日本を代表する音楽メーカー・ヤマハ株式会社は、1887年創業から続く伝統を守りつつも、常に挑戦することをやめない。たとえば、2017年に発表したボーカロイドキーボード「VKB-100」は、専用アプリで入力した歌詞を本体に転送すれば、ボーカロイドに歌わせながら演奏できる。
また「DTX402 SERIES」の最新機種は、電子ドラムでありながらより生ドラムに近い感覚で叩ける上に音のバリエーションを楽しめるという電子楽器の特性も発揮している。
こうしたヤマハのプロダクトを紹介するブランドムービーやWebサイトの制作を担当したのが、ミュージシャンとしても活動しているmonopoプロデューサーの田中健介だ。今回はこの田中に加え、クライアントであるヤマハマーケティング統括部の嘉根林太郎氏と新竹美奈子氏を交えて、この1年のことを振り返ってもらった。
2017年6月。嘉根氏は、最先端のクリエイティブがどのようなものなのかを知るためにカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルを訪れていた。そこで出会ったのがmonopo・COOの岡田隼だった。二人は音楽という共通の話題があったことで意気投合。日本で再会することを約束する。そして後日、嘉根氏はmonopoのオフィスを訪れ、エレキギター「REVSTAR(レヴスター)」のWebサイトのリニューアルと、ボーカロイドキーボード「VKB-100」のムービー制作の相談を持ちかける。そして、この案件を任されることになったのが田中だった。
— monopoに白羽の矢が刺さったのはどうしてだったのでしょうか?
嘉根:やはり音楽に対する理解度が深かったことですね。田中さんはもちろんですが、岡田さんをはじめmonopoにはバンドをやっているメンバーが多いので話が早いんですよ。
田中:確かに共通言語があるのは大きいかもしれないですね。楽器をやっていないとわからないことって必ずありますから。
嘉根:あとmonopoさんはメンバーが多国籍なのも大きかったです。ヤマハの売上比率は海外が70%を占めているので、国内だけに伝わるクリエイティブではダメなんです。そのあたりのことを汲んだうえで企画を出してくれるので、安心してお任せできるなと。
歌声を楽器にするーそんな、前例のないプロダクトのブランドムービーはどう作られた?
ー特にVKB-100はこれまでに前例のない楽器ですよね。どのようにしてムービー制作を進めていったのでしょうか?
嘉根:まずはプロダクトのオリエンテーションをさせてもらって、そこでコンセプトやターゲットについて伝えさせていただきました。あとは実機を送って「まずは弾いてみてください」と。
田中:今回の仕事でVKB-100を触らせてもらったんですけれど、これまで体験したことのない楽器で、すごく面白かったです。そういった実感を踏まえて、今までの楽器動画広告に縛られないような提案をしました。でも、それについて二人から反対するような意見が出てこなかったのが驚きでしたね。
— ヤマハとしても、これまでと違った表現方法に挑みたい気持ちがあったのでしょうか?
新竹:そうですね、VKB-100はまさに。ボーカロイドの声で演奏できるキーボードなんて世の中になかったですし。そういったプロダクトを開発するのも、ヤマハが新しい音楽表現にチャレンジしたいという野心を持っているからなんです。だから、ブランドムービーもこれまでより尖ったものでないと伝わらないと思いました。
— 完成したムービーはワンカットで撮影されていて、どこかミュージックビデオのような雰囲気を感じるものに仕上がっていますよね。
田中:VKB-100を実際に演奏させてもらって、「こうして使ってください」と使い方を示すものではない気がしたんです。どちらかと言うと「こうしたら楽しいんじゃないか」ということを想像させる方がいいんじゃないかって。だから、いろんな可能性を示せるようにしたいと考えました。家で弾いても楽しいし、ライブで使ってもいい、みたいな。でも、それを細かくカットを割って表現していくと、どうしても説明的になってチュートリアルムービーみたいになってしまう。それは避けたかったので、思い切ってワンカットで撮ることにしました。
”VOCALOID Keyboard / VKB-100”
この「VKB-100」のムービー制作で大きな信頼関係を築くことができたヤマハとmonopoは、2018年に新たなクリエイティブに取り組むことに。電子ドラム「DTX402 SERIES」のブランディングである。
— 「DTX402 SERIES」は、どのような経緯で制作が進んだのでしょうか?
嘉根:まず私たちからブランドに対する考え方を田中さんに伝えました。
田中:そのときに動画はマストだし、Webサイトも制作しなければいけない。あとクリエイティブのガイドラインもチュートリアルも必要だとなったので、これはもうブランディングですよねっていう話をしたのを覚えています。
嘉根:そうでしたね。そこで「そもそも初心者って誰なんだ?」ということを真剣に話し合いました。よくよく考えてみると、ドラム初心者という言葉はドラムを始めたばかりの人を指すんですね。でも「DTX402 SERIES」では、まだドラムを触ったことがない若者に向けた情報を発信したかった。であれば、とにかくドラムをかっこいいと思ってもらわないとダメだという結論に至りました。
田中:そこで僕の方で欧米のティーンズが興味のあるものを調べてムードボードにしたんです。
※ムードボード(Mood Board) …グラフィックなどのデザイン分野で、アイデアや コンセプトを画面や紙面にコラージュとして作成したもの。デザインアイデアの共通認識を行うために用いられる。
嘉根:それを踏まえてヤマハ社内でディスカッションを行い、「今流行っている音楽ってほとんど生ドラム入ってないですよね?」という結論になったので、訴求するポイントを新しいものにしたんです。
田中:あと心がけたのは機能訴求に向かわないこと。楽器の広告って「こういう音が出ます」「こういうことができます」っていう部分にフォーカスを置く傾向が強いんですけれど、楽器を触ったことがない人間にはよくわからない話だと思ったんです。それよりも、もっと「ドラムをやりたい」と思わせる強烈なメッセージが必要だと考えました。
嘉根:そこは私たちも気をつけなくてはいけない部分で。メーカーとしては、機能を訴求したい気持ちが疼くんです。でも、今回は思い切ってそこを排して臨むことにしました。
田中:そこでムービーでは、少年が衝動的にエアドラムを叩くところから始めました。ああいうことって音楽が好きになって楽器をやりたいと思ったら絶対にやると思うんですよ。ほうきをギターに見立てるのと同じで。
— そういう気持ちって楽器をやっている人だからこそわかる感情だったりしますよね。
嘉根:最後に少年がニヤッて笑うのがまたいいんですよ。あと、最初のタッチポイントはティーンズの衝動に訴えかけるものなんですけれど、そこからWebサイトに訪れたときにきちんと機能を訴求できるようにもしています。最終的には購入者となる親がチェックすることになると思うので。
— 組立説明動画や機能紹介動画も非常に凝った作りになっていますよね。
田中:これについては単なるハウツー動画にしたくないというお題がありました。
新竹:楽器は動画検索されることも多いので、見ていて楽しいものにして、離脱されないようなものにしたいという気持ちがあって。また、楽器を紹介しているものなのでサウンドを重視するのは当然ですが、そのうえでリッチな情報をお届けしたかったんです。伝えたかったポイントを、動画というメディアの強みを活かして訴求できたかなと思います。
“Yamaha DTX402 assembly”
“Yamaha DTX402 Function&Apps”
これらに加えてmonopoでは、「DTX402 SERIES」のクリエイティブガイドラインも制作。これは全世界で共通のイメージを持って「DTX402 SERIES」を販売していこうという意思表明の表れでもある。
嘉根:これまで各国の広告戦略については現地法人に任せていた部分があったのですが、マーケティングを強化していくにあたり、全世界で共通意識を持って取り組むことになったんです。
新竹:現在は動画検索だけでなく、画像検索も主流になっているので、ファーストビューでバラバラなイメージが出てくるとブランドの価値を高めていけないなと考えていたので、ローンチタイミングできちんとルール化できたのはすごくよかったと思います。
田中:実はこの仕事、monopo社内からの評価もすごく高いんですよ。クリエイティブガイドラインまで作るなんてなかなかできることではないので。
ヤマハとmonopoでひとつのチームとなり、いつかカンヌを獲得したい
— この1年で両社の関係性はさらに深まっていると感じました。今後もさまざまなことに取り組んでいけるといいですね。
田中:この1年は、いわゆるライトミュージックというジャンルでご協力させてもらいましたけれど、実はクラシックにも興味があるんですよ。
嘉根:なるほど。面白そうだなという気はします。ただクラシックになると、僕はモードが変わると思いますよ。
新竹:嘉根はクラシックへの思い入れが強いから、すごく本気になりそう。
田中:なるほど。じゃあ、やめておきますか。
一同:(笑)
嘉根:でも、monopoさんとはこれからもいろんなことに挑戦したいですね。弊社はメーカーということもあり、どうしてもプロダクトベースで考えがちなんです。そうではなく、もっと音楽ベースで考えたいよねって話は新竹ともずっとしていて。たとえば、ピアノだって弾かれなかったら、ただの大きな黒い箱だと思うんです。ところが、誰かが鍵盤を弾いた瞬間に音が鳴って、それによって空気が一変するわけです。そういった“楽器が演奏されることで生まれる感動”みたいなものをもっと伝えていきたいなと思っています。
田中:これはちょっと的外れかもしれないですけれど、音の感動を伝えるとしたら制作物にこだわるのではなく、ライブをやるとかでもいいかもしれないですよね。
嘉根:本当にそう。極端な話をすれば、ライブをやって、音を録って、写真を撮ってというだけで成立するものでもいいと思っています。
田中:あと、個人的にはヤマハさんと一緒にカンヌライオンズを狙いたい気持ちがあります。というのも、つい最近「カンヌを獲るには?」をテーマにした勉強会に参加したんですけれど、そこで講師が「クライアントと運命共同体になれるかがすごく大事だ」とおっしゃっていて。やっぱり、そこまでの関係値を築くのってなかなかできないことだと思うんです。でも、ヤマハさんとはそれが実現できそうだなと感じています。
嘉根:確かに。僕たちもクライアントであるという認識は持たないと言ったら言い過ぎかもしれないですけれど、そういう関係では考えていないんです。そもそもクライアントという言葉は好きじゃないし、一方的にお金を払ってお願いしますというわけでもないですから。やっぱりひとつのチームになれるのは重要だと思います。
新竹:そういう意味では、フラットに会話できる関係がいいですよね。田中さんも私たちの意見に対してなんでもYesというわけではなく、違和感を覚えたらそれを言葉にしてくれるじゃないですか。そうした関係のなかでさまざまなことを議論しながら、二人三脚でいいものを制作していけるといいですよね。
1年を通じて複数のクリエイティブを共に制作してきたヤマハとmonopo。その関係性はさらに濃いものになっている。それが実現できているのも嘉根氏と新竹氏の信頼があってこそ。いつかこのチームで、彼らが出会ったカンヌで賞を獲得するために、さらに良いものを作っていきたい。