1. 静けさの中のダイナミズム
ホアンキエム湖のほとりを朝歩くと、まだ空気が冷んやりとしている。多くの人々が、湖を囲む遊歩道でゆっくりと体を動かし、会話が途切れない。特有の発音を持つベトナム語が響き、微笑ましい様子が目にとまる。近くのカフェでは、まだ眠い様子の若いスタッフが開店の準備をしている。 日中、バイクが縦横無尽に走り抜ける街の騒がしさとは対照的な、穏やかで落ち着いた時間が流れている。だが、その静けさの奥にこそ、この街のダイナミズムがある。
ベトナム――特にハノイという都市は、首都としての表面的な秩序と、底に流れる変化への渇望が同居している場所だ。統計で見れば、経済成長率、平均年齢、インターネット普及率など、どの指標も右肩上がりだが、それだけでは語れない「熱」が、この都市にはある。
近代化が進んでいるものの、やや懐かしい雰囲気を持つビルのゲートをくぐり、オフィスに向かうと、英語とベトナム語と日本語が交錯する。その雑多な言語で交わされる意思決定や協働の姿は、予定調和や秩序を重んじる日本企業の文脈とは大きく異なる。
2. 「日本」「日本人」という言葉の持つイメージ
ベトナムに来て驚くのは、「日本」 「日本人」という言葉の持つイメージが、想像以上に好意的に受け止められる一方で、漠然としており、柔軟に変化することだ。日本企業の信頼性は依然として高い。しかしその裏側で、韓国企業や欧米企業の進出、海外ドラマの影響などを受け、「日本的なやり方」への無言の違和感も確実に存在している。
現地のスタッフから見れ ば、「報連相」の厳格な運用も、日本の本社に確認しないと決定できない承認プロセスの多層構造も、非効率であり、現場感覚を無視した「形式」に映る。むしろ、ベトナムの慣行を尊重するなどして、スピード感を持ち、変化に柔軟な日本人が、高く評価される。
つまり、ベトナムというフィールドにおいては、“どういう働き方をする日本人か”が問われるのである。
3. ハノイのオフィスという「交差点」
ある日系の製造業の現地法人では、朝9時になるとバイク通勤のスタッフが次々に出社してくる。
妻を二人乗りのバイクでオフィスまで送り、自身のオフィスへ向かう夫の姿を目にすることもある。日系企業のオフィスのレイアウトはオープンで、ベトナム人スタッフと日本人駐在員が同じデスクで仕事をしていることが多い。形式ばった挨拶は少なく、その代わり、表情や声のトーンで空気を読むこともある。
あるベトナム人スタッフは午前中に日本語のメールを書き、午後には英語のプレゼンをこなす。そして、その合間には、笑顔が絶えることなく、ベトナム語で同僚に冗談を飛ばしている。そうした多言語的な環境の中で、日本人も“異質な存在”であることを前提に働く。
ハノイのオフィスは、文化、言語、価値観が交差する“交差点”であり、それ自体が学びの場なのだ。そして、日本では感じることが少ない、年齢・性別に関係のない“親密感”が存在する。
4. 日本企業の“職場観”とのギャップ
日本の職場文化は、長年にわたって「同質性」を前提としてきた。言わなくても伝わる空気、暗黙の了解、年功序列――といった“ルール”が機能していた。
しかしハノイでは、前提の共有ができないことを前提に、全員が意識的に「説明する」努力をする。それは面倒ではあるが、その分だけ、本質的な対話が生まれる。
また、タスク管理やスケジューリングひとつ取っても、細かな差異がある。日本では当たり前の「期限遵守」も、こちらでは状況次第で変動するものと捉えられることがある。たとえば家族を重視するベトナム人にとって、期限は二の次となることもある。だが、それを単なる“甘さ”と切り捨てず、なぜそうなるのかを一緒に考えることが、異文化協働の第一歩である。
5. ベトナム人同僚との日々のやりとり
ハノイで働くということには、本には書かれていない学びがある。
それを象徴するのが、ベトナム人同僚との日々の何気ないやりとりだ。彼らの間合いは日本よりも一歩近く、言葉以上に「雰囲気」や「声の抑揚」によるコミュニケーションが重視される。初対面でも肩を叩き合い、ランチを一緒にすればたちまち友人のような距離感になる――そうした情の通い合いは、日本のビジネスシーンではやや失われつつある空気かもしれない。
だが一方で、その親しみやすさの裏には、驚くほどの適応力と切り替えの速さがある。ある日のインド人との会議で感じたことだ。こちら側で用意した資料は不完全、話の流れもやや雑然としている。だが気づけば誰かが仕切り直し、インド人との話は建設的に着地していた。日本人であれば、資料の準備は完全であるものの、インド人の一方的な議論の進め方によって、着地を見出す前に圧倒されることが多い。
ベトナムの職場は、計画通りにすべてを進めようとするとしばしば混乱を招く。しかし、全員が自らの役割を直感的に理解し、状況に応じて即座に動き出す。ルールに頼らず、場の流れを読み、柔軟に対応する。コミュニケーションが最も重要であり、そこには、形式ではなく「人と人との関係性」から生まれる秩序がある。
つまり、ハノイの職場とは、予定調和ではなく“即興性”によって成立する舞台。変化を恐れず、むしろ変化の中に学びの種を見つける人にとって、これほど刺激的な環境はない。
6.同僚と過ごす カフェ文化がもたらすもの
ハノイの街は、カフェ文化が根づいた都市でもある。現地のビジネスパーソンに限らず、多く老若男女が、カフェで思索を深め、仲間や店員と会話を交わす。そこには「業務」では拾いきれない人間の温度がある。
たとえば、ホアンキエム湖の近くにあるc。ベトナム人同僚との打ち合わせの帰りに立ち寄ると、自然と話題は仕事から家族、キャリア観へと移っていく。彼らが語る「親兄弟を始めとする家族を支えるため」という価値観は、日本の働き方とは異なる視座を与えてくれる。
また、雑然とした街の喧騒の中に、ふと静けさが流れるこの空間では、混沌と秩序が不思議なバランスで共存している。冷房の効いた店内で、スイートなベトナムコーヒーを飲みながら、現地スタッフと語り合う。そんな時間こそが、信頼を築く上で何よりも重要な場となる。
7. 最後に――ベトナムという成長の場
ハノイという都市は、決して完成された“快適な都市”ではない。インフラも大きく発展しているがまだ途上であり、交通事情も読みづらく、特に夏は暑さが厳しい。しかし、その未完成さこそが、働く人に想像力と創造力を求める。
日本では、どうしても“こなす”ことが優先される。しかしハノイでは、常に“生み出す”ことが求められる。目の前の課題に対して、正解を探すのではなく、最適解を仲間と「一緒に」導き出す。その決して直線的ではない過程にこそ、自身の成長にとっての意味があるのかもしれない。
異文化、異言語、異価値観――それらすべてが混ざり合うこの都市で、日本企業もまた、自らの型を問い直す必要に迫られている。そして、そこに加わる一人ひとりが、新たな秩序をつくる担い手になる。
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