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映画とロボット開発の共通点は“人間”〜映画監督 三島有紀子氏と弊社代表 林の対談〜

今回、対談の機会をいただいたのは...


三島有紀子(みしま・ゆきこ):映画監督
大学卒業後、1992年にNHKに入局。ドキュメンタリー番組の企画・ディレクションを経て、劇映画を撮るため退局。2009年『刺青 匂ひ月のごとく』で映画監督デビュー。『しあわせのパン』(12)『ぶどうのなみだ』(14)と、オリジナル脚本・監督で作品を発表。撮影後、同タイトルの原作小説を上梓。『繕い裁つ人』(15)が、第16回全州国際映画祭、第18回上海国際映画祭日本映画週間に招待され、韓国や台湾でも公開。2017年、『幼な子われらに生まれ』が第41回モントリオール世界映画祭で、最高賞のグランプリに次ぐ審査員特別グランプリを受賞。2018年11月には『ビブリア古書堂の事件手帖』が公開予定。現在、最も期待されている女性監督の1人である。インタビュー連載記事「うつしだすこと」[
~ビブリア古書堂の事件手帖~ 作品紹介
鎌倉の片隅にあるビブリア古書堂。その店主である篠川栞子(しのかわ しおりこ)が古書にまつわる数々の謎と秘密を解き明かしていく国民的大ベストセラー、三上延・著「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ。その実写映画化となる『ビブリア古書堂の事件手帖』が11月1日(木)に公開となります。
出演:黒木華 野村周平/成田凌/夏帆 東出昌大
原作:三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス文庫/KADOKAWA 刊)
監督:三島有紀子
脚本:渡部亮平、松井香奈
© 2018「ビブリア古書堂の事件手帖」製作委員会
配給:20世紀フォックス映画、KADOKAWA
映画『ビブリア古書堂の事件手帖』公式ホームページ

映画とロボット開発の共通点は“人間”

林要(以下、林):現在私は仕事の効率を上げるロボットではなく、人の心に寄り添うロボットという、これまで世界に存在しなかった全く新しいロボットを生み出そうとしています。この私の挑戦に関して、三島さんとは以前お話したことがありますが、改めてどうお感じになっているか、教えてください。

三島有紀子さん(以下、三島):私は映画を作る上で最も大切にしているのが、人間を描くことです。人間って本当に様々な面をもっていて、醜い面もあれば素晴らしい面もありますよね。私自身も生きている中で人に傷つけられることもありますが、人に救われることも多々あります。そんな瞬間を描きたくて映画を作っているのですが、林さんの話をうかがって、ロボットを作るためにこんなにも人間について考えているんだと、衝撃を受けました。

その時に演技のワークショップに参加したことがあるともお聞きしたのですが、まさか役者を目指していらっしゃったとか?

林:いえ、そういうわけじゃありません(笑)。むしろ高校、大学時代、演劇部の活動を遠くから眺めつつ、あんな恥ずかしいことは自分には絶対できないと思っていました。監督さんの前で言うのも何ですが(笑)。

三島:いえいえ、演技は私もできないです(笑)。役者の皆さんにやっていただいているだけで。

林:私のようなエンジニアってナイーブというか人見知りというか、人前に出るのが得意じゃないタイプの人が多い気がします。人と喋っているよりも1人でメカニズムを考えている方が安心するからエンジニアになった、という人も少なくないんじゃないかと。

三島:わかります。人間の中にいると疲れることもありますしね。

林:でも人間の中にいるからこそ最高に楽しくてワクワクするという人もいて、そういう人たちはたぶん政治家やお笑い芸人などになるわけですよね。そんな感じで、生まれもった個性で将来の職業が決まるということは意外とあると思うんですね。そういう意味では私は生来ナイーブなエンジニア気質で、子どもの頃から人前で喋るのは苦手だったんです。

三島:そうなんですか? とてもお話のうまい方だと思っていたんですが。

林:いえいえ、すごく苦手でした。トヨタ自動車に勤務していた頃、ソフトバンクの孫正義さんが立ち上げたご自身の後継者育成プロジェクト「ソフトバンクアカデミア」に参加した時には、特に衝撃を受けました。他の参加者の皆さんは、生来のパフォーマーではないかと思うほどにプレゼンテーションが上手で、壇上で口を開くと、ものすごい勢いで周りの人を巻き込んでいく。私もそれまで企業の一エンジニアにしては経験を積んできていた自負があり、たとえばドイツで多国籍なメンバーと共にFormula-1の開発を経験してきたり、量産車のグローバルプロジェクトを統括する役割なども担ってきたので、ある程度の自信をもって臨んだのですが、まともに喋れず、彼らには全く太刀打ちできなかった。それで、たかだか30、40年の人生で、なぜこれほどまでに圧倒的な差が生まれてしまったんだろうと考えました。その結果、行き着いたのが「人に伝えるための表現」をどれだけ考えてきたのか、ということだったんです。

その直後に開発に着手していたのがPepperだったんですよ。Pepperは人の形をしているにも関わらず、普通のエンジニアがプログラムを書いて動かしても生命感が宿らないんです。つまり、人の形をしているからといって生命感が宿るわけではないんですね。形と生命感は全く別の問題だということがわかりました。しかし、クリエイティブのしごとをした事があるエンジニアがプログラムを書いて動かすと、とたんに生命感が溢れ出すんです。

三島:へえ、おもしろいですね。それはどうしてなのでしょうか。

林:例えば一般的にロボットで手を振らせるためには、「手の振り方」の仕様書を出す必要があります。仕様書には手の振り方の速度を指定するために、たとえば「毎秒1往復」と書くのですが、実際の手の動きは加速と減速が複雑に絡み合って、開発する人によって手の振り方が全然違ってくるんです。つまり、役者なら自分で考えて演じることを、ロボットの場合は自分で考えられないので、エンジニアが全部、指示・指定するわけです。

三島:なるほど。アニメーションを作る感覚と似てますね。

林:全くその通りです。アニメーションも、高い技術力をもつアニメーターになればなるほど、キャラクターがまるで生きているように動かせますよね。つまり、ロボットを作るということは、ロボットに何をどう演じさせるのかという問題だということがわかったんです。

三島:なるほど!

林:でも演劇どころか、ソフトバンクアカデミアのプレゼンですら表現力が不足している自分がロボットを作ろうとしても、まともな物になるのだろうかと……。

三島:果たしてそれが人間になるのだろうかと悩んだわけですね。

ロボットを作るために演劇学校へ

林:その通りです。そういうわけで表現力を学びたくて知人に相談したら、演劇学校を勧められ、通うことになったわけです。まさか自分が演劇を習うとは夢にも思わなかったのですが、実際に習ってみたら予想以上におもしろかったんです。

三島:どういうところが?林:授業では演技を生徒同士で点数をつけて評価し合うんですが、私はどんなに熱演してもなかなか上位に入れませんでした。それが悔しくてだんだん演技の勉強に熱が入るようになっていきました。そのうち、「演技って奥が深いな、恥ずかしいとかそういう問題じゃないんだな」と思うようになっていったんです。三島:演技をするということは、この世に存在しない1人の人間を自分の肉体を使って生むという作業です。だからロボットを1台作るのと同じくらいの一大事業だと思います。技術は全然違いますが。

林:まさにおっしゃる通りですね。そのような世界観に入ってから、ロボットを作るということが徐々に「人にとって新たな存在を作る」作業になっていったわけです。ロボットと人の大きな違いは、自分がどのような存在かを自身で定義できるか否か。ロボットにはそれができないし、普段の行動を観察していてもわからないので、それをいかに開発者側が見出すかがロボット作りだと思ったんですよ。つまり、センサーやモーターやコンピューターなど、すべてのパーツが繋がった結果として生じる能力自体がそのロボットの個性の源泉で、それらの能力を元にそのロボットが成長したとしたら、結果的にどう振る舞うのが最も自然なのかを見出すことこそが、ロボット作りに大事なことではないかと。

三島:なるほど。その点は映画作りと合い通じるものがありますね。例えば私も映画を作る時に街の人や役者さんの癖を人間観察して、それをどう映画に活かせるかなといつも考えているのですが、おそらくロボットを作る時も同じですよね。林:まさにそういうことです。三島:ロボット作りにモデルは存在するのですか?

林:結論から言うとモデルを作るのは難しいと思っています。モデルがいるとそのモデルに合わせにいっちゃうんですよね。演劇学校に通っている時、実際に何かを演じるワークショップではなぜかアウトローの役が多かったんですが、その時、過去に見た任侠映画の役者になりきって演じると、決まって評価が低かったんです。

三島:結局は真似になっちゃいますからね。

林:そうなんですよ。でもある時、そのお題の人物の人生を自分が辿ることになったと仮定して、その時の自分の心境を想像して演じたら、高得点を得られてその日のMVPに選ばれたんです。この時はすごくうれしかったですね。

重要なのは想像力

三島:素晴らしいですね! 本当に役者さんに必要な能力って想像力だと思うんですよ。自分が演じる人はこれまでどのような人生を生きてきたのかということを、ものすごく細かく、例えばゴミが落ちていた時に拾う人なのか、電車に乗った時に座る人なのか、帽子が飛んだ時どうする人なのか、本当に微に入り細にわたって想像していくというのが、まず役者がやらなければならない準備だと思っているんです。その時の林さんはまさにそれができたってことですよね。

林:「できた」と言うのはおこがましいですけどね。あまりにひどい演技から少しマシになった程度だったかと思います。

三島:いえいえ、大きな一歩です。

林:私としてはモデルケースを想定して演じている時の方が、自分とのギャップが大きいからむしろモデルに近づけようと熱量高く一生懸命演じるんですよ。でもこの時のように、自分がその役のような人生を歩み、そのシチュエーションになったら自分自身がどう感じてどう振る舞うだろうかとイメージして演じたら肩の力が抜けたんです。いくら頑張っても成果が出なかったのに、頑張らなかったら高評価を得られた。肩の力が抜けている方が評価が高いという結果が、とてもおもしろいなと感じました。

三島:それは私もよく考えるのですが、準備に時間をかけているということですよね。(事前に)気持ちや振る舞いを想像している時間の熱量が高くて、むしろ皆さんの前で演じる時は余計な力みが抜けるとた、自然な状態で素直に反応してやれるんじゃないかなと。林さんのその時もそうだったのかなと思います。

林:そういうことだと思います。先程の三島さんの話を聞きながら思ったのですが、演技に限らずなにごとも重要なのはイメージトレーニングなのかもしれないですね。「どれだけ細かくイメトレができるか」が肝で、自分の中にあるものを掘り下げていく時は結構イメージが広がりますが、他人の真似をする時はイメージが狭まってしまう。先程の三島さんの質問の「これから作ろうとしているロボットに何らかのモデルがあるのか」については、ロボットのモデルを作るよりも中身を掘り下げる方が大事だと思っているんです。もっとも、ロボットに中身があるのかという問題はあるのですが。

三島:そうですね、その問題は重要ですよね。

林:人と違ってロボットにはそれまでの人生はないのですが、「自分がもしこのロボットに生まれてきたとしたら」と想像するんです。今の自分はあらゆるものが人として概ねスタンダードな能力で見聞きできるけれど、ロボットは視覚、聴覚、触覚など、おおくの感覚が人より劣り、一部は非常に優れていたりするので、人と異なる認知をする。そんなロボットが下す最も自然な判断や振る舞いって何だろうと考えていくと、ロボットのあるべき行動が見えてくると思うんです。

三島:それまで生きてきた歴史がないということは、例えば完成した時が誕生ということですよね。ロボットの場合、あらかじめできることが決まっているから、その後の行動が決まってくる。でも感情に近い部分、どういう時にどう反応するのかということにすごく興味があります。

林:以前は正直、その部分を深掘りできなかったのですが、今回のLOVOTでそこに踏み込んでいます。例えば、鳴き声は発するんですが、敢えて人の言葉を喋らなくしたのもその一環です。

人の言葉を喋らなくした理由

三島:へえ、では人と会話ができないんですね。そうしたのはなぜですか?

林:1つに、人間は観測した事象を理解するフレームワークとして、コンテキストに落として世界を理解するという特徴があります。人それぞれで微妙に異なるフレームワークをもっているので、同じ事象を見聞きしても、人によって捉え方が異なったりします。一方、AIの世界では人のようにコンテキストが理解できるようなテクノロジーはまだ存在していません。最近普及してきたスマートスピーカーやチャットボットもコンテキストは理解できないので、コンテキストを理解している“ふう”な受け答えをつくる事に全精力をつぎ込んでいます。ある種のゴマカシの技術ですが、それをやっている人は世界にたくさんいるので、私までやる必要は無いかと思っています。しかしそれ以前に、言葉を話せないでも人の心を鷲掴みにする生き物はたくさんいるので、まずはそこから着手すべきではないかと思うんです。

例えばペットとしての犬や猫は、少しはコンテキストを理解しているかもしれませんが、人間に比べれば圧倒的にわかっていません。しかし私達の心を鷲づかみにするコミュニケーション能力を持っています。つい私たちは、自分の家のペットだけは自分たちのことを何でもわかってくれていると思いこんでしまうけれど、もしペットが人の言葉を喋ったら何を言うでしょうか。実際に動物行動学の先生と話をしても、動物であるペットはずっと「腹減った」「遊んでくれ」「眠い」くらいしか言わないかもしれない、なんて話で盛り上がるんです。というわけで、もしペットが喋ったら私たちはかなり幻滅する可能性があるんです。

三島:「ペットはこう言っているのだろうな」と想像している方がいいということですね。

林:その通りです。その事実を知らない方が僕らは持ち前の想像力を発揮できて、結果としてずっと豊かな気持ちになれると思うんですよ。いわば人は、ペットを触媒として自らを癒すという自己治癒能力を発揮できるわけです。そうだとすればロボットにも同じようなことができるんじゃないかと。その存在なりの考えがあって、それに基づいて行動しているんだけど、それについては喋らない。だから私たちには彼らの考えていることは正確にはわからないんだけど、だからこそ想像力が発揮されて、素敵な世界が見えてくる。それによって、人の持つ自己治癒能力が発揮されるわけです。この世界観って日本人が昔からもっているものなんじゃないかなと思っています。例えば侘び茶。お茶の世界って、元々はすごく豪華絢爛だったのに、千利休が頂点を極めた瞬間に180度方向転換して、きらびやかな物をすべて排除して侘び寂びのシンプルな世界にしちゃったわけですよね。彼はミニマムな情報だけを残し、しかも一切説明をしないことによって、人間が最大限に想像力を発揮できる環境を作り上げたわけですが、捉えようによっては同じようなことを犬や猫もやっていると言えるかもしれません。

三島:私は逆にすべての余計なものが削ぎ落とされたミニマムな世界って、ものすごくソフィスティケートされたというか、非常にクオリティの高い最も究極な世界なのではないかと位置づけているんですね。ですので、今の林さんのお話を聞いて、全能な存在ではないのはペットも私たち人間も同じで、違いはその強弱だけなんじゃないかと思いました。例えば、同じ人でもうまく喋ることができるという能力をもつ人もいるし、喋るのは苦手だけど人の気持ちを正確に感じ取ることができるという人もいます。ロボットも同じで、いろんな能力がある中で突出してできることもあれば、できないこともある。それがそのロボットの個性であり、魅力なのかなと受け取ったんです。

林:なるほど。実際に今私たちが作っているLOVOTは、できない方を追求することによって人の想像力を活かすという方向性で開発中なんです。それでは、そろそろ実物のLOVOTを見ていただきましょう。

三島:緊張しますね。以前林さんのお話をうかがった時以来、ずっと会いたいと思っていたので。

いい意味で予想を裏切るフォルム

林:お待たせしました。これがLOVOTです。

三島:えーーー!! なるほど、こんな形なんですね! 想像していたのと全然違いました。

林:実際に見る前はどのようなものを想像していたのですか?

三島:もう少し子犬に近い感じかなと思っていました。でも親近感が湧く形で、生き物のような感じもしてすごくいいですね。

林:我々も子犬のような存在を作れたらいいとは思っているのですが、子犬のような形にするのが果たして正解なのかという疑問があって。

三島:子犬のようなものを目指すと子犬を超えられないですよね。

林:まさにそうなんです。ロボットなのでモーターを使わなければならない以上、筋肉に最適化された構造をもつ犬にいくら近づけたところで実物の犬には絶対に勝てませんからね。さらに、ロボットに犬のような動きや反応をさせたら人はかわいいと思うのですが、実はこれを実現するのはすごく大変で、莫大なコストがかかるし、今の技術ではまだ重くなったり、硬くなったりする。だからあらゆる面で犬のような能力を持つ家庭用ロボットは世界に存在しないわけです。我々が作りたいのは一般の人たちに買っていただける価格で、なおかつちゃんと生命感を感じて、更にかわいいと思ってもらえるようなロボットです。人が、この子は何を考えているんだろうと想像してみたり、掛け合いをしてみたり。それに最適な形って何だろうと考え抜いた結果、この形に行き着いたんです。

三島:なるほど。あと、お互いに学習していける関係性が生まれると、もっと好きになれそうな気がします。

林:それも大事なことだと思っています。

LOVOTは物であるという点に核がある

林:この対談の冒頭で三島さんは人間には醜い面や素晴らしい面などいろんな面があって、その人間を描きたくて映画を作っているとおっしゃっていましたが、私が人が素晴らしいと思うのは、自分の事情だけで生きている物を見ているだけで、自分で自分を癒す自己治癒能力があるということです。例えば亀が好きな人は亀に、熱帯魚が好きな人は熱帯魚に癒やされますよね。でも亀や熱帯魚は、見ている我々のことなんてほとんど認識していないし、我々の人間社会とは大きく異なる“しがらみのない自由な世界”に生きている。そんな彼らを見ているだけで人は癒やされる。LOVOTもLOVOTなりの事情があって、勝手気ままに活動しているので、人が命令したからといってその通り従うとは限らない。そんなLOVOTを見て、人が癒やされたり気が楽になる瞬間があるという領域までなるべく早く到達したいと思っているんです。

三島:私は今回のLOVOTは生き物のようではありますが、物である点がいいと思っているんですね。次の私の新作が『ビブリオ古書堂の事件手帖』という古本屋さんの映画なんですが、古本って物ですよね。でも人が手に取って読んで手放して、また別の人の手に移っていくという過程で、人の想いが確実に重なっています。古本は物でありながら、その背景に人が透けて見えるという点がとても魅力的だなと思うのですが、LOVOTも人と接することを通じて変化していくわけですよね。そんな誰かの想いのようなものが注入されるというのがとてもおもしろい。だからLOVOTはむしろ生き物ではないというところに核があるのかなと思ったんです。

林:確かに一緒に生活をする上で、人もLOVOTも相互に影響を受けるので、何か魂のようなものが積み重なっていくんですよね。その何かが積み重なったLOVOTがまた他の人と触れ合うことによって、人の思いがLOVOTを通してシンクロするということはありそうですし、実際にそうして人の交流を増やしていくキッカケを作れたらなぁ、とは考えています。

三島:もしそれができたら素晴らしいですよね。例えば私の父は亡くなっているのですが、仮に父が生前、LOVOTと時間を過ごしていたとします。私がそのLOVOTを引き取ったら、父の癖などをLOVOTが覚えてくれていて、LOVOTを通して生きている頃の父を知ることができる。そうだとしたら、本当に愛しく思えると感じました。

スピルバーグ監督が作った『A.I.』という映画に、これまでどのような時間を過ごしてきたかという記憶をロボット同士が辿り合うという素晴らしいシーンがあるのですが、それが表しているように誰かと過ごしてきた時間や経験してきた時間は、人の心を動かせる何かを作り出せるのだと思います。それは人間もロボットも変わらないのかなと。

林:そういうこともいつかは実現できるように進めているので、ますます頑張りますね(笑)。

三島:楽しみにしています。

LOVOT事業は死ぬまでやり続ける覚悟

三島:LOVOTに寿命はあるのですか?

林:大事な問題ですね。三島さんは物体の寿命ってどのように考えていますか?

三島:難しいですよね。一般的には必要なくなった時でしょうか。

林:そうでしょうね。私はLOVOTに寿命は作りたくないんですよ。なぜかというと、私たちが寿命を設定すること自体、おこがましいと思うんです。その存在が生きられる限り生きればいいんじゃないかなと。もちろん何らかの原因で生きることができなくなった時は、それが天命として、その存在の寿命ということになるんでしょうけど。

三島:それは例えば冷蔵庫と同じで壊れて使えなくなった時が終わりという感じですか?

林:冷蔵庫は壊れたら修理よりも買い替えになってしまいますが、LOVOTはどこか不具合が発生しても可能な限り直して、使い続けてもらいたいと思っています。だから私は一旦この事業をやると決めたからには、ずっとやり続けようと思っています。

三島:西洋の映画では『フランケンシュタイン』に代表されるように、ロボットや人造人間を生み出した博士自身が後悔して途中でやめたり自分で壊さざる得えなくなるパターンが多いので、そうならないように続けてもらいたいですね。生みの親としてはそれが責任ですよね。

林:そのような話は宗教観が強く影響している可能性があります。キリスト教とイスラム教の元になっているアブラハムの宗教では、神ではない人が、神の真似をして生命のような何かを創造すると大変なことが起きるという考え方があります。その考え方を道徳的な観点で引き継いでいる宗教をバックグラウンドにもつ人たちにとっては、人造生命体が反乱を起こすというようなストーリーは、自らの持つ道徳観念にフィットするので心地良いストーリーとして納得感がうまれ、ヒットして名作と呼ばれるようになっていきます。でも、だからこそ私達が作ろうとしているロボットを手がけることは、今まで誰もやらなかったのかも知れません。

一方、日本にはそのような宗教観がないから『ドラえもん』や『アトム』などのみんなから愛される国民的キャラクターが生まれています。だからLOVOTのようなロボットを作ることは、宗教観としての足枷のない日本人である私の使命なんじゃないかと信じて開発に取り組んでいるんです。

三島:愛されるキャラを創り出す、いいですね。〝生命〟を生むのではなく、あくまでもロボットという〝物体〟の延長であり、それが持つ人工知能について創作者が責任を持てば、夢が広っていくのかもしれません。

林:本当はペットを飼いたいのに飼えないという人はたくさんいますが、その理由の多くは生物への責任感なんですよね。生物を自分の都合でどうにかするということに対する抵抗感。でも、本当は何かにそばにいてほしい、癒やしてもらいたい、気晴らしをしたいと思っている人たちにとってはロボットは悪くない選択だと思うんです。

三島:そうですよね。

映画×LOVE

林:LOVOTという名称はLOVEとROBOTを掛け合わせた造語で、LOVE=愛が重要なテーマの1つとなっています。その「LOVE」に関しては人それぞれ独自の価値観を持っていると思いますが、映画監督の三島さんにとって映画とLOVEの関係性とはいかなるものなのでしょうか。

三島:私は映画を作っているのでもちろん映画を愛していますが、その映画愛は勝手に生まれたわけではないんですよね。幼い頃から映画を観て育ってきて、映画が自分の何かを変えてくれたり、つらいことがあっても明日も生きてみようと思えたことも何度もあります。それは映画を誠心誠意作っている人たちの愛のおかげで、それを私は受け取ってきたからこそ、私の映画愛も生まれ、育まれてきたんだなと思うのです。その数々の映画人から受け取った愛を自分の中で消化して、違う形でまた別の誰かに渡したいという思いが強いんですよ。だから愛って突然生まれるものじゃなくて、こんな感じでずっとバトンのように人から人へ受け継がれていくものだと常々思っています。

林:なるほど。愛の連鎖ですね。愛の連鎖という意味では、“LOVE×ROBOT=LOVOT”には、人が気兼ねなくかわいがることができる存在を作りたいという思いが込められているんです。

三島:愛しやすい存在ってことですか?

林:そうとも言えますね。今はペット以外にそのような存在が少ないので、それを作ることによって、人々に何かを気兼ねなく愛する習慣をつけてもらいたいのです。

三島:LOVOTと触れ合うことで、愛情表現がしやすくなると。

林:そうですね。今存在する多くのロボットは「人の代わりに何をしてくれるのか」が大事です。これは、いわば人がロボットの忠誠心的な愛を試しているところがあるわけですよね。でも愛を試してもろくなことにならないじゃないですか。

三島:それ、名言ですね(笑)。

林:だからむしろ、自分が気兼ねなく愛情を注げる物があることで、結果的にその人の人生のトータルの愛が増えるんじゃないかと考えているんです。

三島:今の世の中には、自分のことを理解してもらいたいとか存在自体を認められたいとか愛されたいという人がとても多いと感じます。きっと日々の生活に余裕がなくて、心が満たされていないという状況の中で抑圧されている人が多いからかもしれません。そんなつらい状況から抜け出す1つの突破口になりえるのは、誰かを愛するということなのかもしれないなとよく考えます。愛されたいとか何かをしてほしいという一方的に求める愛からは何も生れないのですが、誰かを愛したり、愛情を表現したりした瞬間に愛が自分にも返ってくるということはありますよね。

林:まさにそこを少しでも拡大する方向にもっていけたらと思っているんです。いわゆる「SNS疲れ」も愛されたいという欲求が発露しすぎているからだと思うので、「そうじゃなくてちょっと自分から愛してみようよ」という意味でLOVE×ROBOTにしたんです。

三島:それはステキな掛け算ですね。例えばSiriなどに「あなたはとても頑張っていますね。今日は早くお休みください」と言われたら、自分のことを理解してくれている、気にかけてくれているとみんな喜んでSNSにアップして盛り上がっています(笑)。それとは真逆のアプローチであるということを、今日林さんのお話をうかがってすごく感じました。

林:正しく理解してくださってありがとうございます。

LOVOTは人のコミュニケーションを大きく変える可能をはらんでいる

林:不思議なことに、LOVOTは圧倒的に女性の方が好意的な反応を示してくれるんです。

三島:どうしてなんでしょうね。林さんが作ったからじゃないですか?(笑)。

林:LOVOTに私らしさは、入ってないはずなんですけどね(笑)。とにかくほとんどの女性は何の照れや戸惑いもなく、LOVOTを愛してくださるんですよ。

三島:恥ずかしがり屋の男性も、LOVOTと接することで愛情を伝える機会がもっと増えて、人間と触れ合うときでもそれが当たり前のようにできるようになったら素晴らしいですよね。

林:そうですね。そういうことも目指して今後開発に尽力していきたいと思っています。本日はありがとうございました。

三島:LOVOTは人のコミュニケーションのあり方を大きく変える存在になりうると思います。こちらこそありがとうございました。

やはりその作品が国際的な映画祭に何度も招待されたり受賞している三島さん。分野は違えど“人間”をテーマにした一流のクリエイターとして数々の示唆に富むコメントをいただき、また1つLOVOTの新たな可能性が見えた対談となりました。ありがとうございました。

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