株式会社ポジティブドリームパーソンズ(以下、PDP)では、入社から10年を迎えたメンバーを「エバンジェリスト(伝道者)」と称し、その歩みと功績を讃える文化があります。今回はキャリア採用で入社した、料理に携わる3名のメンバーが登場。様々な経歴を持つエバンジェリストとして、これまでの葛藤や専門職としての成長について話し合いました。将来のビジョンまで語り合う、彼らの熱い想いをご紹介します。
プロフィール
▪大谷 洋祐(写真中央)…2014年にPDP入社。専門学校を卒業後、地元長野県のホテルに就職。その後上京しフレンチに携わる。ホテル西洋銀座で5年勤め、ベルギー料理店を経てPDPへ。FBS(フード・ビバレッジ・サービス)企画室所属。
▪本庄 健太(写真右)…2014年にPDP入社。イタリアンのお店でアルバイトをしながら、調理師の専門学校を卒業。渋谷のバーでバーテンダーとソムリエを担いながら店長として勤務。店舗の立ち退きを機にPDPへ。FBS企画室所属。
▪後藤 和也(写真左)…2015年にPDP入社。高校卒業後、箱根のホテルに勤務。イタリア料理を学ぶため、知人の紹介で著名な料理人の元で働く。その後ダイニングバーの立ち上げなどに携わり、PDPへ。ザ テンダ―ハウスのキッチン所属。
【FBS企画室とは】
全国規模で運営をしているPDPのスケールメリットを活かした材料の安定供給や、最終顧客へ向けた価値の高い商品の創出を主なミッションとしている。新店舗の立ち上げの際には、コンセプトの落とし込みやメニューの作成、さらには顧客に関わるメンバーの育成、生産者とのつながりの構築など業務は多彩。
3名のプロフェッショナルが歩んできた道のり
——— キャリア採用でPDPへ入社されたということで、まずは経歴から教えてください。
大谷:専門学校を卒業後、地元長野県のホテルに就職しました。長野オリンピックの次の年くらいかな。その後上京して、3年フレンチのお店で勤務し、2年渡仏していました。帰国後ホテル西洋銀座で5年勤務し、ベルギー料理店3年を経てPDPに入社しました。後藤さんもホテル西洋銀座で勤めていましたよね?
後藤:そうですね。大谷さんと時期はかぶっていなくて、入れ違いでしたけど。
——— 最初は地元で働きたいという想いがあったのでしょうか?
大谷:スノーボードが趣味というのもあって、もともと地元・長野が好きでした。しかし当時所属していたホテルのレベルに不満があって…。もっといろいろな経験がしたいと思い、上京しました。PDPを選んだ理由としては、当時勤めていたベルギー料理店よりも、もっと規模の大きな会社で挑戦したくて。PDPは当時ベルギー料理店の倍くらいの規模があり、婚礼も学ぶことができるのが決め手でしたね。
——— 続いて本庄さん、お願いします。
本庄:新宿の調理師専門学校に通っていました。当時イタリアンでアルバイトをしていたのですが、そこで知り合ったお客様が渋谷でバーを経営されていて、その繋がりでバーでも働くようになって。その後、別の渋谷の店舗に引き抜かれて副店長、店長になり、ソムリエとバーテンダーをやりながら長く勤めました。残念ながらお店の立ち退きが決まり、「もっと外の世界が見たい」と決意しPDPに入社しました。
——— 専門学校ということは、もともとは調理師になろうと思っていたのですか?
本庄:そうですね。最初にアルバイトしていたイタリアンが、お客様の前でパフォーマンスをするタイプのお店で。その“ライブ感”を魅力に感じて、バーで働くようになってからはバーテンダーを目指すようになりました。
——— バーテンダーとして、世界的な大会にも出場されたと伺っています。
本庄:スコッチウイスキーブランドのシーバスリーガルが主催するコンペで優勝して、スコットランドに連れて行ってもらった経験があります。その後、ロンドンでゲストバーテンダーをやったり、中国でセミナーを開いたり。その経験を活かして、PDPでもサービスをやりながらバーも担当しています。現状、PDPでバーテンダーとして活躍している人があまりいないので、継承していきたいですね。
——— 最後に後藤さん、お願いします。
後藤:高校卒業後に、箱根のホテルへ就職しました。その後どうしてもイタリアンがやりたくて、著名な料理人のもとへ知り合いのツテで入り、アルバイトから社員へ。その後一度地元へ帰り、お店の立ち上げとそこの料理長をしていました。紆余曲折ありナポリピザのお店でメニュー開発なども経験したのですが、オーナーと喧嘩して辞めてしまい…都内か、横浜辺りへ行きたいなと考え地元を離れました。PDPは知人の紹介で知り、自宅から通える範囲である品川の店舗へ配属されたという経緯です。
——— イタリア料理を選んだきっかけを教えてください。
後藤:高校生の頃にアルバイトをしていたのがイタリア料理店で。当時はまだメニューの種類が少なく、都内でいろいろな料理を勉強したいと思い上京しました。
——— 経歴が分かったところで、大谷さん、本庄さん、後藤さんの3名は、これまでどのような関わりがありましたか?
大谷:3人とも同じタイミングで、品川の「THE LANDMARK SQUARE TOKYO」(現在は営業終了)に勤務していました。
本庄:そうですね。僕はTHE LANDMARK SQUARE TOKYO内にある「レストランチェリー ウィズ スカイバー」でサービスをやっていました。
後藤:私はおふたりより少し遅めに入社していて、当時3人で話したことはあまりないかな。同じ建物内でもフロアが違うと、あまり接点がなかったように思います。
大谷:ザ テンダ―ハウスでマネージャーになってからは、後藤さんとは毎日顔を合わせています。本庄さんとは、白金然荘のペアリングを組み立てる時に入ってもらっていましたね。半年くらい、3人でメニューについて話し合いをしていました。
後藤:もう長い付き合いですね。本庄さんとは同じ会場にいたから特に長くて、大谷さんとはザ テンダ―ハウスに来てから密な関わりを持つようになりました。1年に1回くらい、皆で飲みに行ったりもします。
直面した課題に挑み続け、見えてきた新しい景色
——— PDPに入社後、前職とのギャップはありましたか?
大谷:入社した時は、PDPがレストラン事業を始めてまだ5年目くらいのタイミングで。料理のクオリティは今よりも低かったですね。もともとウエディングの会社だったので、レストランのプロフェッショナルがいませんでした。それまで自分はハイクラスのレストランにいたので、レベルの差をひしひしと感じましたね。
後藤:これからレストランの店舗も増えていくタイミングでしたよね。
本庄:僕はバーがやりたかったのですが、入社時はできる人が全くいませんでした。レストランに赴いてみると、バーをやる物は揃っていても、人がいない状況だったんです。前職でバーの店長をやっていた時は、お客様に合わせて自分でワインを選び、仕入れていましたが、PDPでは欲しいワインがなくて…決められたワインしか入れられなかった。一から開拓する必要がありましたね。その後は全社のワインリストの作成や、新店のメニュー開発など割と早い段階で任せてもらえるようになりました。
——— 大谷さんは全社のことにも関わるようになって、変えていったことはありますか?
大谷:「レストランチェリー ウィズ スカイバー」のランチメニューを考えてみてと言われたのが最初で、その後いろいろなメニュー開発に携わることになりました。とあるタイミングで“ワンダフルキッチンプロジェクト”という企画に携わることとなり、そこでベンチマーク先の会社を参考にしていろいろなことを変えていきましたね。
後藤:“ワンダフルキッチンプロジェクト”は、いわゆる“ワイガヤ”のような感じ(※ワイガヤとは、役職や年齢を超えて自由に意見交換ができる場のこと)。僕が前職とのギャップを感じたのは、入社当初オールデイダイニングに配属されて、人と一緒に仕事をするというより、個人プレーなことが多かったことかな。
大谷:後藤さんはホテル西洋銀座でイタリアンをやっていたプロフェッショナルだからね。紆余曲折あったようですが、PDPのメニューには随所に後藤さんのエッセンスがちりばめられていますよ。例えば婚礼料理だったらリゾットとか。
——— この10年を振り返って、苦労したことや嬉しかったこと、いろいろ経験されたと思います。素直に今、どう感じていますか?
本庄:辛かったことより、楽しかったことの方が多かったですね。この10年間は本当に学びが多かったです。それがないと仕事が続けられなかったと思います。仕事というより趣味のようで、毎日面白いですよ。PDPは取り組める範囲が広いのでそこが魅力ですね。パートナー企業との契約や価格交渉なども興味深く、いろいろな方とお話しができるので情報も入ってきます。ドリンクのメニュー開発やワインリスト作りもしているので、それに関わるメーカーと新しく繋がる機会などもありますよ。
大谷:本庄さんはバーテンダーもソムリエも持っているから、当初からワインリストを作ってもらったり、メーカーさんと繋がりを作ったり活躍していますよね。
——— 特に印象的なターニングポイントはありましたか?
本庄:FBSに入ってからですね。現場だけでは見えていなかったところが、いろんな店舗に行けるようになって視野が広がりました。一つの現場だけでは全社の統一メニューを作るのは難しいですが、いろんな店舗を見ることで提案の幅も広がりました。
——— FBSに入った経緯を教えてください。
本庄:コロナ前、実は退職して自分でお店をやろうと思っていました。でも周りの独立した人たちを見ると大変そうで…資金的にも小規模なお店しかできないと思っていました。そんな時に堀江さん(当時の上司)に声をかけてもらって、FBSという新しい選択肢を提示されたのがきっかけです。
——— 続いて大谷さん、この10年を振り返っていかがでしょうか。
大谷:PDPに入社してから6~7年くらいは、忙しすぎて記憶が曖昧です。ひたすらこなしていましたが、徐々に人員が充足していって視野が広がりましたね。常に人不足だったので。もともと料理人なので、料理を作っているのが好きなのですが…料理人以外のことに関わる機会を与えてもらったので、人にも与える、技術を継承していくことで会社の質を上げることをモチベーションにしています。
——— 様々な苦労の中で、会社を辞めたいと思ったことはありますか?
大谷:PDPに限らず、周りにはできて自分にはできないことがあった時、2万回くらい「料理向いてないかも」とは思いましたね。しかしレストランの経営や婚礼もやりたくてPDPに入社したので、新店の業態開発や料理提案など、いろいろなことが学べてよかったと思っています。シェフになることが目標でしたが、今は「会社全体の質を上げていきたい」という目標を持っています。まだまだ足りないですね。
——— 今後さらに知見を深めたいことはありますか?
大谷:例えば現場にいると、オープンの少し前から携わって、メニュー考えて、組織を編成してひたすらやっていくという感じ。しかしFBSに入ると、業態開発のような開業準備から携わることができる。ここは一定学べたので、次は新規案件の話になった時に、どういう戦略でどういう案件を取ってきて実際にオペレーションしていくのか、というところはまだ経験が足りていないので、もう少しできる領域を広げていきたいですね。
——— 後藤さんは、この10年をどう振り返っていますか?
後藤:いろいろと大変でしたが…特に慣れるまでが大変でしたね。入社して3ヵ月目くらいの時、一度辞めようと思い堀江さん(当時の上司)に相談したのですが、説得されて結局続けることになり。みんな手助けしてくれるし、分からないことは「分からない」とはっきり言える環境だったので、周りの人に助けられながら続けてきました。自分の知見も溜まっていき、臨機応変に対応できるようになりましたね。
——— 周りの助けが受けられる環境が整っていたということですね
後藤:THE LANDMARK SQUARE TOKYO時代は担当するレストランが多く、コンセプトも人もバラバラだったのでやることが非常に多くて。誰かしらに相談しないと絶対に滞ってしまうから、そこは相談しようと決めていました。ザ テンダ―ハウスに配属されてからは、婚礼の料理が初めてということもあり不安が大きかったです。関わるセクションも多いし、金額も違うから。慣れるまでは苦労しましたが、「メンバーがついてきてくれている」と実感できるタイミングがあり不安が払拭されました。
大谷:婚礼に配属される前から不安は聞いていたのですが、一旦1年は伴走しながら婚礼をやってもらうということになり。後藤さんは人の意見をきちんと聞く方なので、優しいですしね。割と任せているから上手くいっているんじゃないかな。
本庄:ザ テンダ―ハウスは朝食、婚礼、バンケットといろいろなことをやっている会場ですから、そこでチームをまとめるのは難しいと思います。限られた設備でメンバーに動いてもらえているのは、後藤さんの力なのだろうなと。
——— メンバーとの良い関係が築けているんですね。マネジメントで気を付けていることはありますか?
後藤:できるだけ任せて、相談しやすい環境を作るために声をかけています。声をかけるくらいしかできることがないから。
大谷:後藤さんは話しかけづらい雰囲気作らないですものね。
PDPの“挑戦する文化”を次の世代へ繋いでいく
——— 今後どのように成長していきたいか、皆さんの目標を教えてください。
本庄:外部から、「PDPはレストランが強い会社だ」と見てもらえるように成長したいですね。プライベートで他社の方と話すと、「PDPはウエディングの会社だよね」と言われるので、そこを変えていきたい。そのためにメンバー育成の仕組みや、何事にも挑戦できる環境を作っていきたいです。挑戦する人を応援したいですね。
大谷:料理、サービスのクオリティを高めたいです。星付きレストランとまではいかなくとも、星付きを垣間見られるレベルまでは上げていきたい。また本庄さんと同じで、人がちゃんと育つ環境を整えたいです。料理人はもともと3年くらいで転職を繰り返していくんですけど、残ってくれた人にはマネージャーになってもらえるような道は作っていきたいですね。PDPでちゃんと技術を身に着けて、シェフになれるような、他店に行っても通用するような人財を育てていきたいです。転職をしても、「PDPは学びのあった職場だったな」と思ってもらいたい。
後藤:ザ テンダーハウスからたくさんマネージャーを輩出したいですね。PDPの利益も考えながら、メンバーが働きやすい環境を作りたいと思います。
——— 最後に、皆さんにとってPDPとはどんな会社ですか?
大谷:チャレンジする会社だと思います。それを引っ張っている人が周りに多いので、そこが好きです。
本庄:本当にチャレンジできるフィールドがあります。自分の目線次第でできることがたくさんある。自分の動き次第でどこまでも広げられます。
後藤:みんな助けてくれる、支え合うことができる会社です。上下関係なく、困っている人がいたら手を差し伸べてくれる人が集まっている会社です。
——— 時には有名店で修業し、その道を極めてきた3名のエバンジェリストたち。そんな彼らがPDPへ入社し培ったのは、技術だけではありません。仲間と支え合い築き上げた信頼、お客様とのご縁—。そのすべてが、私たちの原動力です。この先もチャレンジし続ける、彼らの活躍にご期待ください。
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