社員インタビューvol.17病院のベッドで覚悟を決めた──共同創業者が語る「人生を預け合う」チームの作り方
こんにちは、Senjin Holdingsの人事責任者・武智です。
今回は、Senjin Holdings共同創業者であり、現在は営業部長・地方創生事業責任者として活躍する増田陽さんにインタビューを実施しました。病気で入院中に合格最低点で東大に合格した話から、創業期の壮絶なエピソード、そして今描く未来のビジョンまでを語っていただきました。
目次
病院のベッドで合格最低点を狙い撃ち──「コスパ最強」の東大受験
演劇からビジネスへ──自分より賢いやつが自分より努力している衝撃
僕の存在証明は、彼らの成功でしかない
人生を預け合える覚悟を持った人と働きたい
病院のベッドで合格最低点を狙い撃ち──「コスパ最強」の東大受験
改めて、簡単に自己紹介をお願いします。
増田:Senjin Holdingsの増田陽です。下山さんと共同創業して、現在は営業部長と地方創生事業の責任者をやっています。
幼稚園から小学校までアメリカで過ごして、その後は関東のいろんな地域を転々としてきました。中学からは聖光学院という神奈川の進学校に通っていて、そこで演劇や音楽に取り組んでいました。
中高一貫校だったので、そのまま高校に進学したのですが、3年生の夏に癌になって入院することになったんです。
それまで、「みんな東大に行くから自分も東大に行くんだろうな」と漠然と思っていたのですが、これは無理かもしれない...と感じましたね。
病室のベッドの上にプリントをわーっと広げて、過去問だけをひたすら覚えまくりました。
病院で受験勉強って、相当な状況ですね。
増田:僕のロジックでは、それだけで受かるはずだと思ったんです。特に歴史なんかは繰り返し同じようなところが出題されているし、数学も多少変えてるけど結局やってることは何年か前の焼き増し。
たまに解けないような難問が出ることもあるけど、そういうのを度外視したら基本的に焼き増しになってる。だから自分が受験する年も焼き増しの問題が一定数出てくるだろうと考えていたんですよね。
結果として、合格最低点で東大に受かりました。
僕はずっと「合格最低点で受かるやつが一番いい」と思っていて、実際に周りの友達にもそう言っていたんですよ。
余分な勉強をしていないということなので。
狙ったわけではないんですが、ピンポイントに合格最低点で受かったのは、人生で一番コスパのいい努力だったと思います。
演劇からビジネスへ──自分より賢いやつが自分より努力している衝撃
大学では英語演劇をやっていたそうですね。どうしてSenjinに参加することになったんですか?
増田:大学では1年目からずっと主役しかやっていませんでした。帰国子女だったし、演劇自体も中学からやっていたので周りの同期や先輩と比べて圧倒的に上手かったんです。
でも、一番練習していたのは結局僕だったんですよね。深夜に1人で練習したりしていました。「お前ら練習しないのか」みたいな違和感をずっと感じていたんですよね。
そんな時に高校生からの友人で現取締役の加藤に声をかけてもらって、Senjinの前身のCoinotakuにインターン生として参加することになりました。
最初は演劇と並行していたんですが、オフィスに行くたびに衝撃を受けたんですよね。
なぜかっていうと、代表の下山さんがオフィスに寝泊まりして仕事をしていから笑
僕も割と遅くまでやっていたのですが、下山さんは泊まりこみでやっているので、次の日朝早くに行っても、当然彼らは住んでるわけだから既にいる。
「めちゃくちゃこいつら努力してるな」と。
あと、下山含む経営陣と話していて、人生で初めてくらいに、会話に置いてかれる感覚があったんです。ちょっと考えを整理してから彼らの言ってることが理解できる。
初めて、自分より明確に賢い人に出会ったんですよね。
また、そんな人たちが、「自分より努力してるんだ」っていうことに衝撃を受けました。
今までの僕の人生にはなかったことで、ずっとそういう環境を求め続けていたんです。
その時に「あ、僕が打ち込むべき場所はここだ」って思いました。
それまでは、なんとなくコンサルや投資銀行にいって、いわゆるエリート街道をひた走って稼ぎまくってやるぞと思っていたんですよね。
ただ、自分より賢いやつが自分より努力してる環境に出会えたことで、彼らより努力しないと彼らに一生追いつけないと思ったんです。
だから「俺はその人たちの目の前でこいつらよりも努力してやろう」と思って、インターンを始めて半年後には学校にもほぼいかずフルコミで仕事に取り組むようになりました。
0から今まで見てきて、Senjinはどう変化したと感じますか?
増田:大きくなったし、いい会社になったなって思います。昔はとにかくお金稼ごうぜみたいな感じの人たちが集まっていて、そういう採用の仕方をしていました。
でもある時それがうまくいかなくなって、メンバーが半分になる瞬間があったんです。
今でも一番覚えてるのがそこで、「明日からメンバー半分になります」みたいな状況があって。「俺たちがいれば何とかなる」みたいな感じで、やり続けてきました。
今はそういう感じじゃなくて、チームとしてめちゃくちゃいいところを目指そうぜっていう、個人でも頑張りつつみんなで頑張ろうという感覚になってる。それが結構変わったなと思います。
昔は、「自分がこの会社を大きくして、貢献するんだ」という想いでやっていて、実際に貢献できているという自負を持って仕事に取り組んでいたのですが、
今あるのは本当にみんなに対しての感謝ですね。
僕がやってることはほぼない。みんなが頑張ってくれている、と心から思っています。
僕の存在証明は、彼らの成功でしかない
今の仕事のやりがいはどこに感じますか?
増田:先ほどと重複してしまうのですが、正直、自分自身にはもうないですね。
自分が何かをできるようになったとか、大きい売上を立てることができたとか、そういうのももちろん楽しいし、充実感はあるのですが、自分が関わってなかった新しい輪が広がっていく瞬間にやりがいを感じます。
直近で印象に残っているシーンで言うと、気がついたらマネージャーの子が、僕が昔教えてたことを自分の言葉にして、自分の部下に伝えたりしてる。「こいつもこんなこと言うようになったのか、1年前は全く同じこと僕に言われてたのに」って思うと、すごく嬉しいんですよね。
というのも、彼らの成功が自分の存在の証明になっていると思っているからです。
彼らの成功が僕の存在の証明というか。
僕自身が僕を証明することってどんどん難しくなってるから、やっぱり彼らが楽しく、人生を豊かに成果を出しながら過ごしてることが自分のやりがいです。
この考えは、自身がガンを患った経験から来ていると思います。
「多分普通より人生短いし、意外と簡単に人は死ぬ」という死生観を持つようになって、「残るものは人にしか残らない。それが受け継がれていくことでしか物事は残らない」と考えるようになりました。
人生を預け合える覚悟を持った人と働きたい
最後に、どういったメンバーと働きたいですか?
増田:やっぱり仕事の向き合い方になるのですが、僕は命を預け合うことができるメンバーと働きたいですね。
仕事と人生は切り離せるものでもないと思うから、仕事を預けるってことは人生を預けるということと同義だと思っています。
僕自身、メンバーに対して人生を預けられてる感覚があるんですよね。
ベンチャーだから、今まで行こうとしてたルートと違うルートになることが多くて、それまでの人生の規定路線をねじ曲げてるっていう自覚もめちゃくちゃあります。
事実、誰もが羨むような大手企業の内定を蹴ってSenjinに入社してくれるメンバーも多数い
ますから。
だからこそ、入ってくるメンバーの人生を絶対に豊かにしなきゃいけないという自覚を持っています。
また、彼らの人生を背負うのは当然のこととして、さっき話したようにメンバーが僕の存在の証明になってるわけでもあって、僕の人生も同様に彼らの未来に預けています。
だから、とても頭がいいとか特別優秀だとか、そういうことを求めていなくて、
「僕の人生をちゃんと受け取ってくれる」覚悟がある人と一緒に仕事がしたいですね。