧客)に対して健康という目に見えず形もない価値を各々のやり方で提供しやすくしていくことを重要視しました。

またそれと同時にソフト面も考えました。
同じく理念にある、スタッフそれぞれの個性を受け入れながら、長く働けるよう、社会教育を行うために1対1の面談でのディスカッションを年に2回行っています。

このディスカッションにより、労働生産性と労働分配率の数値だけみてもわからない現場で感じる問題点や疑問点、業界と自社の方向性やポジショニングを共有し、軋轢の目を摘み、職場環境を適正化しつつ、効率化を促進し、士気を高めてきました。
しかし、私はディスカッションをする上で一つ大切にしていることがあります。

それは「こちらから答えを出さない」ということです。

ディスカッションをしていく中で、自身で考えさせることを軸に置いています。
自身で考えることによって、課題を自身で見つけ、それに対する対応策も自身で考えることで、言動一致の納得目標を作ることができると考えており、そのサポートやアドバイス、コーチングをすることが“教育”であると考えています。

その教育を行うことで、成長と成功の実感を得ながら「昨日の自分より秀でる」達成感と満足感を自身で気づいてもらうことを目標としています。

【時間にこだわったらどうなったか?】

こうして、効率性を高めることで作業時間を短くしたり、顧客への選択肢を作ることで時間の使い方をコントロールしたりすることができました。
その一方で教育に関しては、時間をかけています。

それらにこだわると、徐々に目に見える効果が出てきました。

・全体的な時間を意識することで手元の作業時間を意識するようになった
→作業手順が明確化され動きやすくなった
→動きやすくなった分イレギュラー対応にも余裕をもてるようになった
→イレギュラー対応の共有含め職場内のコミュニケーションが増えた
→コミュニケーションを取るようになってミスが減った
→ミスが減った分新しいことを覚えることに抵抗がなくなった
→新しいことを覚えてさらに効率化できないか考えるようになった
→実際に効率化して早く帰れるようになった
(今では従来の1/3にまで時間が短くなりました)

時間の使い方によってはすぐに効果が現れたり、逆にしばらくしないと効果が出てこないなど、用途によって変わっていきます。
つまり、時間は使い方次第で変化するレバレッジツールなのです。

薬局での業務という一般的にも認知度がなく、また業界的にも閉鎖的な環境で、こういった「時間にこだわった改革」はなかなか他では無いのではないかと個人的には思っています。

これからの時代、医療関連機器や患者を含めて使用するツールがより汎用的で互換性を持っていくことを考えると、他業界と同等の環境やコスト意識を求められるはずです。
だからこのWantedlyでも医療系ITベンチャーが多くの求人を出して成長しようとしているのだと思います。

これを読んでいる薬剤師・薬学生はもちろん、何か葛藤を抱えているビジネスマンも、周りに関係なく是非何か一つでもいいので自分の中でこだわって、こだわり抜くつもりで必死に一つのことに挑戦してみてください。

一つの事に挑戦できなければ二つ目はありませんので、すぐに結果が出ないと不安かもしれませんが、そこを焦らず、とにかく一つやりきって下さい。
きっと景色は違うはずです。

ここまで長いストーリーを書く人間も珍しかと思いますが、最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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